軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔法実習

「閣下、おはようございます」

「あ、ああ。事務長、どうも」

普段以上にのんびりしたユイの声に、ローリンはユイの足元から頭の上まで視線を動かす。ユイのその両目は半開きのままであり、更にその姿から、未だに眠そうなのが丸わかりであった。

「閣下は本当に朝が弱いんですね。失礼ながら、上着の前後が逆でいらっしゃいます」

「ああ、これは失礼。ここ三年ほど、午後からしか働いていなくてね。どうにもこの時間は……」

ユイは上着を着直すと、弱ったように頭を二度掻く。

「これから週に何度かは、この時間に来て頂きます。できるだけ早くお慣れください。では、本日の午前は、当校の案内をさせて頂きます」

「案内といっても、一応は母校だからね。建物は変わっていたりするけど、だいたいわかると思うよ。だから、校長室で休ませてもらっていいかな?」

ユイはアクビをしながら、わずかに期待に満ちた目でローリンを見つめた。しかし、ローリンは呆れた表情を浮かべたのみで、事務的に答えを返した。

「申し訳ありませんが、今日視察させていただく各部署には、既に連絡を入れさせて頂きました。特に学生指導の視察は、学生たちも閣下が来られるのを知り、待ち焦がれております。さて、時間が詰まっておりますので急ぎましょう」

「はぁ、世の中は嫌なことばかりだ、本当に」

ユイはため息を吐いて、そう嘆くと、早足で校長室を出て行こうとするローリンの後を、とぼとぼと追っていった。

ユイはローリンに案内され、戦略科、陸軍科の講義を順に見学した。そして最後に、魔法科の講義を視察するため、敷地内の最も奥に設置された魔法武闘場へと案内された。

「この建物は変わらないねぇ」

「ええ、魔法武闘場は、他の建物とは構造が違い、通常の魔法程度では壊れないよう設計されています。ですので、その分だけ建築にも予算が掛かりますから」

現在の魔法武闘場は、ユイが入学するずっと以前から、そのまま使用されている校内でも有数の老朽化建築である。しかしながら、他の建物とは壁の厚みや使われている素材の強度が段違いであり、そうそう立て直すわけにもいかず、隣に新築の建物があることからも、余計に古さが際立っていた。

「そうだろうね。ところで、武闘場の隣に設置された、あの新しい建物はなにかな?」

「ああ、あれはワルム教授の研究所です」

「へぇ、あれがね」

ユイは、ローリンからその答えを聞くと、武闘場の方向から体の向きを変え、そのままワルムの研究所へと向かい始めた。

「えっ! 閣下、どちらへ行かれるのですか?」

「ん? まだ実習の開始まで少し時間があるからね。ちょっと実習講義を見に行く前に、ゼミ運営の参考に、他の教授の研究室を覗かせてもらおうと思ってね」

「いや、それはワルム教授も準備がおありでしょうし……」

「まぁ、今日見学に来てくれと言っていたし、少しくらいは構わないだろ」

事務長の声を背中に受けると、気にするなとばかりに、ユイは右腕を上げて、手のひらをひらひらとさせると、そのままワルムの研究所の前まで歩き、ドアをノックする。

僅かな間の後に、ドアが少し開けられると、ワルムが顔を出した。

「どちら様ですか……っと、これはイスターツ校長。こんなところへ、どうされました?」

「いや、実習の開始まで少し時間があるからね。私はゼミの運営に関しては素人だから、先生の研究室を少し見学させて頂こうと思ってね」

ユイが笑みを浮かべてそう答えると、ワルムはわずかの逡巡の後に、ドアを大きく開けた。

「どうぞ校長。こちらへお入りください」

ワルムは、ユイを中へ招き入れると、そのまま奥へと招く。

「ありがとう。しかし、すごい設備だね。こんな設備の教室は初めて見るよ。魔法学の教科書は全て揃っているし、実験用の魔道具も全て最新のものだ。うわぁ、これなんか世界でも十数枚しか無い自動地図生成紙だし、こっちは過去写しの手鏡じゃないか。素晴らしいね、ほんと」

ユイは室内をぐるっと見渡し、ラインバーグのゼミにはない様々な機材に目移りしていた。

「ええ。良い教育と研究は、環境が大事です。僕は自分の研究はもちろんですが、できるだけいい環境を作って、学生たちを指導してあげたいと思っているのです」

ワルムは笑みを浮かべながらそう答えると、ユイもその通りだと思い、大きく頷く。

「そのとおりだね。この国の財政は厳しいけれど、僕も校長になったからには、できるだけ予算を確保できるよう頑張ってみるよ」

「ありがとうございます。ぜひ期待させていただきましょう。では校長、そろそろ実習のお時間になりますので、武闘場へ向かいましょうか」

ワルムは、そう言いながらユイを外へと促し、外で待っていたローリンと合流する。そして三人で連れ立って、武闘場へ向かい、その古めかしい建物の中へ入っていった。

武闘場の中では、既に学生たちは集合しており、一人の若い男性教官が学生たちの前に立ち、出席を確認していた。

「いま学生たちの前におられるのは、どなたですか?」

ユイは隣に立つワルムに尋ねると

「彼ですか? 彼はホクナルと言って、私のゼミの講師をしてもらっています。私のゼミは、閣下のゼミと違い十名以上を指導しておりますので、私一人では手が足りないこともありますから」

「なるほど、彼も魔法士なのですか?」

「ええ、彼はラインドル王国の魔法学園から引きぬいて、我がゼミに来てもらいました」

ワルムがそう答えると、ユイはなるほどと頷き、視線をワルムからホクナルへ移し、口を開いた。

「彼もラインドルですか。ラインドルはワルム先生を始め、優秀な魔法士の方が多いんですね」

「ああ、私のことを聞かれたんですね。残念ながら、ラインドルは魔法後進国ですよ。向こうではこれ以上研究できないと思い、私や彼はこの国へやってきたのですから」

ワルムは肩をすくめて、そうユイに告げる。ユイは「なるほど」と相槌を打ちながら、ホクナルの指示を受けて、二人一組での魔法の練習を始める学生たちの動きを見ていた。

二人一組となり、交互に攻勢魔法と防御魔法を発動しあう。もちろん怪我をしないように、魔法の種類は制限されていたが、同じ魔法を扱っていても、その実力の差は学生ごとにくっきりと現れる。

中でもラインバーグ教室に所属しているエミリーとアンナが、周囲の学生から飛び抜けている事は、実習が始まってすぐに理解できた。彼女らと他の学生との差は、世界にアクセスするための同調の速さもさることながら、世界を書き換えるための魔法式の無駄の無さと、その込められた魔力量の違いである。特に彼女らのもつ魔力量は、今すぐ王立軍に加入してもかなり上位に位置するのではないかとユイは思い、その訓練姿を目で追っていた。

ユイの視線に気づいたのか、ワルムはユイに向かって話しかけてきた。

「どうです? 彼女たちはなかなかいい腕でしょう」

「ええ、さすがに魔法科のトップと言われる二人ですね」

ワルムの発言に同意の意を示すと、ワルムは一呼吸置いて、ユイに一つの提案を行なってきた。

「実は校長に、私から一つ御相談があるのですか」

「ご相談ですか、一体なんでしょうか?」

「校長のゼミに所属している彼女たちを、出来ましたら私のゼミへ移籍させてもらえませんでしょうか?」

ワルムのその提案に、昨日アンナが何度もワルムに勧誘されていると話していたことを、ユイは思い出した。

「彼女たちをですか……それはまたどうして?」

「彼女たちは、あれほどの逸材です。きっと集中した魔法授業を行えば、更に一段伸びると思います。しかし閣下は、特殊な魔法は使われますが、一般的な魔法自体は使うことができないと聞いております。老婆心ながら、このままではあの子たちの才能が、宝の持ち腐れになりかねないと危惧しておりまして」

ワルムは真剣な表情でそう話すと、ユイは困ったように頭を二度掻いた、

「そうですね。一応、彼女たちが希望するようでしたら考えてはみますが……ちょっと即答はできかねます」

「確かに。すぐに答を出すたぐいの問題でもありませんしね。では、昨日は校長の実力を見せて頂きましたから、私も少し汗を流してみますか」

ワルムはそう言って、ホクナルの元へ近づくと、二言三言話した。そしてホクナルが学生たちの訓練を中断させると、全員をワルムの元へと集めた。

「さて、皆さん。今日はちょうどイスターツ校長が、実習の視察に来られています。皆さんの実力を見て頂く良い機会ですし、順番に少し私と実戦授業をしてみましょうか。では、せっかくですからイスターツゼミのエミリーくんとアンナくん。前に出てもらえますか?」

ワルムの呼びかけに、エミリーとアンナはお互い顔を見合わせると、諦めたような表情を浮かべ、前に出てワルムと対峙する。

「さて、先程までと同じように攻勢魔法と防御魔法の練習をしましょう。一応、ハンデとして君たちは二人がかりでいいです。それと、別に順番制というわけではないけど、最初は君たちの好きなタイミングで仕掛けてきたらいいからね」

そう言ってワルムはニコッと笑みを浮かべると、エミリーは少し嫌そうな表情を浮かべ、攻勢魔法を編み上げるために精神を集中させる。もう一方のアンナは、エミリーがよく使う稲妻の魔法を唱えるだろうと予想して、エミリーの隣に立つと、自分も稲妻の魔法を準備し始める。そして、エミリーがアンナに向けて一度頷くと、二人は同時に魔法を唱えた。

「「ライトニング!」」

その呪文が唱えられた瞬間、二人の正面に輝く稲妻が出現し、ワルムに向けて一直線に突き進んだ。

「ふむ、素晴らしい。ですが、まだ魔法式に甘さがありますね。ソルミュール!」

ワルムがその呪文を唱えた瞬間、エミリーたちの放った稲妻は、ワルムの正面に出現した土の壁に防がれ、ワルムに届くことはなかった。

「さて、では私の番ですかね。ドゥーブルエクレール!」

ワルムがラインドル王国の魔法を唱えると、その両手にそれぞれ光が迸り、先ほどのエミリーたちのものの数倍の大きさがある二筋の稲妻が生まれ、エミリーとアンナに向けて一筋ずつ放たれた。

「マッドウォール」

防御魔法の得意なエミリーは、慌てて二人の前に巨大な土の壁を用意して、その雷の一撃をやり過ごす。そして稲妻を防ぎきり、土の壁を解除して、攻撃に移ろうとワルムを探すが、その場にはワルムは存在しなかった。

「えっ、どこ?」

思わず、エミリーが疑問を発した瞬間、急に背後から肩が掴まれる。エミリーが慌てて後ろを振り返ると、そこにはエミリーとアンナの肩を掴むワルムの姿があった。

「さすが学年主席。攻勢魔法はいまいちですが、土壁の魔法は素晴らしい防御力でした。しかし魔法範囲の選択が甘い。だから戦闘中に相手を見失うのです。トネール!」

ワルムがそう唱えた瞬間、エミリーとアンナの体に電気が走り、二人はその場で崩れ落ちた。

ワルムは、崩れ落ちた二人を見やると、声をかけた。

「二人とも、どうかな、そろそろうちの教室にこないかい? イスターツ先生はラインバーグ大臣とは違って、魔法が使えないんだ。このようなラインドルの魔法を学ぶことは、君たちにとって必ず役に立つと思うよ」

ワルムのその勧誘に対して、エミリーはまだ痺れる首をゆっくり左右に動かして拒否を示すと、はっきりと言葉に出して告げた。

「申し訳ないですが、私もアンナも、そのつもりはありません」

エミリーの拒否にワルムは肩をすくめると、再び笑みを浮かべて二人に声をかけた。

「そうかい。気が変わったらいつでも来なさい。君たちに困ったことがあれば、僕はいつでも相談に乗るからね」