軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

身体強化

生後8ヶ月になった。

これでようやく俺がハイハイしてもおかしくない状況が出来た。

そしてなんと、身体強化をすればよちよち歩きができるようになった。

これはめでたいことだ。死に際の願いが叶ったのだから。

初めて立った日は我がことながら祝福したものだが、それ以降は特に感動もない。そりゃあ数十年普通に歩いてきたのだから当然だ。

むしろよろけてしまう自分がもどかしいくらい。

最近はお母様の目を盗んで毎日練習して筋力の発達を狙う日常を送っている。

けれど、今日はそれでよかったのかもしれない。もしもテクテク歩いている姿を見られたらさすがのお母様も俺を悪魔付きだと思ってしまうだろうから。

「聖が、歩いてる?!」

やばい。

完全に油断していた。

洗濯の終わった音が聞こえ、お母様の足音がそちらに向かったからちょっと訓練しようと思った矢先のことである。

なぜこっちに戻ってきたのかは分からないが、見られてしまったのはマズすぎる。

俺は素早くよろけて倒れたふりをし、ふかふかの布団に顔を埋め、思考する。

(見られた。生後8ヶ月で歩き出す赤ん坊っているのか? 医者が話していた情報では生後12ヶ月でしっかり立って、数歩1人で歩けるとか、そういうレベルだ。よろけているとはいえ俺間違いなく一歩歩いてるところ見られたぞ。陰陽師界において悪魔付きってどういう認識なの? 俺殺されちゃったりするの?)

生まれ変わってから人生最大の焦りで思考がパニックになっている。

冷静に考えれば、お母様が俺をどうこうするはずがないのに。

俺が布団に顔を埋めていると、お母様に動きがあった。

ゆっくりゆっくりこちらに歩み寄り、俺の傍に膝をつく。

心臓の音がうるさい。ゴクリと飲み込んだ唾がゆっくり嚥下される。

どうなる、どうなる、どうなる!

「すごい、凄いですよ聖! もう歩けるなんて! あぁ、うちの子は天才だったのですね!」

あれ?

なんかすごい喜んでる。

8ヶ月で歩いても問題ないの?

妊娠7ヶ月でお腹がかなり張ってきたお母様に抱きかかえられながら、俺はきょとんとした表情を浮かべる。

その日はお母様が終始上機嫌で、俺が再び歩き出さないかと期待した目で見つめていた。

えっ、いいの? 本当に歩いて大丈夫?

その夜、ちょうど帰ってきたクソ親父がお母様から話を聞いて驚いていた。

「なに? もう歩いたのか……」

「はい! ごくまれに歩くのが早い子がいるとは知っていましたが、聖がその例にあたるなんて。私も驚きました」

「だが、ハイハイし始めたのが最近だろう。つかまり立ちも練習もしていないぞ。寝室に掴めるものはないし……」

「だからこそ、聖が天才なのです。貴方のように立派な陰陽師になってくれるはずです!」

そのセリフにクソ親父が嬉しそうな空気を出す。

顔は仏頂面のままだが、心の内が隠しきれていない。

「そういえば、御剣様がおっしゃっていたな。霊力も内気と同じ作用を持っていると。あぁ、武僧がその技術を継いでいるではないか」

武僧……戦う僧侶かな?

その人たちは身体強化を使っているのだろうか。

御剣様って言うのはクソ親父の勤め先の名前だったと思う。内気ってなんだ?

いや、それよりも、身体強化の技術は一般的に普及しているわけじゃないのか。

各家で技術が秘匿されているのかもしれないな。

あれ? となると我が家の技術と武僧の技術を両方習得できる俺って強くない?

待て待て、武僧が秘匿している技術を盗まれたと思われる可能性も……。

考えることが多すぎる。

とりあえず後で考えるとして、俺は歩いてもおかしくないようだ。

良かった。

世界には身体強化無しで歩き始める真の天才がいるらしい。

ズルしている俺は、便利なので彼らの業績を利用することとしよう。

「あっ、聖が立ちたがっています」

「む」

クソ親父がおもむろにスマホを取り出す。

えっ、撮るの?

「わぁ、頑張ってください、聖。いっちに、いっちに」

「おぉ……」

俺は両親の目の前で2歩、歩いてみた。

身体強化していても元よりよろめくので、演技ではなく頑張って歩いているのが分かるだろう。

本当はもっと進めるのだが、とりあえず2歩で様子を見る。

大丈夫そうならお母様の見ているところでも歩行練———

「あぁ~、やっぱり聖は天才です!」

「もう歩けるのか……」

カーペットの上に倒れかけた俺をお母様が抱き起す。

俺を見つめるお母様の顔は蕩けそうなほどにくしゃくしゃで、クソ親父も口角が上がっている。

ただ歩いただけなのに、こんなに嬉しそうな顔をするなんて。

誕生の儀とは違って大したことない成長なのに。それこそ、一度歩けなくなった経験のある俺くらいしか感動できない出来事のはず。

あぁ、また……胸の奥が温かくて、全身むず痒いような、この感覚。

俺はこんなに愛されているのか。

俺よりずっと若く、孫くらいの年齢の2人が、間違いなく俺の両親なのだ。

この満たされる感覚は、一生忘れられそうにない。

貰ってばかりの俺にできるのは、優秀な陰陽師になることくらいか。

翌日から俺は全力で歩く練習をし、家の中で不思議生物を見つけ次第吸収するのだった。

「聖! こっちに来ちゃダメですよ。転んだら危ないですから」

お母様を心配させてしまったのは失敗だった。

やっぱり、こっそり歩くしかなさそうだ。

このままだとベビーサークルに入れられかねん。

俺はまた隠れながら歩き、寝室外の不思議生物を喰らうのだった。