軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

修正者

首都ミラニールの一角に存在する小さな窓のない建物。

それはこのキスレチン共和国において表に出せぬ犯罪者を収容するための牢獄であった。

そして今、この建物の地下には、たった一人の男だけが捕らえられている。

そう、先日の戦いにおいて捕らえられたトルメニアの男が。

一足早くこの地へと運び込まれた彼は、ある男の指示で言葉を発せられないように猿ぐつわをされ、さらに両手両足を鎖に繋がれ厳重なる監視下に置かれていた。

だがそんな扱いもトルメニアの助祭にして修正者である彼には予想の範疇であった。

だからこそ、多少手荒な扱いをされようとも、彼はまるでなんでもないことであるかのように顔色一つ変えず、何者にも興味を示すことはなかった。

しかしながらこの時ばかりは別であった。

「貴様か……」

階段から地下に降りてくる足跡を耳にしても一切興味を見せず、本日やってきた十人目の人物に対して視線さえ向けなかったユダナ。

だが突然猿ぐつわを外された事に違和感を覚えその視線を上げたところで、彼は初めてその表情を歪めた。

なぜならばそこに、忌々しき黒髪の男の姿が存在したからである。

「やあ、どうやらご機嫌斜めのようだね」

「ふん、四六時中このように拘束され、食事の時は四方から刃を突きつけられているのだ。機嫌が良くなる理由がどこにあるというのかな?」

「確かに。でも君にコードの裏に入られたら手のうちようがないからね」

ユダナの言い分はもっともだと思いながらも、ユイは彼なりに妥当だといえるその理由を話す。

それを耳にしたユダナは、すぐに舌打ちを一つ行った。

「ちっ、つまりこの歓迎は貴様の発案というわけですか」

「流石に四六時中、私やアレックスがここにいるわけには行かなくてさ。申し訳ないとは思っているんだよ、本当に」

如何にユダナの扱いが厳重以上を要するとは言え、流石にユイ達三人が常時拘束される訳にはいかない。もちろん短期的には可能であろうが、ここが他国であることもあり、ユイは非道でありながらも妥協できる範囲の扱いをカロウィンへと依頼していた。

「……で、何のようですか?」

「君に聞きたいことがあってね」

「トルメニアとの交渉の材料である私にこんな歓迎をしておきながら、素直に話す理由があるとでも? だとしたら、貴方は実におめでたい思考をしているのだといえますね」

神聖軍の中で司令部のなかで唯一の生き残りであるユダナは、今後行われるであろう交渉において決して放置できる駒ではない。もちろんクレメア教団にとって彼が、死を持って責任を取らすためだけの存在だとしても。

「はは、確かにね。でも、人間欲は尽きないものだからさ。あれもこれもと求めてしまうものさ」

「……ふん。人間の欲ではなく、魔法士の欲の間違いでしょう」

「どうかな。だとしたら、私は無欲の人間だね。何しろ魔法は使えないのだからさ」

「魔法改変……いや、世界改変までする貴様も同類ですよ。間違いなくね」

ユイの軽口に対し苛立たしそうな表情を浮かべながら、ユダナははっきりとそう宣告する。

それに対しユイは、依然として軽口を控えることはなかった。

「おやおや、それじゃあ君たち修正者も同じだと、そう言っていることになる気がするけど、それはかまわないのかな?」

「別に構わない。存在意義が違えば、その意味も異なる。手法が近かろうと、そのことには意味がない。それが私の考え方だ」

「うん、確かにその通りだ。意外と君とは気が合うのかもね」

ニコリと微笑みながらユイはそう言い放つ。

しかしそんな彼の発言を、ユダナは吐き捨てるように拒否してみせた。

「ふん、迷惑だ」

「はは、気持ちはわかるけどあまりあっさり言わないでくれないかな。ともかくだ、問題は君たちの目的なんだけど、一体どのあたりにあるのかな?」

「クレメア教の布教。そして魔法の排除」

ユイの問いかけに対し、間髪入れずに返された回答。

それが真実であることをユイはすぐに理解する。だが彼が求めている回答とは些か異なっていた。

「それはわかっている。クレメア教の助祭としての目的はね。だけど修正者としての君の目的は少し違うんじゃないかな?」

「……さあな。知りたければ拷問でもして吐かせて見ればいい」

視線をはっきりとそらしながら、そう言い切ったユダナ。

彼のその表情を目にして、ユイは小さく首を左右に振る。

「それってつまり、何されても言うつもりはないってことだろ。面倒な話だな。素直にもう一度やり直す方針に切り替えたと言えばいいのに」

「な……」

それはほんの小さな声であった。

しかしながらその言葉を発した瞬間、ユダナのその表情は歪み、そしてユイは深い溜め息を吐き出す。

「やはり……か」

疲れたように肩を落としながら、ユイはそれだけを口にする。

そして自らの失態を理解し、忌々しげな表情を浮かべるユダナに向かい、彼は確信を持った自らの仮説を口にした。

「ありがとう。失われた二十三の断片と、君の反応でだいたい理解できた。おそらく方針の転換点は帝国と魔法公国の戦いかな」

「あの国は滅びる……事になっていたのでな」

ユイの発言から、もはや隠しようがないと理解したユダナは、恨みがましい口調でただそれだけを口にする。

「はぁ……共和国で何度か試して駄目なら、今度は宗教に目をつけるとはね。いや、もともと選択肢として手を広げていた可能性もあるのかな? 何れにせよ、節操が無いのは嫌われるよ」

「誰に嫌われようと構わん。我らはただ主命を守るのみ」

目の前の黒髪の男に向かい、ユダナは揺らぐことのない決意を表明する。

それに対しユイは、はっきりとその姿勢を批判してみせた。

「主命ねえ。予め定められた運命、そして定められたプログラム。そんなものを守ることになんの意味があるというのかな」

「違うのだよ。それこそが貴様らが生み出された意味なのだ」

「と言われても、僕はそんな意味を持たされた覚えはないのだけどね」

「覚えなど関係ない。素直に受け入れればいいのだ。第一、この世界が何のために生み出されたのか、お前なら感づいているはずだろ」

「……否定はしない。そして何を何度行おうとも、何も変わらない。そう理解したからこそ、私はもう何をしても、何をしなくても同じなのではないかと考えていたからね」

ユダナの言葉に一瞬言葉を見失ったユイは、かつての自分を振り返りそう口にする。

母の剣技を全て継承し、その上で父を乗り越えるのだと血気盛んに走り続けていた少年時代。

目標であった両親の死と、そしてアズウェルから知らされた一つの真実故に、彼はこの世界で生きる意味を見失った。

そして生み出された無気力な学生。

しかし結局、すべてを投げ出すことはなかった。

だからこそ彼は……ユイ・イスターツはここにいる。

「今は違う。残念ながら関わってしまった人が増えすぎた。そして同時に守らなければならない人もね。何より……そう、何よりこの世界に産み落とされたものの一人として、この私にも意地がある。それ相応の意地がね」

「結局のところ分かり合えない運命ということだ」

「否定出来ないかな。でも――」

「ユイ、ちょっといいかな」

それはこの場にいるはずのない第三者の声であった。

途端、ユイとユダナは口を閉じると、階段を降りてきた一人の赤髪の男が二人の前にその姿を現す。

「どうしたんだいアレックス? フェルムくんがバレでもしたのかな?」

ユイは敢えて軽い口調で、親友に向かいそう問いかける。

すると彼は、苦笑を浮かべながら首を縦に振った。

「ああ、というか上のお歴々にはとっくにバレているさ。でもそれは別にいい。彼らも今の君をわざわざ咎めるつもりはないだろうからね。それよりも降伏するんだそうだ」

「降伏?」

突然のアレックスの言葉に、ユイは思わず聞き返した。

すると彼は真剣な表情で、たった今届いたばかりの一つの事実をユイへと伝える。

「ああ。たった今、トルメニアの使者が降伏を伝えに来たのだよ。国家解体さえ受け入れるつもりだという言葉を添えてね」