軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2度目の学園祭①

少し前から、明里ちゃんの様子がおかしい。

「聖さん、こんにちは」

「明里ちゃん、今日もよろしくね」

まず、呼び方と口調を変えてきた。

まさかの向こうからの提案である。

『苗字で呼んでいては、いつまでも他人行儀でしょう』と言って。

その提案自体は嬉しい。

ようやく仲良くなれたと思ったから。

ただ、それだけでは終わらなかった。

「さぁ、行きましょう」

「う、うん」

明里ちゃんが俺と腕を組んで歩き出す。

安倍家のお姫様が、だ。

「…………」

後ろをついてくる秘書さんがものすごく渋い顔をしている。

安倍家としての品位と、婚約者相手ということで許すべきラインのギリギリを攻めているのだろう。

これもまた、明里ちゃんから始めたのだ。

「明里ちゃん、最近何かあった?」

「何かって、何ですか? 何もありませんよ」

「そ、そっか」

何か心変わりするキッカケでもあったのかと尋ねたが、何度聞いても答えは得られなかった。

秘書さんに聞いても、いつも通りの日々を過ごしていたらしい。

前のデートで劇的なイベントがあったわけでもない。

こうなってくると、嬉しさよりも心配が勝る。

「峡部さんは普段どんな訓練をしているの? 札飛ばし、すごく速かったです」

「えっ、札飛ばし? ……いろいろ工夫しながら飛ばしてるよ。急加速からの急停止したり、曲芸飛行させたり」

「まぁ、すごい!」

話題も陰陽術に関する内容が増えた。

内容的にとても話しやすくて助かる。

レスポンスもわかりやすく示してくれて、これまでみたいに話題に困る場面はめっきりなくなった。

俺に興味を持ってくれた……と思いたいのに、なんか急すぎて引っ掛かる。

「ねぇ、聖さん。聖さんなら、神様と戦うこともできる?」

「面白い冗談だね。神様と敵対するなんて恐ろしくて考えられないよ」

それに、時々変な質問が来る。

天照大御神を深く信仰しているはずの彼女が、こんな質問をしてくることに違和感を覚える。

とはいえ、以前の俺みたいに話題を捻り出してくれているのかもしれない。

俺は真剣に答えるのみだ。

「でも、聖さんほどの力を持っていれば、神様とだって渡り合えるでしょ?」

「いや、直接対峙したことないし、わからないよ。そもそも勝てるとは思えないし」

「そうなの?」

今、日本は神様と良好な関係を築けている。

だからこそ先進国として発展できている。

このバランスを崩したら、碌でもないことになるのは間違いない。

わざわざ神のご機嫌を損ねるような真似、しないに限る。

「でも、九尾之狐には勝てるのでしょう?」

「おそらく。特殊能力は別として、単純な戦闘力は低いみたいだから。過去の記録通りなら、対策すれば負けることはないよ」

だからこそ、討伐計画が実行されたのだ。

戦闘力が低いとは言っても、それは他の伝説級の妖怪と比べてのこと。

御剣様を始め、日本の最精鋭が集まっていなければ実現できなかった。

「ふーん」

なんかちょっと不機嫌そう?

明里ちゃんは興味を失ったように話題を変える。

「そうそう、今度の学園祭に向けて、また一緒に陰陽術の練習に付き合ってくれませんか?」

「婚約者の頼みとあらば」

違和感を覚えるけれど、仲良くしてくれようとすることには感謝しかない。

俺はこの日のデートも無事に終えることができた。

〜〜〜

そうこうしているうちに、あっという間に秋がやってきた。

そして始まる二度目の学園祭。

俺達は前回同様ステージで実演会をする。

今回は明里ちゃんも無事に自分のパートを終え、好評を博した。

「聖さん、ごめんなさい。今日はお父様に呼ばれているの」

「わかってるよ。家族との時間を楽しんできて」

前々から聞いていたが、明里ちゃんは学園祭当日も忙しいようだ。

大人に近づくにつれて、顔出ししないといけない場面が増えているらしい。

俺の知らない世界だな。

安倍家のお姫様は大変そうである。

「峡部家の嫡男、聖君かな。私は西ヶ森家の者で──」

「はじめまして。峡部 聖です」

とはいえ、元社会人として挨拶回りの大切さはよく理解している。

明里ちゃんを見送ってから、俺も来客の対応に追われた。

九尾之狐討伐が順調に進み、そろそろ大詰めといったところ。話を聞きつけた人達が知己を得ようと集まってきている。

ふふふ、俺の名が順調に広まっているようで何より。

この調子で歴史に名を刻んでいきたいなぁ。

そんな来客の中には、当然知り合いもいる。

俺の方から行こうと思っていたのに、向こうから来てくださるとは。

「久しいな」

「晴明様、ご無沙汰しております」

安倍夫妻は今年も学園祭にやってきていた。

まだ合流していなかったのか、明里ちゃんの姿はない。

晴空君もいないし、兄妹で挨拶回りをしているのだろう。

「明里さんの実演はご覧になりましたか?」

「うむ。この一年の成長が見られた。其方の実演も目を見張るものがあった。あの土之手も学園で学んだのであろう」

「はい。一学期に履修しました。とても使い勝手が良くて、重宝しそうです」

腕部(わんべ) 家の秘術である「土之手」は、相手を拘束する土の腕を生み出す。

この腕は操作も可能で、拘束以外にも色々と使い道がある。

今年の実演会では、子供向けにジャンケン勝負をしてみた。

結構盛り上がった。

「後継者がいる家でも、学園に技術提供したいという申し出が増えている。其方の望む秘術を思う存分学べるよう、安倍家も尽力しよう」

「ありがとうございます」

腕部家にも後継者はいる。

それでも学園に技術提供したのは、日本の対妖怪戦線維持への貢献と、家格向上を狙ってのものらしい。

腕部家当主曰く、学園で秘術の授業が始まってから、よりたくさん使われる秘術を伝承してきた家の権威が上がっているという。

さらに、教えた相手から改良案が出ることで性能が向上し、より強くなったという事例もある。

なお、さらなる俗物的なメリットとしては、講師としての報酬が破格なのだとか。

金欠な一般陰陽師にとって一攫千金のチャンスらしい。

受講生の数で追加報酬が決まる為、分かりやすい授業を心がけているようだ。

その報酬が全国の陰陽師会からも捻出されている為、安倍家にはぜひ頑張ってもらいたい。

そんな会話をしていると、明里ちゃんママから尋ねられる。

「明里の姿が見えませんが、一緒ではないのですか?」

「……? ご家族で過ごすと聞いていましたが……」

互いの頭にハテナマークが浮かぶ。

晴空君と挨拶回りをしているわけではないらしい。

となると、今何をしているんだ?

「あの子が嘘を?」

「……何かあったのか?」

夫妻が小声で会話し、護衛に何やら指示を出していた。

「急ですまないが、失礼する」

明里ちゃんを探しに行くのか、夫妻は手短に断りを入れて去っていった。

あの様子だと、秘書さんとも連絡がつかなかったのかもしれない。

──誘拐

その可能性が脳裏を過ぎる。

部外者も学園の敷地に入れるようになる今日は、学園のセキュリティが甘くなる日だ。

政治的価値のある安倍家の人間が誘拐される可能性は十分にある。

「俺も探そう」

学園の敷地は広大だ。

昨年の評判を聞いて今年は来場者数が明らかに多い。

この中からたった一人を見つけ出すには、何か手掛かりが欲しいところ。

おっ、いいところに!

「加奈ちゃん! いきなりで悪いんだけど、明里ちゃん見なかった?」

「本当にいきなり何?」

クラスが違うせいで滅多に会えない加奈ちゃんとエンカウントした。

お友達とお話ししている最中だけど、緊急事態ゆえに待ってられない。

「見てないけど」

「そっか」

加奈ちゃんが相変わらず素っ気なく返す。

すると、隣にいたもう一人の知り合いが手を上げてきた。

「私見たよ! それと、さっきの実演会も見た。聖君すごかった! よければ私と付き合わない?」

脈絡なく告白してきた浜木さんが情報を持っているようだ。

最初は真剣に答えていたけれど、さすがに会うたび告白されてはありがたみも薄れる。

「ごめん、婚約者いるから。で、どこで見たの?」

「むぅー、振っておきながら情報を求めるのは違くない? まぁ、聖君の頼みだから教えてあげるけど」

渋々といった様子で折れてくれた。

浜木さんは抜け目ないからなぁ。

早めにお礼して、貸しをチャラにしないと。

「校舎の方で男子と一緒にいたよ」

「男子?」

誰だ?

一緒にいたのが晴空君なら、浜木さんもそう言うだろうし、別の男子か。

「一瞬だったから誰かまでは見えなかったけど、浮気じゃない?」

浮気……いや、そもそもまだ婚約だから浮気というのも違うような。

でも、親に嘘をついてまで会いたい相手って誰だ?

「婚約者さんひど〜い。私だったら聖君一筋なんだけどなぁ──って、もう少し構ってよ!」

俺は急ぎ中等部の校舎へ向かう。

誘拐でなければ放置してもいいのだが、何をしているのか気になってしまった。

なんだか胸騒ぎがする……。

昇降口に晴空君がいた。

彼はいつもの取り巻きと共に、学園祭を楽しんでいるようだ。

当然、そのなかに明里ちゃんはいない。

「聖じゃないか!」

「晴空君、あの、明里さんがどこにいるか知ってますか?」

幸い、向こうからこちらに声をかけてくれた。

いきなりの質問だったが、晴空君はすぐに教えてくれて──。

「お父様達も明里を探していたな。ついさっき、屋上の方に向かうのを見たが、何かあったのか?」

「ちょっとこの場では言いづらいので、また後日。……誰か一緒にいませんでしたか?」

「ラッシー──神楽と一緒にいたぞ」

そういえば、取り巻きのなかに神楽君がいない。

とりあえず、誘拐ではなさそうだ。

安心すると同時に、もう一つの事実に気づく。

「嘘をつかれた……?」

こんなすぐにバレる嘘を?

短い付き合いではあるが、明里ちゃんはそんなことをする人間ではないと知っている。

どういうことだろう。

やっぱり、何かあったんじゃないか?

彼女が心変わりするような何かが。

この年頃の子供は外部からの影響を受けやすい。

悪い大人に唆されているとか。

「でも、常に秘書さんがいるしなぁ」

「どうしたんだ?」

「いえ、なんでもありません。急いでいるので失礼します」

とりあえず、屋上に行こう。

挨拶もそこそこに、俺は階段を駆け上がる。

身体強化された肉体によってあっという間に目的地へ辿り着いた。

普段から施錠されているはずの扉は、なぜか鍵が開いていた。

わずかに開いた扉の向こうから声が聞こえてくる。

「風が強いからもう戻ろう。みんなが心配する。秘書が探し回っているんじゃないか」

「嫌。もう少し学園祭を回りましょう」

明らかに、明里ちゃんと神楽君の声である。

屋上には二人しかいないようだ。

「俺たちも14歳になる。そんな我儘を言える歳じゃない」

「幼馴染と一緒にお祭りを回る。それの何が我儘なの?」

「明里も分かっているだろう。君はもう婚約しているんだ。他の男子と仲良くしているところなんて見られたら……」

「お父様もお母様も、学園では男女分け隔てなく仲良くするよう仰っていました」

「だとしても、距離が近すぎる。最近どうしたんだ? なんというか、明里らしくない」

カツカツと屋上を歩く音がする。

明里ちゃんが動いているのだろう。

彼女は自分の気持ちを解放するかのように声を大にして問う。

「私らしいって何? 自分のしたいことを我慢して、周りに言われた通りに生きるお人形さんみたいな人生のこと? しー君は私の幸せなんかどうでもいいんだ」

「そんなこと言っていない! ただ、俺の知る明里はもっと義理を大切にする子だと……」

「勝手な理想を押し付けないでよ。今の私が本当の私。占術なんてつまらないことはしたくない。滅私奉公なんて真っ平ごめん。今はもっと学園祭を楽しみた──きゃっ」

「明里!」

思わず盗み聞きしてしまった俺は、明里ちゃんの悲鳴に慌てて扉を開いた。

そこで目にしたのは、転びかけた明里ちゃんを抱き止める神楽君の姿だった。

俺が口を開く前に、神楽君が釈明する。

「違うんだ! これは明里が転びかけたから支えただけで、他意はない! あっ、いやっ、婚約者を呼び捨てにしてすまない。俺たちは幼馴染で昔からそう呼んでたからで、本当に他意はないんだ!」

「あ、ああ。……わかった」

明里ちゃんを立たせた神楽君は、全力で否定した勢いのまま屋上を飛び出していった。

俺は残された明里ちゃんへ問う。

「実演会の後、何をしていたの?」

「しー君と学園祭を回ってたの。この後のお仕事を頑張るための息抜きです。あっ、見つかっちゃった」

「明里様! どうして私を置いていったのですか!」

「ごめんなさい」

「旦那様と奥様がお待ちですよ。峡部様、失礼いたします」

晴空君から情報提供されたのだろう。

後からやってきた秘書さんに明里ちゃんは連れ去られてしまった。

俺は一人、屋上に取り残されるのだった。