軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

27.仲直りしましょう(第三話)

九歳になっても、ジャレッドは魔法使いの資格を得ていなかった。

それは珍しいことではない。一番下の四級の資格であっても、基本的に合格者が出始めるのは十二歳前後だ。それでも決して人数が多いわけではなく、その年齢で一級試験に合格したローレンスがいかに非凡かもよく示している基準である。

ジャレッドは合格できるだけの実力がまだ身についていないという判断が先生から下されており、受験すらしていない。

フロストの人間が四級の試験に落ちた、という実績が作られてしまうのを回避するために、確実に合格できると判断できるほどの力がなければ、試験を受けさせてもらえないのだ。

その一方で、体を鍛える目的で始めた剣術については、伸びがとても早いと褒められている。

体を動かすのは楽しいけれど、ジャレッドが評価を求めているのは剣術ではなく魔法だ。望む結果が出なくて、いつも焦燥感と戦っている。

「はあ……」

図書室で水魔法の本を読んでいたジャレッドは、天井を見上げてため息を吐いた。

いつになったら、自分は魔法使いとして認められるのか。それだけの実力が身につくのか。そんなことばかり考えている。

両親やローレンスは焦らずに自分のペースで、と言ってくれるけれど、そうもいかない。フロストの評判にも関わってくるのだ。

(兄上はもうすぐ学園か……)

ローレンスは数ヶ月後、王都の学園に入学する。そうなると、長期休暇以外は王都の邸で暮らすことになる。

リデラインはローレンスがいなくなることをとても寂しがっているけれど、――ジャレッドは少し、ほっとしてしまった。ローレンスを見ていると自身の出来の悪さを常に痛感してしまうから、物理的に距離を置くことに安堵してしまったのだ。

そんな自分が嫌になって、後ろめたくて、どうもローレンスを避けてしまっているという自覚がある。

当然、ローレンスには気づかれていて、あまり無理に距離を詰めようとしてこなくなった。その大人な対応がありがたくもあり、申し訳なさもあり、ジャレッドは形容しがたい気持ちを抱えていた。

ちらりと、テーブルに置いている別の本を見る。

知識だけ詰め込んだって使えるわけでもない、氷魔法の本。未練がましくこんなものを読んでいるから、思うように成長できないのだろうか。

「――お兄さま」

心が沈んでいる時に響いたその声にびくりと跳ねたジャレッドは、声がしたほうに顔を向けた。

ジャレッドの反応に驚いたのだろう。リデラインも目を丸めている。

「おどろかせてしまいましたか?」

「……いや、悪い。ちょっと気を抜きすぎてた」

姿勢を正して、本をテーブルに置く。

「何か用か?」

そう訊いて、失態に気づく。

顔も見ずに、ぶっきらぼうに放ってしまった。気をつけるようにしていたのに、あからさまに態度に出してしまった。

最近はリデラインを見ているのもつらい。

ジャレッドと異なり、フロストの特徴を持っているリデライン。魔力量も桁違いで、みんなに期待されている。

ジャレッドよりもフロストらしい性質を持って生まれた、フロストではなかった妹。――何も思わずにいられるわけがない。

「あの、ティータイムをご一緒にどうですか?」

少し恐る恐る、といった様子で誘われる。ここ半年ほどはよく勉強や訓練を言い訳にしてリデラインとのお茶会を断っているので、そのせいだろう。

「勉強中なんだ、悪いな」

「……でも、お兄さまはむりをしすぎだと思います。休息もはさまないと、体がつかれてしまいます」

これまではこう言えば引き下がってくれたのに、今日は粘るようだ。

心配で言ってくれているのだと理解はしている。けれど、ジャレッドは腹立たしく思ってしまった。

(魔力制御の訓練を始めたばかりのお前に何がわかる)

リデラインは魔力が多いため、魔力制御の訓練を入念に行う予定だそうだ。魔法の訓練を本格的に始めるのはだいぶ先になるだろう。魔法の訓練も常に暴走の懸念があるので慎重に行われるはずだ。

けれど、ジャレッドはその必要がない。悠長なことは言っていられない。

もう九歳だ。ローレンスが準二級魔法使いになった年齢だ。ジャレッドも早く一人前の魔法使いにならないと、フロストの名に傷がつく。ただでさえフロストの特徴を受け継いでいないのだから、せめて水の魔法使いとして優秀な成績を残さなければいけない。そんな強迫観念に囚われていた。

「お兄さま――」

黙り込んでいたジャレッドは、伸びてきた手を反射的に払いのける。ぱしっと音が響いて、目を見開いて驚くリデラインの顔を見て、一気に罪悪感が押し寄せてきた。

リデラインは弾かれた手を反対の手でぎゅっと握って、視線を落とす。

「……ごめんなさい」

そう零すと、くるりと後ろを向いて走り出した。

「リデっ……」

呼び止める間もなく、リデラインは図書室を出て行った。

「くそっ」

しばらく固まったあとに荒々しく吐き捨てて、また天井を仰ぎ見る。

自己嫌悪に陥って、目元に腕をのせた。

(夕食の前には謝ろう)

そう思っていたのに――その数時間後、フロスト公爵家で問題が起こる。

ヨランダが、リデラインに話してしまったのだ。リデラインがもう忘れた、実の家族の存在を。

そして、リデラインはヨランダ以外のすべてを拒絶し始めた。

「――せっかくセットした髪が台無しじゃない。どうしてくれるのよ」

「申し訳ございません、お嬢様!」

リデラインがメイドを叱る光景を見るのは、もう何度目だろうか。今回はどうやらメイドが不注意でリデラインにぶつかってしまい、リデラインの髪が乱れてしまったらしい。

「私が養子だからってぞんざいな扱いをしていいとでも? メイドふぜいがいい気になるんじゃないわよ!」

謝罪するメイドに、リデラインは次々と暴言を吐く。その姿はまるで別人だった。

注意しても直らないどころか悪化すると、みんなが嘆いている。ヨランダが収拾するまでは大抵この状態が続くそうだ。

「いい加減にしろ、リデライン」

涙を浮かべてひたすら謝るメイドを執拗に叱る様は見ていられなくて、割って入った。

「何よ」

「血の繋がりがそんなに重要か? 養子とか関係ないだろ。お前はフロストの人間なんだぞ。フロストらしく堂々としてろよ」

「――お兄さまがそれを言うの?」

ジャレッドを見据える銀の瞳に、ジャレッドは息を呑む。

「本当は私のことがじゃまなんじゃないの? 養子のくせにフロストの色もまほうも持ってるから、うっとうしいって思ってるんでしょ? 私のこと妹だってみとめてないんでしょ!」

「そんなことっ」

「ないとでも言うつもり? それこそ、そんなわけないわ。だからここ最近、ずっと……っ!」

うっすらと涙を滲ませて一度言葉を切ったリデラインの様子を見て、ジャレッドは気づく。

半年ほど、少しリデラインを避けてしまっていた。それが思っていた以上にリデラインを傷つけてしまっていたのだ。

ここで誤解だと否定して、興奮している今のリデラインが素直に信じてくれるとは思えない。その場凌ぎの嘘として捉えられかねない。きっとそれほど、リデラインの傷は深い。

「……とにかく、お前がフロストなのは事実だ。それは誰が何を言おうと変わらない。誇りあるフロストの名を持つ者として、相応しい振る舞いを――」

ジャレッドの言葉の途中で、リデラインはカッとなって叫ぶ。

「フロストのまほうを受けついでいないあなたのほうこそ、フロストの名を持つに相応しくないわよ!」

「――っ!」

ジャレッドは瞠目した。衝撃が強すぎる、ジャレッドの心を的確に抉る言葉だった。

すぐ、リデラインの顔に後悔が浮かぶ。

けれどジャレッドは沸騰する怒りに耐えられなくなって、その場を離れた。

それからは、リデラインを徹底的に避けた。時折リデラインとすれ違いかけると、話しかけたそうにしているリデラインを睨んで反対側に引き返したりして。

大人げないと自覚していた。たぶんリデラインは謝罪しようとしている。けれどジャレッドは、リデラインと話すことが嫌になってしまっていた。

『リデライン様は、ジャレッド様はフロストに相応しくない人間だとずっと言っております』

ヨランダからそんな報告があって、尚更。

それから一年以上が経ち、リデラインが頭痛と高熱で倒れた。そして、変わった。正確には元に戻った、というべきだろうか。けれど、以前のリデラインとも違った。

ヨランダが追い出されて、リデラインから謝罪もされた。

リデラインはずっとジャレッドを貶していたと、ヨランダはよく言っていた。あれは嘘だったのだろう。

違和感はあった。あんなに後悔を滲ませた表情をして、常に謝罪の機会を窺っていたリデラインが、本当にそんなことを言っていたのだろうかと。

気づけたかもしれないのに――。

『お嬢様とは、距離を置いたほうがよいかもしれません』

『……そうだな』

ジャレッドは、見て見ぬふりをしたのだ。

◇◇◇