軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

藤原 美月

今年の夏、俺は御剣様から依頼を斡旋してもらった。

しかしそれは、依頼の予約とも言うべきものであった。

『じゃあ、僕の出番はもう少し先なんですね』

『うむ。事件性の確認後、妖怪の影響が濃厚と判断された場合のみ、儂へ依頼が来ることになっとる』

御剣様が俺に紹介する仕事は、警察経由の依頼である。

脅威度4以上の殺意マシマシな妖怪と異なり、3以下の妖怪は市井に潜んでいることが多い。特に陰気や呪い、穢れを撒き散らす“災害型”の妖怪はその傾向が顕著だ。

日常生活の中で妖怪の陰気に当てられた人は、事件に巻き込まれやすくなってしまう。被害者としても、加害者としても。

今回は被害者の方で、明らかに不幸が続いているらしい。

『事前に情報を寄こした刑事は儂と旧知の仲でな。そこら辺の勘は鋭い。十中八九、依頼が来るだろう』

これが夏に聞いた依頼に関する話である。

現在は小学2年生の冬休み。

武家の訓練に参加するため、年の瀬の挨拶も兼ねて俺は御剣家を訪問していた。

「正式な依頼が出された。受けてくれるな?」

「それ、不意打ちした後に言います?」

転生してから数えるほどしか感じていない痛みに頭を擦りつつ、どうして1m圏内の接近に気づけなかったのか思案する。

ついでに、微塵も進歩が見られない我が内気へ、内心で悪態をつく。

これじゃあ殴られ損である。

御剣様はそんな俺を意に介した様子もなく、淡々と依頼について話を進める。

依頼に関わることが確定したので、以前よりも詳細な内容だ。

親父と一緒に御剣様の執務室へ招かれ、資料と共に説明を受けた。

「依頼者は20代の女性で、ストーカーに襲われた後、友人にも襲われとる。そのせいで人に恐れを抱き、家族を除けば、大人と直接会話することすら拒絶している状況だ」

「だから、大人じゃなくて、子供の僕に依頼を? 子供相手なら心を開くかもしれないから」

襲われたと言葉を濁しているが、要するに強姦未遂に遭ったのだ。

不幸中の幸いだったのは、2度とも魔の手から逃れることができた点だ。

1度目は偶然近くにあった角材でストーカーを殴り、気絶させた。

2度目は全力で暴れることで現場から逃げ、近くの人に通報してもらえた。

今彼女は、人間不信に陥っている。

特に、2度目に襲ってきた相手が旧来の女友達だったことから、その警戒心は跳ね上がっている状態だ。

人との接触を恐れ、家から出ることなく、会社も休んでいるらしい。

田舎から母親が来たことで、なんとか生活できているようだ。

なんとも酷い出来事だが、依頼人がよほど魅力的で、運悪く立て続けに被害に遭った可能性もゼロではなかった。

その場合、ただの刑事事件として処理されたに違いない。

しかし、そうはならなかった。

「明らかに過剰な不運に付き纏われとる。陰陽均衡測定器を使った調査では、自宅に妖怪がいないことまでは分かった。職場か、行きつけの店か、そこの調査も含めての依頼だ」

依頼人のお祓いと妖怪捜索、およびその討伐――これが書類に記載された依頼内容である。

現代の陰陽師にとっては一般的なものだ。

「資料を難なく読めるなら問題ないかもしれんが、強、息子とよく話し合って依頼に臨め」

「はい」

こうして俺は、2度目のお仕事に臨むこととなった。

前回の依頼主は知人だったから、本来あるべき仕事としては今回が初めてとなるだろう。

~~~

それからさらに1ヵ月後、俺達は依頼人の家へやって来た。

我が家から公共交通機関を利用して15分のところにあるマンションの一室だ。

エントランスを抜ける際に依頼人の母親と通話しているので、依頼人にも俺達が来ていることは伝わっているはず。

ドアをノックすれば、すぐにお仕事開始となるだろう。

「私はここにいる。困ったら声を掛けなさい」

そう言って親父は俺のスマホに視線を向けた。

画面は通話中となっており、親父のスマホにつながっている。

依頼人のメンタルを考慮して、親父は玄関前で待機。

依頼中の会話を共有し、俺に対処できないことがあれば、親父が電話越しにサポートしてくれる手筈だ。

とはいえ、精神的に大人である俺としては、1人で仕事を完遂したいところである。

本来であれば、親父は今日も御剣家で仕事をするはずだった。しかし、業務の一環として派遣している 体(てい) で俺の依頼に付き合ってくれている。

さらになんと、通常出勤と同じ扱いにしてくれるとのこと。

あまりに俺に都合が良すぎる。

何故そこまでしてくれるのか、御剣様へ聞いてみれば――。

「お主に期待しているからだ」

という、答えになっていない答えではぐらかされてしまった。

だが、悪い気はしない。

組織のトップに君臨する権力者に誉められたのだ。万年平社員だった俺としては、その言葉だけで「ちょっと頑張ろうかな」と思えてしまう。

我ながらチョロいなと思わなくもない。

そんな期待を背負い、俺は目の前の仕事に挑む。

チャイムは鳴らさない。

玄関のチャイムはストーカーを想起させてしまうから、電源を切っているそうだ。

ドアを小さくノックすると、依頼人の母親がすぐに顔を出した。

「ようこそいらっしゃいました。娘をどうか、よろしくお願いいたします」

彼女とは一度打ち合わせをしている。

その時に俺がお祓いすると説明してあるので、特に驚いた様子はない。

親父が俺の背に手を当て、自信満々に告げる。

「お任せください。峡部家次期当主はまだ幼いですが、その実力は私が保証します。万が一の際には、私も対処いたしますので」

ただでさえ胡散臭いスピリチュアル系の職業だ。

信頼を得るためにも、こういう場面では堂々としなければならない。と、親父が言っていた。

依頼人の母親に挨拶し、俺だけが家に上がる。

親父、そんな心配そうな視線向けたらダメだろ。最後まで堂々としてくれ。

なんのために外で狩衣に着替えたと思っているんだ。

「娘は寝室に居るの」

子供相手だからか、母親の口調が砕けた。

そうだな、俺も子供らしい口調にしたほうがいいだろう。

依頼人は大人に対して脅威を感じている。

俺が下手に大人びた話し方をしたら、警戒されてしまうかもしれない。

「ここよ」

優しくドアをノックをする母親の姿から、壊れものを扱うような気遣いを感じる。

「美月、陰陽師の方が来たわよ。入ってもいい?」

開錠音と共に、おずおずと扉が開かれた。

顔を覗かせたのは、儚げな印象を抱かせる20代の女性。

事前に確認していた資料の顔写真よりも少し痩せているように見えた。

俺は努めて明るく挨拶をする。

「はじめまして。僕は峡部 聖って言います。よろしくね、お姉さん」

「私は……藤原 美月……です。こちらこそ、よろしくね」

藤原さん、いや、美月さんは子供の俺にすら警戒心を見せていた。

人間不信というのは本当らしい。

これで相手が見知らぬ大人だったら、扉を閉めて鍵をかけていただろう。

やはり、出来るだけ子供の演技をしなければ。

そろそろ小学3年生になるし、多少素が出てもいいだろうと気が緩んでいた。

大人っぽい所作を見せるだけでも警戒されてしまうかもしれない。

美月さんは躊躇いつつも、俺を寝室へ入れてくれた。

部屋にはベッドとドレッサー、本棚が並んでおり、女性の部屋にしては簡素である。寝て着替えるためだけの場所、といったところか。

折り畳み式の小さなテーブルは、俺を迎えるにあたって用意してくれたのだろう。

勧められるままクッションに座ると、美月さんが尋ねてくる。

「聖君は、いま何才?」

「8歳」

正直なところ、なんと声を掛けるべきか、ここに来るまでずっと悩んでいたので、美月さんのほうから話しかけてきてくれて助かった。

彼女に歩み寄ろうという意志があるのは僥倖だ。

本職とは違い、陰陽師がお祓いをするには対象に心を開いてもらう必要がある。

なお、全幅の信頼を置くようなレベルではなく、同じ部屋にいて居心地が悪くない程度に親しくなれればよい。

普通ならば一度顔合わせをして、多少為人を知るだけで十分なのだが、今回の依頼人はそうもいかない。

「まだ8才なのに、家業のお手伝いをしてるなんて偉いわね」

そう言って優しく微笑む美月さん。

本来もっと美しいはずであろう笑顔も、メンタルが肉体に影響しているのか、少しやつれてしまっている。

もともとの柔らかな顔立ちと相まって、庇護欲をかきたてられる。

何故だろうか、まだ20代前半のはずなのに、この女性が30代の未亡人に見えてきたような。

「その着物? 似合ってるわね」

「ありがとう」

しばしお互いのことを知るために雑談を続けたが――そろそろ頃合いか。

「美月お姉さん、お祓いの準備をしてもいい?」

依頼人である美月さんには、ご家族を通し、事前に何を行うのか説明してある。

俺のミッションは2つ。

・この家に妖怪が潜んでいないか、最終確認をすること。

・依頼人のお祓いをすること。

1つ目は陰陽均衡測定器で簡単に調べられる。あくまでも確認のための作業だ。

2つ目は今後の見積もりも兼ねた診断と、お祓いの実務作業となる。

妖怪の垂れ流す陰気に触れ続け、彼女の体は陰に大きく偏った状態だ。

一気に解消とはいかないけれど、陰気の元を断ち、定期的にお祓いを続ければ、平衡状態まで戻すことができる。

金と地位を持っている人は神社で本職にお祓いしてもらえるが、上流階級レベルのお話だ。神の奇跡は安売りできない。

神の力を借り続けるには、神への感謝と畏怖を保つ必要がある。気軽に利用されるなんてことにでもなれば、神は人類にそっぽを向いてしまう。上流階級に限定され、多額のお金を払うことで、分かりやすく特別感を演出するのだ。

しかし、被害に遭うのは上流階級だけじゃない。

中流階級以下の一般市民は、俺たち陰陽師による簡易的なお祓いで何とかする。

御守り同様、本職には及ばないものの、それで十分事足りるのだ。

だからといって、神の奇跡と比べて大特価にするわけにもいかない。

市場バランスを考慮した価格設定は、陰陽師にとって美味しい部類に入ったりする。

藤原一家は、多少身銭を切ってでも迅速な現状打破を求めたのだ。

いただく報酬の分、しっかり働くとしよう。