軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

英雄の帰還

「おい、帰ってきたぞ!」

「第一師団だ。それに……おい、夢じゃないよな」

「ああ、見間違えるものか。我らの英雄様だ!」

外敵であるブリトニア軍の討伐。そして貴族院の打倒。

これらの大業を成した兵士たちを見ようと、王都エルトブールの南門へは数えきれぬほどの群衆が集まっていた。

彼らは無数の兵士たちに惜しみない賞賛と拍手を贈っていたが、特にお目当てとしていた人物はもちろんただ一人。

長らくその姿を人前から隠していた、彼らの英雄その人であった。

「イスターツ様だ。イスターツ様が帝国軍を従えて帰還されたぞ!」

英雄ユイ・イスターツの凱旋。

それはカーリン陥落による凶報に胸を痛めていた人々にとって、まさに待ちに待っていた瞬間であった。

一方、そんな人々の熱狂の渦中にある当人は、正直な所あまりに複雑な心境を抱いていた。

「好意を持ってくれているのはわかるけど、なんというか見世物みたいな形だよね」

「いいじゃないですか、先生。罵声を浴びながら門をくぐるより、遥かにマシですよ」

隣に馬を並べていたフェルムは、民衆に向かい不器用に手を振るユイに向かいそう口にする。

すると、ユイはすぐに深い溜め息を吐き出した。

「それはそうだけどさ、昔からこういうのはどうにも慣れなくてね」

「というか、普通はこんな凱旋なんてそうそう経験するものじゃないですよ。先生が特別すぎるんです。もちろん、僕もいつかはラインドルでと思っていますけど」

将来はラインドル軍での立身出世を目指すフェルムは、自らの隣りにいる人物に対して複雑な感情を覚えつつ、自らの決意を口にする。

だがそんな青年の思いを理解しつつも、ユイは正直な内心を口にした。

「華やかな凱旋という事自体、その前に良くないことが起こったこととセットだからね。皆に喜ばれなくていいから、私は静かで平穏な日々が続くことを願いたいものだよ」

「また隠居願望ですか? 本当にもう」

民衆には聞こえぬよう注意しつつ、フェルムは呆れたように溜め息を吐き出す。

するとそんな彼に向かい、黒髪の青年は抗議を口にした。

「またってなんだ、またって。私は昔も今もそしてこれからも、ずっと隠居したいと思っているよ」

「無理ですよ、先生。もうそろそろ諦めましょうよ」

万感の思いがこもった口調で、フェルムはユイに向かいそう告げる。

だがそんな彼に向かい、ユイは窘めるような声を上げた。

「こらこら、君もいずれはラインドル軍のトップになりたいんだろ。その夢を諦めろと言われたら素直に頷くかい? 違うだろ」

「いや、僕と先生の夢を同列に語るのは如何なものかと思いますけど」

「そんなことはないさ。夢は夢。どちらも大事なものだよ。だから私の隠居の夢も、それはそれで立派なものさ。でも……またこれでしばらくは遠のいたかな」

そう口にすると、ユイはこっそりと虚空に向かい溜め息を吐き出す。

一方、そんな自らの教師の反応から、先日目にすることとなった油断ならぬ人物のことが思い起こされると、フェルムは思わず眉間にしわを寄せた。

「それは、あのトルメニア人のせいですか?」

「……うん、もちろんそれもある。あとはキスレチンの現状のこともね。ただそれ以外にも一つ長期的な問題を抱えてしまったからさ」

やや苦い口調で、教え子の青年に向かいユイはそう告げる。

途端、フェルムはその眉間にしわを寄せた。

「長期的な問題? この国の運営とかですか?」

「おいおい、私は正規の軍人ではあるけど、正規の役職には付いていない宙ぶらりんの軍人だよ。間違っても、この国の政治になんて欠片も責任を負うところはないさ」

民衆の歓声をその一身に受けながら、彼らに聞こえぬ程度の声で、ユイはサラリとそんなことを口にする。

そんな状況とのギャップに呆れたフェルムは、頬を引きつらせながら黒髪の男に向かい問いを口にした。

「それはこの国の人が許してくれないと思いますけど……ともかく、それでは何に悩まれているんですか?」

「それはね――」

「要するにカーリンのことかな」

ユイの言葉を遮るその声は、彼らの真後ろから発せられた。

咄嗟に後方を振り返った彼らは、そこに赤髪を有する一人の剣士の姿を目にする。

「アレックス……」

「やあ、ユイ。僕もちょうど北からの帰りでね。面白そうな行列を見つけたから、こっそり混ぜてもらったよ」

行列は街の中心部に近づき、周囲を取り囲む民衆は明らかにその数を減らしつつあった。

そんな中、いつの間にか赤髪の男は集団の中に混じると、いつもの食えない笑みを浮かべながら、全く悪びれることなく声をかけてきたのである。

一方、そんなアレックスの行動に苦笑を浮かべつつ、ユイは彼の存在から一つの結果を理解した。

「北からの帰りということは、彼が上手くやってくれたと言うところかな」

「ああ。ブラウ公は捕らえたよ。近日中にその身柄は王都に護送される。全てはカイル君の手腕だね」

アレックスは馬上で軽く両手を広げながら、嬉しそうにそう語る。

途端、その話を耳にした一人の青年は驚きの声を上げた。

「か、カイル!? そ、それってもしや」

「おや、久し振りだね。確かユイの教え子でフェルム君だったかな。元気にしていたかい?」

フェルムの反応をその目にしたアレックスは、ニコリと微笑んだ後に軽い口調でそう問いかける。

すると、フェルムは二度首を縦に振り、そして話を本題へと戻そうとした。

「は、はい。ご無沙汰いたしております、アレックス次官、それであの、今口にされたのは……」

「うん、もちろん君のところの王様さ。僕たちが手を打てなくて困っていたら、うちの貴族院を代わりに討伐してくれた。しかもロハでさ」

「ロハって……参ったな。北部は割譲する形でもいいと思ったのに」

ユイは頭を掻きながら、常識的に考えればとんでもないことをサラリと口にする。

それを耳にしてギョッとするフェルムに対し、この国の重臣は軽く微笑んだ。

「はは、まあその辺りは彼もちゃんと考えてのことさ。いずれにせよ、これで国内は平定された。一先ずはね」

「そうだね。少なからぬ負債を背負う事にはなったけどさ」

「でもさ、ユイ。君はあの地の人々からたった一人の犠牲も出さなかったんだ。それは十分に賞賛に値することだと思うよ」

アレックスはまっすぐにユイの顔を見つめながら、正直な感想を口にする。

しかしそれでも、黒髪の男の表情が晴れることはなかった。

「それは偶然だよ。あくまで幸運が重なったにすぎない。それに、命を拾った彼らにもう帰る家はないのだからね」

「それはそうだけど……ふむ、その様子だと、本気で彼らのことをレムリアックで面倒見るつもりなわけだ」

「そういう約束を彼らとも、そしてこの国とも交わしたからね。もちろんこんな事態になるとは思っていなかったにしろさ」

そう口にしたところで、ユイは深い溜息を吐き出す。

それを目にしたアレックスは、笑顔を浮かべたまま、まさにとんでもないことを口にした。

「でもさ、ユイ。契約書というものは偶然紛失してしまうこともあるものだよ。もちろんちょっとした不幸があればだけどね」

「……残念ながら、私は私なりに第二の故郷が好きなんだ。だから、不幸な事故が起こることはないし、起こすつもりもないよ」

遠回しに契約の破棄を勧められたユイは、あっさりとその提案をはねのける。

それを受けて、赤髪の男は小さく息を吐き出すと、苦笑を浮かべた。

「はぁ、相変わらず君はそういうところが義理堅いよね。普段はあんなにいい加減なのにさ」

「どうだろうね。でも、カーリンに関しては私がすべての責任を取る。これはもう決めたことさ」

「楽な未来に憧れながらも、相変わらず茨の道を行くのが好きだよね、君は。でもまあ、君がそういうのなら止めないよ。それになんなら手伝うことも吝かではないかな」

こんな面倒くさい性格をした親友だからこそ、アレックスはこれまで彼とともに道を歩んできた。

そんな事実を改めて考えなおし、赤髪の男は目の前の男に向かい手を差し伸べる。

その差し伸べたはずの手は確かに握られることとなった。

ただし、彼自身が全く予期しない形でである。

「ありがとうアレックス。それじゃあ言葉に甘えて、少し別件でお願いしたいことがあるんだ」

「別件で? 何かな一体」

「少し剣の指導をしてくれないか」

その内容は極めてシンプルで、そしてアレックスの想像の範疇に無かった。

それ故に、赤髪の男は僅かに口元を歪めてみせる。

「へぇ、でも彼に耐えられるかな。見たところまだ体が出来上がっていない気がするから、先にレイスかフート君あたりに面倒を見させたほうが良い気がするけど」

アレックスはそう告げると、その視線をユイの隣を行く青年へと向けた。

途端、フェルムは驚愕とともに目を見開き、黒髪と赤髪の男を交互に見比べる。

一方、そんなフェルムの反応に苦笑を浮かべつつ、ユイが思考していたのは全く異なる人物のことであった。

「フェルムのことかい? うん、そうだね。彼に関してはそれもありだと思う」

「おや、その回答だと彼以外のことなのかい? では、この僕に誰の面倒を見ろっていうのかな」

「今、まさに君に話しかけている人物さ」

ユイのその言葉が発せられた瞬間、フェルムの耳には周囲の雑音が全て消え去ったかのように感じた。

黒と赤の二人の周囲だけまるで別空間となったかのように、明らかに彼の体感温度は急速に低下する。

そして思わずフェルムが身震いしそうになったタイミングで、初めてアレックスの唇が僅かに動いた。

「……本気かい?」

「ああ。少しばかり……いや、本気で鍛えなおさなければいけなさそうなんだ。そうでないと、たぶん届かない」

「キスレチンの時とは違い、今度はどうやら本気のようだね」

普通ならば、絶対に彼の親友が言い出すようなことではなかった。

少なくともアレックスは、彼のそんな言葉を聞いたことがない。

そして何より、いつも程々に適当で、そして程々に余裕を持ちながら言葉を紡ぐ親友が、真剣な表情で口にしたからだ。

「でなければさ、君たちにお願いするつもりになんてならないさ」

「君たち……か。つまり彼にも頼むつもりなわけだ」

「うん。できれば三人で……もちろん君たちは偉い人になってしまったから、執務に支障のない範囲でだけど」

すでに彼自身は、この国の軍において正規の役職にはない。

だが彼が求める二人は、今まさにこの国の軍の柱石に他ならなかった。

「ユイ。それはもしかして、僕たちにもリハビリをさせるつもりかい?」

「……否定はしない。唯一、君だけは届くかもしれないけど、私では確証が持てなかった。それくらいに次元が違ったよ。修正者の少年はね」

些か自嘲気味に発せられたユイの言葉。

それが赤髪の男の鼓膜を打った瞬間、彼は小さく溜め息を吐き出した。

「なるほど……やはり彼らが暗躍しているというわけだ」

「その意味では、それを君に預けておいてよかったと思っている。何しろ、彼らに肉薄し得る君でも、剣が届かなければ戦いにはならないからね」

ユイはそう口にしながら、アレックスの腰元に下げられた借り物の剣へと視線を走らせる。

それを受けてアレックスは、軽く顎に手を当てるとゆっくりとその口を開く。

「種が割れていればウイッラ君くらいならやりようはあるかな。でも、君がそう言ってくるということは、彼の比じゃないわけだ……いいね、面白い。受けるよその話」

「迷惑をかけるけど、本当に良いのかい?」

「ふふ、君に迷惑をかけられるのはいつものことさ。それに今回は、君と剣を重ねることができる。こんな幸せなことはないさ」

満面の笑みを浮かべながら、アレックスはユイに向かってそう告げる。

「ありがとう。これで決まりだね」

「決まり……か。まあたぶんそうだとは思うけど、一応彼の意向を確認してからかな」

ユイの言葉を受けて、アレックスは右の口角を吊り上げながら、含みのある言葉を口にする。

それを受けて、ユイは僅かに首を傾げた。

「彼?」

「ほら、あそこにいるよ。ふふ、もういい歳だってのに、たぶん待ちきれなくて出てきたんだろうね」

「リュート……か」

彼らの視線の先には、一人の銀髪の男性が仁王立ちしていた。

そう、まさに王城の入口の前で、まるで彼らを待ち構える門番のように。

「ふふ、わざわざ親衛隊長が王城の前でお待ちとはね。さて、さっきの話だけど、たぶん彼が一番乗り気だと思うよ。何しろ、君によって付けられた土の借りを、返したいと思っているのは間違いないだろうからね」

「付けられた土……ね。私の手品はすでに種が割れているから、今回は苦労しそうだ」

「だからこそ良いんじゃないか。それでこそ、実戦に即した訓練ができるってものさ。さて、それじゃあ先に行ってるよ」

そう口にすると、アレックスは行列の脇へと馬を操り、そのまま先行していく。

そんな彼の背中は、明らかに歓喜に満ちていた。

「はぁ……別に君を喜ばせたいからではないんだけど。まあアレックスらしいといえばらしいか」

少しずつ小さくなっていく赤髪の男の背中を追いながら、彼は一つ溜め息を吐き出す。

そしてそのままゆっくりと右の拳を握り直すと、彼は自らの決意を口にした。

「次に会うときは好きなようにはさせない。西方のためにも、そして私自身の為にもね」

ユイは虚空に向かって、ゆっくりとそう呟く。

そして彼は頭を掻きながら、その視線を東の空へと向けた。

彼が目にした空は、きっと続いている。

彼自身が向かうべき新たな戦場へと。