軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

武僧

人里離れた山奥。

険しい獣道を、一人の男が歩いていた。

男は夏にも関わらず、全身を覆う法衣に身を包んでいる。その姿を見た者は、彼のことを修験者と呼ぶだろう。

「むっ」

聞き慣れた羽ばたきに空を見上げれば、一羽の鳩が舞い降りてくる。

それは男が雛から育て上げた伝令用の鳩であり、男の霊力を辿ってやってきたのだ。

「よしよし、よく来た勘九郎。寄り道しなかったか? うん?」

鳩を労った後、足に括り付けられた手紙を受け取る。

その内容はとてもシンプルであった。

[電話しろ]

山々を巡って霊力を高める彼らは、滅多に人里へ降りず、連絡手段に乏しい。

昔はこの手紙だけで任務を伝えていたのだが、伝達効率の悪さは如何ともし難い。

今では伝書鳩で通信圏内へ誘導し、電話で指示を与えるようになった。

返信はいらないと判断して、男は鳩を帰した。

(この辺りならば……界境寺か、御剣家か)

同じ志を持つ組織を頼りに、電話を借りるため男は歩き出す。

山で培った健脚によって、男は二度の野営で目的地へ辿り着いた。

「む? 建て替えたのか」

以前お邪魔した時は築数百年の貫禄ある家に泊まったのだが、いつの間にか新しくなっていた。

時の流れを感じつつ、男は玄関をノックする。

「御免!」

「はーい! あら、武僧のお客様ですね」

玄関を開けてくれたのは、綺麗な皺が刻まれた女性——御剣家前当主の妻、御剣幸子 だった。

彼女は優しい笑みを浮かべ、男を歓迎する。

「ようこそいらっしゃいました。些少ではありますが、おもてなしさせてくださいな」

「かたじけない。拙僧は空海と申す。一晩の宿と、電話をお借りしたい」

旅のお坊さんに宿を貸すことは縁起が良いとされていたのは昔の話。

物騒な事件が多い昨今では、誰も見知らぬ男を家にあげたりしない。

軒を貸して母屋を盗られるなんて諺もある。

そんな時代にあっても、対妖怪組織は密に協力し合い、人類の敵と戦い続けている。

当然のように部屋を貸すし、同じ釜の飯を食うことで絆を結ぶ。

客間に案内してもらった空海は、家長への挨拶を望んだ。

「当主殿はご在宅か?」

「えぇ、こちらでお待ちくださいな。呼んで参りますので。あぁ、そうそう、お電話はこちらにありますから、ご自由にお使いください」

空海は軽く頭を下げ、早速電話を借りることにした。

電話の先は彼が所属するお寺である。

電話に出た見習いの小僧と久方ぶりの交流を楽しみ、目的の人物へ取り次いでもらう。

「師匠、ご下命に従い、御剣家へ参りました」

「うむ。御役目ご苦労。息災なようで何よりだ」

そう言って空海を労うのは、寺で最も徳の高い和尚である。

和尚は長い歳月を信仰へと捧げ、幾多の霊峰を巡り、山の主を鎮め、妖怪を滅してきた。そんな和尚も寄る年波には勝てず、今では現場を退き、後進育成に励んでいる。

武僧の中でも有数の実績を誇るその人物から、空海は戦い方を教わったのだ。

「修行は順調か?」

「行き詰まっております。霊力の増加は微々たるもの。対して肉体は日に日に衰える一方……老いとは恐ろしいものです」

「そういうものだ。その壁を越えた時、新たな景色が見えるはず。肉体の衰えは培った技術で補えば良い」

「なるほど、ご教示感謝いたします」

近況報告を終えたところで、和尚は本題に入る。

電話を借りたのも全てはこの為だ。

「 荒御魂(あらみたま) が野に放たれた」

師匠の言葉に空海は驚くも、すぐに納得した。

「師匠の懸念が現実となりましたか」

彼らは研究所の存在を知っていたのだ。そこで妖怪や陰陽術について実験を行っていることも。

設立当時に実験への協力を求められたが、断固反対した。

『よく学び、よく鍛え、理を知ることは肝要だが……過ぎた好奇心は破滅を齎す。特に妖怪を研究することは古くから禁じられている。その理由がお分かりか。再考すべきですぞ』

そんな師匠の言葉も、彼らには通じなかった。

常識に囚われていては成し得ないこともある、などと宣って。

そうして起こった今回の事件。

空海は関西陰陽師会へ抗議することを心に決めた。

しかし、師匠の次の言葉に彼は言葉を失う。

「偶然近くにいた慈雲が遭遇し、応戦した。……最期まで信仰厚く、立派に戦い抜いたそうだ」

「なんと……」

慈雲は空海の 弟(おとうと) 弟子である。

入門当初は貧弱だった彼だが、今では空海も認める実力を持っていた。

その慈雲が太刀打ちできなかったとなると、敵は間違いなく強大である。

次にお鉢が回ってくるとしたら、誰か。

「お主には荒御魂討伐の任を与える」

寺の年長者として、空海が選ばれるのは当然であった。

「敵の力は?」

「共連れの小僧が戦いの様子を伝えてくれた。曰く、目に見えぬ何かで攻撃された、と」

「目に見えない。それは、霊感が弱かったというわけではなく?」

「その小僧は私よりも目は良かった。慈雲もな。それでも、見えなかったという」

空海の霊的視力は師匠と同程度。

であれば、間違いなく敵の攻撃は見えないだろう。

「遺体には殴打された跡が多数あった。そのうちの一撃が首の骨を折ったようだ」

「たまたま不意を突かれた可能性は」

「言ったであろう。最期まで信仰厚く、立派に戦い抜いたと」

武僧は仙闘之術によって肉体を強化している。

聖が身体強化と呼んでいる技術と似た効果を持っており、宗派によって様々な呼び名がある。

空海の所属する寺では、師匠の教えにより仙闘之術を常時発動しているが、戦闘へ意識を集中する時にこそ、最も力を発揮する。

気を抜いている時に急所を不意打ちされれば、比較的簡単に死んでしまうのだ。

しかし、そんなことはなかった。

弟弟子の奮戦を讃えるべきか、全力でもって相対しても勝てない敵の強さを恐れるべきか……空海は瞑目した。

「くれぐれも、1人で仇を討とうなどと考えるな。関西陰陽師会の若造とて、危険は承知していたはず。その対策を突破して外界へ出てきた妖怪であることの意味……わかるな?」

「……はい」

妖怪退治のベテランである空海へ、師匠は念を押すように問うた。

武僧の強みは、身体能力の高さと肉体の頑丈さにある。

殺人型と真っ向から殴り合い、災害型の攻撃を避けながら攻撃する。

陰陽師が役割分担してこなす仕事を、武僧は1人で行えるのだ。

しかし、今回の相手はその頑丈さを突破し、不可視の攻撃により避けられない攻撃をしてくる。

武僧の強みを無効化されては戦いようがない。

それでも仲間の無念を想う空海に、師匠は助言する。

「他の寺社からも応援が出る予定だ。地域の陰陽師も派遣される。遠くから観察し、敵を知ることから始めよ。しからば、機会は訪れるだろう」

「はっ!」

武僧の肉体を打ち砕く一撃。

空海は来る戦いの時に向けて、気を引き締めた。

重苦しい空気はここで一旦横に置き、和尚本来の優しげな口調に戻る。

「それと、次からはこの番号に掛けなさい。これなら私に直接つながる」

どこか得意げな師匠が口にした番号は、11桁だった。

7桁を想定していた空海は、おや、と首を捻る。

「師匠、その番号の長さはもしや?」

「うむ、私もついにスマホでびゅーしたのだ。なかなか便利だぞ?」

人生の長い時間を山で過ごす彼らは、当然の如く山に居を構えている。

依頼も役人が直接伝えに来るし、書類関係は手紙でやりとりできる。

彼らは現代の便利な機器から縁遠い生活をしていたのだ。

そして、いよいよメールでのやりとりが必須になった今ですら、若い見習いにパソコン業務を任せっきりにしていた。

「うぅむ……師匠が始めたとあらば、拙僧もお供いたします」

「うむ。昨今の妖怪発生件数を鑑みて、多くの寺社仏閣でも迅速な情報収集能力を強化しておる。お主も一つ持ってみると良い」

新しい文化……とは言えないほど社会に浸透しているスマホだが、男にとっては未知に飛び込む気持ちで覚悟を決めたのだった。

~~~

「この辺りで待つか」

空海は久方ぶりに街中を歩いていた。

道ゆくお寺で荒御魂の目撃情報を集めたところ、どうやら一直線に何処かを目指しているらしい。

そこで彼は先回りすることにした。

「通り過ぎてないとよいが」

空海へ話が来るまでに、3人の一般人と5人の陰陽師が犠牲になっている。

尊い犠牲によって判明したのは、荒御魂が透明になって移動すると、霊感があっても視認できないということ。

目の前を通り過ぎても、気付けない可能性があるのだ。

さらに、透明になっている間は壁をすり抜けて移動できるようで、見失ったら二度と見つからない可能性さえある。

空海は予想通過地点が見える位置で待ち構える。

(殺したのは進行を邪魔した者だけ。殺人が目的ではない。どこかを目指して移動しているとは……なんと珍妙な)

荒御魂の発生件数は歴史的に見てもごく僅か。

陰陽師界隈で活動していたとしても、大抵は生涯で一度も戦うことなく寿命を迎える。

そんな謎だらけの荒御魂について考えているうちに、時は過ぎていく。

10分。

1時間。

6時間。

精神統一しながら荒御魂が現れるのを待つ。

いつしか辺りは暗くなり、人通りも少なくなってきた。

そんな時、彼の視界にふわふわ浮かぶ妖怪の姿が飛び込んできた。

「南無三。む?」

妖怪を片付けようと一歩踏み出す彼の前に、同業者が現れる。

その同業者は奇妙な気配を垂れ流しており、武僧にはありえない隙だらけな歩き方をしていた。

一陣の風が吹き、同業者の笠が飛んだ。

晒された頭部は、紋様を描かれた包帯で覆われている。

それだけならば何らかの呪いを受けた同業者とも思えたが、包帯の隙間から覗く空洞は、人のそれではなかった。

そしてトドメに、腕を伸ばしても決して届かない距離にいた雑魚妖怪が突如はじけ飛んだ。まるで、目に見えない何かで殴打されたかのように。

「荒御魂か!」

普通とは違う特殊な妖怪がすぐ目の前にいて、敵もすでにこちらを視界に捉えている。

仲間を待ち、様子を窺うなどと言っている場合ではない。

「慈雲の仇! せいやぁっ!」

「What!」

先手必勝。

戦いが始まった。