軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

塩砂家前日譚

東北の動乱を伝え聞いた恵雲様のご先祖様は、新天地へと進出することにした。

「当時、 東雲(しののめ) 家を名乗っていた私のご先祖様は、関東の地で燻っていたそうだ。せっかく日本屈指の実力を持つのに、己がトップに立てないことを嘆いていたよ」

東雲家には日記を書く決まりがあったらしい。

件のご先祖様が若かりし頃、ことあるごとにそういった記述を残していたという。

歴史と実力はあれど、権力がなければ美味しい思いはできない。

東雲少年は関東の長である安倍家を忌々しく思っていたそうな。

「どれだけ努力しても超えられない壁を前に、ご先祖様は正攻法を諦めた」

関東には陰陽師界の重鎮、安倍家がいる。

なら、安倍家がいない場所なら自分が一番になれるのでは?

それでいいのかと問いたい思考の結果、東雲青年は家を飛び出し、東北へ足を向けた。

「そこにちょうど脅威度6弱の妖怪が現れてね。ご先祖様は現地の陰陽師達の前で妖怪を封印してみせたんだ。被害が出る前に。まさに英雄の登場だね」

東雲家の秘術は“封印術”である。

札や勾玉などの器を用意して、そこに妖怪を閉じ込める。

これでは退治できないと思うかもしれないが、陰陽師達による全力の攻撃で弱らせた後に封印し、霊力が回復してから封印を解除して第二ラウンド開始。

そんな戦い方ができるのだ。

ただし、脅威度6弱は並大抵の実力では封印できない。

国家陰陽師部隊が力を合わせて行う儀式を個人で行うのだから、当然相応の力が求められる。

ご先祖様はそれができるだけの実力を持っていたのだ。

安倍家さえいなければという文句も、あながち嘘ではなかったのかもしれない。

技術の進歩でも対応しきれなくなった東北の妖怪対策において、新たな道が開かれた。

妖怪を倒すという分かりやすい強さを示した東雲家当主は、東北の陰陽師達から絶大な信頼を勝ち取ったのだ。

そして、彼らの意向を無視できないほど弱体化していた東部家は、東雲青年に提案する。

『婿に来てはもらえないだろうか』

『ええ、共に東北の地を守りましょう。お義父さん』

ついに東部家当主となったご先祖様は、関東の安倍家や関西の蘆屋家に倣い、子孫へ受け継ぐ名前を考える。

『東雲の勇名は新たな土地で新たな名と共に歴史へ刻まれるだろう!』

――初代 東部(とうぶ) 恵雲(けいうん) の誕生である。

晴に対して雲、明に対して恵。

安倍家を忌々しく思っているはずなのに、めちゃくちゃ意識した名前である。

「だいたい四百年前のことさ。こうして、我が家の歴史が始まった。そして何度も大きな課題にぶつかった。その都度どうにかしてきた」

でも、そんな場当たり的な対応はいつまでも続かない。

天下の安倍家の分家ですら持て余した地である。

東北の妖怪は、尋常ではなかった。

「ついに、封印した妖怪の退治が間に合わなくなった」

封印によって後回しにした妖怪の順番待ちが発生。

捌ききれなくなった行列を前に、システムの崩壊は刻一刻と迫っていた。

「そこで、二つの組織が対策を講じた。イタコ互助会と、東北陰陽師会。つまり、イタコと塩砂家さ」

ここでようやく出てくるのが、塩砂家である。

「先に動いたのはイタコだ。複数の霊を同時に憑依させることで、常人の何倍もの霊力を使えるようにした」

しかし、今までしなかったということは、相応のリスクがあるということで。

不安定なデメリットに目を瞑ったまま、仮初の平穏を手に入れた。

「『ババア達だけに任せておけるか』そう言ってさらに大きいリスクを選んだのが、塩砂家だ。怨嗟術を考案し、うちに話を持ってきた」

二百年前に始まったイタコ最強の歴史は、必要に迫られての苦肉の策であった。

そして、時を同じくして塩砂家と東部家も動き出す。

きっかけは、浜辺に現れた強大な妖怪だったという。守るべき町民たちを守りきれず、強力な穢れを撒き散らされてしまった。

東北の未来に絶望した塩砂家当主は、家の未来を代償に怨嗟術を開発した。

「考案者の塩砂家当主は、いずれこうなることが分かっていたんだろう。自分は現場で戦うから、東部家には運用を頼むと申し出てきたそうだ」

怨嗟術はその特性上、すぐには強くなれない。

世代交代を繰り返し、多くの妖怪を倒して、少しずつ強くなり――ついに百年前、荒御魂事件と共に日本最強の座が交代となった。

「その頃には、副作用がかなり強くなっていたようでね。三十歳を超える頃には怨嗟之声に苛まれるようになった。四十を超えるともう、戦うことはできなくなった」

副作用は受け継がれる力と共に増大していく。

歴代当主は怨嗟之声に精神をやられたのだろう。

塩砂家現当主 塩砂(えんさ) 満(みつる) のように、衰弱してしまうそうだ。

「詩織ちゃんのお父さんは私の一つ年上でね。子供の頃は、よく遊んでもらったものだ」

昔話を語る恵雲様の様子から、どれだけ慕っていたかが伝わってくる。

新しい遊びを教えてくれて、何でも知っている優しい兄の背中を、いつも追いかけていたという。

頼もしい兄の様子が変化したのは、七歳を迎えた頃のこと。

「それまで聞こえなかった怨嗟之声が、早くも聞こえるようになった。始めはとても苦しんでいたよ。直視するのが辛くなるほどに……。やがて彼は、精神を病んでしまった」

先代は元服してから発症しており、満様で八年も早まっている。

産まれてすぐ怨嗟之声を聞かされた詩織ちゃんは、なるべくしてなったとも言える。

「東部家の歴史は……統治者として不甲斐ないばかりに、多くの者達に負担を強いて続いてきた。それは、私のご先祖様が来てからも変わらない。そして、今最も苦しんでいるのが、塩砂家だ。戦闘のみならず、日常生活すらままならなくなった塩砂家のサポートをするのが、私たち東部家の役割であり、義務でもある」

数百年の歴史を経て、東部家と塩砂家の物語は現代に繋がった。

俺の知りたかった東部家と塩砂家の関係は、峡部家-殿部家間の歴史と比べれば期間こそ短いものの、盟友よりも強力な絆で結ばれていたようだ。

「ご清聴いただきありがとうございました。ふふ、大して面白い話ではなかっただろう。けれど、私たちがどうして詩織ちゃんを助けたいと思うのか、理解してもらえたかな」

「はい、よくわかりました」

塩砂家との歴史は、東部家の恥部を語るようなものだ。

よく話してくれたなと思う。

「もしも君が怨嗟之声の治療法を確立してくれたなら、東部家の罪が少しだけ清算される。だから、期待しているよ」

「それは……責任重大ですね」

「ははは、冗談さ。君が気負うことじゃない」

とか言いつつ、その目はちっとも笑っていない。

常に笑みを絶やさない恵雲様だが、今の彼からは執念を感じた。

前世での経験上、こういう人は敵対したら怖いタイプだと知っている。

「詩織ちゃんの体調次第ですが、明日もいろいろ試します。道具の材料はたくさん用意しておいてください」

「もちろんだ。お願いするよ」

東部家の歴史を聞いておいてなんだが、どんな背景があれど関係ない。

子供が苦しんでいて、自分がどうにかできるのであれば、大人として放っておくわけにはいかない。

ベストを尽くすとしよう。

ついでに満様も助けられたら、たくさん恩を売れそうだ。

ふふふ。