軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

例外と脅威度4

「誰~かに~なりたくて~進みだした~ぼくの~スト~ォリ~」

役所の結界の定期メンテナンスが終わり、自宅へ向かっての運転中。

マイカーという名のカラオケボックスで、俺はご機嫌な気分に浸っていた。

結界のメンテもうまくいったし、契約も問題なく継続できたし、万事順調。

早く家に帰って、かわいい子供達の顔を見るんだ。

あぁ、なんて充実した一日……となるはずだった。

ビービービー

車から降りたところで、緊急出動のアラートが鳴る。

「家についたばっかだっつーの!」

ようやく子供達に会えるというこのタイミングでよぉ!

妖怪もこっちの都合を考えて出てこい!

「にしても、ついこの間倒したばっかだろうが。ついにここも、例外じゃなくなったってことか」

都市部を中心に、妖怪の発生頻度が上昇していると聞いた。

それもここ数十年ずっと続いており、近年になってより顕著になったという。

富裕層の住む地域はその例外で、妖怪の発生数は低いままだったんだが……。

嫌になるぜ。

「強がいない日だったらヤバかったぞ。協会も人員補充しろよな。って、そういやあいつが来てたか」

うちの娘と仲良くしている陽彩ちゃんの父親、浜木家当主。

一応あいつもこの地域の担当だが、はっきりいって戦力外だ。

脅威度4以上の戦闘に耐えうる術の1つも持っていなければ、霊力も並以下。秘術に当たる 木檻(もくがん) 陣は、敵を檻に拘束するだけで、我が家の下位互換だから要らない。

まぁ、体を張って時間稼ぎしてもらえれば上等といったところか。

緊急出動の情報によると、今回発生するのは脅威度5弱、それも殺人型だ。

いつも通りなら脅威度5弱に近い脅威度4といったところだろう。

それでも強敵であることに違いはない。一撃で倒す聖坊が特別なだけだ。

俺は鳴り響く警報に気を引き締めた。

「場所は……遠いな。車で行くか」

強たちを拾って、現場まで急行すれば10分といったところだな。

今回の警報は出現予告だから、ぎりぎり出現する前に到着できるかどうか。

災害型と違って、殺人型は即座に人を襲い始める。

被害者が出る前に急いで倒さねぇと。

車のキーを刺したところで、スマホに着信が入った。

「強、今から車で……そうか、もう現場にいるのか。わかった。すぐに向かう」

幸運なことに、強たちは出現地点の近くにいたようだ。

現場は無人らしく、予言通り妖怪はまだ現れていない。

これなら、通行規制と事前の戦闘準備ができる。

殺人型相手には鬼が必須だ。戦闘前に召喚しておける時点でかなり有利になる。

「すぐに帰ってくるから、待ってろよ」

バックミラーに映る我が家へ言葉を残し、俺は現場へ急行した。

……聖坊がいるなら、本当にすぐ帰れるかもしれないな。

~~~

「ちっ、間に合わなかったか」

途中で渋滞に捕まったせいで目算が外れた。

出現予告時間までもう 間(ま) がない。

準備は一切できねぇ。

いきなり戦闘だ。

急ぎ道具を担ぎ、出現予告地点である公園へと駆け込む。

「ジャストタイミング」

公園の中央、噴水の前に漆黒の靄が集まり、今まさに形を成そうとしていた。

「ガァァァァァアアア!」

現れた妖怪はヒグマのような外見をしていた。

漆黒の毛皮に包まれた巨体は見るからにパワー型。

鋭い爪や牙が主武装として目立つが、筋肉の張りつめた手足を振るうだけでも人を殺せるだろう。

噴水の前で遠吠えした妖怪は、殺意に満ちた赤い瞳で公園内を見渡した。

陰気を拡散していないということは、脅威度4だろう。

しかし、決して油断して良い相手ではない。

人の力を凌駕する怪物が、人を殺そうと全力で襲ってくるのだから。

やがて、妖怪は最初の獲物に狙いを定めた。

四つ足で駆け出し、トップスピードのまま前腕を振りかぶって爪を振り下ろす。

「聖坊、逃げろ!」

先に来ていた聖坊は、噴水のそばに描かれた陣の上で仁王立ちしている。

なぜか強は俺と近い位置にいるじゃねーか。

鬼も待機したままだ。

俺は慌てて簡易結界の札を飛ばそうとするも間に合わない。

強に至っては動き出そうとすらしない。

最悪の状況を想像したが、その予想は完全に覆された。

風を切り裂くような鋭い爪の一撃は、結界によって防がれた。

一見、地面に描いた結界の陣が防いだように見える。

だがしかし、殿部家当主である俺の目は騙されなかった。

結界の外側に簡易結界が張られていて、妖怪の爪を防いだのは簡易結界の方である。

「はぁ!?」

簡易結界だ。

簡易結界が防いだのだ。

物理干渉に特化した殺人型妖怪の攻撃を、即席の簡易結界が完璧に防いで見せた。

「マジかよ」

我が家(うち) の簡易結界ならいざ知らず、峡部家の簡易結界で受け止めただと?

峡部家の簡易結界についてはよく知っている。物理と霊体どっちつかずな性能だ。

脅威度3相手なら、目の前の結果も理解できる。

しかし、殺人型の脅威度4相手にこの結果はおかしい。

奴らにとって、半端な簡易結界など紙切れに等しい……それが常識のはずだ。

せいぜい陰気の侵入を防いだり、一撃だけ受け流したり、ダメージ軽減するのが関の山。

結界に対して一家言ある俺ですら、簡易結界は一時しのぎの策としか考えていない。

それくらいシンプルかつ簡易的な防御手段でしかないんだ。

ならば、今目の前で起こった現象はどういうことなのか。

「遅かったな」

強は呑気な顔で後ろを振り向き、話しかけてきた。

「おい、あれは……いや、それよりも聖坊の援護を!」

「奴はまだ来ていないな。いや、居ても構わないが……長びかせる必要もないか」

そんなことを言っている間にも妖怪は聖坊に対して攻撃を続けている。

右腕、左腕、突進、噛みつき攻撃まで。

おかしなことに罅1つ入っていないようにも見えるが、簡易結界などいつ壊れるか分かったものではない。

一向に反撃しない聖と、黙って観察を続ける強。

いったい何をしているんだとツッコみたくなる状況だが、先日の戦いを見た後では余計な口出しに思える。

何より、聖坊の目が一切焦っていない。

必死に攻撃する妖怪の姿を無機質な目で見つめている。

その顔は、まるで実験動物を観察する科学者みたいだ。

「もう十分だろう。実験は終わりだ」

「分かった」

本当に実験だった。

結界を破壊しようと躍起になっていた妖怪も、空気の変化を感じ取ったんだろう。瞬時に聖坊から距離を取った。

その額に、札が一枚張り付く。

熊の俊敏性を遥かに上回るスピードで飛んで行くのが、離れた位置だったからこそ見えた。

妖怪からしたら目にもとまらぬ速さだっただろう。

「グガッ」

困惑するような声が妖怪の断末魔となった。

札が起動されると同時に全身が炎に包まれ、一瞬で炭塊に成り果てる。

数瞬後には塵となって消えていった。

妖怪の消滅を確認すると、強が聖坊のもとへ歩み寄る。

その姿に一切慌てた様子はなく、すべて計画通りだったのだろう。

「対策していたとはいえ、心臓に悪いな」

「その代わり、防御に必要な霊力の量が分かったし、殺人型がどこを狙ってくるのか観察できたし、簡易結界の強さが証明されたし、収穫は多いよ」

普通、子供がそんな実験しねぇよ!

外部から札をぶつければいいだろ!

確かに実戦で試すのが一番だが、そういうことをやるのは術開発に命かけている研究家だけだぞ。

「やっぱり、落ち着いて戦えば脅威度4ってたいしたことないね。おんみょーじチャンネルの解説動画よりも弱いよ。あれは“油断せず戦え”って教えるために苦戦してみせたのかな」

「いや、俺も見たことあるが、全力で戦ってたぞ。普通はあれくらい苦戦するもんなんだよ」

妖怪を1人で倒した聖坊がとんでもないことを宣う。

聖坊の場合、攻撃力が高すぎて一撃必殺状態だから、反撃らしい反撃を受けずに戦いが終わってしまう。

普通は妖怪との攻防や、仲間との連携、残り霊力の計算なんかがあるんだが……。

聖坊の場合、防御も段違いに強いときた。

こりゃあもう、ワンマンアーミーだな。

「ところで、御剣様って普段どんな威力で不意打ちしてきてるんだろう。さっきの簡易結界を一撃で破壊してくるんだけど」

「御剣様ならば手加減はお手の物だ。心配ない」

武士の一刀、それも御剣家最強の不意打ちに対応できるのかよ。

背中を守る仲間も必要ない。

本当に一人で十分じゃねーか。

俺は聖坊がどこへ向かっているのか、心配になってきた。

「少なくとも、俺らとは違う世界に行っちまうんだろうな」

「籾さん、何か言った?」

「いーや、なんでも。聖坊のおかげで早く帰れるし、今日はうちで祝勝会しようぜ。要も聖坊に会いたがってたからな」

「いいね。お母さんに相談する」

でもまぁ、優しいところは変わらないな。

加奈の幼馴染として、要のお兄ちゃんとして、これからも変わらずにいてくれよ。