作品タイトル不明
裏方仕事
初回のお祓い結果をもとに見積もりを出したところ、美月さんの母親は躊躇うことなく契約を結んでくれた。
契約は1年更新で、月に一度俺がお祓いしに訪問する。
美月さんの場合は症状が酷く、親父曰く3年くらいかかりそうとのことだ。藤原家とは長い付き合いになる。
お祓いは月に一度なので、次に訪問するのは今日から2週間後。
それまでの間、俺達は討伐業務を行う。
お祓い業務は美月さんから報酬が支払われるのに対し、討伐業務の報酬は国から、つまり税金で 賄(まかな) われている。
妖怪を野放しにすると、それだけ被害者が増えてしまうからだ。
人の命に直接害を及ぼすだけでなく、経済や治安にまで悪影響を及ぼす。
国民が安全に生活するためにも、素早く退治するのが吉である。
しかし、そう簡単にはいかないのが社会というもの。
妖怪が見えない一般人に対して、陰陽師界は妖怪の実在証明を諦めた。
そんなものはいるはずがないと嘘つきのレッテルを貼られ、札を飛ばしても手品の類と疑われる。
人は目に見えるものしか信じないし、自分の見たいものしか見ようとしない。
結果、陰陽師達は影に身を潜め、人知れず動くようになった。
これも、その一環だ。
「失礼ながら、そのお話は本当ですか?」
「ええ。抜き打ち調査です。先日、通達がありませんでしたか?」
「それはまぁ、確認しましたが……」
ビル衛生管理法により、ビルのオーナーには定期的に空気環境測定を行う義務がある。
不特定多数の人が出入りする建物内、そこに浮遊する塵や一酸化炭素など、人体に有害なものが空気に含まれていないか?
その他にも気流や温度など、空調設備がしっかり整っているかを調べる。
ビルの管理人が定期的に業者を雇い、記録を取っているので、普通の査察なら測定記録を 検(あらた) めるだけで終わるはず。
抜き打ちチェックでいきなり業者が入るなんて、普通じゃない。
スーツを身に纏った男性が、ビルの管理人相手に無茶苦茶なことを言う様を、俺はエントランスの端から見学していた。
ここは美月さんの勤めるオフィスビルで、彼は陰陽庁から派遣された役人である。
正確には、陰陽庁の依頼によって派遣された区役所の一般人だ。
「明後日、日曜日の21時、指定業者のスタッフが参ります。調査に支障が出ますので、同日20時以降は建物内に人が残らないよう、周知してください。詳細はこちらの資料をご確認ください」
俺が美月さんのお祓いをしている間に、刑事さんの根回しは済んでいた。
行政側も、上層部は陰陽師の存在を把握しており、あらゆる場面において協力体制をとっている。
その結果、上からの指示を受けた公務員たちは、自分が妖怪退治の下準備をしているとは知らぬまま、仕事をこなしているのだ。
「それでは、よろしくお願いいたします」
エントランスでのやり取りは短時間で終わった。区役所の男性は丁寧なお辞儀と共に去っていく。
その様子を観察していた俺達も帰路に着く。
これから日曜日の討伐に向けて準備をする予定だ。
俺は親父へ問いかける。
「なんで今日、ここに来たの?」
「御剣様が『裏方仕事を見るのも経験だ』と仰った。確かに、これから仕事をしていくのであれば必要なことだ」
ふむ、御剣様がそんなことを。
豪快に戦っている光景が真っ先に浮かぶ人ではあるが、御剣家の前当主として組織を経営しているビジネスマンだ。
仕事の流れがどういうものか、陰陽師がどうやって活動しているのか、それらを教えたかったのだろう。
それが陰陽師の仕事となるだけで、一風変わった O(オン ザ) J(ジョブ) T(トレーニング) になるのだから面白い。
とはいえ、俺にその教育は必要なかったのだけど。
前世では定年まで裏方の仕事をしていたわけだから、言われるまでもなくその大変さはよく知っている。
目には見えずとも、多くの人が力を合わせてサポートすることで、ようやく1つの仕事が成り立つ。
エースと呼ばれるような人間ですら、1人で出来ることには限界があるのだ。
「あのおじさんにも感謝しないといけないってことでしょう?」
「あぁ、そうだ」
俺の発言から、狙い通りの教えを授けられたと判断したのだろう。
親父は少し満足そうな表情を覗かせている。
そんな会話をしながらやって来たのは、数ヵ月ぶりの 円(まどか) 術具店である。
挨拶をしながら中へ入ると、表の弓具店側にお客さんがいた。
「こういう時どうするの?」
「奥へ入ってもいいが、すぐに帰りそうなら少し待つ」
一応隠された部屋だからか、暗黙のルールがあるらしい。
しばらくすると先客たちは商品をレジへ持っていき、店内は俺達だけになった。
「待たせたな。来い」
「おじゃまします」
靴を脱ぎ、小上がりを抜け、店主の先導に従い鍵のついた鉄製扉をくぐる。
店内の様子は前回から変わることなく、怪しい商品がずらりと並んでいた。
俺はさっそく親父の知らない商品を手に取り、店主の下へ向かう。
「これ、なんですか?」
「……仕事の邪魔をするな」
店主はそう言ってパソコンの画面に視線を戻す。
こんなThe頑固オヤジの苗字が 円(まどか) なんだよな。無駄に可愛い。
ギャップ萌え……とは違うか。
「接客もお仕事でしょ?」
「小僧がいっちょまえに。金を出す奴が客だ。つまり、お前さんの親父が客であって、お前さんはただの連れだ。うちに子守のサービスはない。接客してほしけりゃ、金を稼げるようになってから――」
「違うよ」
端的に、鋭く、店主の言葉を遮った。
子供の無邪気さで籠絡するのは難しそうだ。
ビジネス相手として事務的なやり取りをする方がこの人には合っていそう。俺は方針転換することにした。
「お父さんじゃなくて、僕がお金を出すんだよ。今請け負ってるお仕事の道具を買いに来たんだ。道具の費用は依頼料から出すし、僕はお客さんだよ」
「……何をバカなことを。親父の手伝いで小遣い貰うってことか?」
店主は少し面食らった様子で否定してきた。
そのセリフに反応したのは、近くで聞き耳を立てていた親父である。
「いえ、息子は御剣家から依頼を受けています」
「まさかとは思うが、妖怪退治なんてさせるつもりじゃないだろうな」
「聖にはいち早く経験を積ませるべきだと、判断されたようです」
親父の説明を受け、店主は改めて俺を見る。
その顔を一言で表すのなら“驚愕”である。
「このあいだ来たとき、小学生って言ってなかったか」
「進級したので、今は小学3年生です」
あまりに信じがたい情報だったのか、店主はしばし口を閉ざした。
そして、現実を飲み込み、自らの非を認める。意外と素直な人なのかもしれない。
俺のことも覚えていたみたいだし。
「悪かったな。お前さんは立派な客だ。だが、ここは学校じゃない。必要な道具を買う場所だ」
「分かりました。それで、これは何ですか?」
コミュニケーションスキル『聞いてるようで聞いていない』発動!
子供だからこそ許されるものの、大人がやると信頼度が一気に下がる恐ろしい技だ。
意図してやっていたり、耳が遠くて聞こえなかったり、IQが違いすぎて会話が成り立っていなかったり、いろいろなパターンが存在する。
当然俺は意図してやっているので、一番たちが悪い。
店主は先ほどの負い目もあってか、諦めた様子で答えてくれた。
「はぁ……、それは竜血樹の樹液の粉末だ」
「りゅうけつじゅ? どういう字を書くんですか? どんな使い方があるんですか?」
「……今回だけだぞ。漢字はこうだ。医療用と染料用の2種類ある。前者が 賦活化(ふかつか) 、後者は木製品の塗装に用いられる。これで満足か」
「はい、ありがとうございました!」
竜血樹、何それカッコいい。
もしかして、現実にドラゴンがいたりするのだろうか。幽霊や悪魔が実在するんだ、ドラゴンが実在してもおかしくはない。
赤い粉末状だから、本当に血を乾燥させたものだったりするのかも。
「賦活化ってことは、美月さんのお祓いで使えるかな。お香に混ぜたり」
「私も使ったことのない品だ。家で試作してみるか」
俺が親父と相談していると、店主はまたもや驚いた顔を見せる。
「賦活化の意味を理解してたのか……。よく教育してるな」
「いえ、勉強熱心な子なので、自ら学んだのでしょう」
あぁ、たしかに、賦活化なんて言葉を知っている小学生は希少だろうな。
ということは、店主は俺が理解できないだろう言葉をチョイスして説明したわけで……。なかなかいい性格をしていらっしゃる。
しかし、この人ほど道具に関する知識を持っている人もいないはず。
これからも頻繁に通って、親しくなれるよう試してみるか。
「これください」
「まいどあり」
妖怪退治に必要な消耗品を買いそろえ、俺達は店を後にした。
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帰り道、竜について親父に聞いてみた。
「大昔に実在した形跡はあるが、眉唾物だな。少なくとも現在、竜は存在しない」
「え、じゃあ竜血樹って何?」
スマホで検索したところ、赤い樹液の出る樹のことだった。
中国やアフリカで普通に自生している。
ドラゴンが死ぬと竜血樹になるという伝説もあるが、普通の樹だ。
粉末はネットでも染料として販売されているし、なんなら術具店で売っているものの半額だったりする。
術具店の 特別(ぼったくり) 価格?
いや、陰陽術用に何らかの処理や加工がされている可能性もあるし……妥当なのか分からん。
「仲良くなったら教えてくれるかな」
そんなことを考えつつ、俺は迫る妖怪退治への準備を進めるのであった。