作品タイトル不明
教材
稲妻の魔法を集積したエミリーの手が、自らの方向へと突き出されるのを目にしたワルムは、高速で魔法障壁を編み上げる。
しかしながらワルムが自らの眼前に防御結界を構築したタイミングで、エミリーは彼の方向へ稲妻を放たず、急に右手を部屋の壁に向けると、そのまま魔法を解き放った。
稲妻が壁に直撃し、爆音とともに、壁が崩れ落ちると、そこには人が十分通れるだけの外に通じる穴が生まれる。
室内での戦いでは得意の土系統の魔法が使えない点で不利だと考え、脱出のために壁を破壊したエミリーの動きに、ワルム同様にアンナも驚きを隠せなかった。
「アンナ、外に逃げるわよ!」
ワルム同様に呆然としていたアンナに向かい、エミリーは大声で叫ぶ。
すると、ハッと我に返ったアンナは、エミリーとともに一目散に壁の穴から脱出した。
「クソッ、逃がしませんよ!」
思わず虚を突かれた格好になったワルムは、急いで二人を追いかけると、壁の外へ飛び出したばかりの二人の背に向けて両手を突き出す。
「ドゥーブル・クー・ド・ヴァン!」
ワルムの両手のそれぞれに空気の歪が生まれ、それらは逃げようとするエミリーとアンナの背に向けて、放たれた。
二人は背後で魔法を放たれたことを感じ取り、その場に立ち止まって後ろを振り返る。そして、慌てて同系統の風の魔法を編みあげると、ワルムの生み出した疾風の魔法を迎撃した。
「「ゲイル!」」
エミリーとアンナはそれぞれ、自分に向かってきた風の魔法に対し、自らの風の魔法をぶつける。すると甲高い破裂音を生み出して、風の魔法同士が相殺された。
「ほう、誰に教わったかは知りませんが、魔法術式が多少洗練されていますね」
「ええ、あんたのようなエセ紳士と違って、本物の紳士に教わりましたから」
アンナがワルムに対してそう抗弁すると、ワルムは思わず笑みを浮かべ、二人に向けて両手を突き出す。
「そうですか、では採点です。前回とは違うところを見せれますかね? ドゥーブルエクレール!」
ワルムが魔法実習でも使った最も得意とする稲妻の呪文を唱えると、その両手にそれぞれ光が迸り、等身大ほどの二筋の稲妻が生まれ、再度エミリーとアンナに向けて一筋ずつ放たれた。
「マッドウォール」
エミリーは、前回と同じ巨大な土の壁を用意して、その雷の一撃を受け止めるさなか、アンナは壁の横に飛び出すと、ワルムの動きを目で追った。
「エミリー、貴方の左よ! ゲイル!」
アンナは牽制の意味も込めて、エミリーの左手に回りこもうとしているワルムに、疾風の魔法を放つ。そしてアンナの声を受けたエミリーは、土の壁を消した瞬間に、もう一つの防御魔法の魔法術式を編み上げる。
「アイスウォール」
エミリーが呪文を唱えた瞬間、エミリーの左方に巨大な透明な氷の壁が生み出され、ワルムが近づいていたことが、氷越しに見て取れた。
「なるほど、氷の壁ですか。これでは私の動きは丸裸ですね」
ワルムが感心したようにそう述べると、アンナの牽制で放った風の魔法を躱すために、バックステップを行った。
「そういつまでも、以前と同じと思ってもらっては困ります」
エミリーは連続の魔法使用による、軽度の疲労感を感じながらも、気を抜くこと無く、ワルムを睨みつけて、そう言い放った。
「ふん、まぁいいでしょう。あなた方が、多少成長したことは認めましょう。そして私も無傷であなた方を、我が国へと連れ帰ることは諦めました。少なくとも、全身熱傷程度は覚悟してください。まぁ最悪死んでも、私はかまいませんしね。では格の違いというものを教えてあげましょう。マキシマムフードル!」
ワルムがその呪文の魔法式を構築し始めた瞬間、ワルムの両腕が輝き始め、そして先程の稲妻の数十倍はありそうな雷そのものが、エミリーとアンナを飲み込むかのような勢いで、二人に向けて迸る。
「マッドウォール」
慌ててエミリーは、最も得意とする土壁の魔法を唱え、その雷そのものを受け止める。しかし、雷の発生源であるワルムは、一向に途切れること無く雷を生み出し続ける。
「ふふふ、氷の壁を編み上げていたら、もう終わっていたんでしょうがね。貴方は授業でも土系統が得意だったのは覚えていますよ。ですが、その程度のちっぽけな魔法障壁で、私の全力の魔法式を、いつまでも防ぎえると、思っているのですか?」
ワルムも全力で魔法式を編み上げているため、表情には余裕がなかったが、この戦闘の勝利を確信したためか、その言葉にはまだまだ余裕があふれていた。そして三十秒、四十秒と全力の魔法構築が続き、次第にエミリーの土壁に亀裂が入り始める。
「もういいよエミリー、私の分まで魔法障壁を貼らないで。貴方の分だけに限定すれば、まだ保つはずだから」
「馬鹿言わないでよ、アンナ。この学校に来てから、いつも一緒だったじゃない。リュート先生も言ってたでしょ。自分にとってかけがえのないものを守ることができるのが、一流の魔法士なんだって。だから私は最後の時までアンナを守るの!」
アンナの悲痛な願いに対して、土壁の魔法障壁を張ることに、全力をつくすエミリーは、彼女を見ること無く、そう叫んだ。
「エミリー、いい心がけだ。そしてあいつに預けて、本当に見違えるように成長したな、二人とも」
「「えっ!」」
聞き覚えのある突然の声に、思わず二人は驚きの声を上げた。そしてその声と重なるように、世界でただ一人しか使わない呪文が、唱えられる。
「マジックコードアクセス」
その言葉が放たれた瞬間、エミリーは自分の展開する魔法障壁に、急速に他者の魔力が流入し始めるのを感じた。
「クラック!」
そしてその声が響いた時、エミリーが作り上げていた土の壁は、その術式に上書きされ、三倍もの厚みを持った壁に生まれ変わる。
「ば、馬鹿な、こんなことが。イスターツ、貴様か?」
自らが全力で放ち続ける魔法にて、ようやく砕けかけたエミリーの魔法障壁が、一瞬のうちに再生され、そしてさらなる数倍もの厚みを持つものへと進化したことに、動揺を隠せない。
「アンナ、五歩下がって攻勢呪文の準備をしろ!」
いつの間にか、すぐ隣に立っていたユイに対して、アンナは驚くと、ユイの発言内容を思わず否定する。
「で、でも、私の魔法程度ではあの雷に飲み込まれてしまいますし、このまま放てば、先生の作り上げた魔法障壁にぶつかるだけです」
アンナの反論に対して、ユイは矢継ぎ早に普段とは違う強い意志の含まれた声で、再度彼女に指示を出した。
「構わない、私がアシストするから、準備するんだ!」
「分かりました」
アンナはいつにない真剣な表情をしたユイの気迫に驚きながらも、慌てて彼の指示通り、稲妻の魔法を準備する。
「エミリー、私が組み上げた魔法式を今この瞬間から、君に返す。おそらく膨大な魔力が維持に必要だと思うが、ほんの暫くの間だけでいい、その間だけ保たせてくれ」
「はい、先生!」
エミリーの返事を受け取った瞬間、ユイはエミリーの魔法への介入を魔法式はそのままに中断すると、エミリーは体全身が搾り取られるように、魔力を吸い上げられ始める。しかし、ユイとの約束を違えないため、叫び声ひとつ上げず、必死に魔法の維持に集中する。
「アンナ良いか?」
「はい、いきます。ライトニング!」
「マジックコードアクセス」
ユイが再び呪文を唱えた瞬間、アンナはまっすぐ正面に向けて稲妻の魔法を解き放つ。
「クラック!」
ユイがアンナの魔法式に介入した瞬間、アンナの稲妻は強烈な光を発すると、眼前の魔法障壁をぶち破り、そのままワルムの雷を飲み込み始める。そしてその光の奔流は、一気にワルムに向かって疾走し、その全身を稲妻が包んだ。
「こ、こんな。ばかな」
エミリーとユイが放った稲妻により、全身に大やけどを負い、息も絶え絶えになりながら、ワルムは思わず天に向かってそう呟いた。
「ゲームオーバーです、ワルム。貴方の負けです」
「くそ、結局は全て貴様の手の内か」
ワルムは顔をわずかに動かし、自分に近づいてくるユイの姿を捉えると、そう吐き捨てた。
「いえ、全てが全てというわけではないですよ。今日まで貴方が、我が国の魔法式をラインドルへ送っているとは知りませんでした。それがわかっていたら、こんな学生実習の形ではなく、もっと早くに貴方を叩き潰していたのに」
「学生実習? どういうことだ?」
まったく予想しない単語が、ユイの言葉の中に含まれていたため、ワルムはユイに向かって問いただした。その問いを受けて、ユイは、戦闘に疲れきり、魔法を使った位置で休んでいる二人に、視線を向けた。
「要するに貴方は、ちょうど手頃な、彼らの実習相手だったわけです。つまり学生の教材ですね」
「わ、私が教材だと!」
自分を物同然に扱われた事をこれ以上無い侮辱と捉えたワルムは、憤怒を隠せなかった。
「ええ、欲の皮が突っ張った人間がどういうことを行うのか。そしてそれを暴くには、なにを用意し、なにを行わなければならないのか。解決のために必要な情報の重要性、先走らない冷静さ、仲間がいること、そして最低限の力。それらの必要性を、このような体験を通して学ばせることができた。だから貴方はまさに生きた教材だと言っているのです」
「く、くそっ……ユイ・イスタァーーーーーツ!!」
自分のこれまでの行いをあざ笑うかのようなユイの物言いに対して、ワルムは怨詛の声を投げかけた。
「ああ、もう少し付け足していうなら、貴方の魔法式を直接いじっていれば、先ほどの戦いなんてあっという間に終わるものなんです。だけど教師というものは、生徒の背中を後押しすることが好ましいと私は考えています。だから彼女たちの手助けをする形で、戦ったわけです。まぁ、整った設備で手取り足取り教えたいワルム先生と、若干教育方針が違うことは、とても残念なことですけどね」
ユイのその言葉を聞いた瞬間、ワルムは敗北感に満ち溢れ、なにも言葉を返すことができなかった。それを確認したユイは、彼にしては珍しく怒りを込めた表情で、再び口を開いた。
「貴方が誘拐し、奴隷に貶めた私の後輩たちの報いは、こんなものでは済まされません、絶対に。ただ貴方には、ラインドルから我が国に対する介入の生き証人となってもらわなければなりませんので、今日は仕方なくこの程度で済ませてあげます。では、しばらくおとなしくしていてください」
ユイはそう言って屈むと、ワルムに手刀を打ち込んで気絶させた。そして立ち上がり、ふと顔を上げると、今にも沈みそうな太陽に気がついた。
眩しそうに目を細め、その光景を懐かしげに見るユイの元に、一陣の風が走りぬける。
その風に吹かれ、ゆっくりと漂ってきた紅色の落葉樹の葉が、そっとユイの顔に当たると、彼はそれを手に取り、去りゆく夕日に重ね合わせた。