作品タイトル不明
九尾之狐②
『おのれぇ……』
爆煙の向こうから現れたのは、無傷の明里ちゃん──否、九尾之狐。
先ほどよりも遠くにいるということは、あの一瞬で後ろに跳んで回避したんだろう。
なんという身体能力。
とはいえ、服には焦げ跡がある。完全回避って訳ではなさそうだ。
『貴様ァ! この女がどうなってもいいのか!』
「好きにするといい。明里ちゃんなら『私のことは気にせず九尾之狐を殺せ』と言うはず」
嘘である。
明里ちゃんはきっと、そんなことは言わない。
でも、ここは断言する。
九尾之狐に明里ちゃんの価値を示してはならない。
テロリストとの交渉のように、どこまでも 集(たか) られて終わってしまう。
ならば、少しでも早く九尾之狐を叩き、明里ちゃんの肉体から追い出すことが先決だ。
「俺が動いたら器を傷つけるだったか? 手伝ってやる。急急如律令」
九尾之狐が操る明里ちゃんは、武士のような超人的な動きで俺の札を回避している。
明里ちゃんは内気を操れない。
つまり、九尾之狐が人体のリミッターを外して動かしているのだろう。
機動力を奪う為、狙っているのは足元。
末端なら、御剣家の医者に見せれば治してもらえるはずだ。
だから、躊躇せずに攻撃できる。
……躊躇せず全力で札を飛ばしているというのに、全く捕まらない。
なんというすばしっこさ。
ズバッ
やがて、札が両断された。
手に持つダガーで切り裂かれたのだ。
嘘だろ、低空飛行する高速の札を真っ二つとか、どんな運動神経してるんだ。
『己の婚約者を護らぬとは、薄情者め!』
「まさか妖怪に説教されるとは思わなかった」
これくらいしておけば、俺が明里ちゃんに執着していないと示せただろうか。
ただ、この後どうするかが問題だ。
明里ちゃんの体を傷つけずに九尾之狐を追い出すとか、どうすればいいんだよ。
なぜか現代の日本語が通じるんだし、とりあえず煽ってみよう。
「獣の矮小な頭でどうにか不意打ちを狙ったみたいだが、所詮は獣の浅知恵だな。お前のような小物じゃあ、俺に傷一つつけられないに決まってるだろう」
敵意を俺に向けさせる。
そして、過去の記録に傲慢だったという記載があったので、そのプライドを刺激してやる。
ついでにこちらへ仕掛けられないよう札を飛ばして余裕を奪ってやろう。
『おのれ、次から次へと!』
そうだなぁ……こんなことを言われたらムカつくんじゃないか?
再び札と追いかけっこを始めた九尾之狐へ語りかける。
「大人しくしていれば年明けまで生きながらえたものを。ここで滅ぼしてやるよ、愚かな低級妖怪」
『ぬっ、このっ、人間如きが、大口を叩く。その言葉後悔させてやる』
「そっくりそのまま返そう。俺を恐れているから不意打ちなんてせこい手を使ったんだろう。じゃなきゃ、人間に取り憑いたりしない。取り憑くなんて、低級妖怪のすることだぞ。九尾之狐が聞いて呆れる」
どうよ、俺渾身の煽り文句は。
九尾之狐の怒りのボルテージがドンドン上がっていく。
もともと俺に怒りを向けていたが、今は視線で人を殺せそうなほどである。
やっぱり、欠片を破壊しまくったから暗殺しに来たんだろうな。
欠片を狙うより、本体を破壊した方が良かったか?
でもそうすると欠片から復活されるみたいだし……たらればを考えても仕方ないか。
そろそろ本命の挑発をしてみよう。
「その肉の鎧を捨てて出てこいよ。いや、獣には荷が重いか。生物の頂点たる人類に生身で立ち向かうなんて……なぁ?」
回避する合間にこちらを睨んでくる九尾之狐だが、明里ちゃんの中から出てくる気配はない。
さすがに安い挑発には乗らないか。
ワンチャンあるかもしれないと思ったんだけど……。
そんなショボい妖怪なら、とっくの昔に討伐されてるよな。
よし、次の作戦だ。
実力行使といこう。
『ふんっ! 我が欠片を倒して調子に乗りおって。貴様の攻撃など容易く斬り伏せて──なっ』
2枚目の札を斬り伏せ、続く3枚目の札も斬った九尾之狐は見落としていた。
3枚目と同時に飛ばしていた4枚目の札を。
サトリの力で透明化させており、九尾之狐からしたら突然何もないところから攻撃されたかに思えただろう。
ボンッ
炸裂した炎は九尾之狐の全身を包む。
当然、明里ちゃんの肉体を焼くことはない。
霊体特化の業火之札であり、霊体になっている九尾之狐だけを焼く寸法だ。
明里ちゃんの肉体から飛び出た耳と尻尾が燃え上がる。
『この程度の攻撃で我を倒せると思うたか』
でしょうね。
一瞬で耳と尻尾が引っ込み、碌なダメージを与えられなかった。
これだからものに取り憑いた妖怪は厄介だ。
依代を破壊しないと霊体への攻撃が通らない。
ここはかつての実績をなぞらえるとしよう。
真守君の絵と同じく、明里ちゃんの中から九尾之狐を引っ張り出す!
方針は決まった。決まったが……低級妖怪ならいざ知らず、九尾之狐を引っ張り出すなんて、できるのか?
幼少期と比べれば、比較にならないくらい触手の操作に習熟している。
しかし、相手は歴史に名を残す大妖怪。
真守君の時とは大違いだ。
この作戦を成功させるには、九尾之狐の動きを止めて、触手綱引きに専念する必要がある。
まずはその場を準備するところからか。
次の札を飛ばしたその瞬間、九尾之狐がこちらへ飛び込んできた。
札飛ばしを超える速度。
間合いを詰めた九尾之狐は、右手に握るダガーで真っ直ぐに突いてくる。
だが、俺の肉体すら貫けない刃物で、鍛えに鍛え上げた簡易結界を破れるはずもなく。
キンッ
かん高い音と共にダガーは弾かれた。
連続して2度斬りつけてくるも、簡易結界はびくともしない。
御剣家で修行してから出直してくるんだな!
……刃物が超近距離に迫ってきてビビっているけど、内心を表に出してはいけない。
妖怪相手に弱気になってはならないのだ。
「急急如律令」
『ええい、鬱陶しい!』
攻撃する為に近くに来たということは、札も至近距離で飛んでくるというわけで。
『チッ!』
九尾之狐──明里ちゃんの足が燃え上がる。
瞬時に後ろへ下がったことで威力は下がっているものの、火傷で激痛が走っているはず。
厄介な機動力は封じさせてもらう。
サトリに手を出させず、接近を許したのはこの為だ。
だが、俺の目論見は外れた。
『あ〜あ〜、婚約者の足が焼け爛れてしまったぞ。なんと薄情な男か』
九尾之狐は火傷の痛みも感じていないように動いている。
肉体を操っているのだから、多少なり怯むと思ったのに……。
これでは明里ちゃんを痛めつけただけだ。
『む? ……ようやく効いてきたか』
いったい何を言って……え、何コレ。
簡易結界に黒いシミができている。
それがだんだん広がり、簡易結界を染め上げてゆく。
シミはちょうど3箇所から広がっており、明らかにさっきダガーで斬りつけられた場所である。
ミシッ ミシミシッ
あっ、これダメだ。
ボロボロボロ
そんな幻聴と共に、自慢の簡易結界が破られた。