軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

懐かしき初対面(改訂)

帝都に着くなり事務所の下見に向かったオメールセン達と別れると、ユイ達は帝国の案内役を名乗るスピリトという名の壮年に導かれ、用意された大使館へと到着した。

「まさか新築の大使館を用意してくれるとはね。でも本当にここを頂いても良いのかい?」

大使館内に到着して館内を一通り案内された後、ユイは自らが使用することとなる執務室へ通され、思わず感動を口にする。

「はい、問題ございません。こちらは皇帝陛下が直々にクラリス王国にと仰られまして」

「へえ! それじゃあ、ありがたく使わせて頂くとするよ。今更、冗談でしたって言われても、もう返さないからね」

笑いながらユイがそう口にすると、生真面目なスピリトは、首を傾げながら怪訝な顔を浮かべる。

「いえ、そのようなことは申し上げませんので、ご安心頂ければと思いますが」

「はは、ごめんね。彼はたまによくわからないことを言い出す癖があってね。少し頭のかわいそうな人だと思って頂ければ、それで大丈夫だからさ」

やや困惑した表情を浮かべているスピリトに対し、ユイの隣に立っていたアレックスはいつもの狐目をさらに細めながら、明るい声で口を差し挟む。

「おいおい、アレックス。よりによって君が言うかい?」

「はは。リュートがいれば、少なくとも僕より辛辣なことを口にしていたはずだよ」

リュートの名前を耳にして、ユイは否定出来ないと考えるとさらなる反論を飲み込む。

一方、案内役のスピリトは、目の前の二人が本当にあのユイ・イスターツと朱の悪魔なのかという疑問を覚えつつ、場の空気を一変させるように一つ咳払いをした。

「こ、コホン。取りあえずですね、私からの館内の説明と、また建物の受け渡しに関しましては以上となります。何か問題や疑問点はございますでしょうか」

「いや、何一つないさ。私はここのところ、どうも任地での建物運が悪くてね。一昨年は偶然火災にあってしまったし、去年は今にも倒壊しそうな市庁舎だったけど、これはものが違うからね」

「……満足頂けて何よりです。是非そのように皇帝陛下にお伝えします」

延焼したり老朽化した建物と、この素晴らしい新築の建物を比べないでくれと喉まで出かかりながら、スピリトはぐっとそれを飲み込む。そして表情一つ変えることなく頭を下げた。

「ああ、是非宜しくお伝えください」

「わかりました。それでは今後、私はこの屋敷付きとなります。普段は一階の控え室に詰めておりますので、何か御要望等がございましたらいつでもお声掛けください。それと、副大使殿が数日前にこの屋敷へ到着されております。私の話が終わりましたら、こちらに来られるかと思いますので、先にお伝えしておきます」

副大使は内務省から外務省へ出向している人物だと聞かされていたユイは、どんな人物なのかと思考を働かせながら、スピリトに向かってわかったとばかりに大きく頷いた。

「ああ、内務省から派遣されてきた方ですよね。了解しました。それではスピリトさん、今後ともよろしくお願いいたします」

「はい、では失礼致します」

スピリトは丁寧に一礼した後、音を立てることもなくゆっくりと執務室を退室していく。

笑顔でそれを見送ったユイは、その場にいるフートとレイスに向かって声をかけた。

「君たちも大使館内の部屋を確認しておいで。余っている部屋なら、さしあたっては好きなところを使っていいから」

「本当ですか? でも、そんなこと勝手に決めていいんですか?」

「いいさいいさ。どうせ何か問題あれば、後で変えればいいんだから。まだ新築で作られたままの状態だし、部屋をどう使うかはこれから決めればいいだろ? 事務用の大会議室とかを自分の部屋として占拠さえしなければ、好きにしてくれて構わないさ」

「はぁ……取りあえず常識的な部屋を見繕ってきますよ。フートさん、行きましょう」

ユイの適当さに呆れながらも、レイスはフートを促して自分達の部屋を探すために出て行く。

「じゃあ、隊長。アタイも先に失礼するよ。帝都の酒がアタイを呼んでいるからね」

「……くれぐれも揉め事だけは起こさないでくれよ」

「このアタイを信用しな。何かあれば、揉めることさえできないようにしておくから」

そう言ってニヤリと笑ったナーニャは、ユイの制止も聞くことなく部屋を出ていった。

「いや、そういうことじゃなくて……って、はぁ、どうせ呼び止めても結果は同じだろうけどさ」

「だね。口うるさく言ったところで、彼女が素直に聞いてくれる訳でもないさ。結局、僕たちにできるのは、祈ることと後始末くらいだよ」

「その通りなのが悲しいところだけど……まぁ、彼女に関して言えば今更どうなるわけでもないか。とりあえずは、これから来る人間のことを考えるとしようか。で、アレックス、内務省から送り込まれてきた人物は洗えたかい?」

外務省の管轄事項であったためであるが、帝国のクラリス大使館において、ユイ自身が選定した人員は僅かである。それ故に、それ以外の人員に関して、その洗い出しをユイはアレックスに一任していた。

「ああ、済ませているよ。と言っても、たぶん君のほうが彼に関しては詳しいだろうけどね」

「私のほうが詳しい? どういうことかな」

「内務省から送られた副大使はロペン伯爵。昔、君がアズウェル先生の――」

アレックスが説明しかけたタイミングで、突然部屋のドアがノックされる。そして間髪入れずに、外側からややハイトーンの若い男の声が中へと響いた。

「副大使のロペンですが、よろしいでしょうか」

「ああ、どうぞ」

ユイがどこかに聞き覚えのあるその声を耳にして許可を口にすると、ドアからのぞかせた顔は、彼のよく知る懐かしい人物であった。

「イスターツ閣下、いや……ユイさん、お久しぶりです」

「へっ……あれ……フェルナンド? フェルナンドじゃないか」

「そうですよ、ユイさん。お久しぶりです」

満面の笑みを浮かべながら姿を現したフェルナンドを目にして、ユイは驚きのあまり口をあんぐりと開ける。

「え、いや、どうして君がここに?」

「僕が今回の副大使ですよ、ユイさん。先ほどロペンって名乗ったでしょ。フェルナンド・フォン・ロペン外交副大使。これが今の僕の名前にして役職です」

「マットではなく、フォン・ロペンってことは、まさか……」

ユイが知っている頃の彼は、アズウェルの下へ共同研究に足を運ぶ王立大学の研究者であった。さらに当時の彼はフェルナンド・マットと名乗っていた。それが王国の中堅貴族であるロペン家の名を名乗った事に対し、ユイは驚きを露わにする。

一方、そんなユイの姿を目にしたアレックスは、いつものニコニコした笑みを浮かべつつ彼に向かって口を開いた。

「そう言えば彼がロペン家を継いだ時には、ユイは既にカーリンに飛ばされていたよね。知らなかったと思うけど、彼は本来伯爵家の人間だよ」

「アレックスさんの言うとおりなんです。別に隠していたわけではないのですが、僕の父は先代のロペン伯爵になります。と言っても正式な子息ではなく、母が庶民の出であったもので、本来は絶縁状態にあったんです……それが伯爵が病に倒れた際に、無理矢理ロペン家に入らされまして」

「へ、へえ、そうなんだ。取りあえず、立ち話もなんだ。中に入ってじっくり聞かせてくれるかい?」

その説明に驚きながらも、ユイはそのまま彼を部屋の中央にあるソファーへと勧めた。

「ありがとうございます。ユイさん」

ゆっくりとソファーに腰掛けたフェルナンドは、対面に座ったユイに向かい笑みを浮かべる。

すると、ユイは頭を掻きながら、彼に向かい一つの問いを口にした。

「いろいろ変わったみたいだけど、実際どれくらい会ってなかったかな?」

「たしか五年くらいですね。確かユイさんがカーリンに飛ばされる前に、お会いしたのが最後です」

フェルナンドの返答を耳にしたユイは、頭のなかから当時の記憶を探る。すると、左遷人事の発表を受け、当人以上に怒り心頭であったエインスによって毎晩飲みに連れ回された際に、ある飲み屋で彼と再会したことを思い出した。

最も思い出すことが出来たのも、ユイをそっちのけに、酔っ払ったエインスとフェルナンドがその場でいつもの大げんかを始めたことが理由であったが。

「あの時か……しかし、あれからもう五年か。早いものだね。また身長伸びたんじゃないか?」

「変わりませんよ。一体、僕のことを何歳だと思っているんですか? 相変わらずユイさんって、そのあたりが適当ですよね」

微笑みながら、フェルナンドがそう口にすると、ユイは弱ったように頭を掻く。

「そうだったかな。はは、そういえば変わらないか」

「アレックスさんとは、もう七年ぐらいはお会いしていませんでしたよね。相変わらずご壮健のようで安心しました」

「はは、ありがとう。ちなみに君がロペン伯爵家を継いだこと、僕はちゃんと知っていたからね。そこの適当なおじさんと違ってさ」

アレックスはユイへと視線を向けながらそう口にする。

すると、ユイはすっと視線を逸らしてすねたような口ぶりで言い訳を口にした。

「私がおじさんなら、君もおじさんだろ? 知る機会がなかっただけなんだから、不可抗力さ。とにかくさ、そんなどうでもいい話は置いておくとして、どうして君が副大使なんだい? 君は大学で研究しているものだとばかり思っていたのだけど」

自分が糾弾される方向へと話が進みそうになるのを察知したユイは慌てて話題を切り替える。

「ええ……それなんですが貴族なんかになってみれば、さすがに研究だけをしているわけにはいかなくなりましてね。いつの間にか内務省の職員にさせられ、そして気が付けば外務省に出向ですよ。ほんとお役所仕事はこりごりです」

「そうだろう、そうだろう。貴族なんか全くもってろくなもんじゃないさ」

「ユイ、君も最近貴族になった口だと思うけど」

最近、レムリアック伯爵に就任したばかりのユイに向かい、アレックスが笑みを浮かべながらそう口にする。

「いや、だからこそ言っているのさ。ろくでもないものだってね」

「全くですよ。おかげで大学での研究は途中で投げ出した形になって……誰か引き継いでくれるといいんですが、やっぱり無理かなぁ」

フェルナンドは心底残念そうな表情を浮かべながら、その場で大きな溜め息を吐きだす。

「そんなに人材がいないのかい?」

「士官学校と違って、王立大学はクラリスの内政状況がそのまま運営に反映されますからね。もちろん以前はそうでもなかったんですが、帝国との戦争以降は……軍人の養成は減らせないけど、研究者は削れるとなってしまうのが、今の我が国のつらいところです」

「長期的に考えると、あまり賢い方法ではないだろうけど、しかし難しいところだね」

ソーバクリエンでの野戦にて、王家の主兵力が壊滅した煽りを受け、クラリスでは他国からの侵略を防ぐために軍事力の回復が急務であった。それ故に、国家の人材育成を軍人中心へ明らかにシフトさせ、ようやく軍事力もかつての六割強といったところまで回復しつつある。

もちろん回復と言っても単純に人員数だけのことであり、内実は新兵や引退していた古参兵を復帰させただけの寄せ集めに過ぎず、とても満足のいく状態にはない。

だが当然、露骨に予算を制限された研究分野の悩みも、軍に勝るとも劣らぬところがあった。

「まあ、うちの役人連中はあまり長期的にものを見れないからね。どうしても露骨で、そして近視眼的な政策を取りがちなものさ。それよりも投げ出した研究っていうのは、どんな内容だったんだい」

「研究ですか? どう言えばいいのかな……わかりやすくいえば魔石の研究です」

「魔石の?」

フェルナンドが口にした内容に興味を抱き、ユイは彼に向かって問い直す。

「ええ。魔石って結構原始的な使われ方をしていると思いません? クラリスでは街灯や調理なんかでも使用していますが、それにしたってもっと他に使い方がないものかと疑問に思いますし、この帝国なんかではただの暖房扱いですからね。奇跡の石をいくら何でも粗雑に扱いすぎですよ」

「奇跡の石……か」

自分の研究分野の内容であるためか、フェルナンドの口調に熱が帯び始める。

すると、ユイは頭を掻きながら、彼の発言の中で気になった単語を口にした。

「ええ、奇跡の石です。えっと、魔石は石の中に純粋な魔力が込められているという説は知っていますか?」

「聞いたことはある。確かにそれが事実としたら、熱を発したり光を発したりと、いろいろ辻褄が合うとは思っているよ。もちろん確証はないけどね」

真剣な表情で口にされたユイの回答を受け、フェルナンドは満足そうに一つ頷く。

「その通りです。でも、本当に魔力の固まりだとしたら、もっと有効な使い方があると思うんです」

「例えば、どんな?」

「そうですね……例えば魔法士なんかが魔力を使い切った時、魔石から魔力を補充できたりすれば面白くありませんか? もしこの考えが実用化できれば、魔石の用途が大きく変わると思います」

その仮説を耳にして、ユイの脳は高速に思考を進める。そしてすぐに彼なりの仮定を口にした。

「確かにその通りだね。例えば治療士なんかは、魔力切れで救えるはずの命を救えないなんて事態は減るだろう。また軍人からしてみれば、魔石で魔力が補充できるなら魔法戦において根本から戦術の概念がひっくり返りかねない」

「そうでしょう。実はかなり良いところまで行っていたんです。例えば、魔石に特定の魔法式を組み込んだ魔法をぶつけると、同じ効果を魔石に発現させることができることは分かりました。つまり魔石内の魔力は、多用途に使うことができることが証明されたに等しいんです。ですが、そこまでわかったタイミングで、父が倒れてしまいまして……」

そこまで口にすると、フェルナンドは俯きながら残念そうな表情を浮かべる。

そんな彼の姿を目にしたユイは、彼を励ますようにゆっくりと言葉を紡ぎだした。

「だとしたらさ、逆に今回の仕事は重大だね。ここで帝国と何かしらの平和的な条約を結べれば、クラリス内の軍事的需要はかなり軽減されるはずさ。そうすれば、今みたいな王立学校を軽視する風潮は解消されていく気がするよ。って……これは明らかに軍人の発言じゃないけどね」

「まあ今の君は外務省所属だし、別にいいんじゃないかい?」

「はは、確かに。まったくその通りだね」

アレックスの横からの突っ込みに対し、ユイは笑いながら同意を示す。

一方、窓の外が暗くなり始めていることに気づいたアレックスは、その場にいる二人に向けて言葉を発した。

「さて、また明日からのこともあるし、そろそろ御開きにしないかい、ユイ?」

「そうだね、荷物の整理なんかもあるし、具体的な予定は明日以降に立てることとしようか」

ユイはアレックスの提案に対し、笑いながら頷いて同意を示す。

その二人の会話を耳にしていたフェルナンドも、そのままゆっくりとソファーから立ち上がった。

「では、僕も失礼しますね。まだ書類仕事が残っていますので」

「なら僕も行くとしようか。ユイ、また明日にね」

フェルナンドが出て行く姿を目にして、アレックスも笑みを一つ浮かべながら、ユイの執務室から退室していく。そして一人となったユイは顎に手を当てると、先ほどのフェルナンドとの会話を脳裏に浮かべ直していた。

「フェルナンド君。少し待ってくれないかな」

「どうしました、アレックスさん」

ユイの執務室から廊下へと出たフェルナンドは、突然背後からアレックスに声を掛けられる。

そしてそのまま振り返ろうとした瞬間、フェルナンドは自分の首元に冷たい金属があたっていることに気が付くと、その場に体を硬直させた。

「ほんの少しだけ、君と話したいことがあるんだ……もちろんユイ抜きでね」

「……な、なんの話でしょうか?」

声を発して声帯を震わせた影響か、フェルナンドの首の皮が一枚裂けた。その表面から生みだされた赤い雫は、アレックスの剣の腹を伝って、一筋の赤い軌跡を剣の上に形成していく。

「ふふ、わかっているだろう。もちろん君のいる組織、つまり貴族院について聞きたいことがあるということさ」

笑いながらそう口にしたアレックスの視線は氷よりも遥かに冷たく、そして押し当てられている剣よりも遥かに研ぎ澄まされていた。