軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

東部家当主

話がまとまった頃には、既に日が暮れていた。

詩織ちゃんの体調を考え、一晩宿坊で過ごし、翌日の早朝に出立する。

贅沢にタクシーと新幹線を利用しての移動は、少しでも詩織ちゃんの負担を減らそうとしてのことだ。

「旦那様ご不在のまま……よろしいのですか?」

「はい、主人は京都に出張しておりますので、後ほどご挨拶させていただきます。お仕事については、息子の判断に一任されておりますので、ご心配なく」

「信頼されているのですね」

「はい、自慢の息子です」

道中、大人たちの間でそんなやりとりがされていた。

新幹線の窓を覗くと、少し先に立ち並ぶビルが見えて来る。

東北地方で唯一の政令指定都市、仙台。

東北陰陽師会の本拠地がある場所だ。

「次で降ります。迎えの車が来ているので、ここからは東部家本家へ直行します」

さすがは日本三大陰陽師。当然のように専属運転手がいらっしゃる。

「着きました」

最速でやって来た東部家本家は、安倍家同様、歴史を感じる日本建築である。

というか、安倍家の屋敷とかなり似ているような。

「移動でお疲れでしょう。客間でご休憩なさってください」

「ありがとうございます。ちなみに、御当主様との面会はいつ頃になりますか?」

「峡部様が望むのであれば、今すぐにでも」

なに?

てっきり数日後、早くても今日の夜になるとばかり思っていたのだが。

日本三大陰陽師の一角を担う東部家のトップともなれば、スケジュールは1ヶ月先まで埋まっていることだろう。

それはイタコとのやり取りからも想像がつく。

そうでなくとも、社会人の日中の予定はそうそう空いていない。

夕食時や就寝間際になんとか時間を作るのかと思いきや、まさか俺との面会が最優先事項になっているとは……。

「御当主様のご都合の良い時間でお願いします」

「でしたら、昼食の後にお時間を頂きたく」

午後イチですか。

前日に決まった予定をブッ込む時間じゃないだろ。

もともと入っていた予定をキャンセルしたな?

「私は詩織様をお部屋へお連れするため、失礼いたします。御用の際はそちらのブザーを鳴らしてください」

客間へ案内された後、お世話係さんとは一旦別れた。

客間はとても広く、内装もかなり凝っている。

床の間には東北地方の工芸品達が飾られており、こけしが何とも言えない不気味な顔でセンターを飾っていた。

「夏休みの間は、ここに滞在することになりそうだね」

「良いお部屋です。使用人の方も優しそうで安心しました」

お母様が部屋を見回しながら言う。

優也と親父の世話をしなければならない都合上、お母様は明日家に帰ることとなる。

息子を預けるに値するかどうか、母親としては心配だったようだ。

「優也の土産話を聞けるのは、もう少し先になりそうだなぁ。残念」

「東部家の御当主様から許可をいただければ、優也を連れて様子を見に来ます。きっとあの子も寂しがるでしょうから」

それはどうだろう?

学年が上がって兄離れ著しい我が弟は、昔のようにスキンシップを取ることもなくなってしまった。

仲良く会話できるし、一緒に遊ぶこともあるけれど、寂しがるほどベッタリではない。

「優也って、宮城には来たことなかったよね。旅行も兼ねて連れて来るのはいいかも」

「その時は、聖もお休みをもらって、家族みんなで観光しましょう」

となると、親父の仕事が終わる2週間後か。

だいぶ先だな。

夏休みの計画を立てていると、あっという間にお昼時である。

「失礼します。お食事をお持ちいたしました」

出て来た昼食は、それはもう絶品だった。

食事をエネルギー補給の時間と考えている俺ですら、味わい深さにため息をつくほど。

しばらくここに住むのか……。

「悪くないな」

既に術中に嵌っている気もするが、依頼を引き受けることは既に決まっている。

衣食住が満たされて不満などあろうはずもない。

そして、ついに顔合わせの時がやって来た。

畳敷きの応接間の中で異彩を放つ西洋のテーブルセット。

そこには2人の男性が座っていた。

「やぁやぁ、君が聖君かい。よく来てくれた。そんなところに立っていないで、こっちに座りなさい」

ニコニコ笑顔で出迎えてくれた男性こそ、この家の主——15代目東部家当主 東部(とうぶ) 恵雲(けいうん) である。

「失礼します」

「ははは、そんなに緊張しなくていいよ。楽にしてくれ。おっと、紹介が遅れたね。僕の隣に座っているのが、塩砂家の当主、 塩砂(えんさ) 満(みつる) だ。詩織ちゃんのお父さんと言ったほうがわかりやすいかな?」

おんみょーじチャンネルや新聞などで東部家当主の顔は知っていたが、こんなに明るい人だったとは。

外見も若々しく、30代にはとても見えない。

安倍家が威厳に満ち溢れる当主だったのに対し、東部家当主は気やすく付き合えそうな雰囲気をまとっている。

俺とお母様がソファーに座り、続けざまに紹介されたのが、塩砂家当主である。

「…………」

背もたれに寄り掛かって座る姿は、とても客人をもてなす態度には見えない。

しかし、彼の虚な顔や脱力した体を見れば、どんな状態か明白である。

畳敷きの部屋に椅子を置いているのは、彼のためかもしれない。

「すまないね。今の彼は秘術の副作用で意識を奪われている。意識が戻ったら、改めて紹介しよう」

詩織ちゃんの話を聞いた後なら、この説明にも納得である。

まだ成人していない彼女ですら、ああなのだ。

当主として前線に立つ父親の負荷たるや、想像もつかない。

少なくとも1人では生活もままならないのだろう、後ろには使用人が控えている。

「さて、申し訳ないが、あまり時間がなくてね。単刀直入に聞こう。詩織ちゃんの力になってくれるかい?」

「もちろんです。仲間を助けていただいたので」

昨日からずっと疑問だった。

なぜ、縁もゆかりもない俺を東部家が助けてくれたのか。

聞くならば、今しかない。

「あぁ、そちらは気にしなくていい。私も頼まれたから助力したまでだ」

早速切り込んでみたものの、期待した答えは得られなかった。

「頼まれたとは、どなたからですか?」

「私から言っていいものか……。近いうちに会えるはずさ。直接話したいと言っていたからね。今回の手助けは、きみに話を聞いてもらうための挨拶代わりだよ」

朝日様といい、謎の人物といい、俺に何を求めているんだ?

俺は精錬霊素くらいしか持ってないぞ。

ジョンの肉体作成技術だったら、最悪譲っても構わないが……。

「詩織ちゃんに関する依頼は完全に別件だ。条件については、道中で伝えた通り」

「本当に、報酬は何でもいいのですか?」

「東部家で用意できるものなら何でも用意する。約束しよう」

恵雲様は断言した。

お世話係の彼女が言ったことは事実だった。

つまり、この報酬について以前から共有されていたということ。この破格の報酬を出す理由が気になってくる。

「なぜ、そこまでするのか、お聞きしてもよろしいですか?」

「そうだね。一言で表すなら……盟友だから、かな」

盟友——かたい約束を結んだ友を意味する。

陰陽師界であれば、ありふれた関係性である。

命をかけて共に戦うことが多く、互いに裏切らないことを約束する。これは別に書面に残すわけではなく、信頼関係や長い付き合いで自然と醸成されるものだ。

ちょうど峡部家と殿部家の関係性にあたる。

「詳しい話はまたの機会に。さて、依頼を受けてくれるようだし、一度自分の目で確認したい。おっ、ちょうど来たようだ」

ノックと共にやって来たのは、詩織ちゃんとお世話係さんであった。

彼女達を迎え入れる間に、使用人が折りたたみベッドをセッティングしていく。

「さぁ、詩織ちゃんはここで横になって。聖君、いいかな?」

当然、否はない。

俺はベッドに腰掛け、詩織ちゃんの手を取った。

「何を伝えましょうか?」

「“パパ”で頼む」

恵雲様の視線は詩織ちゃんパパへ向かっている。

なるほど、了解です。

「まだ慣れていないので、言葉を伝えるのは一瞬です。その後は気分が悪くなってお話どころではなくなるので、ご了承ください」

「わかっている。よろしく頼むよ」

だからこそ、話の最後に実演を持ってきたということか。

俺としては少し不安が残る。

こんにちは同様、すぐに単語を習得できるとは限らない。拙くとも、詩織ちゃんがすぐに真似してくれるといいんだけど。

「それでは、いきます」

側から見る分には何も変化はないだろう。

しかし、触手を触れさせた瞬間、俺の中へ怨嗟の声が濁流のように押し寄せてくる。

死ね!

殺してやるぅぅぅ!

ああぁぁぁぁぁぁあああああああああ!

『パパ!』

俺は目的の単語だけを送り、すぐさま触手を引っ込めた。

一瞬だったにも関わらず、流し込まれた負の感情に心を揺さぶられる。

あー、今すぐ休みたい。

「終わり……ました……」

俺の任務達成報告を聞き、大人達の視線が詩織ちゃんへ集まる。

俺の方を驚き顔で見つめる彼女は、口をもごもごさせた後、小さな声で言った。

「ぱぱ?」

それは、単語の意味が全くわからず、ただ聞こえた音を再現しただけのもの。

しかし、間違いなく俺が伝えた言葉であった。

「おぉ……おお!」

恵雲様は立ち上がり、塩砂家当主の方を指差した。

「そう! 君のパパだよ! この人が、君のパパだ!」

ともすれば失礼な行為だが、詩織ちゃんにとって“指差し”は数少ないコミュニケーション手段であり、彼女も恵雲様の指先を見ていた。

「ぱぱ?」

『こんにちは』と違い、場に大きな変化をもたらす単語を彼女は繰り返した。

その度に恵雲様が指差し、彼女の中で遂に繋がった。

「ぱぱ」

彼女の視線は間違いなく自分の父親に向かっている。

さらに、彼女自身も指差して繰り返した。

「ぱぱ」

「し……お……り」

まるで、その呼び声に起こされたかのように、詩織ちゃんパパが目を覚ました。

2人とも自らの声が聞こえていないせいで、アクセントがズレている。

しかし、そのやりとりは間違いなく父娘の交流であった。

「ようやく……ようやく……この時が。ありがとう聖君。君こそ、私たちが待ち望んだ救世主に違いない。長い付き合いになるけれど、よろしく頼むよ」

「……はい」

依頼主の希望が叶って良かったよ。

ところで、もう退室していいですか?

接触時間関係なしにダメージ大きいので。

俺は挨拶もそこそこに退室し、東部家当主との初対面を終えた。