軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

103.討伐開始です(第七話)

不出来だと指摘できる点がないほど完璧な動きでいとも容易く魔物を倒して見せたクラークに、皆が驚愕して言葉を失っていると。

「すっご」

正直な感想を零して沈黙を破ったのはケヴィンだった。

獲物を燃やさずに仕留める火の矢の攻撃魔法は高等技術だ。魔法の発動が異様に早かったことも加味すると、クラークの実力は相当なものである。

十二歳を引き合いに出すのは公平ではないと理解しているものの、身近な火属性魔法の使い手といえばオスニエルだ。きっとオスニエルはこんなにも完璧にこの魔法を扱えないだろう。

一つの魔法だけで、クラークは己の力を示した。とんでもない魔法使いが埋もれていたものだ。

(ローレンスお兄さまくらい強いんじゃ……?)

まだ十七歳にしてフロスト史上最高の魔法使いと呼ばれているローレンスの魔法を、リデラインはこの目で見ている。クラークの他の魔法や戦い方などがわからないので、総合的な力が実際のところはどうなのかはもちろん疑問が残るのだけれど、ローレンスに匹敵する実力を持つ魔法使いだというのがリデラインの所感だった。

このような人材がいるのであれば噂になっていてもおかしくない。傭兵だったというのだから尚更だ。しかし、クラークという名前を聞いても誰も知っている様子はなかったので、リデラインだけが情報に疎いわけではないだろう。

とても大きな衝撃を周囲に与えたクラーク本人は、驚くことでもないと言わんばかりに平然としており、ちらりとヘンリエッタを一瞥する。

「怪我人が多くて大変そうですが、あの班の撤退を手助けしたほうがいいのでは?」

促されて、タヴァナー子爵の班の撤退を手伝うために騎士たちが彼らの元へ向かっていった。

ヘンリエッタは少し厳しい顔つきでクラークを見据える。

「ずいぶん強いのね」

「公爵夫人にそう仰っていただけると光栄です」

明らかに好意的ではない眼差しを向けられてもクラークは変わらず冷静で、軽く頭を下げた。

その後、タヴァナー子爵の班が結界の中に到着した。運悪く足を怪我した者が多く、撤退に手間取っていたようだ。ジョナスは父と兄の元へと駆け寄っていた。

「スノズグリーと遭遇したそうです」

「スノズグリー?」

撤退に手を貸した騎士からの報告で、ヘンリエッタを始め、皆の表情が険しくなった。リデラインは小さな声でケヴィンに訊ねる。

「スノズグリーって、西側には生息してない魔物じゃなかった?」

「はい、そうです」

スノズグリーはこの国では北東の極一部にしかいない、寒さを好む危険度の高い魔物だ。フロスト家門の領地は国内でも気温が低い地域ではあるけれど、北東部ほどではない。

「大きさから推測するとおそらくまだ子供です。成人男性くらいの大きさでした」

タヴァナー子爵の補足でまたも疑問が増えた。大人たちが難しい顔で考え込む。スノズグリーがどこから来たのか調べる必要があるうえに、発見されたのが子供ということは親までいる可能性が高いと推測できるからだろう。ストウ森の魔物の行動範囲が例年と異なる原因はスノズグリーかもしれない。

(……?)

タヴァナー子爵を視界に捉えていたリデラインは、彼の表情に違和感を覚える。険しい顔をしているけれど周囲とはどこか違っていて、まるで何か心当たりでもあるような……。

「とにかく、怪我人を早く医療用テントへ。詳しい聞き取りは怪我がない者たちからにしましょう」

「そうですね」

ヘンリエッタの指示で怪我人が運ばれていくのを眺めていると、タヴァナー子爵が長男に声をかけている姿を視界の端に捉える。

「お前は腕の傷だけか?」

「はい。かなり浅いですが」

「浅いからと油断はできない。早く治療を受けて瘴気と魔力を除去してもらってこい」

(腕だけ?)

その会話に疑問を持ったリデラインは、タヴァナー子爵の長男スタンリーをじっと見つめる。

スタンリーの服の袖は何かに切り裂かれたように破れているけれど、出血は比較的少量のようだった。怪我の度合いとしては軽症だ。

「――待ってください」

リデラインがそう声をかけると、周りの視線がリデラインに向けられる。ヘンリエッタも「リデライン?」と首を傾げた。

その間も、リデラインはスタンリーから視線を逸さずにいた。

「怪我をしたのは腕だけなんですか?」

「? はい」

不思議そうにスタンリーが肯定するので、リデラインはわずかに眉を寄せた。

「リデライン、どうしたの?」

ヘンリエッタに訊ねられて答える前に、別の気配を感じたリデラインは再び森のほうへと顔を向ける。

「……お兄さま」

ジャレッドと騎士がこちらに向かって走って来ていた。他の者たちもそれに気づく。

二人がこちらに到着してすぐ、ヘンリエッタは動揺を隠せずに青い顔でジャレッドに声をかけた。

「ジャレッド、どうして戻って……まさか怪我をしたの?」

「違う、緊急事態だ! 森にスノズグリーとヘイモスキルトっていう魔物がいた!」

ジャレッドたちもスノズグリーに遭遇したらしい。さらにもう一つ出た名前は、スノズグリーと同じくストウ森には生息していない魔物のものだとリデラインは記憶している。

「スノズグリーの毛にヘイモスキルトの卵の殻が絡まっててっ」

「スノズグリーは子供?」

「え? ああ……人間の大人くらいの大きさだった。兄上が倒したけど」

「そう。なら、タヴァナー子爵たちが遭遇したスノズグリーと考えてもいいのかしら」

ヘンリエッタの言うようにその可能性は高いけれど、断言はできない。

「最大の問題はヘイモスキルトね」

「兄上が見つけた一匹を倒したけど、最低でももう一匹いる可能性が高いって。優先して討伐するべきだって言ってた」

「そうね。あれは人間には危険性が高いのにあまりにも弱いから、探知がとても難しい魔物だというもの。気づかないうちに毒に侵されることになるわ」

ヘイモスキルトは白や淡い水色のような色をしていること以外、見た目は普通の蚊と大差ない魔物だという。ただ、卵は水のあるところに産み落とされるわけではないし、卵から孵化した姿は成体に近い。要するに幼虫や蛹のような期間がないのだ。

人間が最も警戒すべき危険な点は、人間にだけ有害となる毒である。

ヘイモスキルトは吸血する際、人間の体内に唾液と魔力を出す。その唾液に含まれている毒と魔力は人間の体の中で、その人間の魔力を栄養として成長するのだ。毒が成長すると倦怠感等の不調が現れ、刺された部分は赤くなったり痒くなったりするのではなく徐々に冷たくなり、約一日ほど経過すると氷のように白く硬くなる。基本的にはこの時点でようやくヘイモスキルトに刺されたのだと気づくことが多いそうだ。

――そのタイミングでは、もう遅い。

皮膚に症状が表れる段階だと、すでに被毒者の体内は毒の製造工場と化している。周囲の者にも空気感染するほど強力な毒に成長するのだ。もちろん、そうなる状態以前、潜伏期間に接触した者にも毒が及ぶ危険はある。

毒がうつるかどうかは人それぞれの免疫力によるけれど、高確率で感染するそうだ。性質的には毒というより感染症に近いのだろう。

『ストウ森の討伐でヘイモスキルトの毒が体内に入ったらしい』

リデラインの脳内にジャレッドの台詞が浮かんだ。

(ヘイモスキルト……そうだ、ヘイモスキルトの毒が広がって伯爵領には大量の死者が出る)

小説の内容が鮮明になってきた。同時に頭に痛みが走るけれど、思考に集中できているおかげかあまり気にならない。

(最初に毒を持ち帰ってきたのは――)

必死に脳をフル回転させる。

そして、リデラインは思い出した。

「お母様、タヴァナー子爵の班の人たちを隔離してください!」