軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

トウブ

上から見下ろしてきた少女は、俺達を視界に収め——こちらを指差して言った。

「死ね!」

は?

これはまた随分なご挨拶だこと。

そのワード自体にも驚いたが、暴言を吐いた少女の虚弱そうな見た目にも驚いた。

身長だけ見れば俺と同じくらい。ただ、細すぎる手脚と、無邪気そうな幼い顔立ちを見るに小学校3年生くらいだろうか?

そして、何より気になったのは、彼女の白い髪だ。

“はくはつ”ではなく、“しらが”と言うべき、不健康ゆえの髪質。老いによって色素が抜けたのなら仕方がないと言える。

しかし、彼女はどう見ても幼い。あの髪色からは病気や妖怪の悪意を連想させられた。

実は ロリ(つるぺた) ババアの可能性もあるのだろうか?

やんちゃ坊主とは対極の、歪さを感じる虚弱な少女であった。

とても「死ね」なんて口にしなさそうな外見だ。

あまりにも突飛すぎる出会いに、俺もお母様も固まってしまった。

そんな俺達の反応など興味ないとばかりに、少女は外へ出てくる。

階段を一歩、二歩と下りたところで、彼女の動きに違和感が見られた。

「うっ、あっ……」

軸足から力が抜け、受け身を取る様子もなく上体が倒れこんでゆく。

まるで、糸の切れた操り人形のようだ。

って、観察してる場合じゃない!

「危なっ!」

俺は慌てて階段を駆け上がり、少女を受け止めた。

身体強化がなければ支え切れなかっただろう。

体からは完全に力が抜けていて、ついさっきまで歩いていたのが嘘のようである。

顔を覗き込むと、眼を見開いたまま顔を顰めており、明らかに普通じゃない。

「2人とも大丈夫ですか?」

「うん、怪我はないよ。でも、この子の様子がおかしくて」

「突然倒れてしまいましたが……ナルコレプシーでしょうか?」

ナルコレプシーという単語には聞き覚えがある。

たしか、睡眠障害の一種で、日常のあらゆる場面で抗えない眠気に襲われてしまうとか。

それなら、先ほどの挙動にも納得がいく。

しかし、死ね発言といい、瞼が閉じていないことといい——。

「ナルコレプシーじゃない気がする。なんだろう、さっきから嫌な感じが……」

早く病院へ連れて行くべきと思い至ったところで、再び建物から人が出てきた。

「詩織様! どちらに! 詩織様……あぁっ!」

動きやすい和装に身を包んだ女性がこちらに気づき、駆け寄ってくる。

俺に抱きかかえられた少女を受け取ると、彼女の目を優しく閉じた。

「私、詩織様のお世話係を務めるトウブと申します。この度はたいへんご迷惑をおかけいたしました」

遅ればせながら、と前置きして彼女は名乗った。

こちらも名乗り返すべきではあろうが、今はそんなことをしている場合ではないと思う。

「いえ、お気になさらず。それよりも、その子、大丈夫ですか? 早く救急車を呼んだほうが……」

「それには及びません。いつものことですから……」

いつもの?

こんなことがいつも起こるというのか?

お母様も少女が心配なようで、急かすように提案する。

「私たちのことはお構いなく。お嬢さんを早くベッドで寝かせてあげてください」

「お言葉に甘えて、失礼いたします」

いつものこととはいえ、休息が必要なことに違いはない。

少女を抱きかかえ、トウブと名乗った女性は宿へ向かった。

「なんだか、心配ですね」

「うん……」

少女が心配なのは事実だが、それと同じくらい気になるのが“トウブ”の名だ。

俺の知っている“東部”なら、それは東北地方を取りまとめる東北陰陽師会、そのトップに君臨する陰陽師一族を指す。

関東における安倍家と同格であり、日本三大陰陽師家の1つに当たる。

そんなビッグネームに連なる人間がお世話係をしているということは、あの少女は東部家本家の人間の可能性が高い。

権力者に恩を売ることができたのは重畳である。

いつか大きくなって帰っておいで。

「そろそろ中へ入りましょう」

「そうだった」

建物の中でも人とすれ違う。

彼らは陰陽師の存在を知る上流階級の人間である。

コールドリーディングではなく、本当の降霊術を利用するためにやってきたのだ。

「繁盛してるなぁ」

客層から分かる通り、顧客単価は高い。

専門性の高さから競合相手もいない。

今日はボロ儲けだろう。

ただし、それ相応の修行が必要なので、割りに合うかは怪しいところ。

「あそこかな」

目的の部屋が見えてきた。

襖の前には中年の女性が座っている。

とりあえず、無邪気な子供スマイルで先制攻撃。

「こんにちは。工藤様はいらっしゃいますか?」

「……いらっしゃいますが、今はご休憩中です。失礼ながら、お名前をお伺いしても?」

その問いはお母様へ向けられていた。

まぁ、普通の子供がイタコのトップに用があるとは思うまい。

「僕の名前は峡部 聖です。工藤様にお願いがあってきました。少々お時間をいただきたく、ご都合の良い日時を教えていただけませんか?」

女性は驚きのあまり顔が固まっている。

長士さんの時もそうだったが、人を驚かすというのは不思議と楽しく感じてしまう。

狩猟本能が疼くのだろうか。

「関係者とお見受けしますが、面会の予約を取っている方ではありませんね。工藤様の予定は1週間先まで埋まっています。東北陰陽師会を通して、正式に申請してください」

こちとら暇じゃねーんだよ、子供はさっさと帰りな。

そんな心の声が聞こえてきた気がする。

ごもっともな意見だが、こっちも時間がないものでね。

「少しだけで良いので、お時間を作ってもらえたりしませんか? キャンセルが出た際に連絡をいただけるだけでも構いません。お礼と言ってはなんですが、こちらを差し上げますので」

「これは?」

「御守りです。脅威度4までなら退けます」

「4!? 御守りでそれほどの効果となれば、玉森家の最高級品では? そんなもの受け取れません! 私は買収されませんよ。きちんと面会の予約を取ってください」

一瞬心が揺らいでいたけれど、女性は踏みとどまった。

賄賂作戦は失敗である。

思った以上に真面目な人だ。

アポ無しで飛び込むのだから、これくらいは必要かと思ったのだけれど、むしろ高すぎたか。

「お引き取りを」

引くしかあるまい。

俺達は一旦宿へ戻った。

「聖の御守りは本当にすごいのですね。あの方、心底驚かれていましたよ」

お母様のなかで、御守りの価値がさらに上がっていた。

親父曰く『時の権力者なら1000万出してでも手に入れたがる代物だ』とのこと。

美月さんには応援価格として10万円で譲っているし、身内にはタダで配っているから、家計を預かるお母様でも客観的判断が難しかったのだろう。

「自分で作れると、いまいち凄さを感じられないけどね」

正直、俺は御守りを作るだけで一生食っていける。

陰陽師として食いっぱぐれない確信は、心の安寧を保つのにとても役立っている。

「あれほど価値があるのなら、他の方に依頼を受けていただくことができるかもしれませんよ」

「そうだね。宿に戻ってきたら、総当たりでお願いしてみようかな」

とは言ってみたものの、あまりうまくいく気がしない。

長士さんの『誰も受けないだろうけどね』という言葉が、『上から規制がかけられている』という意味に思えてきた。

イタコの歴史を考えれば、その可能性は十分ある。

「うーん」

一度賄賂を断った手前、あの女性が靡くことはないだろう。

本当に正攻法しかないのだろうか。

「どうしようかなぁ」

御剣家に口添えをお願いする案を検討していると、ふいに扉をノックする音が響く。

扉越しに何用か問いただせば、俺に来客が来たという。

「東部さんでしょうか?」

お母様と揃って首を傾げながらフロントへ向かうと、そこには先ほどの中年女性がいた。

「先程は失礼いたしました。工藤様がお呼びです。面会に応じると」

「あっ、はい。ありがとうございます」

……何が起こった?