軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21.知らない出来事です(第二話)

翌日の午前中。魔力制御の訓練の時間にリデラインが動きやすい格好でベティと共に訓練場に到着すると、そこにいつもの魔法の先生の姿はなく、ローレンスがいた。

「やあ、リデル」

ローレンスもまた、動きやすくシンプルな格好をしている。それさえもローレンスが着用しているとキラキラと輝いて見える。一応、公爵家の後継者が身につけるものなので、使用されている素材は高級品だろうけれど。

「お兄さま、どうしてこちらに?」

「今日は僕が先生だよ」

微笑むローレンスはとても楽しそうである。

先生、ということは、ローレンスが訓練をしてくれるようだ。リデラインが何も聞いていないのは、ローレンスが口止めしていたからだろう。

「びっくりしたかい?」

「はい……うれしいです」

心からの笑顔をリデラインが見せると、ローレンスも笑みを深くする。かっこいい。

「じゃあ、ベティは戻って休んでおくといいよ」

「はい」

一礼したベティが「頑張ってくださいね」とリデラインに残して邸に戻っていくのを、二人で見送った。

「早速、始めようか」

ローレンスにそう言われて、リデラインは姿勢を正す。少し緊張する。

まったく隠れていないリデラインの心情を感じ取ったようで、ローレンスが苦笑した。

「あまり身構えずにリラックスして」

「はい……」

そんなことを言われても簡単に緊張を払うことはできなくて、ローレンスが更に苦笑してしまった。

「リデルの訓練の進捗状況は聞いてるけど、とりあえず実際に見せてもらおうかな。魔力の球を作ってみて」

「はい」

リデラインは両手を前に持ってきて、手のひらを上に向ける。深呼吸をしてから体内の魔力の流れに意識を集中させ、魔力を手の上に放出した。それを球体になるよう集める。

「そのまま。十、九、八、七――……」

ローレンスが十秒をカウントする間も、集中力を切らさずに形を維持する。

「――ゼロ」

十秒が経過しても、リデラインの魔力の球は残っている。

「うん、いいね。魔力の放出、集約、形状の維持、どれも難なくこなせてる。途中で魔力が揺らぐこともなかった」

八歳であればそもそも思い通りの形に形成すらできないのが一般的だというのは、いつもの魔法の先生の言葉である。

「小さくして」

「はい」

「次は大きく」

「はい」

魔力の量を調整して大きさを変えることもスムーズに行えた。

「それじゃあ今度は、球以外の好きな形に変えてみてくれる?」

魔力で球体を作り出すのは基礎だ。作り出す形が複雑で大きいほど、繊細な魔力操作の技術が求められる。

好きな形、と聞いて思い浮かんだものに魔力の形を変える。

「……本か。リデルらしいね」

本の形を維持する魔力の塊に、ローレンスは面白そうに口角を上げた。リデラインも我ながら上手くできたと満足げだ。

「もう少し大きいものは何か作れる?」

「大きいもの……」

思案したリデラインは、視界に入った木を実物よりは小さめで作り出した。

魔力で作られた、葉が生い茂る木。葉の一つ一つ、枝や幹の感じなど、見たままが再現されている。

ローレンスは自身の身長よりも大きいそれを見上げて瞠目した。

「再現度すごいね……完璧だ」

驚愕と感心がまじった様子で、ローレンスは魔力の塊の木をまじまじと観察している。褒められてリデラインも嬉しくなった。

(ここまでできるとは……)

ローレンスが木に向けていた視線をリデラインに戻し、考え込むように見つめるので、リデラインは首を傾げる。あまりにも凝視されて次第に気恥ずかしくなり、リデラインは俯いた。

集中力が切れて、木の形を成していた魔力が崩れていく。そのことにも気づかずにリデラインが戸惑っていると、ようやく声が落とされた。

「じゃあ今度は、魔道具を外して同じことをしてみようか」

ぴくりと、リデラインの肩が揺れる。

魔道具。この場合、示しているのは一つだ。リデラインの魔力の制御を手伝ってくれているもの。それがないと、下手をすれば膨大な己の魔力に呑まれ、暴走を起こしてしまう。

リデラインが恐る恐る顔を上げると、ローレンスは優しい表情を浮かべていた。

「魔道具ありとはいえ、あんなに緻密に木を再現できるなら大丈夫だよ」

「ですが……」

「何かあっても僕が対応するから安心して」

穏やかな声は力強さもあって、リデラインに安心感をくれる。

魔力を減らす方法が見つけられずに成長とともに魔力が増え続ける場合、将来リデラインの魔力を完璧に抑えることのできる魔道具はそうはない。魔道具に頼れない場面に直面することになった時、魔力制御がおぼつかなければどうなるか。

自分の力は自分で制御できてこそ、真の魔法使いだ。

「……はい」

覚悟を決めたリデラインは、魔力制御の魔道具であるバングルを外してローレンスに渡した。バングルから手を離した瞬間、一気に体の中の魔力が密度を増した感覚がはっきりとあり、リデラインはゆっくり深く呼吸をする。

体内を巡っている魔力の流れが、普段より手にとるようにわかる。

「準備は?」

「……大丈夫です」

震えそうになりながら答えると、ローレンスが緊張をほぐすように表情を和らげる。

「球を作って」

「はい」

リデラインは先ほどと同様、魔力で球体を作った。

「大きくしていって……」

ローレンスに言われたとおり、魔力を増やして球体を大きくしていく。慎重に、けれどかける時間も意識して。

「木を作って」

魔力を移動させて、大きな球体を木に変えていく。魔道具を身につけていた時よりは少し時間がかかってしまったけれど、無事に木の形になった。ここで気を緩めてはいけない。

「――よし、もういいよ」

十秒ほど経過してローレンスから許可が出て、魔力が霧散して木が消えていく。

その光景を眺めて、安堵からほう、とリデラインは息を零した。

「……できた……」

「うん、お疲れ様」

にっこりと笑って、ローレンスがリデラインの頭を撫でる。達成感で高揚していたリデラインは目を輝かせた。

「形態の変化に多少時間はかかったけど、それもプラス五秒くらいだったね。文句なしの合格点だよ」

ローレンスのお墨付きだ。この先も訓練を続けていけば、更に技術が上がる。

油断はできないけれど、魔力暴走の懸念が減った。

「これからは魔道具を外す時間をなるべく毎日、少しずつ作っていこう。もちろん、そばに誰かがいる時だけだから安心するといい」

「はい」

「わかっていると思うけど、一人の時に魔力の訓練はしないようにね。万が一もあるから」

「はい!」

元気よく返事をする。わかりやすくテンションが上がっているリデラインに、ローレンスも嬉しそうだ。

バングルを受け取って腕につけたリデラインは、そういえば、とローレンスに疑問を投げかける。

「お兄さま、今日は私の相手をしてくださってますけど、ジャレッドお兄さまと訓練をなさったりするんですか?」

ローレンスは若いけれど優秀な魔法使いだ。氷、風、水の三属性持ちで、どの属性も上級魔法が使えるほどの実力を持っている。ジャレッドの指導も問題なく可能だろう。

「ジャレッドは僕が構いすぎると反発するからね」

(あ……)

とても納得のいく返答だった。

フロストの魔法を受け継がなかったジャレッド。彼が複雑な思いを抱えている相手はリデラインだけではない。

リデラインは思わず眉尻を下げた。すると、ローレンスの手が頭にのせられる。

「大丈夫だよ」

そう言ってリデラインの頭を撫でるローレンスの笑顔は、いつもどおりの優しく落ち着いたものだった。