作品タイトル不明
邂逅を望むもの
「おお、これはライン大公。楽しんで頂けておられますかな」
先ほどまで多くの花に囲まれていた青年をその視界に捉え、トミエルはすぐ表情に笑みを浮かべ直す。
そんな彼に向かい、エインスはやわらかな笑みを浮かべ返した。
「ええ、おかげさまで。キスレチンの女性はみなさん、実に美しくていらっしゃいますね」
「そうでしょう、そうでしょう。しかし大公、先ほどまで多くの女性方に囲まれておられましたが、抜けだしてこられてよろしかったのですかな? 貴方がいなくなると、皆がっかりしておるのではと思いますが」
エインスに向かって視線を向ける後方の女性たちからの視線に気づいたトミエルは、苦笑交じりにそう問いかける。
すると、エインスは人好きのする苦笑を浮かべ返した。
「いえ、彼女たちとはまた後程、ゆっくり時間を取らせて頂きますから。それよりも、何やら面白いお話をされておられましたね。今年の中日の催しは模擬戦とか?」
「え、ええ。それでラインドルのそちらの御仁に、参加頂けるようお願いしているところでしてね」
トミエルはそう口にすると、カイラの後方に立つ、マスクを付けた金髪の男性を視線で指し示す。
エインスは何気ない様子でその視線を追い、この場に不釣り合いなマスクの男性を目にして怪訝そうな表情を浮かべた。
しかしその場にカイラ王も同席していることから、あまりジロジロ見るとラインドル王国に対し失礼となると判断し、彼はその視線をトミエルへと向け直す。そして改めて彼は、ゆっくりと口を開いた。
「ふむ、しかし模擬戦ですか……となれば、我が国も参加させて頂くとしましょうか」
「……それはもちろんお願いしたかったところです。それで、一体どなたが参加されるのですかな?」
この話の流れはあまり好ましくないとトミエルは考えていた。
もちろんそれは彼が懸念するとある男が、模擬戦に参加することにある。
だからこそ彼は、エインスが女性たちに囲まれて近寄ってこないタイミングを見計らってカイルへと接触し、後日他国の目のないところで、クラリス王国とは調整を持つつもりであった。
しかし、そんなトミエルの考えなど与り知らぬエインスは、顎に手を当てながら無造作に一つの問いを発する。
「そうですね……一つ確認なのですが、キスレチンからはやはりそちらのウフェナ・バルデス殿が出られるのですか?」
「ええ。今のところはその予定です……それが何か?」
「いや、かねがね御武名は伺っておりますもので。しかしそうなると、我が国もウフェナ殿に失礼のない人物に出場頂かねばなりませんね。となれば、わざわざ私の護衛について来てくださった、陸軍省のアレックス・ヒューズ次官に出場頂くとしましょうか」
その言葉はその空間にいるものに、それぞれの表情を浮かべさせた。
中でも、可能ならばこの事態を避けたいと考えていたトミエルは、すぐにその発言を確認する。
「あ、朱……いえ、次官殿がご出場なされるのですか?」
「何か問題でも?」
首を傾げながらエインスがそう問い返すと、トミエルはすぐに首を左右に振る。そして言葉を選びながら、遠回しに考え直すよう彼は迫ろうとした。
「いえいえ、もちろん問題はございません。ですが、アレックス殿は貴国の陸軍省の責任者でいらっしゃいます。万が一、模擬戦にて何かが起こりましたら……」
「万が一ですか。はは、それはご心配いりませんよ。構いませんよね、アレックス先輩」
そう口にすると、エインスは後方の護衛へと視線を向ける。
視線を向けられた赤髪の男は、キツネ目を細めたまま、何の迷いもなく首を縦に振った。
「ああ、もちろんさ。最近、みんなが気を使って相手してくれなくなってしまってね。こんな機会は、まさに願ったり叶ったりというところかな」
そう口にすると、アレックスはニコリとした笑みを浮かべる。
一方、その発言を確認したエインスは、トミエルに向かい微笑みかけた。
「と言われておりますので、我が国は次官を代表とさせていただきます。まあ、あくまで模擬戦とのことですから、事故など起こることはないと思いますが……ともあれ、どうぞよろしくお願い致しますね」
「……分かりました。それでは抽選係の方に、クラリスからの出場者はアレックス次官だと伝えておきます」
「よろしくお願いいたします。僕としてはそうですね、できれば貴国のウフェナさんと手合わせさせて頂きたいですね。それが一番戦いたい……いや、一番楽しめそうですから」
アレックスは苦笑を浮かべながら、あえて自らの言葉を訂正する。
その場にいた一堂の中で、その真意を理解できたものはたった一人だけであった。
そして当然、そんな訂正に気を留めることのなかったトミエルは、敢えて念を押す様にアレックスへと言葉を向ける。
「次官には申し訳ありませんが、こればかりはくじによるものですので、お約束しかねまして……」
「まあ、それはしかたないですね。それで、そちらのラインドル王国は、結局どなたが出られることになるのですか?」
エインスとトミエルが会話を交わしている間に、マスクの男がカイルの耳元へ何かを告げ終えた事を視界の片隅に捉えていたアレックスは、いつものような薄い笑みを浮かべながら、頃合いと見て話を戻す。
すると、再び一堂の視線を集めたカイルは、ニコリと微笑みながらトミエルへと言葉を向けた。
「我が国からの代表のお話させていただく前に、一つトミエル大統領にご相談があるのですがよろしいでしょうか?」
「ご相談? ……伺いましょう」
完全にカイル達を意識の外に置いていたため、トミエルは余裕の見えるカイラの表情からこの相談には何か狙いがあることを理解する。だがこの段階では拒否する理由もなく、彼は先を促した。
「確か例年、この中日に開かれる催しでは、活躍したものに対し何らかの褒章が貴国から授与されることとなっております。それに関し、一つ要望がありまして……実は褒美の代わりに、この会に参加されておられぬとある方と二人きりでの面談をお願いしたいのですが」
カイルの口から発せられた褒章に関する相談。
それを耳にした瞬間、トミエルの脳裏には一人の人物の顔が浮かび上がった。
そう、この前夜祭に出席するはずだったにもかかわらず、体調不良を口実として欠席した軍務大臣の顔を。
「……ふむ、西方会議が始まればいずれお会いすることになりますでしょうが、確かに各国の代表団がいる中でお二人での会談の機会は取りづらいでしょうな。分かりました。そちらの護衛の方が勝利された暁には、面談を取り次ぐよう手配することをお約束します」
「本当ですか。いや、それは実にありがたいです」
「しかしカイラ王。基本的に我らからの褒章は個人に与えることが慣習となっております。それを貴方が取り上げるようなことで、そちらの護衛の方はご不満になりませんか?」
軍務大臣であり、そして統一宗教主義戦線の代表であるケティス・エステハイム。
ある意味では大統領よりも多忙と噂される彼との個人的な面談は、確かに調整に骨が折れることは事実である。だが西方会議の期間中にカイルが強く望めば、さすがに二人だけとは行かぬまでも、面談自体はそう難しい話ではない。
さらにカイルとケティスの面談は、ある意味個人の武勲を国家が取り上げるに等しい提案であることから、民主主義を自国のお題目として掲げるトミエルは僅かな懸念を示した。
「いや……何やら勘違いをされておられるようですが、対談をするのは私ではありませんよ」
「え、となれば一体誰が……もしやそちらの護衛の方がですか?」
カイルがラインドルの主権者として、軍事的もしくは宗教的な内容に関する取引を求め、軍務大臣でありこの国の統一宗教主義戦線の代表でもあるケティスとの面談を希望しているのだとトミエルは考えていた。
それ故に、彼は思わぬカイルの回答に若干の驚きを見せる。
だがそんなトミエルに対し、カイルは敢えて首を傾げて見せながら、重ねて問いなおした。
「はい、いけませんか?」
「いけないことはありませんが……」
その時点でトミエルの脳内は、一介の護衛がなぜケティスとの面談を望むのかという疑問と、はたまた一介の護衛をどのようにしてケティスに紹介し面談の約束を取り付けるかという二つの事に、その全ての思考が向けられていた。
そしてそれが故に、次にカイルの口から発せられた言葉に対し、彼の反応は一歩遅れることとなる。
「それは良かった。いや、なかなかお会いできないと伺っておりましたので、我が護衛であるアインも、少しはやる気が出ることでしょう。何しろかつての四大賢者が一人、フォックス・レオルガード師との面談が叶うわけですから」
「な……フォックス師ですと!?」
まったく予期せぬ人物名がカイルの口から発せられたことで、トミエルは周囲に各国の要人の目があるにも関わらず、驚きの声を発する。
フォックス・レオルガード。
それはフィラメント魔法公国の前々代の魔法王や、現在は別名を用いてとある国の士官学校に引きこもっている亡国の賢者とともに、かつて大陸の四大賢者と呼ばれた一人の男の名であった。
「おや、大統領。いかがされました?」
「……カイラ王。かの賢者と会うのが如何なることか、本当に貴方は知っていらっしゃいますか?」
渋い表情を浮かべながら、トミエルは鋭い視線をカイルへと向ける。
しかしカイルは小さく頷くとともに、その視線を真っ向から受け止めた。
「ええ。もちろんですよ、大統領。だからこそ、西方会議の催しでの勝者にふさわしい願いでしょう。普通なれば、他国の者相手にそうそう大統領も許可をくださらないでしょうから」
笑みすら浮かべながら、カイルはトミエルに向かってそう言い放った。
一瞬の沈黙。
その間にトミエルは考える。
この場にいる周囲の目。そしてこのやりとりが西方会議全体に及ぼす意味を。
「確認いたしますが、あくまで模擬戦で参加した記念ではなく勝利した場合のみ……それで構いませんね?」
トミエルが下した結論は、ウフェナに対する信頼を元に、この場においては痛み分けとすることであった。
つまり後に行われる公明正大とされる抽選。
それによってアインという名のラインドルの護衛とウフェナが戦うことは既に決定事項である。
だからこそ、この場での交渉に関してはカイルに花を持たせ、そしてウフェナという力によって、それを回収することを彼は選択した。
「もちろんです。いや、こうなれば抽選が非常に気になりますな。そちらにおられるウフェナ殿や、朱のアレックス殿と当たらぬよう、私個人としても彼のために祈っておきますよ」
「……さて、どうなりますかな。こればかりはくじが選ぶものですから。ともあれ、私は少し失礼させていただきます。まだクロスベニア連合のシャドヴィ殿に挨拶が出来ておりませんので」
そう口にすると、トミエルはそそくさとその場を立ち去る。
それを契機として、フェリアムが、そしてコルドインが次々と別の会話の輪に向かって歩み去っていった。
「さて、それでは私も女性たちを待たせていますので失礼します」
最後にその場に残っていたエインスは、カイルに向けて軽く頭を下げると、待ちわびた表情を浮かべる女性たちの下へとゆっくり歩み寄っていく。
だが彼の護衛である赤髪の男は、それとは逆向きに歩を進めた。
そう、カイルの脇をすり抜け、そして彼の護衛の男とすれ違う。
その瞬間、赤髪の男はマスクの男にしか聞こえぬ程度の声で、耳元に小さく呟いた。
「今夜、君のいる館の裏で」