軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

密偵

陽彩ちゃんがこの地域に引っ越して来た背景を知る俺としては、彼女と仲良くなることは難しい。

去年の冬、陽彩ちゃん一家が挨拶に来た。

要約すると『この地域に引っ越してきました。これから一緒に活動するからよろしくね』とのことだった。我が家と殿部家しかいない状況では、いざ妖怪が現れた時に心許なかった為、喜ぶべきことである。

その日は無難な会話をして帰っていった。

俺も陽彩ちゃんと多少会話し、これから仲良くすべき相手だなと、打算的な考えを巡らせていた。

家族揃って夕食を頂いた後、大人だけで話したい雰囲気を汲み取った俺は、優也と一緒に早めに布団に入った。俺達の入眠を確認したお母様が居間に戻っていく足音を耳にし、そっと布団から抜け出す。

抜き足、差し足、忍び足。

居間の襖に触手を伸ばして、さっそく盗聴を開始した。

「――御剣様からの情報だ。間違いない」

「そうなのですか……錦戸さんの密偵……」

密偵なのに既に身バレしているとはこれ如何に。

途中から聞き始めたので曖昧なところもあったが、浜木家は錦戸家の差金らしい。

錦戸家は源家と並ぶ関東陰陽師会の重鎮であり、永年に渡って安倍家を支えてきた名門の1つだ。

源家のお茶会で大人達の会話を盗み聞きしたところ、関東陰陽師会は現在、2つの派閥に分かれている。

そのトップに君臨しているのが、源家と錦戸家だ。

この2陣営を右翼左翼に分けるには、錦戸家の方針が尖りすぎている。

『年々減少する 陰陽師(同胞) 、それと共に失われていく秘術の数々。我々はこれを守るべきだ』

という、言葉通りなら正当に思える主張だが、そのやり方が度を越していた。

『借金のある御家の債権を手に入れて、借金の形に秘術を奪ってるそうよ』

『それならまだいい方です。高い買い物をするよう誘導して、低金利でお金を貸しておいて、実は契約書に罠を張っていたという詐欺のような話もあります』

『わざと難度の高い任務を押し付けて、当主が亡くなった後で秘伝書を盗んだって!』

源家の派閥に受け入れられて1年ほど経った頃。新入りママも仲間として認められたのか、陰陽師界隈の黒い噂話がちらほら聞こえるようになってきた。

それら全てが真実かどうか定かではない。源家と錦戸家は対立関係にあるようだし。

しかし、火のないところに煙は立たないとも言う。

錦戸家が後ろ暗いことをしている可能性は高そうだ。

そんな御家が、何のために再興中の峡部家を狙う?

言っちゃ悪いが、我が家には鬼くらいしか目玉商品はないぞ。

「聖に危険はないのですか?」

「少なくとも、今は心配ない」

目的は、俺?

いや、確かに普通の陰陽師よりも強い力を手に入れたけど、それを知っている人はごく少数のはず。

表立って力を見せたのは懇親会の時だけだし、重鎮が動くほどのものじゃない。

そもそも俺のことを知りたいなら、こんな監視するようなやり方じゃなく、直接呼びつければいいだけだ。

迂遠にすぎる。

「私たちはどうしましょう」

「仕事や学校行事のみ協力する。他はそれとなく断ってほしい。ただ、子供達は自由にする。親の恨みを受け継ぐ必要はない」

なんか、ずいぶん冷たい対応だな。

監視員と仲良くする必要がないのは分かるけど、それにしたって親父らしくない。

だが“親の恨み”これが出てくると話は変わる、

恨みといったら1つしかないだろう。峡部家先代当主が亡くなった原因――脅威度5弱発生時に姿を見せなかった3つの御家くらいなものだ。

さらにそこへ、錦戸家の黒い噂が加われば、嫌な構図が見えてくる。

陽彩ちゃんの苗字は浜木。

浦木家、理物家、江後家、この中の関係者とすれば、浦木家だろう。分家は本家の名前に肖った家名をつけるものだから。

「悪い人たちには見えませんでした」

「向こうはこちらと友誼を結ぶのが目的だ。それに、元を辿れば浦木の分家筋に当たるとはいえ、もはや繋がりも薄い。我が家に隔意はないのだろう」

予想通りか。

あの一家が選ばれたのは、あまり力がなく、各地を転々としてもおかしくないからだそうな。

ある程度歴史や力があれば、不思議生物多発地点――霊脈上とやらに居を構えることができる。

しかし、力無き陰陽師は低難度依頼の多い地域へ移動したり、生活レベルに合った地域に家を建てる必要がある。

浜木家は前に住んでいた地域で妖怪に殺されかけ、比較的平和なこの地域に逃げてきたと言っていた。恐らく嘘だろうが。

「他に話すべきは――」

「子供達が――」

「籾は――」

その後も浜木家について話していたが、めぼしい情報はなかった。

結局、錦戸家は俺の何に興味を持ったのだろう。直接聞いてもよかったが、両親が子供に隠そうとしているのは明らかだったし、害がないということは分かった。両親の思いを無碍にすることもない。

とりあえずこの場は保留にして、御剣様と会ったときにでも確認することにしよう。

そう考えていたが――

「それを伝えるか否か、決めるのは強だ。儂が介入することはできぬ」

他家の教育方針に口出ししないという、至極尤もな理由で断られてしまった。

「安心しろ。害はない。それよりも、親の会話を盗み聞きするのは感心せんな」

無害であることだけ保証された結果、俺は陽彩ちゃんとの関わりを極力避けることにした。

親の確執を子供世代にまで持ち込むことは、理性的に考えれば愚かなことだが、感情的には仕方のないことだと思う。

しかもその確執が、たった十数年前の出来事によるものなのだから当然だ。

彼女とその両親には何の恨みもないが、その大元を無視することはできない。

お母様は優しいから、陽彩ちゃんを歓迎するだろう。けれど、複雑な気持ちを完全に消すことなんてできるはずがない。

悪いけど、ここは煙に巻くこととしよう。

「また今度、見せてあげる」

「今度っていつ?」

食い下がってきたか。

「卵の調子が良さそうな時にね」

「ふーん、分かったー」

素直な子で良かった、諦めてくれたようだ。

次会う時に同じ質問をされたら、また同じように煙に巻く。

そして、夏のかき氷機や巨大ビニールプール同様、時の流れと共に忘れ去ってもらおう。

加奈ちゃんが戻ってきたところで、俺は今度こそ暇を告げた。

「ただいまー」

「おかえりなさい。早かったですね」

少し遠くからお母様の声が響く。夕食を作る前に、居間で一休みしてるのかな。

俺も夕食前に札を作ろうと居間に足を向けたところで、後ろから声が聞こえてきた。

「ここが聖のおうちだよ」

「ここぉ?」

とても聞き覚えのある声が玄関越しに聞こえてきた。

「ボロボロだね」

人様の家に向かって失礼な!

「中はきれいだよ?」

加奈ちゃん、それじゃフォローになってない。外は綺麗じゃないと言ってるようなものだ。

「我が家がボロいのは事実か」

陽彩ちゃんは最近できたばかりの新築マンションに住んでいるから、それと比べたら大抵の家は見窄らしく感じるだろう。

特に我が家は手入れしていないから、余計にだ。

「加奈ちゃん、陽彩ちゃん、どうしてうちに来たの?」

そろそろ外も暗くなる。

俺が仕方なく玄関の戸を開けると、そこには予想通りの人物がいた。

加奈ちゃんにとっては勝手知ったる他人の家、門を開けて玄関前まで陽彩ちゃんを連れてきたようだ。

「陽彩ちゃんが聖のおうちどこって言うから、近いよって言ったら、教えてっていうから来た!」

ただただ純粋な子供の好奇心で、ここまでやってきたらしい。

怒るほどでもなく、拒絶するほどでもなく、何とも扱いに困る。

俺が対応に困っていると、興味深そうに我が家を観察していた陽彩ちゃんが質問してきた。

「どうしてボロボロなの?」

そんなに我が家の外観が気になるのか。

もういいだろ、ほっといてくれよ。

「お引越ししないの?」

続けて問いかけてくる陽彩ちゃんからは、微塵も悪意を感じない。むしろ、こちらを心配しているようにすら見える。

汚いより綺麗、なるほど、その一点に限っていえば我が家は心配すべき不良物件だろう。

だが、世の中には歴史や思い入れ、文化的価値などを重視する人間もいる。それら子供には理解し難い価値観に当てはめれば、我が家は陽彩ちゃんの家より優れているのだ。

なんて、小難しい話をするつもりはない。

陽彩ちゃんは彼女なりの気遣いを見せてくれたのだから。

俺は質問に質問で返した。

「陽彩ちゃんは宝物を持ってる?」

「持ってる。パパに買ってもらったお人形さん!」

陽彩ちゃんはとてもいい笑顔で答えてくれた。

「そのお人形さんがボロボロになったら捨てる?」

「やだ」

「それと同じだよ。この家は、我が家にとっての宝物なんだ」

「そっか!」

理解してもらえたところで、そろそろお引き取り願おう。

「陽彩ちゃん、そろそろ帰る時間だよ。加奈ちゃんの家にお迎えが来るはずだから、一緒に戻ろうか」

「えぇ〜、卵は?」

「また今度ね。はい、加奈ちゃんがリーダーだ。出発進行!」

「加奈についてきなさい!」

加奈ちゃんの扱い方は心得ている。

お姉さん心を刺激すれば、夕暮れの道を大人しく戻ってくれるのだ。

念のため殿部家前まで2人を見送ってから、俺は家に戻った。

門を閉める前に、一度家の前の通りを確認する。……今度こそついてきてないよな。

一仕事終えた気分で振り返れば、夕陽に染まる我が家が視界に飛び込む。

「うん、ボロいわ」

さっきは反論したくなったが、改めて我が家の外観を眺めてみれば、やはり劣化している。

殿部家と同じ時期に建てられた家なのに、随分と差が出てしまった。

そういえば、以前親父にボロい理由を聞いたときは『私が手入れを怠ったからだ』と言っていたが、お母様もなぜか外には手を出さない。

綺麗好きなお母様なら絶対放っておかないはずなのに。

「もう一回聞いてみるか」

以前聞いたのは俺が4歳の頃だ。

あれからさらに成長し、陰陽師として力を示した今なら、教えてくれるかもしれない。