作品タイトル不明
カイル
カインスとクレイリーが、その小競り合いに参加すると、ナーニャが魔法の弾丸をまき散らしたこともあり、形勢は一方的な方向へと傾いた。あっという間に、十人余りの兵士が路上にのた打ち回る光景が生み出されると、ユイはその子供を抱えながら思わず顔を曇らせる。
「こりゃまた、遠慮なく派手にやったものだね」
「……閣下、あの、これ外交問題になりますよ」
戦闘が終わり、恐る恐る馬車から降りてきたノアが、ユイに向かって小さな声でつぶやく。
「まぁ、やっちゃったものは仕方がないさ。それは手を出した時点で覚悟の上だから、最初から諦めているしね。そういえば、そこのお兄ちゃんも大丈夫かい?」
ユイは弱った表情を浮かべ頭を掻きながらノアにそう返答すると、視線をフードの男へと移した。
「ええ。さすがにあの人数は、私一人では捌ききれませんでしたから、助かりました。ありがとうございます」
フードをかぶった男は、顔の半分近くが隠れながらも口元で笑みを浮かべると、ユイに向かってお礼を言った。
「待ちな、礼を言う相手が間違っているよ。あたいが最初に馬鹿どもをぶっ飛ばしてやったんだからね。だいたい隊長は一度も手を出してないじゃないか」
「ははは、ナーニャ。そんなことはどっちでもいいじゃないか。それよりこの場に長居していると、また面倒なことになりそうだから、取り敢えず大使館に戻ろうか。あそこならこの国の司法の手も、しばらくは及ばないだろうしね。さて、僕はこの子を連れて行くから、君も付いてきたまえ」
まだ恐怖が抜けず必死にすがりつく子供の頭を、ユイは撫でながら、フードの男に向かって声をかける。
「いや、僕はちょっと……」
「これだけの騒ぎを起こして、逃げ切れる算段はちゃんとあるのかい? そうじゃなければ、一緒に来たまえ。君がどういった組織に所属していようが、今更共犯なんだから、気を遣っても一緒だよ」
ユイはそう言ってカインスに目配せすると、カインスは一つ頷く。そしてその丸太のような腕で、フードの男の肩をガッチリと捕まえると、馬車へ向かってあっさりと連れてきた。ユイは出発時より二人多い人員を無理やり馬車の中に収めさせると、再び大使館への道を急がせた。
馬車が大使館に近づいてくると、二人の予定外の客を見つからないようにするために、ユイは大使館の裏側へ馬車を回すように指示を出した。そして裏通りに馬車を止めさせると、職員のみが使用する裏口から、周囲を警戒しつつ、一行を大使館内へと誘導する。
そうやって館内へ入り込むと、その後はクレイリーが忍び足で皆を先導しながら、執務室へと一路向かう。幸運にも誰にも気づかれること無く執務室のある三階までたどり着くと、もうユイの執務室は目と鼻の先という曲がり角までたどり着いた。しかしながら、彼らの運もそこまでであったのか、まさにユイたちが前を通りすぎようとする大部屋のドアが、なんの前触れもなく突然開くと、間の悪いことに、部下との会議を終えたホイスが、その場に姿を表した。
「な……か、閣下!」
「……や、やぁ、こんにちは」
お互い突然の邂逅に一瞬口ごもるも、ホイスはユイの後ろに控えるどう見ても棄民にしか見えない子供と、顔をフードで隠した怪しい男を視界に入れ、すぐさまユイに詰問する。
「閣下、失礼ですが後ろにお連れの方々はどなたですかな?」
「ん? ああ、この子たちかい。話すと長くなるんだけど……えっと、いわゆる亡命者かな」
ユイの予想外の発言に、問いただしたホイスはもちろん、同伴していたクレイリーやフードの男まで驚きを示した。一瞬誰もが言葉を失ったが、一番早くに精神的な回復をみせたのは、最も年長者であるホイスであった。
「……私には棄民の子どもと怪しげな浮浪者が、閣下と一緒におられるようにしか見えませんが。どちらに亡命者がいるのですか?」
「ほら、ここに」
ユイはそう言うなり、未だ動揺を隠せないフードの男と話を理解していない子供の肩に手を乗せる。
「……正気ですか?」
「ああ、正気も正気。じゃあ、ちょっと彼らと話すことがあるから、私の執務室に連れて行くよ。詳しいことは後日説明するから」
ユイはホイスに向かってそれだけ述べると、もう話は終わりとばかりにニコッと笑みを見せて、ユイを心配そうに見上げていた子供を抱え上げると自らの肩に乗せる。そしてポンとホイスの肩を一度叩くと、彼の横を通り過ぎ、自らの執務室へと歩き出した。
いきなり亡命者だと自分のことを言い出すユイに対して、フードの男は呆然としていたが、ユイが目の前の男を無視して先に進んでいくため、慌ててその後を追いかけた。さらに上役であるホイスに多少同情しながらも、ユイに同行していたノアも、軽く頭を下げた後に、そそくさとその場を立ち去る。そして最後にクレイリーたち三人は、ホイスの忌々しげな視線など全く気にすること無く、ゆっくりと執務室へと向かいだした。
ユイたちがその場からいなくなると、蔑ろにされたホイスが怒りの表情を浮かべて、彼の部下に苛立ち混じりの疑問をぶつけた。
「おい、どういうことだ。亡命者を連れてくるなんて、そんな話は聞いてないぞ。ましてや、あんなわけのわからん二人をな」
「私にも一体なにがどういうことなのか……」
ホイスは額に皺を寄せて、困惑の表情を浮かべて二の句を継げない部下を見下すように睨む。そしてひとしきり彼を睨みつけた後、彼に向かって怒鳴りつけるように命令を下した。
「あのユイ・イスターツが連れてきたのだ、何か理由があるに違いない。すぐさま調査を行うんだ。それとムラシーン殿への報告も忘れるなよ」
「はっ、直ちに」
ユイは執務室にたどり着くと、子供を肩から下ろして、奥にあるソファーに座るよう勧めた。そうして子供がよじ登るようにソファーに座った頃に、ようやく残りの面子も執務室の中へと入ってくる。ユイはそれを横目で確認すると、すぐに視線を戻し、その棄民の子供に向かって優しく話しかけた。
「ごめんね、急にこんなトコロに連れて来ちゃって。僕の名前はユイ・イスターツというんだけど、お名前とお年を教えてくれるかな?」
ユイが子供に対して、膝をかがめて同じ視線でそう尋ねると、そのユイの言葉にその子ではなく、フードの男がわずかに驚きを示した。ユイはその反応に気づいたものの、彼に視線を向けること無く、子供に笑みを浮かべたまま、ゆっくりと答えを促す。
「リナ……お名前はリナ。六歳なの」
「そっか、リナちゃんか。お名前を教えてくれてありがとう。僕のことはユイと呼んでくれたらいいよ」
ユイは笑みを絶やすこと無く、そのままリナにそう伝えた。
「うん、ありがと。ユイおじちゃん」
「おじ……ちゃん。ははは、おじちゃんか……」
ユイはそれまで浮かべていた笑みをやや引きつったものへと変化させると、がっくりと肩を落とした。ユイのその仕草を見て、クレイリーは思わず吹き出しそうになるのを必死にこらえながら、気を使って小声で隣のカインスに話しかけた。
「旦那があんなに肩を落としているの、お前見たことあるか?」
「ないですね。それどころかあんなに顔を引きつらせて笑う隊長、おいらは初めて見ますよ」
部屋の入口にいたクレイリーとカインスは、お互いなんとか笑いをこらえながらそう話すと、全く気を使う素振りのないナーニャが、ゆっくりとユイの近くまで歩み寄ると、満面の笑みを浮かべて話しかけた。
「ははは、隊長もいつまでも若いつもりでいたらいけないってね。その子くらいの子供から見れば、隊長は立派なおじちゃんだよ」
「……でも、ナーニャの方が私より年上――」
ユイがナーニャの年齢のことを口に出しかけると、ナーニャの視線の変化から、触れてはいけないことを口にしたことに気づき、慌てて途中で口をつぐんだ。
そうして一瞬場の空気が固まりかけたため、呆れたノアがユイへと話しかけてきた。
「それで、閣下。お連れになったお二人をどうするつもりですか? このままずっとここにおいておくわけにも行かないと思いますし、いずれラインドルの司法が、身元の引渡しを要請に来ると思いますが」
「ああ、その件だけど、どうしたものかな。私の予定では、現段階ではまだ動くつもりはなかったんだが……」
ノアの問いかけに対して、いまいち回答としては咬み合わない内容のことをユイは口にすると、急に顎に手を当てて俯き加減にその場で考えこみ始める。僅かな時間、ユイはその姿勢で固まっていたが、急に顔を上げると、頭を掻いて溜息を吐いた。
「えっと、少しよろしいですか」
先ほどから何かを問いたげにしていたフードの男が、ユイの仕草の変化からそろそろ話しかけても大丈夫だと見て取って、口を開いた。
「……なにかな?」
ユイはその男に向けて、ややぎこちない笑みを浮かべると、彼に先を促す。
「貴方は本当にクラリスのユイ・イスターツさんなのですか。あの英雄の!」
その男は、多少の興奮もあるのか、次第に声を大きしていく。するとその勢いに押されるように、ユイはわずかに戸惑いながらその問いを肯定した。
「あ、ああ。たぶんそのユイ・イスターツだと思うけど」
「そうですか、一度お会いしてみたかったんです。私の名前はカイル、カイル・ソーマと言います」
彼はそう名乗ると、それまで顔を覆っていたフードを外してみせた。そこにはまだ青年になりたてといった印象を与える、若い金髪の好青年の顔があった。
「へぇ、可愛い顔してるじゃないか」
カイルのフードを取った素顔を見るなり、年下好きのナーニャが吸い寄せられるように彼の元へと近づいていく。しかしカイルが顔を表した瞬間、こうなるだろうと予測していたクレイリーが、彼女の元へ素早く近寄って羽交い絞めにすると、ナーニャの抗議を無視しながら、彼女を部屋の隅へと遠ざけていった。
「……アイツのことは気にしないでくれ。それでどうしてレジスタンスの青年が、私に会いたがっているのかな?」
「なっ! どうしてそれを?」
ユイの言動に、思わずカイルは驚きの声を上げると、ユイはしてやったりとばかりにニコッと笑みを浮かべる。
「いや、ごめん、確信したのはたった今だよ。申し訳ないが、確証が持てなかったので、カマをかけさせてもらった」
ユイのその発言に、カイルは思わずその場で凍りつく。すると後ろで話を聞いていたカインスが、ユイに向かって尋ねてきた。
「しかし隊長、なんで彼がレジスタンスだって疑ったんですか。オイラには全く予想もつきませんでしたが」
「いや、多分お前以外みんな気づいていたんじゃないか。だいたいこの街で顔を隠す必要があって、兵士の喧嘩を買う気のあるやつなんてろくにいないだろ。それだけでも自然と選択肢は限られてくるさ。もっともそれ以外にもいくつか、彼がレジスタンスだとすると説明がつくことがあったしね」
「へぇ、そうなんですか。さすが旦那たちですね」
ユイは感心しながらそう答えるカインスをみて、思わず苦笑いを浮かべる。そして、改めてカイルに向き直ると、真剣な表情で彼に忠告を行った。
「ところでカイル君。君の今回の行動だけど、組織のことを考えれば、あまりかしこい判断だったとは思わないよ」
「……おっしゃるとおりです。本当はあの時も自重すべきだってわかってはいたんです。でも、あの子が足蹴にされるのを見た瞬間、自分が助けなきゃいけないと思ってしまって」
カイルはややうつむき加減に、自省を口にした。
「いや、勇敢なのはいいことさ。君が彼らを止めに入らなければ、そこのクレイリーが奴らに飛びかかっていただろうし、その行為自体は間違っていないと僕も思うよ。だけど君と彼とじゃ置かれた立場が違う。クレイリーのことは私が何とかすれば、おそらくどうとでもなるが、君はそうじゃない」
「はい」
ユイの言葉を一つ一つ胸に仕舞いこむように頷きながら、カイルは返事をした。
「おっと、ごめんね。初対面なのに説教じみてしまって。最近まで教師をしていたせいで、どうも口うるさくなっているみたいだ。さっきの話ではないけど、おっさん化してきているんじゃないからね」
「いえ、気にしないでください。本当に貴方は僕の憧れなんです。こうしてお話させて頂けるだけで、僕はそれで十分で……」
「はは、それは恐縮だね」
ユイはカイルの真摯な眼差しに、照れを感じて誤魔化すように頭を二度掻いた。
「ところでお尋ねしたいのですが、僕がレジスタンスだと予想しておきながら、なぜここまで連れてきたんですか?」
「なんかあの場で別れるのが危なっかしい気がしてさ。この大使館の敷地内だとクラリスの法律が優先されるから、王宮からの追手もすぐは来れないだろうしね」
ユイはそう言って、カイルに対して苦笑いを浮かべたが、カイルは申し訳なさそうに口を開いた。
「すいません。でも、あまりご迷惑をお掛けするわけには」
「ああ、そのへんはいいさ。私としてもレジスタンスとはそろそろ会ってみたいと思っていたところだし……それにどうも予定を前倒しにしなければいけなそうだからね」