作品タイトル不明
敗戦
「クレイリー・アーム及びフート・ノーミック。ただ今、着任致しました」
「ご苦労。まあ、楽にしてくれ」
目が殆ど開いておらずいつもの様に眠そうなフートと、フートから取り上げた剣を鞘に入れた状態で抱えるクレイリー。
そんな二人が、到着の報告の為に親衛隊室の入口に立っていた。
昨夜エルトブールへ戻ってきたばかりのユイは、先程までこの部屋で昼寝をしていたこともあり、ボサボサの髪の毛を撫で付けつつ二人に向かい適当な椅子へ腰掛けるよう促す。
「しかし旦那、こいつはまたひどい部屋ですね。カーリンの戦略部の方がはるかにマシだったじゃないですかい」
禿げた頭を撫でながら、クレイリーはなんとも言えない表情でゆっくりと部屋を見回す。
「そう言うなよ、私はこれでも気に入っているんだ。なにか変なところでもあるのかい?」
「いや変と言うか……部屋の中には椅子と机しか無い上に、全部作りがバラバラでやすからね。そりゃあ、おかしいと感じやすぜ」
以前と全く変わることのないユイと、このチグハグな印象を受けるかび臭い部屋。
その両者を前に、クレイリーは思わず苦笑いを浮かべる。
一方、ユイも釣られるように苦笑いを浮かべると、話の矛先を変えて未だ到着していない残り二名のことを問いかけた。
「それで、ナーニャとクレハの奴は?」
「ナーニャは王都に着くなり、酒場へまっしぐらに走って行きやした。きっと今頃は、酔い潰れているはずですぜ。それとクレハの奴は、先に王都の情報屋をめぐって顔合わせをしておきたいと言っておりやした。奴の方はたぶん午後には顔を出すと思いやす」
「……まぁ、あの二人に団体行動は無理か」
あの二人なら仕方ないと諦観すると、ユイは大きな溜め息を吐き出す。
「しかしあっしたちが親衛隊なんて、本気ですかい?」
「ああ。今日から王女の護衛に回ってもらっているカインスも含め、お前達は今日付けで親衛隊所属の八位待遇だ」
ユイが何気なくさらっと昇進の話を告げると、クレイリーは頬を引き攣らせ戸惑いの声を上げる。
「は、八位ですか? あっしら、もともとただのカーリンの田舎兵ですぜ?」
「いや、君達はもう親衛隊で軍務庁舎勤務だから、普通に考えて最低でも八位待遇なんだよ。もっとも今後はもう少し昇進してもらって、それぞれに小隊を率いてもらうつもりだけどね」
ユイがなんでもない事のようにそう告げると、予想外の彼の言動にクレイリーは禿げた頭を両手で抱え込む。
一方、昇進を告げられたもう一人の当人であるフートは、昇進や今後の待遇などには全く興味が無いかのように机に突っ伏したままスヤスヤと寝息を立てていた。
そうしてクレイリーが固まり、フートが完全に寝てしまったところで、突然親衛隊室のドアが開け放たれるとそこからキツネ目の男が姿を表す。
「ユイ……まずいことになったよ」
「どうしたんだい、アレックス?」
普段はいつも笑みを絶やさないアレックスが珍しく表情を消していたため、ユイはただごとではない事態が起こったことを理解する。
「……ソーバクリエンで王立軍が負けた。既に王城は大騒ぎさ。もうすぐ軍務庁舎にも正式な報告が来ると思うけど、君には先に伝えておこうと思ってね」
「そうか……負けたか。アーマッド先生が危惧した通りになったな……」
告げられた敗北の意味。
冷静にそこに思いが至った瞬間、ユイは突然椅子から立ち上がると、そのままアレックスへと詰め寄る。
「アレックス、アーマッド先生は? アーマッド先生はどうした? 先生は無事なんだよな?」
「アーマッド先生は大丈夫だよ。先生は敗残兵を取りまとめて、どうにかメニエル公爵領へ落ち延びたらしい」
「そう……か、良かった」
ユイはアレックスの言葉を受けて、大きな安堵の溜め息を吐き出す。
しかしそんな彼に向かって、アレックスは看過できない情報を口にした。
「……ただ一つだけわかっていることがあってね。どうも帝国軍は、一万を超える大量の魔法士を同調させて集合魔法を使ったらしい」
「一万人の集合魔法……か。確かにその規模の魔法を使うことが出来れば、あの人数差をひっくり返すこともできるだろう。だけど……」
大規模集合魔法が使われたと耳にして、ユイは驚きを隠すことができなかった。
それは一般的な常識として、集合魔法は最大でも五人程の魔法士で行うことが限界とされていたためである。
そもそも彼らの扱う魔法とは、世界における万物の法則に新たな法則を書き加えることである。
自らの魔力を触媒として、自身で編んだ魔法の法則を世界の法則に同調させ、そして世界の法則に自らの意図する情報を書き加える。
そうすることで初めて、本来その場に存在しない火や水や氷といった現象を、世界に現出させることができる。
そうした魔法を使う上で、自身の魔法の法則と世界の法則とを同調させることがすべての鍵とされていた。
例えばほとんどの魔法を扱えないユイは、自身の魔法と世界のそれとを同調させることができない。
つまり彼がどんなに優れた法則を編み上げることができる魔法士であったとしても、結局のところ世界との同調が出来なければ何一つ変える事はできないのである。
逆に集合魔法のように多数の人間で同時に同調さえ出来れば、世界の法則を大きく書き換える事ができる。
これこそがまさに集合魔法の原理であった。
「ユイ、どうする?」
「策が必要になるな。楽して勝つためにはさ。ただ……」
そこまで言ったところで、ユイは続きを述べることに抵抗を感じ、思わず口を閉じる。
しかしそんなユイに向かって、アレックスは先を言うように促してきた。
「ただ?」
「……結局のところ、上層部が私を使うかさ。もっとも降伏して帝国の下での人生ってのも、案外楽でいいかもしれないけどね」
そんな不謹慎なことを口に出して苦笑いを浮かべると、ユイは誤魔化すように頭を二度掻いた。
「嘘! その報告は、本当なの?」
王城の一室で悲痛な表情を浮かべたリュートから、エリーゼはソーバクリエンに関する報告を受けていた。
「はい。残念ながら我が軍はほぼ壊滅です……国王陛下を始め、軍務大臣メプラー様、魔法省次官ネキシム様が戦死。参謀長であったアーマッド様は、負傷を抱えながらもなんとかメニエル伯公爵領へ落ち延びられたそうですが、結局防衛軍は全体の七割にあたる四万人規模の犠牲を出した模様です」
「お、お父様が……」
エリーゼは失意のあまり一瞬目の前が真っ暗となると、世界から隔離されたかのように周囲の音や映像が彼女から失われていく。
そしてそんな彼女に残ったものは、幼い頃から自分に甘く、そして時に厳しかった、在りし日のオラドの姿だけであった。
彼女の脳内で色鮮やかに再生されるオラドは、そのお転婆ぶりに呆れながらも最後にはいつも彼女の面倒を見てくれていた。
そして父としてではなく国王としてのオラドの姿が脳裏に映しだされた瞬間、彼女は国のために尽くそうとする彼の姿から、自らが今やらねばならないことを急速に自覚していく。
「……それで帝国の連中は、今はどうしていますの?」
「はっ、敵軍はそのままゆるやかに王都に向けて進軍中とのこと。そして現在の我が国の対応ですが、メニエル公爵が私兵を持って南部に最終防衛ラインを築いておられます。しかし、おそらくあまり長くは持たないでしょう」
「仕方ありません……早速、王都防衛のために準備をしましょう。メプラーがいない今、現状の軍務官僚で最高位のものは?」
エリーゼの問いかけに対し、リュートは気まず気な表情を浮かべるとわずかに視線を外す。
「それが……陸軍省次官のワインドリッヒ閣下と戦略省次官のミオーネン閣下であるのですが」
「彼らがどうかしたの? すぐ防衛のための打ち合わせをするから、呼んで来てくれないかしら?」
リュートの言いづらそうな口ぶりから、エリーゼは何か違和感を覚える。
「実は……お二方とも王都にいらっしゃらないのです」
「なんですって!」
現在の軍部の頂点に位置する次官が、二名とも責任を放棄して見当たらないという事実。
それを前に、エリーゼは思わず大声を上げる。
「本日はお二方とも軍務庁舎に登庁されておられません。確認に行きました兵士が申すところでは、どうも既にご自宅はもぬけの殻のようでして……どうやらそれぞれの領地へと引きこもられてしまったようです」
「まさか、軍の中枢の人間が逃げ出したというの? この国の民を見捨てて?」
「……非常に申し上げにくいことですが」
リュートに対して詰め寄るかのように、エリーゼは一瞬激昂しかける。
しかしリュートの悲痛な声色を耳にした彼女は、彼に責任があるわけではないと思い直しすぐさま思考を切り替える。
「わかりました。お父様がいない今、この国の最高責任者は私です。私の権限で彼ら二人は更迭とします。たとえ仮に何らかの理由があるにせよ、今は使える人材が必要ですから。だからこそ、すぐに呼んで頂きたい方がいます」
真剣な表情でリュートに向かいそう告げると、エリーゼはすぐさまその人物に向かって連絡するよう彼に命じる。
そして彼女の意を受けてリュートが部屋から退室すると、彼女は部屋の中で一人となった。
その瞬間、不意に彼女の目元から一筋のしずくが頬を伝って零れ落ちる。
「お父様……」
宙に拡散するかのようなか細い声がその空間に漂うと、悲しみが溢れだした十七歳の少女の悲痛な泣き声がその場に静かに響き続けた。
アレックスから敗戦の報告を受けてから幾ばくの時が過ぎ、軍部の混乱がわずかばかり収束し始めたタイミングで、ユイの下へ軍務大臣からの突然の出頭命令が届けられる。
しかしメプラー亡き今、軍務大臣のポストは空席となっているのではないかと訝しみ、彼の脳内には疑問符が浮かべられていた。
ただ命令を拒否するだけの理由も存在せず、彼はクレイリーを伴って四階の軍務大臣室へと向かう。
「入りたまえ」
ノックと同時に室内から許可を意味する低い声が響く。
その聞き覚えのある声を耳にして、ユイは脳内の疑問符が消失させた。
そして部屋の中へと歩を進めたユイが見たものは、窓の外を眺める白髪交じりの一人の老人の姿であった。
「やはり貴方でしたか……お久しぶりです、ラインバーグ閣下」
「ああ、久方ぶりだ。今日は急に呼び出す形となってすまんな、ユイ」
彼等に背中を向けていた老人は、そう謝罪を口にしながらユイ達へと向き直る。
ユイは三年ぶりのラインバーグの姿を目にして、感慨深いものを覚え口元を緩めた。
「閣下……お元気にされていましたか?」
「もちろんだよ。君も相変わらずのようだね。それで、ユイ。君をここに呼び出したということは、どういうことだかわかるかね?」
「ええ、軍務大臣命令ということで呼び出されましたから。御昇進おめでとうございます」
そう口にするなりユイは敬礼を行うと、同伴してきたクレイリーも慌ててそれに倣う。
「ふふ、楽にしてくれ。だいたい今にも潰れかかった国の大臣になったといっても、本当に昇進と呼べるかどうかは怪しいからな。実際今回のことも、ただの王女の気まぐれではないかと思っておる」
「ははは、それは十分に有り得る話ですね」
場の空気を楽にさせようとするラインバーグの言葉を耳にして、ユイは意識して軽い笑い声を上げる。
「さて、ユイ。今回君を呼んだのは他でもない。一つ頼みたいことがあるからだ」
「頼みたいこと……ですか」
「ああ。もう一度、そう、もう一度だけ、私のために働いてもらえないか?」
かつての自分の諍いに巻き込んでしまった部下に対し、それ以上の言葉を続けることができず、ラインバーグはただただユイに向かって頭を垂れる。
「や、止めてください。私の部下も見ているじゃないですか」
かつて一度も見たことのないラインバーグの行動を目にして、激しく動揺したユイは頭を下げることを止めるよう求める。
「君が私のために手を尽くしてくれて、結局それが原因で君を地方へと追いやってしまった。そんなことをさせてしまった私には、君に物事を頼む資格など無いかもしれない。だが、これは君にしか頼むことができないと思っている、少なくとも私はね」
そう口にしながら、頭を下げることをやめないラインバーグ。
そんな彼に対しユイはゆっくりと歩み寄ると、彼の肩にそっと手を置いて前を向かせた。
「昔から閣下は、いつも私を過剰に評価されます。あの時も私は自分の好きな上司の下で、後で楽に仕事をするために働いたんです。そしてそれは今回も同じですよ。私は自分の好きな上司のもとで、戦後に楽をするために働く。ただそれだけのことです」
ラインバーグに向かってやや気恥ずかしそうにそう告げると、ユイは思わず苦笑いを浮かべる。
そんな彼の言葉を受け、ラインバーグは幾分か表情を和らげると、ぎこちないながらもユイに向かって笑みを返した。
「では、ユイ……お願いできるだろうか?」
「局長。いえ、今は軍務大臣でしたね。私の出来る限りで良ければ、微力を尽くさせて頂きます」
これまでの彼の歴史の中でも珍しい事に、ユイは自らの意志を持ってこの男のために戦おうと決意する。
「そうか。ありがとう、ユイ」
「いえ、お気になされないで下さい。それより、私の方からも閣下にお願いがあるのですが……よろしいでしょうか?」
「もし私にできることなら、最大限のことをさせてもらおう。どんな内容なのか言ってくれないか」
突然のユイからの申し出に、ラインバーグはやや虚を突かれた表情を浮かべる。しかしすぐにユイに向かって続きを促した。
「実は、今度の戦いのために考えた作戦があるんです。もしよろしければ、その作戦に関するいくつかの許可と手配をお願いしたいのですが……」
「作戦……かね?」
王立軍がソーバクリエンにて敗れたとの報告が王都に届いてから、まだそれほどの時間が経っていない。
しかしその短期間の間に作戦を立てたとユイが告げたため、ラインバーグは驚きを隠せなかった。
「はい。現在王都に残る王立軍は、わずか五千にも満たない数です。これに対し、帝国軍は四万人に近い兵士を有し、さらに集合魔法という切り札もある。おそらく真っ向から戦っても勝負にさえならないでしょう。ですから、彼等とはいくつかの策を持って戦わなければなりません」
普段は全くやる気を見せないユイが決意に満ちた表情をしていることに気がつくと、ラインバーグは彼にこの王国の運命を任せることをこの時決断する。
「……分かった。全て君に任せることとする。だから作戦の内容について教えてもらえるだろうか?」
「ありがとうございます。では、早速作戦を説明させて頂こうと思うのですが……その前にクレイリー、今すぐここにクレハの奴を呼んでくれ」