軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

帝国強襲

「……それは事実なのかね」

「ええ。帝国軍の四万の兵が国境のアサシモ砦を落とし、現在我が国の領土を侵攻中です」

五階の部屋の窓からエルトブールの街並みを見下ろす老人は、その報告を受けて苦虫を噛み潰したような表情を浮かべつつその瞳を閉じる。

「現状我が軍は王都に駐留中の王立軍四万名に加え、各地の地方軍をかき集められるだけかき集め、どうにか二万名を追加招集する予定です。上手く事が運べば、合計六万の兵士を動員してソーバクリエンに防衛ラインを形成することができるでしょう」

「六万か……それで指揮官はあの政治屋かね?」

中枢より自分を追い出した男の顔を思い浮かべながら、老人は簡潔にそう問いかける。

「いいえ。この度の防衛軍の最高指揮官は、オラド国王自らがなされるとのことです」

「オラド国王自らが戦陣に立たれるだと……馬鹿な話を」

現国王が擁立されて、はや三十年。

実際、帝国と国境付近で小競り合いと呼べる戦いはこれまでに何度も起こっている。

しかしそれが大規模な戦闘に発展することはなく、これまではお互い痛み分けという形で矛を収め合ってきた。

そのようなこれまでの経過もあり現国王のオラドは戴冠して以降、一度も戦場に出たことがない。

そして彼にとって初陣となる戦いが、最悪なことに今回の帝国との戦いとなった。

「この防衛戦に負ければ、どちらにしても我が国に後は無い。ならば少しでも兵の士気を上げたいとして、メプラー大臣が提案したそうです。まあ実際ソーバクリエンを抜けられますと、一気に王都まで詰め寄られますからね」

「しかし戦争を知らない陛下を無理やり引っ張りだし、ましてや指揮権を与えるとは……あの政治屋は一体何を考えておる? まだ奴が指揮を取ったほうが、はるかにましだろうに」

「……おそらくですが、万が一負けた場合に対する保険ということなのでしょう」

白髪交じりの男は自らの予想を口にして、疲れたように肩を落とす。

「なるほどな。もし敗北した場合は、国王を盾にして自らの地位を守る腹づもりか……しかし所詮は程度の低い浅知恵としか言えんだろう。奴は本当の敵が、身内か、それとも帝国かということさえ、わかっておらんのではなかろうか?」

「彼らには自分の地位を守ることや、派閥単位での駆け引きしか理解出来ませんから……」

報告者の男は心底呆れたような口ぶりでそう言い放つと、首を何度も左右に振る。

「しかしなぜこの時期に……帝国の奴らにとって、今を選ぶ理由が何かあったのかね?」

「わかりません。だいたい奴らにとって戦争を起こす大義名分などなく、この度の侵攻は完全に一方的なものです。もちろん奴らが我が領土の魔石を欲しているという、その目的だけは明らかでしょうが……」

領土内から魔石がほぼ出土しない帝国にとって、魔石は非常に高価な輸入品である。

だからこそ彼らが魔石の産出地を欲しているということは、もはや言うまでもなく自明の理であった。

「結局のところこの時期を選んだ理由自体は、奴らに聞いてみんとわかりようもないか。まあ今はそんなくだらんことよりも、この戦争の勝敗だ。単刀直入に聞くが勝てるのかね?」

「おそらく……と申し上げておきます。数に関しては六万対四万と、完全に互角以上の兵数を用意することができそうですから。ただ……」

そこまで口にした段階で、報告者はわずかに表情を曇らせ言葉を濁す。

老人はそんな彼を訝しげに見て、続きを話すよう促した。

「ただ?」

「実は帝国軍の組織構成が妙なのです。敵は全軍の約三割にあたる約一万二千名もの兵士が、どうも魔法士を主体とする魔法兵のようでして」

報告者は自らが感じている不安を隠しきれずに、やや内にこもるような声でそう述べる。

一方、それを耳にした老人も、彼の話の内容に違和感を覚えて疑問を口にした。

「一戦場に一万二千名もの魔法兵を投入するというのか。おそらく奴らの国に所属する魔法士の、ほぼ全員に近いと思われるが……そこまでして魔法兵かき集めた理由が、何かあるというのか?」

「わかりません。そんな規模の魔法兵部隊など、まさに前代未聞でありますので……」

報告者は自らの下へと届けられた数少ない資料を読み上げると、そのまま溜め息を一つ吐き出す。

「そうか……それとあいつも出陣するのか?」

「いえ、彼は外されました。残念ながら、ここのところ急速に頭角を現し過ぎましたからね。これ以上戦功など立てられては、自分達を脅かす可能性があると判断されたのでしょう」

「馬鹿共が!」

老人は怒りとともにそう吐き捨てると、報告者はすぐさま彼を落ち着かせるように言葉を紡ぐ。

「ですが、私は良かったと思っています。下手に彼が参加させられれば、彼らの捨て駒にさせられて、使い潰される可能性もありましたから」

「そう、か。たしかにそういった考え方もあるな。まぁ、あやつのことはいいとして、君はどうするんだね?」

「……私も参謀長として、参陣することになりました。今日はそのお別れを、閣下に伝えに参ったのです」

報告者がそう口にした瞬間、彼はなんとも言えぬ表情を浮かべる老人の姿を目にする。

老人とは決して短い付き合いではない彼であるが、そのような表情を目にするのは初めてであった。

「お別れを言うにはまだ早いな。こんな老人がこの年でも生きているのだ。君みたいな男には、まだまだ国のために働いてもらわんといかん。死ぬなよ、アーマッド」

「わかりました、ラインバーグ閣下」

そう言って報告者は優雅に敬礼を一つする。

そして彼は、そのままゆっくりと校長室から退室していった。

帝国軍の侵攻に対し、クラリス王国もすぐに対応の構えを見せていた。

実際、軍上層部に侵略の報告が届いた二日後には、防衛軍の中核として王立軍のほぼ九割にあたる四万もの将兵に出陣の知らせが届いている。

そして残りのたった一割の中に、ユイを含む親衛隊のメンバーが名を連ねていた。

「しかしユイ、なぜ俺達が居残りなんだ?」

戦場に出ないという事実に対し、リュートは自らの感情を整理できずにそんな問いかけを口にする。

王都への居残りを命じられたユイたちは、現在王立軍の出征式が行われるエルトブールの南の平原にいた。

彼らは自分たちを呼び出した人物に会うため準備に勤しむ兵士たちをかき分けながら参謀本部のテントへと歩み続ける。

「仕方ないだろ。というか、君はエリーゼ様の護衛があるんだから、どっちにしても戦場に立てるわけ無いじゃないか」

「……それはそうだが」

未だに納得できていなかったリュートはユイに噛み付くも、彼の発言の理を認めてやむなく引き下がる。

「でもまあ、要するに外されたんだよ。私のところには動員計画の会議案内さえ来なかったからね」

「ふふ、疎まれているね」

アレックスが笑みを浮かべてそう言うと、ユイも流石に苦笑せざるを得ない。

「まあね。ただそれでくだらない会議に出なくて済んだわけだ。むしろありがたいってものだよ」

「先輩の場合は、会議に出ても、寝ているだけでしょうに」

ユイから政治と財務関係の案件を全て投げつけられたエインスは、少し拗ね気味に皮肉を向ける。

「なるほど、確かに寝ているだけでいいなら、会議に出るのもやぶさかでないか……」

ユイがそう一人ごとを呟くのが耳に入ると、エインスはユイにも聞こえるようにわざと大きな溜め息をつく。

「……それで、出席予定のない出征式会場に、誰が僕たちを呼び出したんですか?」

「お前のおじさんさ。出陣する前に会いに来いと言われてね」

「と言うことは、アーマッド局長も出征されるのか?」

アーマッドの出征を知らなかったリュートは、典型的な軍官僚が出陣することに驚きをみせる。

「参謀長だそうだ。ほら、あそこに見える大きなテントがあるだろ。あの中に参謀本部が置かれているらしい」

そう言って、かなり近づいてきた参謀本部のテントを指さすと、ユイはその足を早める。

「しかし先輩。さっきから、なぜそんなに急いでいるのですか?」

「ん? だってのんびりしていれば、出征式が始まってしまうだろ?」

「ほう……お前も軍人として出征式に参加したかったのか」

「いやいや、出ないって。出征式が始まってしまえば、抜けるのは目立つじゃないか。だからその前に顔だけ出して、さっさと帰ってしまおうと思ってね」

ユイがそう言って足を進めると、リュートは「だからお前は軍人としての心構えが……」と小言を言い始める。

まさにそんないつものやり取り。

それを中断させたのは、前方から歩み寄ってきた銀髪の男であった。

「おい、三馬鹿の落ちこぼれども。貴様たちもまだ軍にいたのか?」

リュートの小言を聞かないように指で耳栓をしていたため、最初ユイはその男の存在に気づかなかった。

しかし目の前に立ちはだかる男の見覚えのあるその顔と癖のある声に、リュートは嫌そうな表情を浮かべる。

「ムルティナ……お前も防衛部隊に入っていたのか」

「当たり前だろ? 私が選ばれないで、誰が選ばれるんだ?」

そう言ってムルティナは、見下すような視線をかつての同期生であるユイたちへと向ける。そしてそのまま冷笑を浮かべると、改めてその口を開いた。

「しかしその様子だと、お前らは今回の出征には参加しなそうだな。まぁ、お前らのような足を引っ張る奴など不要だが」

「そうだね。ムルティナがいたら大丈夫さ。というわけで、ほどほどに頑張ってきてくれ」

用は済んだとばかりに、ユイはムルティナの横を通り過ぎようとする。

しかしそんな彼の態度に腹を立てたのか、ムルティナはユイの胸ぐらをつかんだ。

「ふん、調子に乗りやがって。この私が防衛軍として出陣するからには、帰ってきた頃には三位だ。ユイ、お前やそこにいるお前の金魚の糞たちとは違うということを――」

「なにを騒いでいる?」

ムルティナの言葉を遮る形で発せられた声。

それはかつての彼らの教師であり、ユイたちをこの場へと呼びつけたアーマッドであった。

「元気があるのはいいことだ。だが時と場合を選んでくれたまえ。それとムルティナ君、君も出征前の忙しい時間だ、早く持ち場に戻って準備を進めてくれるかな」

アーマッドにそう言われたムルティナは、視線だけで殺せそうなくらいユイを睨んだあと、やむないとばかりにその場を去っていく。

「はぁ、来て早々揉め事とは、全く君たちは相変わらずだね」

「ははは、面目ないです、先生」

ユイは恐縮気味に頭を掻きながら、そんな言葉を口走る。

「……ともかく、君たち三人が元気そうで何よりだよ。それとエインスもな」

「親戚なのに僕はおまけですか?」

「君にはいつもおじさんの屋敷で会うじゃないか。あっと、夜遊びに忙しいから、会えない事のほうが多いか。まあ何れにせよ、ここでは人目が多い、参謀本部の私の区画に行こうか」

アーマッドは四人を順番に見やったあと、そのままテントに向かって歩き出す。

ユイが後ろの三人を振り返り一度頷くと、彼らはアーマッドに続いてテントへ向かった。

「さて、君たちに来てもらったのは他でもない。私達が負けた後のことを話しておきたいと思ってのことだ」

テントに到着するとアーマッドは人払いをし、椅子に腰掛けるとユイたちにそんなことを切り出す。

「アーマッド局長、それはあまりに……」

あまりに突然なアーマッドの話に驚く、リュートは戸惑いの声を上げる。

しかしアーマッドは軽く肩をすくめると、そのままゆっくりと口を開いた。

「いや、もちろん負けると思って、こういった話をするわけではないさ。ただ勝った場合は心配などは不要だけど、万が一でも負けた時は、緊急の対処が必要となる。たとえ可能性が低く考えたくないことであっても、何事にも準備は必要だよ」

「しかし今回は明らかに多数の兵士を用意されたと伺います。まず負けるとは思えないのですが……」

エインスもこれだけ人数的優位の中で負けると考えづらいのか、アーマッドに向かってそう告げた。

「数の上では確かに圧倒的優位だね。その上、我々の本土での戦いだけに地の利もある。だけど事はそう単純じゃないんだ」

「と言いますと?」

興味をいだいたアレックスは、アーマッドに向かって話を促す。

「大きく分けて二つの不安要素がある。一つ目は軍上層部の人員の問題だ。今回の防衛軍の上層部人事を知っているかい? 司令官にオラド国王、副司令官にメプラー軍務大臣、そして参謀長に私だ。もっと付け加えると、各部隊の役付きの連中は、ほとんどメプラーの息のかかった軍官僚など軍の高級官僚たちばかりさ。わざわざ現場の連中を外してね」

「なんでそんな馬鹿げた人事を……言い難いのですけど、普通に考えてそんな役人もどきの軍人で戦争ができるはずがありません。彼らはなにを考えているのですか?」

エインスは呆れ混じりにそんな疑問を口にする。

「敵軍より多数の人員を動員できた時点で、既に上層部は勝ったつもりになっている。そして戦いの後の昇進人事を睨んでの配置さ。取らぬ狸の皮算用もいいところなのにね」

「馬鹿な……」

上層部のお気楽ぶりに呆れて、リュートは二の句が告げなくなる。

そんな彼に向かい、アーマッドは自嘲気味の笑みを浮かべてみせた。

「この防衛戦の正体はそんなものさ。もちろん負けたときのことも彼らは考えているよ。出陣した国王を非難の盾にして、責任を取らずに逃げる算段をね。つまりはノーリスクハイリターンの戦いということさ。彼らは負けて失うのが自らの権力ではなく、この国だということがわかっていない。絶望的なことにね」

これまで押し隠していた怒りが漏れ、手元にあった机にアーマッドは拳を無意識に叩きつける。

ユイはその怒りを前に、アーマッドが今回の人事案に抵抗し敗れたことを感じとった。

「……それでもう一つの不安要素とは何なのですか?」

固まってしまった空気を再び動かすように、そう尋ねたのはエインスであった。

「もうひとつは軍編成の問題だ。我々の王立軍六万のうち、地方軍が二万だ。そしてそのうち四千の兵はシャレムの子飼いのものなのだよ。この意味がわかるかい?」

「シャレムが裏切るとでも? では、彼らはそのまま伯爵領に据え置いて、今回の作戦に同行させなければ良いじゃないですか?」

「エインス、お前の意見は私も考えた。だが戦場に同行させず、我々の背後にて自由に動かれる方が危険だと判断したのだよ。まだ戦場で手元に置いて監視したほうがましだろうともね」

「敵に攻めこまれている状況なのに、内部でそんなに問題があるとは……」

アーマッドに聞かされた二つの不安要素に、エインスは思わず顔をしかめる。

そんな彼の言葉を耳にして、アーマッドは深い溜め息を吐き出すと、両目をつぶりながら彼らに伝えたかったことをゆっくりと紡ぎ出した。

「だからエインス、リュート、アレックス、そしてユイ。万が一の際は……王都は君たちに任せるよ。万が一の際は、ね」