軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

表と裏の目的

「キスレチン共和国軍統合参謀本部長カロウィン・クレフトバーグ殿、ご到着です」

旧市庁舎の会議室にもたらされたその報告。

それは一同の待ち人が到着したことを告げるものに他ならなかった。

「ようやくか、待たされたものだ」

「ノイン、君たちが早すぎるんだよ。第一、国家間の距離の問題もあるから焦れても仕方ないさ」

椅子にもたれかかったままこぼされたノインの愚痴に対し、ユイは苦笑を浮かべながら場の空気を取り繕うようにそう告げる。

だが彼へと返された言葉は、より棘を含んだものだった。

「距離? それ以上に政治制度の問題だろう。民主国家は対応が後手となる。これがその実例だ」

「些か手厳しいな皇太子どの」

部屋の中へと足を踏み入れた壮年男性は、わざとらしく軽く肩をすくめ、そのまま空いている椅子に腰掛ける。

一方、帝国とキスレチンが正面切ってやり合わないようにと、ユイは敢えて冗談めかしながら揶揄を口にした。

「どうも、はるばるご苦労様。辞められなかった参謀本部長どの」

「これはこれは、一向に隠居できない元帥どの。ご挨拶どうも痛み入ります」

ユイの言葉を受け、カロウィン統合参謀本部長もまた冗談で言葉を返す。

そんな一連のやり取りを目の当たりにし、彼らよりは生真面目なカイルは額に手を当てながら、初めてその口を開いた。

「はぁ、いい大人なんですからくだらない皮肉合戦は止めにしませんか」

一国の王たるカイルの言葉。

それは本来ならば、もっと適切に、そして配慮を持って受け止められるべきものであった。しかしながら、ユイたちの雑談は依然として続いたため、カイルの隣の席に腰掛けていた紳士が、呆れたようにその口を開いた。

「カイラ国王。彼らはただじゃれ合っているだけだ。マナーも知らぬ者ゆえ、飽きるまでは放っておいて問題はないさ」

「おやおや、意外と手厳しい事を言うね。勝手にやってきたウィレンハイム伯殿」

成り行きを見守っていた一人であるアレックスは、過去にクラリスに攻め込まれた因縁もあり、遠巻きに当てこすりながらそう発言する。

すると、ブリトニアのウィレンハイム伯は、軽く両腕を広げながら反論を口にした。

「ただ女王からの命令で交易の調整に来ただけだ。西方連合軍などという物に参加するつもりはないさ」

「だが様子は見ておきたいと?」

「否定はしない。何しろ我が国は敗戦国なのでね」

それはウィレンハイム伯の正直な感想であり、わずかながらの苛立ちも含んだ言葉であった。何しろ、先立っての敗戦を指揮していたのは彼だったのだから。

「おや、局地戦において、わずかに不覚を取っただけ。それが貴国の公式見解だと思っていましたが」

「アレックス殿、国内向けのポーズと言うものは必要なものです。それよりも我が国だけにしか流布させていない情報を、何故貴方が知っているのかな?」

「それはもう、あちらの元帥殿の耳は非常に良いからね」

アレックスはそのキツネ目を、この空間における統率者へと向ける。

すると彼はようやく雑談を止め、苦笑交じりに弁解を口にした。

「はは、たまたま海の方に耳を傾けていたら、波に乗って聞こえてきただけです」

「なるほど、実に都合が良い耳をお持ちのようだ。しかしうちの諜報部にはまだまだ宿題が残されているということですか」

依然として、ブリトニア内に少なからぬ内通者が存在することを理解し、ウィレンハイム伯は小さな溜め息を吐き出す。

そしてようやく会議室内が落ち着きを見せ始めたところで、参加者を代表してノインがユイへと言葉を向けた。

「で、そろそろ本題に入ったらどうかね、元帥殿」

「好き勝手に喋っておきながら、よく言うよ。ともかく話は簡単さ。このレムリアックの首都のあたるアモキサートは、西方各国が自由に出入りできる解放都市とする。同時に共同管理都市として、各国軍には駐留軍の派遣を行ってもらう。ひとまずは、そこまでさ」

「事前打ち合わせ通りということですな」

それは国の代表代行が参加できないと言ったため、やむなく魔法公国代理の代理として出席した、若き俊英クレッパード・マイスムの発言であった。

ユイはその確認に対し、すぐさま一つ頷く。すると、思わぬ方向から、一つの質問が彼へと向けられた。

「ユイさん、敢えて聞きます。本当にこの地に駐留軍を置く必要があるのですか?」

「一時的に君たちから軍を借りればいいと……つまりそう言いたいのかい、カイル」

公式と非公式の合間に存在する空間。それ故に、ユイは敢えていつもどおりの呼び方でカイラ国王に問い返す。

するとカイルは微笑みながら、持論をゆっくりと話し始めた。

「ええ。その通りです。彼らが簡単に手出しできないだけの防備を固めさえすれば目的は達成される。ならばわざわざ、この街を差し出さなくていいですし、命綱となり得るルゲリル病の魔法も秘匿できる。そうではありませんか」

それはユイの友人としての発言としては妥当とも言えたが、国家の代表としては些かどちらに向けて発言しているのかわからぬ内容であった。

だからこそ、ユイは苦笑を浮かべながら彼の気遣いに感謝を示す。

「わが独立国……ではなかった、独立領のことまで心配してくれてありがとう。でもその心配は杞憂ではあるし、同時に誤りでもあるかな」

「……どういうことですか?」

ユイの発言に対し、カイルは眉間にしわを寄せながらそう問い返す。

「要するにだ、私が形式を踏まえようとしているのは、彼らとの戦いのためでは無いということさ。もちろんそれも重要な事ではあるのだけどね」

「え……ですが……」

思いもかけぬユイの言葉に、カイルは戸惑いを見せる。

するとそんな彼に向かい、ユイはやや迷いながらも、ぽつりぽつりと思うところを口にし始めた。

「ふむ……どうも何か勘違いがあるようだけど、西方軍を正式に稼働させる目的には表と裏があるというところかな」

「裏は当然、修正者の件だな。となれば、気になるのは表だが――」

「違うよ、ノイン。それは逆さ」

ノインの発言を遮る形で、ユイははっきりとそう言葉にする。

途端、ノインはその顔に意外そうな表情を浮かべた。

「逆? どういうことだ」

「そのままの意味さ。現時点における西方軍の存在意義。その表向きの理由が、修正者というだけの話さ」

そのユイの発言には誰もが意外そうな表情を浮かべてみせた。

そしてそれはノインも同様であり、彼はすぐさまその意味するところを問いかける。

「じゃあ、裏の目的……つまり本命は何だと言うんだ」

「真に警戒すべき国に対する備えだよ」

ユイはキッパリとした口調でそう言い切る。

それに対しノインは、理解できないとばかりに詰め寄った。

「真に警戒すべきだと? どこだ、キスレチンか?」

「おいおい、自分たちを棚に上げなさんな。当然警戒するべきは帝国だ。そうだろ、ご隠居未遂どの?」

仲の悪い両大国の代表者のやり取り。

それを目の当たりにして、ユイは軽く頭を振ると改めて溜め息を吐き出した。

「はぁ……どちらでもないさ。というか、どちらかなのだとしたら、ここには呼ばないよ」

「ユイ、いい加減に答えを教えろ。お前は一体、どこの国を警戒しているというのだ」

これ以上、待つつもりはないとばかりに、ノインはユイへと重ねて詰問する。

それに対しユイは、敢えていつも通りのらりくらりとその口を開いた。

「私が警戒しているのは、たった一カ国。そう、魔法に頼ることなく軍事力を確立したとある国さ」

「魔法に頼ることなくだと? まさか……」

その国の存在が脳裏に浮かんだが故に、ノインは戸惑いを見せる。

それは他の列席者も同様であり、信じられないという思いで誰もがユイを見つめた。

しかしながら、そんな彼らの視線を気にすること無く、ユイははっきりとその国の名前を口にする。

「警戒すべきは、先日西方連合軍が戦い、そして勝利したはずの国……つまりトルメニアさ」