軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

カーリンの昼行灯(改訂)

「だから私は反対だったんだ」

王都エルトブールの遥か西に位置するカーリン市。

そのカーリンから南部へと続く街道沿いの草むらの中、そこに一人の黒髪の男の姿があった。

彼は気だるげに街道の気配を探りながら、藪蚊に噛まれ鬱々とした感情を覚え思わずそう愚痴をこぼす。

ユイ・イスターツ。

それがカーリン軍戦略部隊長という肩書を持つ彼の名であった。

「旦那……今さらそんなこと言わないでくださいよ。だいたい最初にこの計画を立案したのって、旦那だったじゃないですかい?」

ユイの部下であるクレイリーは、軽く自らの剃り上げた頭を撫でながら、カーリンの昼行灯と称される上官に向かいそう苦言を呈する。

それに対しユイは、溜め息を一つこぼしながらも、さらなる愚痴を吐き出していった。

「……そりゃあ、計画したのは私だったさ。でも、予定ではお前とカインスとナーニャの三人が担当だったはずだろ。なんでここに、ナーニャがいないんだよ?」

傍で息を潜める山賊のような容貌のクレイリーと、その背後に控えた筋骨隆々の弓使いであるカインスに向かい、ユイは順に視線を送りつつそう口にする。

「酒場が開いているこんな夜更けの時間に、あいつがまともに仕事すると思っていたんですかい? そりゃあ、旦那の計画自体が悪いですぜ」

今頃とっくに酒に飲まれて、仕事のことなどすっかり忘れさっているであろう女性のことをクレイリーが口にすると、ユイは頭を振りながら両肩を落とす。

「はぁ……王都の喧騒を逃れてせっかく地方に左遷されたっていうのに、部下の一人は逃げ出すし、別の部下は上司を働かせるし……」

こんなはずじゃなかったとばかりに、ユイは深い溜め息を吐き出す。

まさに言うなればボタンの掛け違い。

実際のところ魔法全盛の現代において、魔法を使えないユイはその怠惰な勤務姿勢も相まり、タダ飯食らいとの評判をこれまで欲しいままにしてきた。

しかしどうにか首にならずに過ごしてきた彼も、上官の出世争いに巻き込まれるという不幸にあい、紆余曲折の末に王都から大きく離れたこのカーリン市へと左遷される。

だがこの左遷命令に対し、田舎で楽隠居をする野望を胸に秘めていたユイは、嬉々としてカーリンへの異動を受け入れた。

満面の笑みを浮かべながらこの地へと左遷されてきたのは、ほんの三年前の出来事。

とはいえ、全てが彼の願望通りとなるはずもなく、左遷先のカーリンで管理職として働くこととなったユイは、一癖も二癖もある部下たちに囲まれ、結局憧れ続けていた楽隠居を彼は未だに果たせないでいた。

「旦那ぁ……そんなに気分を害さないでくださいよ。だいたい今日も昼からしか働いていないじゃないでやすか。普通に労働時間を考えれば、まだまだお釣りが来やすぜ」

「……そりゃあ、そうだけどさ」

極端に朝が弱いことで知られるユイは、基本的に昼を過ぎてからしか出勤することはない。

否定しようのない事実を突きつけられたユイは、天を仰ぎながら諦めたような表情を浮かべるとその口をつぐんだ。

そうして彼が黙りこみ、静寂がその場を支配し始めた頃、背後に控えていた巨体の男がユイに向かって声を上げる。

「隊長、御一行さんが来ましたよ」

カインスの声を耳にするなり、ユイ達は彼の視線の先を追う。

するとその方向には、護衛に守られながらゆっくりととこちらへ近づいてくる荷馬車の姿があった。

「護衛の内訳は?」

「剣を腰に差したチンピラ風の男が四人。あとは荷馬車の操者が一人ですね」

視力の良さと弓の技術を買われ随員に選ばれたカインスは、怪しげな一行の構成を瞬時に見極め報告する。

「手に入った情報の範囲内だね。とすると、護衛の連中は奴が飼っている犯罪者達というわけだ。ふむ……だとしたら予定通りと行こうか。私の合図でカインスはまず操者を、そして私達が突入するタイミングで第二射を頼む」

「わかりました。お気をつけて」

ユイの指示を受け、支援任務を任されたカインスは大きく頷きながらそう答える。

「では始めるとしようか。三……二……一……放て!」

ユイの命令とともにカインスの矢が放たれる。

そして次の瞬間、荷馬車の上にいた操者はその場に崩れ落ちた。

「旦那、先行しやすぜ」

愛用の槍を握りしめたクレイリーは、突然の事態に混乱する護衛兵達に目がけてまっしぐらに駆け出す。

そんなクレイリーの後ろ姿を目にして、ユイも渋々といった様子でそのあとに続く。

そして草むらの中から街道へと飛び出すと、彼の視界には動揺隠せぬ護衛達の姿が映った。

「な、何者だ!」

護衛達の中でリーダー格と思われる巨体の男が、ユイ達に向かって言葉を発する。

しかし次の瞬間、彼は側面から予期せぬ矢の直撃を浴びると、そのままその場に崩れ落ちていった。

「いやぁ、カインスの腕は相変わらず素晴らしいね」

夜間にも関わらず寸分違わぬ射撃技術を披露したカインス。

そんな彼の技量に対し、ユイは心からの称賛を口にする。

「旦那! 感心してないで、奥の一人を頼みやす」

クレイリーは突入の混乱に乗じて一人目の護衛を背後から倒すと、そんな言葉を吐き出しながら二人目の護衛へと踊りかかっていた。

裂帛の気合とともに愛槍を突き出す。途端、クレイリーと対峙した二人目の男の腹部は一気に貫かれた。

「はぁ、仕方ないなぁ……君達には申し訳ないけど、この積み荷はちょっと没収させてもらいたいんだ。ただ私としてはあまり体を動かしたくもないから、良かったら降伏してくれないかい?」

荷馬車へチラリと視線を送った後に、ユイは頭を掻きながら最後の一人となった護衛へとそう告げる。

だが返されたものは、怒りと鉄の刃であった。

「ふざけるな! くそ、死ね!」

仲間をやられ逆上した男は、言葉とともにユイへと躍りかかる。

ユイはただ目を細める。

それは自らの降伏勧告が無効であったからであり、同時に強制的に労働を課せられたからに他ならなかった。

だからこそ、彼は重心をわずかに下げ、迫りくる男に向かい右足を半歩前へと踏み出す。

一度息を吐きだし、左腰に備えた刀の柄を右手で握り締めた。

そして次の瞬間、溜めた力を一気に解き放つように、刀を鞘走りさせ真一文字の剣光の残像を生み出す。

一瞬の交錯。

そして一人の男が倒れ、もう一人の男は手にした刀を鞘に収めると、自らの頭を軽く掻く。

「はぁ……肉体労働は私の性分じゃないんだけどね」

虚空に向かいそう呟いたユイは、無数の星が瞬く夜空をそっと見上げる。

そして一度左右に首を振って気持ちを入れ替えると、帝国との密貿易を裏付ける証文を探すよう、ユイは部下達へと指示を下していった。