軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

クラッカー

「よし、では作戦通り歩兵と騎兵は前衛として前へ! 魔法士は後方にて隊列を確認し、準備を始めよ!」

兵士達を引き締めるようなリンエンの声が、王都の南部平原に響き渡る。

「全魔法士隊、準備しろ。目標、敵王都城壁!」

先程の面談の後に、幕僚達と作戦案の修正を協議したリンエンは、ユイの作戦案を踏まえてエルトブール攻略を開始していた。

修正前の作戦案では王都に残った防衛軍の兵士を釣り出す方法が主に検討されていたが、ユイから得た情報を基にリンエンは開戦とともに集合魔法を城壁へ打ち込むことを決断し魔法士達に準備を行わせていく。

具体的な作戦としては前衛を歩兵と騎馬兵で固めた上、集合魔法グレンツェン・クーゲルにて王都の城壁に穴を穿つ。

そして魔法を打ち終えたと考え飛び出してきた王立軍を、弓矢にて狙い撃ちにし残った敵兵を全軍で殲滅するというものであった。

「グレンツェン・クーゲル!」

軍の最後尾に位置した魔法士隊長が、世界と同調するための呪文を唱える。

すると、他の魔法士達も一斉に精神を統一させていった。

魔法士隊長の頭上に生み出される光り輝く小さな球体。

そこへ一万人以上の魔法士が視線を集中させ、彼らは一斉に同じ呪文を唱えていった。

「「グレンツェン・クーゲル!」」

一斉に唱えられた呪文が周囲に響き渡った瞬間、隊長の頭上に浮かぶ光の球体は次第に肥大化し始める。

そして同時に光と熱を周囲に撒き散らし始めた。

「放て!」

その光を纏う発熱体が極大サイズまで膨れ上がったところで、魔法士隊長の叫びがその場に響き渡る。

次の瞬間、全ての魔法士が全魔力をその発熱体へと注ぎ込み、巨大な発熱体はゆるやかに加速を開始した。

その頃、エルトブールの城下町では大変な騒ぎとなっていた。

帝国軍の侵攻と国王率いる王立軍の敗北は、既に城下町に住む市民の知るところである。

しかし過去何十年もの間、この国は一度も他国に王都まで攻め入られたことが無かったため、この日まではどこか他人ごとのような雰囲気が街の中に蔓延していた。

しかし王都の南に帝国軍が出現したことが判明すると、人々は初めて自らの危険を理解し、一部の人々はエルトブールから脱出しようと城壁に備え付けられた城門へ殺到する。

だが帝国軍が間近に迫った状況で城門を開くことは当然許可されず、どこにも逃げ出すことができないという事実が一層混乱に拍車をかけていった。

そうして街中に広がり始めたパニックをさらに加速させるかのように、帝国軍が存在する王都南部の方角に、巨大な発熱体が生み出される。

終末さえ感じさせるその巨大な魔法の球体。

それは市民達に最期の訪れを予期させるには十分であった。

太陽の如き球体を目のあたりにして発狂するもの、布団の中に隠れるもの、行き先もわからず逃げ惑うもの、世界の終わりが来たと叫びだすもの。

王都の人々はただただ不安と絶望だけを募らせていた。

もちろん市中で見られた狂騒は、市民だけではなく王城の中の人々にとっても同様である。

次第に肥大化していく集合魔法の光を見るなり、侍従達は部屋の片隅に震え、内政部の官僚達は必死に逃げ支度を行なう。

そんな阿鼻叫喚に包まれ始めたエルトブールの姿を、エリーゼは王城のバルコニーから悲痛な心境で見つめていた。

そして一度目を閉じて祈りを捧げた後、彼女は再び目を見開き帝国が生み出しつつある集合魔法へ視線を向ける。

まるで太陽の如き光を放つその球体が膨張を繰り返していく光景。

それを目の当たりにして、他の市民達と同様にエリーゼの心も強い絶望感に塗り尽くされ始めていた。

「終わりなのかしら……この国も」

視線の先のその絶望的な光景にいつしか膝は震え始め、エリーゼはバルコニーの手摺に掴まることでどうにかその体を支えていた。

しかしそんな恐怖に苛まれながらも、彼女の瞳はこの受け入れがたい現実から目を背けることはない。

「ご不安ですか?」

突然、後方からかけられた声に驚き、エリーゼは慌てて後ろを振り返る。

すると、親衛隊として彼女の護衛を任されているリュートの姿がそこにあった。

「リュート……あなたも残っていたのね?」

「はい。私はあなたの護衛ですから」

そう口にしたリュートは、ゆっくりとバルコニーに向かって歩み寄る。

そして王女の隣まで来たところで、彼は肥大化しきった巨大な発熱体へと視線を向けた。

「この国は終わりなのかしら?」

「いいえ」

リュートはほぼ完成しきった集合魔法から一切視線をそらすこと無く、あっさりと王女の言葉を否定する。

「気休めはいいのよ。あんなものが打ち込まれたら、この国は……」

集合魔法がこの王都に直撃する瞬間を想像し、エリーゼは再び不安に押しつぶされそうになる。

しかし、彼女は手すりに掴まりながらも、決してその場を逃げ出そうとはしなかった。

そんな精一杯の勇気を振り絞るエリーゼの姿を目にして、リュートは首を左右に振ると優しい声で彼女に語りかける。

「大丈夫ですよ、エリーゼ様。確かにあんなものがこの国に打ち込まれたら、大変なことになる。ですが、あなたもご存知のはずです。そんな面倒事を嫌う誰よりも有能な昼行灯が、この国にはいるということを」

リュートは表情一つ変えること無く、淡々とエリーゼに向かいそう述べた。

すると、彼の言葉からあることに気づいたエリーゼは、驚きの表情を浮かべリュートへ視線を向ける。

「え……それって!」

「あの馬鹿がこんな事態の時に仕事をし損ねたことを、私は見たことがありません……つまりそういうことです」

今にも王都に向かい解き放たれようとする巨大な発熱体から視線を逸らすこと無く、リュートはどこか悔しげにある男のことを口にする。

しかしエリーゼが見た彼の表情は、誰よりもその男のことを信じ、そして誇りとしているかのように映っていた。

魔法士隊が呪文を唱えて集合魔法を構築し終えると、前線からその様子を眺めていたリンエンは満足そうに大きく頷く。

そして光の球体はゆるやかに加速を始め勢いを増しながら頭上を越えて行った瞬間、リンエンは馬上で一言呟いた。

「勝ったな」

しかし彼が何気なく漏らしたその呟きに応えたのは集合魔法が城壁を打ち破る音ではなく、自らの後方に控える兵士達の中から発せられたある男の声であった。

「それはどうでしょうか? マジックコード……アクセス」

突然、意味不明の言葉を発した兵士。

そんな彼に対し、周囲にいた他の者達は一斉に視線を集中させる。

しかし彼等の中に、その兜の隙間から黒髪を覗かせる兵士のことを知るものは誰もいなかった。

だからこそ、どこか不気味な印象を感じ、皆が皆自然と彼から距離をとる。

するとその黒髪の兵士は突然右手を空にかざし、発動の鍵となる呪文を口にした。

「クラック!」

その言葉が唱えられた瞬間、城壁の直前まで突き進んでいた巨大な発熱体は突如急停止する。

そして次の瞬間、発熱体は帝国軍に向かって反転を始めた。

誰もが考えさえしていなかったそのおぞましき光景。

それを前に帝国軍の兵士達は頭の中が真っ白となり、混乱と困惑に包まれる。

しかし自分達の生み出した集合魔法が勢いを増して自分達の方向へ迫ってくると、恐怖心から誰もが我先にと持ち場を離れ逃亡し始めた。

「な、なにが起こった!」

リンエンがそう叫んだ瞬間、再び彼の頭上を通り過ぎていった巨大な魔法の球体はそのまま帝国軍の中央部へと直撃する。

生み出される激しい光と熱の共演。

そしてかつて発生したことのないような爆発音が彼らの周囲に響き渡った。

爆発の衝撃波が駆け抜け、リンエンは馬上から吹き飛ばされると地面に叩きつけられる。

「ば、ばかな。こ、こんなことが……」

四回転ほど地面を転げたところでどうにかその身を止めると、リンエンは片膝をついて立ち上がる。

そして爆発地点へとその目を向けると、集合魔法が打ち込まれた場所にはもはや何も存在しなかった。

そう、そこに存在したはずの大地も、その場に待機していた大多数の将兵も。

「リンエン将軍……申し訳ありませんが、あなた方の集合魔法は私が奪わせて頂きました」

驚愕のあまりその場で呆然と立ち尽くしていたリンエンに対し、そう声をかけたのは先ほど意味不明な言葉を発した黒髪の兵士であった。

「お、お前は……まさかお前がやったのか? 誰なのだお前は!」

集合魔法から逃げることなく唯一その場に残っていた黒髪の兵士。

そんな彼は、苦笑いを浮かべながらゆっくりと兜を外す。

すると、そこから現れた顔を目にしリンエンは再び驚愕した。

「お、お前は、イスターツ! まさかお前がやったのか」

「大方は……ですが。さてリンエン将軍、できれば降伏してくださいませんか? もう、勝敗は決したと思います」

帝国軍の大多数の兵士は魔法に巻き込まれ、生き残るために逃亡を図った兵士達も既にその場にいない。

完全に人が消え失せてしまった帝国軍の前線を見回し、ユイはリンエンに向かってそう勧告した。

「ば、ばかな。まだだ、まだ終わっていない。確かに我が軍の主力は壊滅したが、後方に控える魔法士隊の魔力が回復すれば、お前らなぞ」

「ええ、そうなると困るので、先ほどの爆発を合図にしておきました。あれをご覧ください」

ユイが王都の方から土煙を上げて突進してくる一団へその視線を向けると、彼のその視線の先を追ったリンエンは愕然とする。

「な、王立軍だと……そうか、そういうことか。全て貴様の計画通りということか」

「シャレム次官のこととか、いくつか計算外のことはありましたがね。さて私達の兵士はたった四千しかいません。一方、あなた方はまだ一万二千以上の魔法兵をお持ちのようです。ですが、その全てが軍の魔法士というわけではない。おそらく戦闘ができる魔法兵は三割といったところですか。でなければ、そんな数は集まらない。つまり集合魔法の魔力を集めるため、老若男女とわず軍経験のない魔法士さえかき集めてきたのでしょうから」

「……まさか気づいていたのか。貴様の言うとおり、今回行軍した魔法兵で純粋な軍人は半数にも満たぬ。しかしなぜそれがわかった?」

「簡単ですよ。あなた達の行軍速度があまりにも遅すぎた。偵察では魔法士が行軍速度の足を引っ張っていると伺いましたから、おかしいとは思ったんです。例え魔法士とはいえ、軍に所属するものでは、そこまで行軍に手間取ることはない。あんなに時間がかかれば、普通は上官に蹴り殺されますからね」

ユイのその予想は完全に正鵠を射ていた。

帝国軍は老若男女のあらゆる魔法士をかき集めて、なんとか一万を超える魔法士を用意していたのである。

その為、その移動には莫大な時間を必要としていた。

実際ソーバクリエンにおいても、より遠くから進軍した王立軍が戦場に先に辿り着くなど、通常の行軍速度よりもはるかに多く時間を必要としていたのは明らかだった。

そしてユイは、その理由から構成を見て取ったのである。

「さて、将軍。もう一度だけ言います。降伏してください」

「断る! 君も軍人でこの戦いを終わらせたいと思うのなら、その腰に下げたもので私を討ち取りたまえ」

「……はぁ、肉体労働は趣味じゃないんですけどね」

そう口にしながら、ユイは左の腰に備えた刀の柄に右手を添える。

そして右足を一歩前に突き出し構えを取った。

「そうだ、それでいい」

ユイの構えを目にして一度頷くと、リンエンは自らの剣を両手で持ちそのまま正中に構える。

「では、行くぞ!」

溢れんばかりの気合を込めた叫びとともに、リンエンはまっすぐにユイに向かって飛び込む。

上方から一気に振り下ろされる剣撃。

しかしその剣の軌道を予測したユイは、前へ突き出していた右足を体の内側に踏み込み直し、裂帛の気合とともに振り下ろされたリンエンの剣を背中スレスレで回避する。

そして次の瞬間、体全体を右回りに回転させると、右手で握りしめた刀を一気に鞘走りさせて一閃した。

一瞬の静寂。

そしてユイの刀が走り抜けたリンエン腹部から大量の血液が吹き出し、同時に彼の両腕が脱落する。

「ふふ、私の負けだな……こんなこともあるから戦争とは面白い」

「リンエン将軍……」

「そんな顔をするな。君は策でも、剣でもこの私に勝ったのだ。胸を張りたまえ」

リンエンは痛みをこらえながらそう言い残すと、そのまま後ろ向きに崩れ落ちる。

「……ありがとうございます。でも、そんな姿は私には似合いませんので」

ユイは刀を鞘に収めると、地面に倒れ込んだ敵将に向かって敬礼する。

「ユイ先輩!」

リンエンの亡骸からユイが視線を上げたタイミングで、集合魔法を合図として王都から出陣してきたエインスを先頭とする王立軍の一団が彼の下へ到着する。

「おお、エインス。久しぶりだな、元気にしていたか?」

「今朝ですよ、最後にお会いしたのは……それより敵は?」

「逃亡したものを除いて、敵軍の主力はほぼ壊滅したよ。後は多少の残兵と後方に残っている魔法士達だけさ」

誰もいなくなった周囲を指し示すようにユイは片手を水平に動かし、エインスに対してそう説明する。

「わかりました。では、後片付けをしてきます」

「わざわざ私の同意を取らなくてもいいよ、お前が司令官さ。ただ一応、降伏勧告くらいはしろよ」

「はは、わかっていますよ。あと、あの人達が先輩の帰りを待てないと言って付いて来ちゃってましてね……少しくらいは、みんなに心配かけたことを反省して下さい。では!」

王立軍の一団からわずかに遅れてこちらに向かい来る小集団を指し示すと、エインスはユイに向かってニコリと笑みを浮かべる。

そして彼はすぐさま他の王国兵達とともに、残存している魔法士達の集団に向かって騎馬を走らせていった。

そうしてエインス率いる王立軍の正規兵の一団が走り去ると、先ほど彼が指し示した奇妙な小集団が何やら叫びながらユイに向かって近づいてくる。

その一団の先頭を走るのはキツネ目の男性であり、その隣にハゲ頭の山賊、さらにその後方には筋骨隆々の男性と、真っ赤な髪をした酒臭そうな女性、そして目を瞑ったまま騎馬を操り今にも寝てしまいそうな女性が後に続いていた。

戦場に似つかわしくない奇妙な集団。

それを目にして、ユイは困ったように頭を掻く。

そしてそのまま空を見上げると、真夏の太陽は夏の終わりを悲しむかのように淡々とその光を放ち続けていた。