軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

修正者

「枢機卿……神に仕える聖職者は、他国の戦争に介入することも仕事の内なのですか。寡聞にして、そんなことは知らなかったよ」

トルメニアの枢機卿を名乗る眼前の少年をその目にしながら、ユイは内心の動揺を押し殺しながらそう口にする。

すると、少年はその整った表情を僅かに歪ませながら、おかしそうに笑った。

「はは、そうでしょうね。僕も枢機卿という役職に、そんな仕事があるとは聞いたことありません」

「聞いたことがない……か。ならば君は独断でここにいる。そしてその目的は、クレメア教のためではないと、つまりそういうわけだね」

「はてさて、どうでしょう。その辺りは貴方の解釈に委ねますよ」

ユイの指摘に対し、ゼスは冷笑を浮かべながら、自らの見解を示すことはなかった。

そんな彼に向かい、ユイは再び真正面から問いを放つ。

「で、改めて聞くけど、こんな場所に何の用かな?」

「いえ、あまりに一方的なゲームへとなりかけてましたのでね、時間制限があるので迷いましたが、一観客としてクレームを付けに来ただけですよ」

軽く肩をすくめながら、ゼスは当たり前であるかのような口調で、そう口にする。

一方、そんな彼の言動に、怒りを見せる青年が存在した。

「戦争をゲームなんて……何様のつもりなんだ、君は!」

「何様ですか。ふふ、そうですね。敢えて言うなら、君たちの監視者といったところでしょうか」

怒気に満ちたフェルムの言葉に対し、ゼスはまったく気にした素振りも見せず、むしろ小馬鹿にしたような口調でそう答える。

その回答に、フェルムは苛立ちを爆発させ、たちまちに魔法を解き放った。

「フードル!」

フェルムの手元から解き放たれた一本の稲妻。

それを目にしたゼスは、まったくその場から動くことはなかった。

そしてフェルムが直撃を確信したその瞬間、ゼスはとあるコードを口にする。

「Magiccode access……erase」

ゼスの口からそのコードが発せられた瞬間、彼の眼前まで迫った稲妻は、まるで幻であったかのように、一瞬で消失した。

「そ、そんな……今のは……」

「さて、お返しだよ。lightning!」

動揺隠せぬフェルムに向かい、ゼスは一つの力ある呪文を口にする。

途端、彼の眼前には先程フェルムが編み上げた三倍近い稲妻が生み出され、そして同時に解き放たれた。

空間を駆ける光の奔流。

誰しもが息を呑むような高等魔法を前にして、たった一人の男だけは予めそれがわかっていたかのように一つのコードを口にする。

「マジックコードアクセス……クラック!」

黒髪の男の口からその言葉が発せられた瞬間、フェルムに向けられた稲妻は突然天に向かってその方向性を変えた。

「ふむ……ソース解析能力は中々のようですね。では、こちらはどうでしょうか」

そう口にすると、ゼスは腰に下げていたレイピアをゆっくりと手に取る。

その姿を前にして、ユイは隣に立つ青年へと、小さく声を掛けた。

「フェルム、申し訳ないけど少し下がっていてくれるかな」

動揺隠せぬフェルムの肩をポンと叩き、ユイは手にしていた槍を彼へと手渡した。

そして腰の刀へと手を添えると、彼はそのまま眼前の銀髪の少年と対峙する。

「……まったく、もう仕事は終わりだと思っていたんだけどね。超過手当を払ってもらいたいところだよ。君も長居できないのなら、辞めにしないかい?」

「はは、それも一つですが、限られた時間で貴方という存在を測る必要がありますので。ですので、もう少しばかりタダ働きして下さい」

ユイの反応をその目にして、ゼスは嬉しそうに笑うと、一歩前へと歩み出る。

それは一切の警戒なく、ただ前へと体を動かすだけの動作。

自然体極まりないその動きの中に、一切の隙がないことをユイはその目で見て取った。

「まったく本気で働かせる気なのに、タダっていうのはひどいんじゃないかな。その上、許可無く舞台に上がろうとするし……世の中にはひどい客もいるものだ」

「貴方の行いに比べれば微々たる悪行でしょう」

「認識の違いかな。でもどうしても私を働かせたいというなら、申し訳ないけどその分の代金は頂くよ!」

そう口にした瞬間、ユイは一気に間合いを詰め、刀を一閃させる。

一切の無駄なく、美しささえ感じる一筋の剣閃。

しかしそこで生み出されたものは、鮮やかな赤色ではなく軽い金属音であった。

「抜刀術……ですか。実に興味深い技です。ですがその程度なら、やはりまだ剣の巫女には遠く及んでいませんね」

自身に接触する直前に、レイピアで刀の軌道を逸らせたゼスは、涼しい顔をしながらそう口にする。

一方、ユイは小さく息を吐き出すと、僅かに下唇を噛んだ。

そう、自らと目の前の青年の間に存在する、明らかな差を理解したが故に。

「今のを防ぎ、そして母さんを知っている……か。どこぞの爺と同じで、見た目で人を騙そうとするのは、あまりスマートとはいえないな」

「フォックス・レオルガード如きと、この僕を一緒にしないで貰えますか? この身に生を受けたのは、本当に十四年前なのですから」

「へぇ、にも関わらず母さんの剣と比較できるわけか。集積知に触れ、そしてコード改変まで行うとなると、ようやく本物と巡り会えたようだね」

ユイはそう口にすると、改めて手にした刀を握りしめ直す。そして先程までとは異なり、右足を一歩踏み出して脇構えの姿勢を取った。

そんな余裕のない彼の様子を目にして、ゼスは嬉しそうに笑う。

「おや、やる気のない英雄殿と伺っていましたが、ちょっと肩に力が入り過ぎじゃないですか。そんなことでは、この僕に傷一つ負わせることはできませんよ」

「じゃあ、試してみるだけさ」

ユイはそう口にすると、再びゼスへと迫る。

一閃、二閃、三閃。

高速で放たれるユイの連撃。

しかしそれは全て、ゼスのレイピアによって軽く弾かれ続ける結果となった。

「この程度が今代の調停者ですか……残念なものです。これならば今日で終わらせるべきだった」

「……がっかりさせてしまったかな。それは申し訳ない」

「なにか勘違いしていらっしゃるようですね。当然、貴方が自分の力と手札を隠しながら、私と対峙しているのには気づいてます。それを差し引いても、残念ながら見劣りすると言っているのです。これならば、貴方の母親のデータなど参照する必要など無かった」

ゼスはそう口にするなり、これまで守勢一辺倒だったのを一変させ、ユイめがけて突きを放つ。

ただ前方に向かって突き出されただけのレイピア。

しかし、その速さは常人の反射速度を軽く超えていた。

「くっ、まさかここまでとは」

ゼスの動きを目にしてから動き出していたら、確実に己が胸に穴を開られていただろう。

そのゼスの気配が変わった一瞬を掴み、予備動作を開始していなかったならば。

「……今のは悪く無い。へぇ、これは思ったよりもマシかもしれませんね」

ギリギリのところでレイピアを回避されたゼスは、まるでそのことを喜んでいるかの様な笑みを浮かべる。そして再び、レイピアを構え直すと、彼は一気にユイめがけて踏み込んだ。

「それでは再テストです。これは如何でしょうか?」

その言葉が発せられると同時に放たれたレイピア。

それは先ほどよりも、遥かにその速度を増していた。

だからこそ、ユイは理解する。

この攻撃は避けることはできないと。

そしてそれ故に、彼は一つの決断を行う。

自らの左腕を犠牲にすることで、目の前の少年に一太刀浴びせることを。

だがそんな彼の決意は、霧散することとなった。

彼と少年が交差するはずの空間に、一本のスローイングダガーが投擲されたが故に。

「ユイ、一人で馬鹿なことはやめなさい」

そのダガーに水を差され、同時に後方へと飛び退った二人。

彼らが直後に目にしたのは、小柄な黒髪の女性の姿であった。

「僕達の戦いに割って入る……ですか。面白いですね。しかもよりによって黒髪とは。やはり東方の人間は困り者ばかりですね」

黒髪の女性を目にしたゼスは、皮肉げに右の口角を吊り上げる。

一方、彼と対峙していた黒髪の男は、首を左右に振って、彼女に警告を行った。

「クレハ……だめだ、君が介入できるレベルじゃない」

「できる、できないじゃないわ。あなたを失うなんてできない。例え私の命と引き換えでもね」

ユイの制止にもかかわらず、クレハは新たなダガーをその両手に握り締めると、ゼスを真正面から睨みつける。

その瞬間、ゼスは薄く笑うと、一瞬にして彼女へとその標的を変更した。

「現界する時間に制限がある以上、あまり邪魔されるのは不快ですね……消えてください」

その言葉と同時に、振るわれるレイピア。

その鋒が彼女を捉えようとしたそのタイミングで、彼女は手にしたダガーをほぼ同時に投擲した。

生み出される赤い血しぶき。

それはクレハの右肩からのみ生み出されたものであった。

「クレハ!」

ユイの叫びが空間にこだまする。

だがその声に反応したのは、彼と対峙していた銀髪の少年であった。

「ふふ、いい覚悟だ。今のは本気で相打ちも辞さないつもりだったね。ただ君と違い、僕にはまだやるべき多くのことがあるので刺し違えてはあげないよ」

捨て身の反撃に晒されたと感じた瞬間、ゼスはダガーの回避を最優先する。しかしながらそれでもなお、レイピアでクレハの肩を切り裂くだけの余裕が彼に存在した。

「本……当に、ばけ……もの……ね」

右肩からの出血を左手で押さえながら、クレハは意識して平静を装いそう口にする。

「化物……か。はは、まさか君たちのような存在に、そんな表現を使われる日が来るとはね」

「……修正者、君の時間制限など関係ない。ここで終わりにさせてもらう!」

ゼスの視界からクレハの体を遮る形で、眼前に立ちはだかった男。

彼は手にした刀を強く握りしめながら、怒りに震える声でそう告げる。

「おや、ご機嫌斜め……か。しかし君のような三流ハッカーに、この僕を討つことはできない」

「勘違いしないで貰いたいな。私はハッカーではなく、クラッカーだ」

「はぁ、多少は力量を測れたけど、そろそろ時間切れか……あの赤髪のバグと会いに行くか迷ったけど、これだと向こうが正解だったかもね」

「赤髪のバグ……アレックスのことか」

脳裏によぎった親友の顔。

彼がその名を口にした瞬間、ゼスはその口元を歪ませる。

「ええ、あのようなこの世界に存在するはずが――」

「ゼス様、そろそろお時間です」

突然、ゼスの声を遮る形で発せられた声。

蒼髪を有するその声の主は、後方からゼスの下へ歩み寄ると、小さく頭を下げる。

「……わかっているよ。今はまだこれ以上、現界し続けられないこともね。では調停者、これにて失礼する」

「待て、ここまでしておいて逃げるつもりかい」

ゼスの声を耳にして、ユイは刀を再び握り直すと、いつでも飛びかかれるように構える。

一方、彼のそんな姿を目の当たりにして、ゼスは再びその口元に冷笑を浮かべてみせた。

「逃げる? もともと限られた現界時間を用いて、来たるべき時のために測りに来ただけさ。ああ、そうだ。せっかくだからお土産を用意したんだった」

「お土産……だと」

言葉の意味がわからず、ユイは眉間にしわを寄せる。

すると、ゼスは隣に立つ蒼髪の青年に向かい、笑みを浮かべたまま問いかけた。

「えっと……そろそろかな、エミオル」

「ええ、頃合いかと」

「何を言って――」

二人の会話を耳にして、苛立ち混じりに発せられようとしたユイの言葉。

それは途中で完全にかき消されることとなった。

西の方角……ちょうどカーリン市の存在する地域で、とてつもない光と音の爆発が生じたがゆえに。

「な……何が……」

鼓膜が破れるかと思うほどの爆音。それがこれだけ離れた距離まで、到達した。

だからこそ、ユイは口にはせぬとも一つの事実を理解する。

先ほど生じた現象は、集合魔法などとは比べ物にならぬほどのものだということを。

「ふふふ、気に入ってくれたかな。僕謹製の素敵なカーリンの花火。残念なことに、もう再現することが出来ないんだ。ごめんね」

「カーリンの花火……だと。貴様、何をした!」

「何って、ほら、魔石とか汚らわしい石があるでしょ。あれをさ、消し炭にさせてもらっただけだよ。ついでに街ごとね」

まるで息をすることと同じと言わんばかりの軽い調子で、ゼスは先ほど生じた信じがたい現象の事実を口にする。

途端、ユイの表情は凍りついた。

「な……じゃあ、街は、カーリンは!」

「ふふ、あとで自分の目で確かめてみなよ。それとこれはあまりものだから君に上げるね」

ゼスはそう口にすると、ポケットから魔石の欠片を取り出し、ユイに向かって放り投げた。

瞬間、先ほどの出来事がフラッシュバックしたユイは、背中にいるクレハを抱きしめながら後方へと転げる形で飛び退る。

途端、激しい爆発がその場に生じた。

「ふふふ、次はより完全なる状態で君と会ってあげるよ。それまでせいぜい元気で過ごしておいてくれたまえ、調停者くん」

その声は巻き上がった砂埃の奥から、ユイに向かって告げられる。

そして次の瞬間には、その場から人の気配は完全に消失した。

「先生、一体何が!」

「イスターツ。今のは何だ、これはどういうことだ!」

それまで完全に止まっていた時間が急に動き出したかのように、今の爆発を契機に周りの人々は敵も味方もユイのもとに駆け寄ってくる。

だが、当人はそんな彼らに向かい言葉を返すことはなかった。

ただ彼が口にした言葉。それは先程まで対峙した、一人の少年のその名前だった。

「ゼス・クリストファー……君のことは許さないよ」