軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

三百年の後悔

暗殺部隊のリーダーはほくそ笑んだ。

視線の先では私兵部隊が霧に呑まれ、その姿を消してゆく。

ここまで狙い通りの展開である。

報酬、メンツ、義理、それらしい事を言えば私兵が勝手に納得すると予想していた。

私兵は武家の名門に生まれ、才能に恵まれ、善人に囲まれて生きてきた。ゆえに、騙される。

本気でぶつかり合うと信じ込んだ私兵は、足を止めて守勢に回った。

その結果がこれだ。

私兵は迷いの霧に囚われ、暗殺部隊は悠々と敷地内へ侵入できる。

「間抜けが」

義理などあるはずがない。

殺したいから殺すし、金が欲しいから仕事をする。

暗殺部隊はそういう人間が集まったチームであった。

今回臨時参加した魔術師も似たようなものである。

「テメェら、作戦Αだ」

「「「おう!」」」

護衛の主力を突破でき、なおかつ全員で敷地に入れた場合、聖の母親と弟を人質にとって逃走する作戦だ。

門前に主力部隊が揃っていたということは、塀の外で決着をつけるつもりだったと分かる。

塀の向こうへ入れば、二軍ごときあっという間に蹴散らせる。暗殺部隊はそう思っていた。

──着地した場所が庭でないことに気がつくまでは。

「どこだ……ここは……?」

闇。

暗殺部隊以外何も存在しない謎空間を表すとしたら、それしかない。

闇が支配する空間に、6人は突如放り込まれた。

暗殺部隊は何が起こったのか分からぬまま、全方位を警戒しつつ観察する。

暗殺部隊の一人が恐る恐るライトをつけると、十メートル先に人の姿が現れた。

「気配、したか?」

「いえ……」

光源がなかったから見えなかった、なんてことはあり得ない。

武士としての修行を納め、数々の死闘をくぐり抜けてきた彼らが人の気配を察知できないはずがない。

それでも気づかなかったということは、妖怪か、はたまた別の何か。

そんな謎の男は、何かを抱きしめてひたすら悲しみに沈んでいる。

「うぅぅぅ……うぅぅぅぅ……」

遠くから啜り泣く声が聞こえてくる。

それは目の前の男から聞こえるし、遥か遠くからも聞こえる。右から聞こえるし、足元からも聞こえる。

距離感が曖昧になり、空間認識も崩れてゆく。

「うぅぅぅ……うぅぅぅぅ……!」

このままではマズイ。

男の啜り泣く声を聞けば聞くほど、弱体化していく。

部隊全員が同じ結論に達し、様子見をやめた。

手に持つ武器を握りしめ、ひとまず目の前の敵を葬ろうと一歩踏み出した。

首斬りが得意な暗殺者。彼が踏み込みと同時に切り落としたはずの首は、まだ繋がっている。

毒の扱いが得意な暗殺者。彼が投げた小刀は、いつの間にか消えていた。

力押しが得意な暗殺者。彼の大上段からの一撃は、抵抗なくすり抜けた。

体術が得意な暗殺者。彼の刀や蹴りはどれも届かなかった。

呪術系陰陽術が得意な暗殺者。彼が飛ばした札は、途中で霊力が霧散した。

そして、対人戦が得意なリーダーは、嫌な予感がして刀を止めた。

結局誰一人、不気味な男を排除するに至らない。

すると、それまで悲嘆に暮れていた男が、ゆっくりと頭を上げる。

男の目からは血の涙が流れており、眼球は闇に染まっている。

接近したことで、腕の中に抱えているのが子供の死体だとわかった。

男と死体の顔は似ており、親子なのだろうと推測できる。

さらに観察する余裕があれば、二人の顔には峡部家の男達の面影が見て取れただろう。

「私のぉぉぉぉ……」

男がポツリと呟いた瞬間、暗殺者達は死を確信した。

理屈ではなく、本能が悲鳴を上げていた。

そして、闇に染まった世界が震えだす。

「私の家族に……手を出すなぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

男から溢れ出す闇より暗い何かが、視界を埋め尽くす。

それは暗殺者達の心の中にドロリと入り込み、何か大切なものを侵してゆく。

「やめろ! やめてくれぇ!」

「あぁぁあああ」

「なんで……なんで……」

「絶対にお前を殺してや……」

「あ……あ……」

次々と狂い始めるなか、リーダーだけは冷静に状況を理解していた。

「手を出しちゃならねぇものに手を出したか。あの化け物が住む家だ。そりゃあ、何かあるよなぁ」

妙な納得感と共に、身体を蝕まれる感触をしっかり味わうこととなる。

男の慟哭と共に世界が鳴動し、上下左右の感覚すら無くなってきた。

陰気に侵された時のネガティブな思考とは異なる、深い深い恐怖の感覚にリーダーは涙を流す。

指先すら自由に動かすことができなくなり、心臓の鼓動も緩やかになっていく。

着実に死に向かう感覚をじわじわ味わう中でも、謎の男が向けてくる怒りと悲しみの眼差しは変わらない。

リーダーの目には男がどこまでも大きくなり、ちっぽけな自分達が見下ろされているように映った。

「手をぉぉおおお…………出すなぁぁぁぁあああああああああああああああああああ!!」

全身を侵食されたからだろうか、リーダーは男の煮えたぎるような激情の一端に触れた気がした。

それは、圧倒的強者には似合わない感情だった。

「なん、で……そんなに……怯え、てるん、だ?」

先ほどの光景で推察することはできる。

だが、子を持たぬ暗殺者には理解できない感情だった。

〜〜〜

「敷地内侵入! 死守するぞ!」

既に身体の自由を失ったリーダーは、いつの間にか闇に支配されし世界から解放されていた。

己の体が塀を超えて落下している場面に戻っていたのだ。

先ほどまでいた世界は現実ではなく、精神世界であったことに今更ながら気がつく。

包囲してくる二軍私兵が慎重に距離を詰めてくるのを、他人事のように見つめていた。

「隊長格は集団でかかれ! ……こ、こいつら、一体何を?」

自分のものではなくなった身体が、自慢の刀を振り上げる。

警戒する武士達を他所に、リーダーの肉体は刀の刃先を口から喉へ押し込んでいく。

彼が最後に知覚したのは、自ら命を終わらせる激痛だった。

〜〜〜

「儂の出る幕はなかったか」

峡部家の屋根の上。

闇夜に紛れる一人の武士は、眼下の光景を見て呟く。

気負った様子もなく座っているが、見るものが見れば一分の隙もないことがわかる。

その手に握る刀は、御剣家に伝わる銘刀の一つ。御剣 縁武が本気で戦う時に用いられるものだ。

万が一誘拐が成功していたら、最後の壁として立ちはだかっていただろう。

「それにしても、今夜はずいぶんと観衆が多い。あの気味の悪い視線は、どこへいったのやら」

見上げた空には、星ひとつない曇天が広がるばかりである。