作品タイトル不明
春の夜の夢
戦いは終わり、後片付けのターンである。
穢れてしまった土地に規制線を張って、人が入らないようにしたり、抉れた土地を均したり、陰気を浴びて腐り始めた木を伐採したり、作業は多岐にわたる。
これらを国家陰陽師部隊の皆さんが担う。
強大な敵が出てこない平時は、訓練と合わせてこういった復興作業行っているのだ。
脅威度6弱の妖怪がもたらした被害は大きい。
それでも、妖怪自体が齎した被害は、通常の討伐と比べて圧倒的に小さかったという。
俺が一撃で倒したからこの程度で済んだものの、本来なら市街の目の前まで侵攻されてようやく封印できる見立てだったらしい。
「妖怪が力を振るう暇すら与えず倒したからね。本当に驚かされたよ」
とは、恵雲様の言。
なお、それでも妖怪と共に発生した自然災害が消えることはない。
数日後に日本へ到達する大型台風は、船や港に大変な被害を齎す予想だ。
目先の戦いが終わっても、日本の戦いは続いている。
地元民の対策が間に合うと良いのだが……。
妖怪は俺一人で倒せても、その他のことはお任せするしかない。
どこまでいっても団体戦から逃れられないのが社会というもの。
調子に乗ることなく、謙虚に振る舞わねば。
とはいえ、本日一番の功労者である俺は、復興作業を眺めるばかり。
手伝おうとしたのだが『あんな大技を繰り出したのだから、さぞ疲れているだろう』と、恵雲様と隊長さんに止められた。
災害復興に子供を駆り出すほど切迫していないようだ。
「おい、あの子だ」
「普通の子供に見えるが……」
「峡部家って言ったか? 聞いたことがないな」
ザワザワ。
周囲から好奇の視線が集まる。
突如現れた強い陰陽師の存在感が気になって仕方ないようだ。
慣れない注目にむず痒くなる一方、ニヤつきそうになる自分もいる。
「悪くないな」
俺は復興作業の邪魔をしないよう戦場を歩いていく。
聞いたところによると、妖怪の足止めをしていたのは長士さんだと言うではないか。
ジョンを預け始めてそろそろ一ヶ月。治療は順調だとイタコ互助会から報告を受けているが、やはり直接聞きたい。
「それにしても見つからない。すみません、長士さんがどちらにいるかご存知ですか?」
「うわっ、話しかけてきた。……長士様なら、さっきあっちの方へ走って行ったけど」
お礼を言い、教えてもらった方角へ歩みを進める。
どうも復興作業に奔走しているらしく、さっきからすれ違っているのだ。
戦闘を終えたばかりだと言うのに、勤勉なことである。
俺は倒木を避けながら移動する。
「詩織ちゃん、足元に気をつけてね」
右袖に掴まる少女は、倒木を指差す俺に頷き返した。
戦闘が終わってからというもの、詩織ちゃんが俺の袖を離さない。
俺の側が一番安全だと認識したのだろう。
頑張った甲斐があるというものだ。
三人と一体の珍妙なパーティで戦場を移動していると、お世話係さんが俺に提案する。
「峡部様、お疲れではありませんか? 詩織様はこちらに……」
「大丈夫ですよ。少し疲れましたが、もう一体妖怪が出てきても倒せるくらいです」
1体どころか5体までなら確実に倒せる。
さっきは完全にオーバーキルだったからなぁ。もう少し霊素を節約すれば、さらに倒せるはず。
それくらい余裕なのだが、控えめに申告しておいた。
第陸精錬霊素がいくらでも使い放題と認識されてしまえば、俺の力が安く買い叩かれてしまう。
希少性をアピールすることで、価値を高める。
ビジネスの基本だ。
恵雲様も情報は隠せと言っていたし、これくらいの駆け引きはあって然るべきだろう。
「お疲れになった際は、いつでもお声がけください」
「わかりました」
第陸精錬霊素なら余裕を持って倒せるという親父の予想は、見事に的中していた。
ただ、そこからさらに余裕を持つことができたのは、間違いなくサトリのおかげだ。
「来てくれてありがとう。後でお話ししようね」
——♪
空いている左手で背中を撫でると、嬉しそうな声を上げる。
幻ではない。
一体どうやってここへ来たのやら。
弱点と思しき場所をどうして示せたのやら。
疑問は尽きないが、ここまで駆け付けたのは、ひとえに俺を助ける為だろう。
愛い奴め。
霊獣との絆を感じつつ歩いていくと——。
「あっ、あの後ろ姿は」
数週間前に見たばかりの婆さんの背中である。
背後にいる霊も見覚えがある。
「こら、暴れるな! あんたにはまだ働いてもらわなきゃいけないんだよ」
(十分いい夢見ただろうが! 俺は聖のところへ帰るんだ!)
「ようやく見つかった。長士さんお疲れ様です」
「げぇっ!」
ゆっくり振り向いた彼女の体から、なぜかジョンがはみ出していた。まるで下半身が壁に埋まってしまったかのように。
「ジョン!」
(ヒジリ!)
「あぁっ、待ちな! 勝手に出るんじゃないよ!」
婆さんから飛び出したジョンが俺の元へ駆け寄る。
ボロボロだった霊体は綺麗に治っており、本人の表情からも活力が漲っているのが分かる。
俺は触手を繋ぎ、こっそり会話を始めた。
「もう大丈夫なの?」
『OK』
「ジョン! まだ治療は終わってないよ! えぇと……リンパマッサージとか……ホルモンバランス調整とか……」
「えっ、 まだ(・・) 治療終わってないんですか?」
すでに元気そうなのに、これ以上やることがあるのだろうか。
そんな俺の問いに対し、長士さんはしばし再考した後、答える。
「……。いや、まぁ、アタシの手にかかれば予定より前倒しで治療も終わったりするんだよ。さっきのはオプションというか、その、希望する霊にだけ施すあれだよ」
「なんだ、そういうことでしたか。ジョンどうする? もう少し治療してもらう?」
『動けなかったが、ここ一週間の記憶はあるんだぜ……ったく。いや、もう充分休暇をとった。すぐにでも仕事に戻れるぜ』
英語なので何を言っているのか部分的にしか分からないが、帰りたがっているのは分かる。
「長士さん、うちのジョンがお世話になりました」
「い、いいんだよ。仕事だからねぇ。……もう少し長くてもアタシは一向に構わないけれど」
お礼を言うと、俺を気遣ってそんなことを言う。
あの日と変わらずぶっきらぼうな物言いだけど、根は良い人だな。
「初めて会った時は治療を嫌がってたのに。本当にありがとうございます」
「あれはそのなんていうか……どういたしまして」
こうして、ジョンは万全の状態で帰ってきた。
夏休みの間ずっと気がかりだったので、ようやく安心できた。夏休みの宿題を終えた気分である。
ただ、ジョンのことだからまた怪我をしそうな気がする。
その時は長士さんに頼るとしよう。
「いつでも待ってるからねぇ。これ、連絡先。イタコ互助会は通さなくていいから。なんならこっちから迎えに行くから」
いい人だなぁ。
長士さんとのやりとりを終えたところで、隊長さんと打ち合わせをしていた恵雲様たちが合流してきた。
「みんな、ここにいたのかい。私達は一足先に帰ろう。後は現地の大人達で対応することになった」
もう夜も遅い。
俺はともかく、詩織ちゃんは眠そうだ。早く帰って寝るとしよう。
俺達はヘリに乗り込み、宮城県へと戻った。
東部家の屋敷に入る直前、俺は思い出す。
「あぁ、そういえば。副作用対策で新しい方法が見つかったんでした。朝食の後、試してもいいですか?」
「はっはっは、まさか最終日に朗報を聞けるとは思わなかったよ。警報が鳴った時には予想もしなかった。はっはっはっはっは」
いつものアルカイックスマイルを崩し、心の底から笑っているように見える。
嬉しいのは分かるが、そこまで笑えるか?
深夜テンションで笑い上戸になっているのかな?
「はぁはぁ、すまない。明日、よろしく頼むよ」
恵雲様はこの後も緊急対策のトップとしていろいろ連絡しなければならないため、足早に執務室へ向かってしまった。
玄関前に取り残された俺達も中へ入ろうとすると、右袖が引っ張られた。
「詩織ちゃん?」
何かあったのかと心配になり、少女へ向き直る。
彼女は俺の目をまっすぐ見つめて、言葉を紡いだ。
「ありがとう」
夏の暑さを忘れさせる涼しい風が、少女の白髪を揺らす。
塩砂家や日本の問題はまだ何も解決していない。
終焉の時とかいう激ヤバ案件も見え隠れしている。
課題は山積みだ。
それでも……俺にしかできない仕事で、この子に一時の安寧を与えられた。
東北に住む子供達の未来を守れた。
今この時くらい、自分の功績を誇ってもいいだろう。
「どういたしまして」
これこそ、俺が前世で望んだ生き方だ。