軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

家族旅行 後半

おかしい。ありえない。

なぜか、サトリが、目の前に、いる?

「サトリ?」

——♪

名前を呼ぶと、鳴き声が聞こえた。

やはり、サトリに違いない。でもそれはおかしい。運転手さんとお留守番するよう、ちゃんと言い聞かせた。不思議な繋がりを通して、あの子はお留守番の意味を理解している。

サトリはまだ幼くとも、その約束を違えることはない。

そもそもそこは、さっき見た時は何もいなかった場所なのだ。

「狐?」

遅れて気が付いたが、サトリの目の前には狐がお座りしている。

野生の狐にしてはやけに艶やかで、夏の木漏れ日で輝いている。さらに特徴的なのは、その狐が稲穂と何かの道具を咥えていることだ。

二匹が並ぶ姿は、まるでおしゃべりでもしているかのよう。

「サトリ、なんでこんなところに……あれ?」

「聖、どうかしましたか?」

「今、そこに、サトリが……」

「どこにもいませんよ? もしかして、寂しさのあまり姿を隠してついてきたのでしょうか?」

サトリのところへ向かおうと、視線を足下の階段へ向けたその一瞬で、姿を消してしまった。

俺はサトリの幻を見たのだろうか?

あるいは、狐に化かされたか?

ここが野山なら、それで納得したかもしれない。

だが、ここは稲荷神社である。

「もしかして……」

命婦社へ歩み寄る。

すると、そこには一枚の立て看板があった。

『命婦社(命婦信仰) 命婦(眷属・霊狐)は稲荷大神の御神使で 大自然の神秘を感受する霊能は人間よりもするどく霊性の働きを欠く人間が 霊獣の所有する特異な霊の働きで稲荷大神へ願い事を達してほしいと命婦に願って大神に取次いでいただく信仰が即ち命婦信仰である』

要するに、霊狐が神の御使ということだ。

もしかして、神の眷属様はうちの子に何か御用があったのでしょうか?

うちの子が何か粗相をしていないと良いのですが。

「お父さんはどう思う?」

「お前の霊獣なら、何が起こってもおかしくはない」

親父はどこか達観したような顔でそういった。

うちの子ってもしかして、神獣なのだろうか。

仲間が来たから挨拶していたのだろうか。

真相は分からない。

あとで本人に聞くとしよう。

一通り参拝を終えた俺達は、記念に御朱印と御神籤を入手することにした。

前者は社務所で、後者は授与所で授けられる。

御朱印をサクッと入手し、続いて御神籤へ。

俺は箱の中へ手を伸ばし、一番上にある御神籤を掴んだ。

どれどれ運勢は……。

[ 代価 殺生石 ]

なんか、二つの単語がデカデカと並んでいた。

竹駒神社の御神籤ってこういうスタイル? 奇抜だね。

「……そんな訳ないか」

何かの代価で、殺生石に関する依頼をこなせと指示しているのだろう。

少し思案を巡らせて視線を動かした瞬間、御神籤の内容が普通のものに変わっている辺り、間違いない。

「サトリに関すること、だよなぁ」

先ほどの不思議な光景が思い出される。

あの時、何らかの報酬を前払いで貰っていたということか。

パートナーとして支払うのはやぶさかではないが、せめて何をもらったのかだけは教えて欲しい。

だって、殺生石といえば、退治された九尾の狐が姿を変えたものとして有名な、曰く付きの大岩である。

どう考えても大仕事になるだろ。

「お父さん、新しい仕事の依頼を受けたよ。殺生石関連。依頼主は稲荷大神の御神使」

「……そうか」

さっきまで優也とお揃いの大吉が出てホッコリしていた親父が、再び達観した顔に戻ってしまった。

再封印するにせよ、退治するにせよ、厄介な依頼には違いない。

親父としては冷や水をぶっかけられた気分だろう。

「東部家の報酬に、その調整も含めておきなさい」

「そうだね」

今は楽しい家族旅行中だ。

厄介な依頼は後で考えるとしよう。

「あれ? あの像、さっき見た狐に似てる。というか、まんまじゃん」

「どれだ」

神社を散策していると、綺麗な池の側に狐の像があった。

咥えているのは稲荷大神の司る「稲穂」と、堅く閉じ塞がれているものを導き開く「鍵」であり、その正体は霊狐らしい。

「こちらの御神使が依頼主です」

「とりあえず、拝むか」

たぶんうちの子がお世話になったので、感謝の言葉を伝えておく。代価の詳細を教えてくださいと追加で念じたが、何も反応はなかった。

なお、車に戻ってサトリに事情聴取するも、情報は得られず。

——♪

「ずっと車に乗ってたの? 本当に?」

「ずっと車におりましたよ。扉も開けておりません」

運転手さんがアリバイを証明した。嘘ではないだろう。

ならば、俺が見たのはいったい?

「稲荷大神の御神使から何をもらったの? ……楽しかったのかぁ。そっかぁ。……やっぱり外出てるじゃん。僕の見間違いじゃないじゃん。にもかかわらず、何をもらったのか具体的に伝わってこない。えぇ、どういうこと?」

「神が関係する事象を、人の身で理解しようとすること自体、無謀だ。諦めなさい」

親父がそう言って事情聴取を止めた。

成長著しいサトリではあるが、表現能力はまだまだ発展途上である。

旅行の最後にとんでもない謎を残し、俺達は竹駒神社を後にした。

お土産に「萩の月」も買ったし、これで完璧だ。

~~~

旅館に戻ってきた俺達一家は温泉で汗を流し、美味しい夕飯を食べ、寝る前の穏やかな時間を過ごしていた。

夜でも蒸し暑いので、外へ出るという選択肢はない。

エアコンの効いた部屋で快適に過ごすのが正解だ。

よって、峡部家の未来を決める重要な会議は、 広縁(ひろえん) にて行われることとなった。

「お父さん」

「どうした」

恵雲様から頂いた日本酒をチビチビ飲みながら月を眺める親父に、俺はさっそく本題を切り出した。

「そろそろ、峡部家の名前を世間に轟かせようかなって」

俺は少し緊張しながら、なんてことない風に言ってみた。

親父はお猪口をテーブルへ置き、しばし瞑目した後、問う。

「元服まで待つのではなかったのか」

「機会がなければそれでもよかったんだけど、日本の裏事情を知っちゃったからさ」

親父にはこれまでの話を全て共有している。

社会人として、報連相は欠かせない。

だからだろうか、俺がこんなことを言い出してもあまり驚かないのは。

「お前のことだから、そう考える可能性もあると思っていた。困っている人を放っておけない、優しい子だからな」

そう言って、おもむろに俺の頭を撫でる親父。

いや、俺はそんなにお人好しではないのだが。

自分のやりたいことしかしていないし、きちんと報酬をもらっている。

親父の言うような人物なら、採算度外視で街中の妖怪を根絶やしにして、誰彼構わず助けることだろう。

俺が力を使ってきたのは、身近な人物だけだ。

「聖のしたいようにしなさい。後始末は私がする」

「ありがとう」

とはいえ、今はそんな勘違いをしていてくれた方が都合がいい。

良い子を演じているからこそ、こういう時に好き勝手出来るのだ。

俺は峡部家再興計画を親父に語った。

「来月の頭に脅威度6弱の再封印があるから、恵雲様にお話しして、戦闘に参加させてもらうよ」

「わかった」

本当に倒せるか分からないので、通常通りの準備をしてもらおう。

来月はゲストとして参加する。

俺の力が確実に通じると確認できたなら、その次からは俺がアタッカーを務めよう。

そして、前世の悲願—— 峡部 聖(おれ) の名前を後世に遺すのだ。