軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

38.兄離れはできません(第五話)

リデラインとローレンスは、店内のソファーに腰掛けてカタログを見ることになった。スタッフの女性が紅茶まで用意してくれたけれど、リデラインにはそれに口をつける余裕がない。採寸や試着のために設けられている奥のスペースから聞こえる会話が怖いからである。

「ちょっ、どこ触ってんだよ――うお!」

「採寸中ですので動かないでくださいませ」

「なんてすべすべなお肌なんでしょう!」

「暗いお色のお召し物ももちろんですが、白などもお似合いになりますわね」

「動きやすさも考慮したものをご用意いたします!」

「終わったわ。このサイズをお願い」

「はい、オーナー」

「――ではジャレッド様、まずは十着ほどご試着を」

「まずは!?」

「ジャレッド様にぴったりのデザインはありますがお色も吟味したいですから」

「色見たいだけなら当てるだけでいいだろ!」

「いえいえ実際にご試着なさいませんとわからないこともございますのでぜひすべてお試しくださいませ。まずはあちらの二着を五色ずつ、それからあちらのベストは色だけでなくボタンやデザインにも種類がありまして――」

「どんだけ着せる気だよ!?」

「可能な限りすべてですわ。ローレンス様とリデライン様にも都度ご確認いただいて」

「時間かかりすぎるだろ!」

「ジャレッド様にお似合いのものを選ぶためですのでご協力くださいませ。さあさあお着替えを」

「わかったやめろ着替えの手伝いはいらねぇ一人でやるから向こうに行けー!!」

大変そうだ、とリデラインは思った。そして恐怖が煽られる。

店主サマンサが押しが強いぐいぐいタイプの性質であることは明白だ。ローレンスの忠告から想像はしていたけれど、実物は強烈だった。

自分もこれからジャレッドのようにあれこれされるのかと思うと、勝手に顔色が悪くなっていく。

不安や恐ろしさから店主と自分の間に何か壁がほしいのか、無意識にカタログを顔の前に立てて持ち、鼻までを隠して試着スペースの方向を眺めていた。

そんなリデラインにローレンスが声をかける。

「誰かを着飾ることに夢中になりすぎる人ではあるけど、事前に注意すればある程度は自重してくれるはずだよ。……たぶん」

「たぶん」

恐怖は薄まらない。そこは言い切ってほしかった。

リデラインが微妙な気持ちになっていると、ローレンスは続ける。

「こういう商売はお客さんの反応に敏感であることも大事だから、彼女も観察眼はある。ジャレッドは強引でも大丈夫だと判断されたからあの扱いなんだと思うよ。リデルにはもう少し抑えてくれるはずだ」

「不安しかないです」

兄の言葉を疑いたくはないけれど、どうしても不安は拭えなかった。

「リデルが嫌ならそれで構わないよ。ジャレッドのだけ買って帰ろう」

大きな手で頭を撫でられて少し落ち着いたリデラインは、ソファーの上を移動してローレンスにぴったりとくっつく。

「もうちょっとがんばります」

「うん、偉いね」

なんでも褒めてくれる甘々なローレンスは、「ほら、リラックスして」と紅茶を飲むよう勧める。

(あ。美味しい)

いつの間にかリデライン好みに砂糖が入れられていたようで、飲めばほんのり甘味が広がった。リデラインがジャレッドのほうに気を取られている間に、ローレンスが調整してくれたのだろう。本当にどこまでも気が利く兄である。

「ジャレッドに何着せる?」

組んだ足に頬杖をついたローレンスが、面白そうに目を細めて訊ねる。悪戯っ子のような無邪気さと色気が合わさった表情に、リデラインの心臓が貫かれた。

「リデルのものも選ぶけど、ジャレッドの服を選ぶのも楽しいよ、きっと」

「悪い顔になってますよ、お兄さま」

指摘すると、ローレンスは更に笑みを深めてリデラインの髪をそっと撫でる。色気が爆発した。そばに控えていたスタッフがその色気にあてられて胸を押さえて蹲っている。

「こんな僕は嫌いかい?」

「いえまったくそんなことはありませんかっこいいです」

「そっか。よかった」

にっこりと笑ったローレンスが男性用のカタログを見やすいように開いてくれる。どれにしようかと選んでいる姿はとても楽しそうだ。

「リデルともだけど、ジャレッドともこうして出かけることはなかったからね。ジャレッドとは時たま視察に同行はあっても、気軽に散策はなかったし。もう一生ないかもしれないと思っていたんだ」

「お兄さま……」

ローレンスが本当に心から嬉しそうに笑顔を浮かべるので、リデラインがじーんとしていると。背後にただならぬ気配を感じて振り返れば、ソファーの後ろにこちらもまた嬉々とした笑みの店主が立っていた。

「試着室は一つではありませんので、リデライン様も採寸とご試着を」

「……はい」

断ってはいけないと直感した。

「じゃあ、全部邸に送ってくれ」

「かしこまりました。またのご来店をぜひ、ぜひ! お待ちしておりますわ」

満足そうにやりとりをするローレンスと店主をよそに、リデラインとジャレッドは疲労困憊だった。どれほど試着をしたか覚えていない。

「すっげぇ疲れた……」

「同じくです……」

ふらふらな二人にローレンスが苦笑する。

「今日はもう帰ろうか」

二人揃ってぶんぶん頭を上下に振った。

帰路につき、リデラインは相変わらずローレンスと手を繋いでいた。とぼとぼ前を歩くジャレッドには生気がない。

リデラインも歩く速度が遅くなっているけれど、ローレンスは苦にせず合わせている。

ふと、リデラインは車道を挟んだお店に目を留めた。

窓から見える中の様子から、そこが雑貨店だと理解する。

「最後に寄る?」

リデラインの意識が雑貨店に向いていることに気づいたローレンスに訊かれて、リデラインは頷いた。

入店して他の雑貨にも視線をやりつつ、リデラインは窓のすぐそばにあるぬいぐるみの棚へと歩みを進めていく。

様々なぬいぐるみが置かれているけれど、それは外からでもよく目を引いていた。

濃紺の生地にダイヤモンドの目、水色の宝石がついた白のリボンが首に結ばれている、くまのぬいぐるみ。ローレンスを連想させる色だ。

「これがほしいのか?」

「あ、……えっと、そうかもしれないです……?」

「なんだそれ」

ジャレッドに訊かれて言葉を濁してしまった。

ローレンスだ、と思って気になったので、ほしいと素直に口にするのは気恥ずかしいように感じたのだ。

もじもじしていると、ローレンスが笑みを零す。

「僕と同じ色だね、この子」

「!」

気づかれた。

いたたまれなくなったリデラインが「帰りましょう」と言うと、ローレンスはくまのぬいぐるみを手に取り、リデラインに渡す。

「買おうか。ほしいんだよね?」

「……」

リデラインが唇を引き結んで俯くと、ローレンスが片膝をついて目線を合わせた。

「もうすぐ僕は学園に戻らないといけないから、一緒に眠れなくなる。これを僕だと思ってそばに置いておくといい」

「……はい」

くまのぬいぐるみを抱きしめながらしゅんとしていると、頭を撫でられる。とても優しい眼差しで見下ろされていて、リデラインは恥ずかしくなってぬいぐるみで顔を隠した。

◇◇◇