軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 神職の視線

智夫雄張(ちふぉちょう) 之冨合(のふあい) 様を祀る神社にて、1人の神職が精力的に奉仕していた。

迫る年末年始に備え、日々業務に追われているのだ。

老け顔ゆえにベテランと思われがちだが、まだ30代前半の彼は、 社(やしろ) のNo.2である 禰宜(ねぎ) として神社を切り盛りしている。

しかし、少々根を詰め過ぎたようで、一度気分を変えるために表の掃除をすることにした。

外の空気は冷たく、茹った頭を落ち着かせるにはちょうど良かった。

「何か考え事かね?」

いつの間にか箒を動かす手が止まっていた禰宜は、背後からの声に振り向く。

声の主は穏やかな笑みを浮かべて立っていた。

その人こそ、この地域一帯の神社を取りまとめている 宮司(ぐうじ) ――社のNo.1である。

「……! いらっしゃったのですか」

「時間ができたからね。こっちの年末の準備を手伝おうかと思ったんだ」

少し曲がり始めた腰を庇いながら、宮司はゆっくりと歩み寄る。

普段は隣町にある大きな神社を主に管理しており、中継ぎとしてこの社の宮司も務めている。

父親の代から何かと面倒を見てもらっている間柄で、禰宜の父親が不幸に見舞われた際、中継ぎを買って出てくれた。

そのおかげで大学を無事卒業し、研修にも参加でき、階位を得ることができた。今も経営や財務の知識を教えてもらっており、禰宜にとって大恩のある人物である。

「考え事は祝福の件だね」

「お見通しでしたか」

「およそ300年振りの慶事、意識しないほうが難しいでしょう」

2年前、聖が七五三の御祈祷を受けた際、 智夫雄張之冨合(ちふぉちょうのふあい) 様の奇跡により地域一帯が祝福に包まれた。

智夫雄張之冨合様がここまで大々的に現世へ介入した記録は数えるほどしかなく、博識な神職の間では注目を浴びている。

そして、彼もまた、今回の事象に注目している神職の1人であった。

「前回との共通点は、峡部家が参加していたことです。そして、300年前に御祈祷を受けた嫡男は『神童との噂アリ』と、記録にありました」

「今代の峡部家嫡男――聖君もまた、類まれな才能を持っていると。なるほど、興味深いね」

神社を統括する神社本庁は、神の奇跡について情報を集めている。神が気に入ったことは何か、良好な関係を築くにはどうすればよいか、いざという時に手助けしてもらうには何が有効か――それら知識が役立つときの為に。

それは今に始まったことではなく、遥か昔から神に関する知識は蓄えられている。

神の奇跡を賜った際、神職には報告義務が生じるため、2年前の出来事は宮司にも報告してあった。

300年前の本庁の情報と、代々御家に残されてきた神社の記録を基に、禰宜は奇跡を賜った理由を分析しようと躍起になっていた。

神に奉仕する者として、神のことをより深く知りたいと思うのは当然のこと。それに加え、大学で育まれた純粋な探求の面白さに取り憑かれた故に。

だが、宮司はそんな彼の考えを否定する。

「記録に残された状況を比べる限りでは、それだけだね。峡部家が鍵を握っているようにも見える。ただ、記録に残せないような、神のお気に召す何かがあった可能性も十分に考えられるよ」

「峡部家は偶然居合わせただけ、そういうことですか」

「あくまで私の予想さ。それが真か否かは、まさしく神のみぞ知るところ。我々が邪推するものではないよ」

「……なるほど」

先達の言葉を受け、禰宜は宮司の目を見つめた。

優し気な笑みを浮かべた宮司の表情からは、何も読み取れない。

しばし考え込んだ禰宜はお礼を告げる。

「ご教示くださり、ありがとうございました」

「いやなに、私がいない間、この社の安寧は君の双肩にかかっている。憂いをなくして、しっかり働いてもらわなければならないからね。あぁ、それと、峡部家の方がお参りに来たら私にも報告してほしい。君の言う通りなら、また何か起こるかもしれないからね」

悪戯な笑みを浮かべつつ、宮司は社務所へ戻っていった。

その背が見えなくなり、境内に人の気配が感じられなくなったのを確認した禰宜は、ポツリと呟く。

「信仰ゆえか、はたまた俗世のしがらみか……」

禰宜は知っていた。宮司は好々爺然とした風貌だが、彼がここ最近密かに権力者と繋がっているのを。

先ほどの発言も、暗に『これ以上探るな』と言っているように思えた。

尊敬と感謝の念を抱く相手だが、ここ数年の彼はどうも俗世の権力に執着している節が見られる。

「……さて、どちらにつくか」

代々この神社で奉仕している禰宜の一族と、近所に住まう峡部家は、遥か昔から付き合いがある。

毎年初詣に来ているのも知っている。峡部家先代当主が亡くなってから苦労していたのも知っている。聖が陰陽師として才能を発揮したという噂も聞いている。

そして何より、歴代当主の奉納金の額も記録が残っている。

大恩ある宮司は詮索を止めつつも情報を求めていた。

一方、峡部家は長年付き合いのある良き隣人であり、次期当主はいずれ神社の経営を助けてくれることだろう。

恩には報いるべきだが、宮司も「経営には信用が大切だよ」と言っていた。

己の探求欲と諸々の事情を鑑み――

「中立だな」

独身時代なら冒険も出来たが、家庭を持つ今の彼にはそんなことできようはずもない。

彼はどちらにも肩入れすることなく、奉仕に専念することにした。

~~~

「「「「あけましておめでとうございます」」」」

「これはこれは、峡部家の皆様。今年も無事に新年を迎えることができ、喜ばしい限り。ご子息も随分成長されて。私の息子も来年度より小学校へ入学するので、ぜひ仲良くしていただきたい」

「は、はい。何か困ったことがあれば、声を掛けていただければ……(この人、こんなに積極的だったっけ?)」

諸々勘案した結果、私的に探求欲を満たすのだった。