軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

正史を超えて

「ああ、君か……」

キスレチンの首都であるミラニールのはずれ。

そこに建てられたとある邸宅の一室で、ソファーにもたれながら書物へと目を走らせていた男は、部屋の中に現れた女性の気配に気づきそう呟く。

「帝国もラインドルも正式に受諾すると連絡があったわ」

「そっか。まあどちらも意思決定が早い国だからね」

現在滞在している民主主義国家との違いをしみじみと感じながら、ユイは苦笑交じりにそう告げる。

すると、そんな彼に向かいクレハはやや意外なことを口にした。

「でもこの国も異例の速さで議会決議が進みそうよ。もちろん、西方のキャスティングボードが握られたままだとして、貴方を敵視している人は少なからずいるみたいだけどね」

「まあ百人いて、百人に全員に同意をもらうことはなかなか困難なことさ。それでも半数以上が賛意を示してくれそうなんだろう? 十分な話だよ。ともかく、これでひとまず外の仕事は終わりだね」

そう口にすると、ユイは大きく伸びをする。

そんな彼に対し、クレハは平坦な口調で確認の問いを放った。

「クラリスに戻るのね」

「そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるかな。もっとも今回の件がまとまればだけど」

ユイは曖昧な笑みを浮かべながら、クレハに向かってそう告げる。

すると、やや呆れ気味の表情を浮かべながら、黒髪の女性は改めて声を発し直した。

「なら言い替えるわ。レムリアックに戻るつもりなのね?」

「うん、そうだね。しばらくはレムリアックに引きこもるつもりさ。場合によっては、さきほど君が口にした故国と、真正面から喧嘩する可能性もあるけどさ」

それだけを口にすると、ユイは軽く肩をすくめてみせる。

一方、クレハはそんな彼に向かい、疑問を口にしてみせた。

「赤毛と銀髪の彼、それに貴方の後輩が軍を押さえ込むと思うけど?」

「もちろん期待はしているよ。でも、やはり彼の国にとっては見過ごせない話さ。多少の手痛い餞別を貰おうとも、文句を言えないくらいのね」

冗談めかして言葉にしたものの、ユイの表情には僅かな影がさしていた。

それを見て取ったクレハは、重ねて確認の問を行う。

「そう……でも、考えを変えるつもりはないわけね」

「まあ……ね。もっと楽で確実な方法があるのならそうしたかったのだけど、私の頭ではこれ以上の策を思いつかなかった。残念ながらね」

「わかったわ。なら、私は次の仕事に移る」

「……珍しく反対しないんだね」

「反対したところで、貴方は立ち止まらない。サボるのが好きと公言するくせに、一度決めたら決して放り投げるつもりは無いでしょ」

これまでの長い付き合い。

そう、生を受けてから誰よりも長く接してきた相手であるからこそ、クレハは確信を持ってそう告げる。

すると、ユイは溜め息混じりに彼女の見解を肯定した。

「止めたほうが楽なら、そうするんだけどね」

「何れにせよ、私は珍しく賛成しているの。貴方がしようとしている馬鹿げた策にね」

「馬鹿げた……か。はは、実に手厳しい。そのあたりはいつもの君だね」

苦笑を浮かべながら、ユイは小さく首を左右に振る。

「別に茶化してもかまわないわ。貴方がなんと言おうと、今回だけは貴方の取った選択を評価してあげる。ようやく、自分の身を守ることを選択したことをね」

「残念ながら、私も俗物だということさ」

両手を軽く左右に広げながら、ユイは自らのことはそう評してみせる。

途端、クレハの眉がピクリと吊り上がり、そしてわずかな間の後にその小さな唇が再び動く。

「今更気づいたの? ともかく、貴方が考えた通り、西方中の国から護衛の兵士をかき集める。そのための努力は惜しまないわよ」

「ありがとう。助かるよ」

「そう素直に感謝されると、やはり何か裏があるのじゃないかって疑いたくなるわ」

冷たい視線をユイへと向けながら、クレハはそう告げる。

すると、ユイは軽い笑い声を上げながら、そんな彼女の懸念を否定してみせた。

「はは、裏なんて何も無いさ。我が身と、我が友人たちを守りたい。それだけだよ。その為になら、私はなんでも利用する。与えられたレムリアックでも、敵対してきた人たちだろうと、そして西方連合軍元帥という与えられたばかりの肩書だろうとね」

「……ならいいわ。レムリアックに戻り守りを固めるその時まで、気は抜かないようにね」

「わかっているよ。各国から呼び込んだ兵士が、レムリアックへと辿り着いたら私たちの勝ち。そしてそのことを、修正者たちが知るはずがない」

ユイの口から全くよどみなく紡がれたその言葉。

それを受けて、クレハが改めて成された構想を評して見せる。

「レムリアックを独立領とし、西方連合の管理下においてその政治的、そして軍事的中枢とする。何も知らなければ、ほら話としか思えないものね」

「各国の頭脳が偶然一箇所に集まり、アズウェルという稀代の詐欺師が説き伏せたからこそなせる話さ。常識があれば、こんな絵を描くやつなんていないと思うよ」

「ほぼ計画通りに、その絵を描いてみせた貴方を除けばね」

今代の剣の巫女や、予想より早いゼスの行動。

そのような予期せぬ事象は存在したものの、ここまではユイの描いた絵のとおりに動きつつあった。

そのことは賞賛されるべきだとクレハは思う。

同時に僅かな危惧を彼女は覚えていた。

目の前の彼が描いた未来図は、本当は自分に見せていないものが存在するのでは、と。

何の根拠もない想像。

だけど彼女は胸のうちから僅かな不安を拭い去ることができなかった。

だから……

「ねえ、ユイ。間違っても自分を犠牲にしてでも、この世界を取るなんて言い出さないでね」

「なんだい、藪から棒に」

「今の貴方、あの時のおばさまに似ているもの」

その彼女の言葉に、初めてユイが身動きを止める。

だがそれはほんの一瞬のことであり、すぐさま彼は彼女の懸念を笑い飛ばした。

「はは、そんなことはないさ。だいたいあの人は臆病風に吹かれて、自分の周りを軍隊で囲むなんていう厚化粧を、絶対に良しとしないさ」

「そう……ね。確かにあの人なら、保身のための選択肢なんて優先はしないわ」

「だろ? だから安心してくれていいよ。あくまで私は私だからね」

そう告げると、ユイはクレハに向かい微笑みかける。

だが目の前の彼女は、決してつられるように微笑むことはなかった。

「安心というのなら私と約束をして」

「約束?」

予期せぬクレハの言葉に、ユイはわずかに戸惑う。

するとクレハは、小さくコクリと頷いた。

「ええ。たとえ世界を偽ろうとも、私に対して偽りを見せないで」

「クレハ……」

「貴方は何があってもこの私が守る。それがあの人の命と引き換えに、この世界に残された私の選択。だからこそ、その決意を汚さないで欲しいの」

普段は決して見せぬ潤んだ瞳。

それをユイへと向けながら、クレハはまるで懇願するかのようにユイへと訴える。

一方、初めて見せた幼馴染の表情を目の当たりにして、ユイは一瞬言葉を見失う。だがすぐに小さく息を吐き出すと、彼は首を縦に振った。

「母さんの命と引き換えにした選択……か。わかったよ、クレハ。約束する。今後、君に対し決して偽りは口にしない」

「必ずよ。その約が守られる限り、私も自分の約を守る。絶対にね」

それだけ告げると、クレハはユイからその視線を外し、決して振り返ることなく立ち去っていった。

そうして、

「はぁ、やはり彼女を縛っているのは母さん……か。わかってはいたけれど……」

部屋に一人残されたユイは、僅かに下唇を噛みながら頭を掻く。

そして軽く首を振ると、彼は窓際へと歩み寄りその視線をミラニールの夜空へと漂わせた。

「ともかく、間違いなく今回こそがその時のはずだ。何しろ向こうから鍵がこの地へと来てくれたのだからね。今代の剣の巫女から真打ちを奪えれば私の……いや、現史の勝ち。そしてカリブルヌスを奪われれば正史の勝ち。ゲームとしてはあまりにシンプルだ。だからこそ……」

そこまで呟いたところで、ユイは一度言葉を停める。

そう僅かな後悔が彼を襲ったが故に。

だがしかし、彼はもはや止まることはできなかった。

何故ならば既に賽は振ってしまったのだから。

「だからこそ、この戦いに条件をつける。そう、時間制限という名の条件をね。ごめんね、クレハ。でも約束直前の偽りは見逃して欲しいかな」

ユイはそう言葉を紡ぐと、懐から一通の封書を取り出す。

そこにはレムリアック独立への動きを、トルメニアに……つまりクレメア教団の枢機卿たるゼス・クリストファーに、彼の依頼通り確実にリークし終えたことが記されていた。

「さあ、ケリをつけよう。今回の現史を以て、彼らが目指す正史を塗り替える。その為に私は悪となる。あの人から引き継いだ願いを、この手で成し遂げるために……ね」