軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

夏の定期イベント

雪が溶け、季節は春となった。

クラス替えは1年おきに行われるため、進級してもクラスの顔触れは変わらない。

授業内容も退屈なもので、相変わらず精錬の探求に費やしている。

あれから明里ちゃんと会うこともなく、イベントらしいイベントは起こらなかった。

いや、嬉しいことが2つあったっけ。

1つは、優也が俺の小学校に入学してきたことで、一緒に登校できるようになったこと。

もう1つは、俺の乳歯がさらに2本抜けたことだ。あと1本抜ければ、式神召喚が行える。

正確には3本でも召喚できるそうだが、ご先祖様から受け継がれてきた経験則により、4本が最適とされているらしい。

既に揺れ始めている4本目の歯が抜けるのが楽しみだ。

なんて考えているうちに、気がついたら春が終わっていた。

何度経験しても『詐欺だろ』と思わざるを得ない春の短さ。

四季の名を冠するお前が、夏と冬に負けてどうする!

もう少し粘れよ!

過ごしやすい春との別れは悲しいが、夏は夏で楽しみがある。

夏休みという名のビッグイベントが。

「聖来た!」

「来た!」

御剣家の母家が見えてきたところで、前方から元気の良い声が耳に届く。小学3年生に進級した健太君と 仁(ひとし) 君だ。

彼らは最新のニュースを携え、道場に入って行った。

きっと今頃、師匠や他の子達に報告しているのだろう。

俺は去年に続き、今年の夏も御剣家の訓練に参加することにした。

とはいえ、才能がないと言われている内気習得に長期休暇を全ベットできるほど暇ではない。

今回は1週間だけお世話になる予定だ。

「訓練に参加してきてもいいぞ」

「先に挨拶する。お母さんが言ってたよ。人付き合いは挨拶が一番大切だって」

前世の母親にも、今世の母親にも言われたことだ。

挨拶の大切さを真に理解できたのは、もっと大人になってからのことだったが。

「そうだな。先に挨拶すべきだ。奥方様もお前に会いたがっていた」

親父の顔を見るに、甘やかそうとした自分とお母様の子育て力に差を感じたってところか。

悪いね、子供を遊ばせてあげようとする親父の気遣いには気づいているよ。

でも俺は、普通の子供じゃないからね。

「あ、手土産に御守り作って来ればよかったかな」

「子供が手土産まで考える必要はない」

母屋に住む御剣家の皆様としっかり挨拶を交わし、改めて道場へ向かう。

御剣様(先代当主) も 朝日様(今代当主) も、特に変わった様子はなかった。冬に会ってからたった半年しか経っていないので、当然と言えば当然か。

変化のない大人に対して、子供達の成長は著しい。

道場に入れば、そこには武士見習いたちが勢ぞろいしていた。

俺も身長は伸びているはずだが、縁侍君の身長はさらに伸びており、見習いたちのなかで頭一つ抜けている。

中学3年生となって雰囲気も少し落ち着いてきたように見える。

他の子達も目に見えて成長しており、なんだかホッコリしてしまう。久しぶりに孫に会うお爺さんの気分だ。

「おはよ!」

「おはよう。久しぶりだね」

純恋(すみれ) ちゃんが真っ先に再会を喜んでくれた。

彼女も元気そうでよかった。妖怪と遭遇したのは1年前だが、陰気を浴びた人間は何かしら不運に見舞われやすい。

俺の場合墨が跳ねて服についたり、給食に春菊が出たりと、地味な不運に見舞われた。

俺の心配もよそに、純恋ちゃんは笑顔で俺に話しかけてくる。

もともと人懐っこい性格の子だったが、妖怪との遭遇以来、特に懐かれている。

やはり、妖怪から守ったのが好印象だったのだろう。見捨てなくてよかった。

「わたしね、外気わかるようになったんだよ」

「すごいね! 僕は内気もまだ掴めてないから、純恋ちゃんに教えてもらおうかな」

褒めて欲しそうな顔で報告してきた少女に、期待通りの言葉をプレゼントする。

イケメンだったらついでに頭も撫でるのだろうが、御剣家当主の愛娘に対して、フツメンの俺がそんなことできるはずもない。

褒められたのが嬉しかったのか、純恋ちゃんが俺の手を引いて走り出す。

「こっちのほうがね、濃いんだよ。でもね、くらーいところは薄いの」

「へぇ、興味深いね。教えてくれてありがとう」

道場の中をパタパタ移動しながら、さっそく 気(き) について教えてくれた。

入口に近い方が濃く、部屋の隅の暗い場所は薄いらしい。

俺は小さな先生に感謝の言葉を送った。

すると、男子達の負け惜しみが後ろから聞こえてくる。

「俺だって、すぐに使えるようになるし」

「俺も俺も!」

少し大人びたとはいえ、年下の女の子に張り合うあたり、まだまだ子供だな。

とはいえ、悔しい気持ちは俺も理解できる。

一緒に訓練頑張ろう。

妖怪と遭遇した子供はもう1人いる。

縁侍君は妖怪と戦って負けたので、陰気と敗北、苦い思い出のダブルパンチをくらった。

もしも俺が縁侍君と同じ経験をしたら、しばらく寝室に引き篭もる自信がある。

それでも、彼は心折れることなく立ち上がった。

「元気にしてたか?」

「うん。縁侍君はまた身長伸びたね」

「お前はおじさん達みたいなこと言うなぁ」

惜しい、お爺さんだ。そう言ったら驚くだろうか?

縁侍君の方こそ、声の掛け方が御剣様に似てきている。

ついさっき同じ言葉をかけられた。

「訓練続けてたか?」

「うん、瞑想だけ。全然効果なかったけど」

寝る前の30分、内気を探るように努めているが、どうにもさっぱりだ。

唯一穢れに対抗できる手段として、是非とも習得したいものだが……世の中そう簡単にはいかない。

「続けることに意味があるって、先生も爺ちゃんもよく言ってる。気の習得諦めて、ここに来るのやめるとか言い出すなよ?」

それについては確約しかねる。

続けることは美徳だけど、時間は有限だから……。最悪損切りも視野に入れなければ。

俺は答えをはぐらかすように質問で返す。

「縁侍君は夜の特訓続けてるの?」

「寒くてやめた」

う〜ん、子供らしい気まぐれさ。

でも、それで良いと思う。成長期真っ盛りの子供は、しっかり睡眠時間を確保した方が健康に良いから。

気で睡眠不足も克服できるとはいえ、休息の時間は必要なはずだ。

「若様、会話中でも気を乱してはなりません」

「分かってる」

ここまで静かに見守っていてくれた先生の指摘を受け、やや鬱陶しそうに縁侍君は答える。

よく同じ指摘をされているのだろう。

気が全く分からない俺からすれば、乱れているかどうかなんてさっぱりだが。

みんなとの再会を喜び、一段落したところで、さっそく訓練の時間が始まった。

準備運動後のランニング、縁侍君が初っ端からフルスロットルで走り出す。

「速すぎない?」

「兄ちゃん最近ずっとこんな感じだぞ」

「すげーよな」

夜の特訓をやめた代わりか、縁侍君は昼の訓練に真剣に取り組んでいるようだ。

手を抜くことなく体を動かし、俺達小学生はその背中を追いかけることさえままならない。

夏の日差しも相まって、訓練が終わる頃には彼のTシャツは汗でびしょ濡れになっている。荒い呼吸を整えながら気だるげな表情で頬を伝う汗を拭う姿は、男の俺から見てもなかなか絵になる。

中学3年生となった縁侍君は、敗北を乗り越え、順調に成長していた。

「あぁ~疲れた。夜はゲームしようぜ。お年玉で新しいの買ったから、楽しみにしておけよ」

変わらないところもあって安心した。

面倒見の良さは健在のよう――。

「あっ、御剣様。お仕事お疲れ様です。もう終わったんですか?」

俺の第六感が背後から近づく人物を捉えた。

振り返ってみれば、こちらへ近づいて来る御剣様の姿が目に入る。

今朝挨拶したときは『仕事があるゆえ指導には行けん』と言っていたのだが。

足音を立てずに歩く御剣様は、思ったよりも離れた位置にいた。

「気配は消したつもりだったが、なにやら成長したようだな」

「そういえば、これも成長ですね」

最近ずっと平和な環境で過ごしていたせいで忘れていた。

言われてみれば、これも俺固有の能力なのでは?

戦闘でかなり役に立つだろうし。

「何を他人事のように。……なるほど、そういうことか。ならば不意打ちのやり方も再考せねばなるまい」

御剣様、もしや俺の第六感に心当たりが?

俺自身なぜ知覚できているのか謎なんですが。

そして御剣様の発言により、俺固有の力ではなく、既知の力であることが察せられる。

短かったな。さようなら、俺のアイデンティティ。

御剣様は俺達の訓練を観察し、アドバイスをくれた。

皆それぞれ課題を見つけるなか、俺だけ最後に質問される。

「お主、最近妖怪と戦ったか?」

「いえ、戦ってません」

そうそう仕事が見つかるはずもないし、親父は俺を仕事へ連れ出すのに消極的だ。

子供を危険な目に合わせたくない気持ちもわかるので、真守君の案件以降、現場には出ていない。

「強に聞いたが、今も熱心に勉強を続けているようだな」

「それはまぁ、いくらでも学ぶことはあるので」

ん?

どこに話を持っていきたいんだ?

ただの雑談にしては聞き方が意味深すぎる。

もしや、これは。

「その知識を実際に使ってみたくはならないのか?」

おぉ!

つまり、仕事を紹介してくれると?!

でもなぁ。

「それはまぁ、実践してみたいですけど……難しすぎず、危険すぎず、遠すぎない。しかも、お父さんがちょうど休みを取れるタイミングに。そんな都合の良い依頼はなかなか見つかりませんよ」

「ならば紹介してやろう。ちょうど良い案件がある」

暗に親父の許可は下りてるのか尋ねるも、根回しは既に済んでいたようだ。

御剣様が依頼の概要を教えてくれた。

なるほど確かに、親父の出した条件を満たしている。

「それで、やるのか? やらないのか?」

挑発的な笑みを浮かべ、御剣様が問う。

ここまで御膳立てしてもらったのだ。

答えはひとつしかない。

「やります!」

俺の2回目のお仕事が決まった。