軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

そして鳥は帝国へと羽ばたく

季節は春。

春光煌めく中、まだ朝早い時間のためか眠たげな様子を見せる黒髪の青年は、王都の大通りを南へと下る。そしてゆっくりと馬を進ませる彼の視界には、王都の南門が次第に大きく視界へと映り始めた。

彼の後ろにつき従うのは、キツネ目の男と酒臭い女。そして抜身の剣を肩に担いだ小柄な女性と、彼女に剣を鞘に収めるよう願い出る若い青年。その一見バラバラな四人が、その黒髪の男の後ろを好き勝手につき従っていた。

そうして一行が門の間近にまで近寄って来たところで、黒髪の男は門を後背にしながら、彼等の行く手を遮ろうとする者たちの存在に気がつく。

「まったく……人手がいなくて大変だというのに、一体こんなところで何をやっているんだい?」

彼の前に立ちはだかる金髪の青年を目にして、黒髪の男は彼へと声を掛ける。

すると金髪碧眼の中性的な顔立ちをした青年は、黒髪の男を視線を外すこと無く、ゆっくりと口を開いた。

「ユイ先輩をお待ちしていたんですよ……本当にこの道を行かれるおつもりですか?」

そのどこかで聞いたことがあるような問いかけを耳にして、ユイは思わず苦笑いを浮かべる。

「残念ながらね。別に気が進む話ではないが、かと言って避けるわけにもいかないだろう? お偉いさん方に、背中を押されてしまっているからね。君にもわかるだろ、エインス」

「……止めませんか、先輩。先輩がもしそう言ってくださるなら、僕はなんでもします。父に頭を下げて掛け合ってもらってでも、先輩をきっとここに残してみせます。だから——」

ユイを説得するかのようにエインスはそう話し始める。

しかしながら、ユイは掌を彼の前へと突き出し、そのままエインスの発言を遮った。

「ありがとう。その気持ちだけで十分だよ」

「ですが……」

「別に今回は貴族院の連中の命令だから行くわけじゃない。私自身も一度くらいは、彼の国と向き合わないといけないと思っていた。それが予定より多少早くなったというだけのことさ」

レムリアックの伯爵を務めるユイにとって、自らの領地の発展のためには、今後帝国との関係は絶対に切り離せぬ問題である。

ライン家からレムリアックへの投資を行う前に、ユイから父であるジェナードへと投資依頼の手紙が送られていたが、その中に対外的な問題の不安定さを危惧する内容が含まれていたことをエインスも知っていた。

それ故、彼もユイの今回の帝国行きが単に外務省の人事に拠るものだけではないと分かってはいた。しかしながら、頭では理解していながらも、エインスは素直にそれを認めることが出来なかったのである。

「いや、わかってはいるんです、そのことは。でも、僕にはまだあなたが必要なんです。悔しいですけど貴方の背中を、僕はまだ捉えられてさえいない」

「はは、なんだいそれは。いつも君には背中を見せているじゃないか。さては、アズウェル先生あたりになにか煽られでもしたのかな? 大丈夫さ、君は立派に成長している。少なくとも私が君の年の頃よりもね」

「果たしてそうでしょうか……」

不安げな彼の声を耳にしたユイは笑いながら馬を降りると、エインスの側まで歩み寄り、ポンと肩を叩く。

「当たり前だろ。だいたい、君はその若さで親衛隊と呼ばれるこの国の第四の軍事組織を率いているんだ。まったく、もう少し君は自分に自信を持った方がいい。例えば、私に会う前の頃のようにね」

「勘弁して下さいよ、昔の話は」

少年時代の様々な黒歴史が記憶の淵から蘇ったのか、エインスは恥ずかしそうに視線を逸らした。

するとそんな彼の姿を目にしたユイは、やや済まなそうに笑いながら、ゆっくり頭を掻く。

「はは、ごめんごめん。でも、君は私の自慢の後輩だよ。この言葉に嘘はない」

「……先輩」

エインスは思わずそのユイの発言に、言葉を詰まらせる。

すると少し場の空気が湿っぽくなってしまった事に気づいたユイは、苦笑いを浮かべながら、少し話題の矛先を修正する。

「さて、せっかくここに来てくれた自慢の後輩君に、私から一つ頼みがあるんだけど構わないかな?」

「頼み……ですか。というと、もしかしてレムリアックのことでしょうか?」

エインスの回答に満足したのか、ユイはニコリと表情を明るくすると、小さく一度頷く。

「うん、その通り。申し訳ないけど私が不在の間、あの土地のことは君たち親子に任せるよ」

「それはかまいませんが……しかし本当に良いんですか、あれでは先輩のもとに残る資産は、雀の涙程度ですよ」

ユイは自らに何らかの不測の事態があった場合、その領地を没収されないための手段として、投資に対する担保代わりにレムリアックの様々な権利書をライン公名義へと書き換えてしまっていた。

そのことに関して、以前より常々受け取りすぎではないかとエインスは考えていたのである。

「もちろんさ。君たち親子には感謝しているし、これはある意味保身のための手だからね。万が一、私があの土地を取り上げられる事態になろうとも、そうやすやすと彼等の思い通りにはしてあげたくないからさ」

「レムリアックにおける資産の八割をライン家の取り扱いとしてしまえば、万が一の場合でも彼等にある程度の睨みをきかせる事はできるでしょう。確かにこれで、彼らがあの土地を取り上げにくくなったことは事実です。ですが、魔石交易の上がりまでうちに放り込むのは、いささかやり過ぎじゃないですか」

今回の名義書き換えと初期投資の見返りとして、レムリアックからのユイに対する純利益の八割を、ライン家の管轄にしてしまっていたことをエインスは気にしていた。

元々のレムリアックの八割程度ならほとんど気にするまでもなかったが、現在倍々ゲームのように収益が上がり続けているレムリアックの収益の八割は、次第に天文学的な金額へと変わり始めていたのである。

「ジェナードさんは、例の計画に利益を使うと約束してくれたんだ。別に君が気に病むことはない。それに万が一の場合、僕の部下たち、そして彼女の身の振り方もお願いしたのだから、これくらいは安いものさ」

「セシルさんですか。確かに先輩が帝国に行かれるのならば、あの土地に代理の人間をおく必要があるでしょうが……本当に彼女にお任せして大丈夫なのですか?」

自らの悪癖を誰よりも知っているがゆえに、学生時代はできる限り接点を持たないよう努力していた女性の名前を口にしながら、エインスは念を押す様にユイに確認する。

「セシルなら大丈夫さ。レムリアック出身の彼女なら、きっとあの土地をうまく扱ってくれるだろう。彼女以上に、領主代理を上手く務めることができる人間なんて他にいないさ」

何か言いたそうな表情を浮かべながら、再会の約束だけをしてきたセシルの事を思い出し、ユイはわずかに空を見上げる。

「……分かりました。先輩がそう言われるのでしたら、僕としてはライン家の一員として、セシルさんをお手伝いするだけです」

「ありがとう。まあ、何かあれば君が全部好きに判断してくれたらいい。細かいことは任せたよ……と、さてそれで、先程から隣のフードをかぶったお嬢さんが不満そうに待っておられるようですが、私に何か御用ですかな」

「……先輩、こちらの方は」

ユイの発言を耳にしたエインスは、ハッと顔を上げると、慌てて口を開く。しかしそんな彼を制するように、フードをかぶった女性はわずかに覗かせる端正な唇を動かした。

「エインス、かまいません。どうせ彼は全て気づいていますよ」

「いくら朝早いとはいえども、既に人通りがあります。そのフードを外すのはご自重下さいね」

「わかっていますよ。何のためにこんなボロフードをかぶってきたと思っているんですか」

「はは、それは失礼。しかし、こんな早朝からこんな街外れまでお散歩とは、如何されたのですか、エリーゼ様」

ユイは周囲に聞こえぬよう小さな声でそう口にする。すると唇の口角をわずかに吊り上げたエリーゼは、彼に向かって言葉を返した。

「もちろん、この国の英雄を見送りに来たに決まっているじゃない。もしかして、あなたにはわからなかったの?」

「はは、それはわかりませんでした。しかし女王陛下に見送られるとは、まさに光栄の極みというやつですね」

その言葉とは裏腹に、弱ったような表情を浮かべたユイは、照れたように頭を掻く。

「……ユイ、あなたに言っておくことがあります」

「はい、なんでしょうか?」

わざわざ一国の女王がお忍びでここまで来たこともあり、ユイはゆるめていた表情をわずかに引き締める。

すると、そんな彼の表情を目にしたエリーゼは、ニコリと口元をゆるめた。

「ふふ、早くこの国に帰ってきて下さいね。どうしてもそれをあなたに言っておきたくて、今日はここまで来たんです」

「ああ、それは。いや、しかしそれは私の一存ではなんとも……もちろん、早く帰れるに越したことはないですが」

いささか歯切れの悪い物言いをしながら、ユイがそう返答すると、エリーゼは少し申し訳なさ気な表情となる。

「そしてもう一つ……ユイ、ごめんなさい」

エリーゼはユイに向かって謝罪を口にすると、彼に対して深々と頭を下げる。

すると、ユイは頬を引き攣らせながら慌てて周囲を確認し、そして彼女に向かって口を開いた。

「やめて下さい。前も言ったじゃないですか、もう女王になられたんですから、軽々しく頭を下げないでくださいって」

「いいのよ、今日はフードをかぶっているただのエリーゼだから。今の私が女王だとわかっている人なんていないわ」

「私がいますよ、それとエインスも」

ユイが首を左右に振りながら、彼女に向かってそう反論する。

すると彼女はゆっくりと頭を上げ、そして穏やかな笑みを浮かべた。

「ふふ、そうね……でも、あなた達だけ。他の人にとって今の私は、ボロのフードをかぶるただの女の子だわ」

「それはそうですが……」

返答のしづらいエリーゼの言動に、ユイはわずかに戸惑いを見せる。すると、彼女はここぞとばかりに畳み込むように口を開いた。

「お願い、私の謝罪を受け取って。今回、私が彼等に嵌められたせいで、あなたの命が危機に晒されたと聞いたわ……そう私のせいでね」

「それは違います。私がほんの少しうかつだっただけですよ。エリーゼ様は関係ありません」

「……あなたはいつもそう。誰よりもやる気はないくせに、いざとなったら全部かぶろうとする。人に押し付けてしまえば楽なのに」

エリーゼはユイの返答を予め予想していたのか、彼の言葉を耳にするなり、あっさりとそのボールを打ち返す。

「仕事は押し付けるけど、責任は押し付けない。これが私の生き方です。もちろんしなくて良い努力や、回避できる責任は尽く回避しようと思ってはいますがね」

「ふふ、貴方らしいわね。そう、そんなあなただから私は頭を下げるの。わかる?」

「……さて、どう答えていいものか」

エリーゼの言葉に対し、ユイは弱ったように苦笑いを浮かべると二度頭を掻く。

「まあいいわ。今日は貴方の困る顔を見ることが出来たから許してあげます。ふふ、謝りに来たのに許してあげるってのも妙な話よね」

「自分で言わないで下さいよ、私が言うことが無くなるじゃないですか」

エリーゼの無軌道女王らしい自由奔放な言動に、ユイは困ったように再び頭を掻いた。

「あら、これは失礼。ともかく、あなたがいないと、この国は困るの。それだけはきちんとここに刻んでいってくださいね」

エリーゼはそう口にすると、人差し指でユイの左胸をツンツンと突く。そして、そのまま目を覆い隠しているフードをわずかに持ち上げると、宝石のような瞳を輝かせながら、ニコリと笑みをのぞかせた。

そしてユイがいっそう困った表情を浮かべるのを見て取ると、エリーゼは満足したかのように再びフードをかぶり直し、スキップをするかのような軽い足取りでその場を立ち去っていく。

「はぁ……全くあの方は……」

ユイはその場で大きな溜め息を吐き出すと、頭を掻きながら空を見上げる。

彼の視線の先に広がるのは青く澄み渡る空。

そんなコバルトブルーの中を、何処からか飛翔してきた白い一羽の鳥が、ユイの頭上を通り過ぎて行く。

その白き鳥はゆっくりと自由の翼を広げながら、帝国へと続く空の大海をまっすぐに羽ばたいていった。