軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

33.仲直りしましょう(第九話)

気配が遠ざかっていくのを待って、リデラインはベッドの上を移動して端に座り、ジャレッドの手を取って握った。リデラインが銀色の目で見上げたジャレッドは、歯を食いしばっている。

「気にしてないって本当なんですよ。むしろうれしいんです。私、魔力を少なくしたかったので」

と言っても、やはりジャレッドが納得してくれるはずもなく、つらそうにまた眉を寄せた。

「……俺の罪悪感をなくそうとしてんのか?」

「ちがいます。本心ですよ」

ジャレッドのための嘘ではない。これは偽りのない本音だ。

「私はたぶん、魔力で見られていると人をうたがってしまうから」

そう告げるとジャレッドが息を呑んだので、リデラインは困り顔で笑みを浮かべた。

魔力が多いと、多いなりの苦労が付きまとう。

公爵家の者たちは信じられるけれど、他の人にはそうもいかないだろうというのがリデラインの本心である。

魔力が多いリデラインを取り込もうとしているのではないかと疑って、心を開けない。親切を素直に受け取れない。

この先、そんな場面が多くなるのは目に見えていた。

公爵令嬢という立場的には、人を疑うことは必要だ。実際に、利用したいという思惑を持って接してくる者は多くいるだろう。蹴落とそうとする者だって少なくないだろう。

魔法の功績によって特別な立ち位置にいるフロスト家門。心良く思わない者たちがいるのは当然だ。

今は公爵家で過ごしていて外の人間との接触はほとんどないけれど、いくらフロスト公爵家が社交を免除されているといっても、貴族という立場上、必ずどこかで身内以外と接する機会がある。身内の中にも――フロスト公爵家を頂点とした家門の中にも、狡猾で醜悪な人間はいる。

ヨランダのこともあったのだ。リデラインは簡単に人を信じることはできない。この性質は持っておくべきだし、きっと変わらない。

そうしなければ、いいように騙されて、搾取されてしまうかもしれないから。

「それに、以前の魔力量では王太子殿下の妃候補として有力になってしまいます。それはいやです。私はこのフロストが好きだから、はなれたくないんです」

リデラインにとってはそこが特に重要だ。

なるべく長くフロストにいたい。ここでの生活を守りたい。

ヘクターが言っていたとおり、今の状態でリデラインの魔力が総量に近いのだとしたら、平均より少し下くらいの量だ。王太子の婚約者に選ばれる確率はぐんと減ったと思われる。

魔力も魔法も基本的には血統で受け継がれるため、魔力が少ない者を未来の王妃として選択するのは国のためにならないとわかりきっている。両親が魔法使いとして優秀とは言えなかったリデライン自身が例外ではあったけれど、どの代でその例外が生まれるのかを読むすべはない。わざわざリデラインが王族の相手として選ばれることはないだろう。

「だから本当に、お気になさらないでください。責任を感じるのなら、新しい力を得た分、その力を存分に振るってください」

真摯に伝えると、ジャレッドは唇を噛んだあと、深呼吸をして表情を引き締めた。

「必ず、強い魔法使いになる。兄上を支えられるくらい、――お前を守れるくらい、強く」

吹っ切れたようだ。自責の念やリデラインに対する罪悪感に揺れていた瞳は、力強い光を宿していた。

ジャレッドと話したあとは、ローレンスたちを呼び戻して改めて注意事項を守るよう言いつけられた。

ジャレッドは問題なさそうだけれど、リデラインに関してはまだ魔力が少ない状態に体が慣れておらず体調を崩しやすいことが予想されるので、絶対安静期間は続きそうだ。

「ジャレッドに何を話したんだい?」

ローレンス以外の者たちがリデラインの部屋を出ていって、ローレンスはそう訊ねてきた。探るような眼差しだ。

「魔力がへっても気にしてませんということを力説しました」

「――元から、魔力を減らしたいと思ってたから?」

そう問われて瞠目したリデラインの頬を、ローレンスはそっと撫でる。

「魔力を増やすための研究は盛んなのに逆はあまりない。その話をしたのは、魔力を減らす方法があるのか僕から聞き出したかったからだろう」

図書室でのことを思い出す。

なんとなく不思議に思ったのを装ったつもりだったけれど、ローレンスには見抜かれていたらしい。最初からそれが本命だったのだと。

「ねえ、リデル。魔力に目をつけられる、という心配をしていた?」

「……」

「魔力が多いから養子にしたのかと、ヨランダのせいでリデルはこの一年、ずっと周りの人間を疑うほかない状態だったからね。それも仕方ないとは思うよ」

動揺を隠せないリデラインに、ローレンスはまた問いかける。

「他にも理由があるね?」

「……王太子殿下の婚約者に、なりたくなかったんです」

誤魔化すのは難しいと観念して白状したリデラインの思いを聞いて、ローレンスが視線を落とした。

「本当に、いろいろ先のことを見据えているんだね」

感心と寂寥感のようなものを滲ませて、ローレンスは呟く。リデラインが自身の価値を客観的に把握できていたことを実感しているのだ。

「でも、まだあるだろう。――ジャレッドのため、もあったように僕は思ったよ。僕やリデルと比較されるジャレッドの精神的な苦痛を、少しでも軽減させたかったんだね」

ローレンスはよく人を見ている。見えている。どうしてそこまで見透かしてしまえるのだろうかと驚かずにはいられない。

「それが頭を過らなかったといえば、うそになりますね」

結局は自分のためであることに変わりはない。

王太子の婚約者になりたくないから。――そして、ジャレッドとの関係を改善する手段の一つとしても、魔力を減らすのは有効だと思ったから。

「お兄さま、心を読んでるみたいです」

それほどまでに的確すぎる。

思わず笑ってしまうと、ローレンスの親指がリデラインの頬を滑った。

「リデルはもっと、自分を大切にすることを覚えるべきだ。人の心の機微に敏感だからと気を遣いすぎて、自分が我慢すればいいと考えてしまうのはよくない」

自己犠牲だとは思っていないけれど、ローレンスはそう見ているらしい。

「それに、父上と母上はリデルに政略結婚なんてさせないはずだ。僕も、君が望まない結婚なんて絶対にさせないよ」

ローレンスに抱き寄せられて、リデラインは優しい温もりと香りに包まれる。

彼の腕の中は、どこよりも安心できる場所だ。

「いつまででも、好きなだけフロストにいればいい。伸び伸びと好きなように過ごしていいんだよ。わがままだって、僕が全部叶えるから」

「ふふ。お兄さまなら、本当にすべて叶えてくれそうです」

「叶えてみせるよ。僕のお姫様のためならね」

頭を撫でられて自然と口元が緩み、リデラインは穏やかな気持ちで目を閉じるのだった。