作品タイトル不明
救出喜劇
「え、エレンバウアー様。攻めてきた奴らは、マルフェス将軍と近衛の連中のようです」
「それに軍をやめたはずのレリム宮廷魔法士長まで……ちっ、やはり軍を南に動かしたのは囮だったのか」
膠着状態となった石橋上の戦場。
そこへ駆けつけたエレンバウアーは、憎々しげに眼前の近衛達を睨みつけながら、強く奥歯を噛み締める。
そして彼は、すぐさま視線を報告してきた部下へと移すと、苦々しい口調でひとつの命令を与える。
「連れて来い」
「は? 誰をですか」
目的語のないエレンバウアーの言葉に対し、部下のケテルは思わず聞き返してしまう。
すると彼の上司は、怒気を隠せぬ口調で彼に向かい指示を下した。
「わからないのか? 人質を、王女とアルミムを連れて来いと言っているのだ。近衛の連中は、軍の中でも選りすぐりの精鋭だ。非常に腹立たしいことだが、あいつらとまともにやりあうなどという選択肢はない」
もともとケテルも、軍の中でほぼ独立した組織である近衛のことは理解しているつもりであった。
しかし戦場で相まみえることがあるなど考えたことのなかった彼は、エレンバウアーの怒鳴り声によって、ようやく自分たちの置かれた状況のまずさに気がつく。
「わ、わかりました。すぐに!」
そう口にするなり、ケテルは他の兵士たちをかき分けて、城内に向かい駆け出した。
もはやほぼ全ての兵士が出払ったため、もぬけの殻のようになった城内。
その中をケテルは一心不乱に走り続ける。
そして軽く息が上がり始めたところで、彼はようやく目的地としていた場所へとたどり着いた。
「どうした? 外の状況はどうなっている?」
息を切らせながら駆け込んできたケテルをその目にして、人質のいる部屋の守護を任されたサワシンは、心配そうな表情を浮かべる。
「はぁ、はぁ……近衛だ。近衛の連中がここにやってきやがった。今すぐ人質を使って連中を押しとどめないと、このままでは俺達が危ない」
先ほどまで自らが目にし、そして上官から命じられたことを、ケテルは彼なりに目の前の同僚へと伝える。
すると、まったく予期せぬ単語を耳にして、サワシンはその表情から驚きを隠せなかった。
「近衛だと。奴らは王宮を警護しているはずでは――」
「でも、実際に連中がいるんだ。つべこべ言っている暇はない。早くそのドアを開けて、エレンバウアー様の下に二人を連れて行くぞ」
明らかに動揺している様子のサワシンに対し、ケテル自身、先ほど同様の状態であったことから無理もないと考える。
だが、今はそんなことに気をかけてやる余裕はないと考えると、彼はサワシンの言葉を遮り、強い口調で上官からの命令を伝えた。
「わ、分かった。今すぐ扉を開ける」
ケテルのその剣幕から、本当に状況が切迫していることを悟ったサワシンは、慌てて腰につけていた鍵を手に取った。
そして、部屋のドアの鍵穴に差し込み、彼はぐるりと鍵を回す。
ドアの内部から発せられるカチリという音。
しかしすぐさま、より大きな音が、鍵を手にするサワシンの耳へと飛び込んできた。
それは後方から伝わる鈍い音。
そして直後に、何者かが地面へと崩れ落ちる振動が、周囲に響きわたる。
「おい、どうした?」
曰く形容しがたい不吉な予感を覚えたサワシンは、顔をこわばらせながら後ろを振り返る。
そして次の瞬間、彼の意識はそこで絶たれることとなった。
「お父様……」
軟禁されているこの部屋まで伝わる程の魔法の衝撃。
それを受けて、ルナは父に向かい視線を向けた。
「ああ、おそらくは助けが来たのであろう。どこのだれかまではわからんがな」
「ではお父様は、ここに来たのがラインドル軍ではないかも知れないと、そうおっしゃるのですか?」
最低限の簡素な調度品のみ置かれた軟禁室。
軍が助けに来たと感じたが故に、明るい表情を浮かべたルナと対照的に、硬いベッドに腰掛けたままのアルミムは厳しい表情のまま一つ頷く。
「前の国王と王女が人質に取られておるんじゃ。西方会議を前にした今の情勢下で、カイラは表立って軍を派遣できまい」
「では、この辺りの豪族に助力をお願いしたのでしょうか?」
この周囲の豪族の私兵に関しては、あまり十分な戦力として期待できなかった。
何故ならば、常にクラリスやキスレチンと接することとなる南部と違い、領主同士の小競り合いに備える程度の兵備しか、この北部地域の豪族は有していない。そしてその練度は言わずもがなであった。
だからこそルナは、不安げな表情を見せる。
するとアルミムは、少し考えた後に、別の可能性にも言及してみせた。
「かもしれん。もしくは極秘裏に少数の部隊を派遣したかだな。いずれにせよ、今よりわしらの命は、さらなる危険と隣合わせとなるじゃろう」
「助けによって解放されるのではなく……ですか?」
「もちろん連中が全滅し、ここに助けが来てくれれば万々歳じゃ。だが戦闘が始まったとなると、わしらを捕らえた連中はわしらを前面に押し出そうとするじゃろう。その為にわしらを生かしておったのじゃろうからな」
ただの興味本位で、王族を人質に取ろうとすることなどありえない。
もちろん自分たちを捕らえた連中が何を考えているのかはわからなかったが、少なくともこの状況下で、人質としての価値を利用しないなどアルミムには考えられなかった。
「確かにそうですね。では、今にも」
「ああ、わしらを連れにここに来るじゃろう。奴らの盾とするためにな」
そう口にしたアルミムは、大きな溜め息を吐き出す。
彼自身、囚われた時から、ひとつの決断を胸に秘めていた。
それは連中の人質として、これ以上王国の足を引っ張る事態となった場合、たとえ舌を噛み切ってでも、自らの命を絶つという覚悟である。
もし今回囚われたのが彼だけであれば、既に彼は何らかの手段で自害を試みていたはずであった。
だが、彼はここまでその選択肢を選んではいない。
何故ならば目の前で拳を握りしめる、彼自身の娘の存在が彼にその決断を下させずにいた。
そんな彼の最愛の娘は、アルミムに向かい真剣な眼差しを向ける
「でしたらお父様、私達も覚悟を決めましょう。これ以上、我が国の迷惑となるわけには行きません」
「お前はまだ若い。自らの命を絶とうなど考えるな。逆にわしの命を踏み台にしてでも、ここから逃げ出すことを考えよ」
娘の瞳の色から、彼は彼女も同じ結論に達したのだと判断した。それ故に、娘を諌めようとそう告げる。
しかし、目の前の少女が考えていたことは、彼の想像から大きく離れたものであった。
「命を絶つ? そんな無意味なことはしませんわ。ここから逃げ出すんです、お父様を連れてね」
「ルナ……お前……」
「お父様の予想通りとすれば、もうすぐここに連中がやってきます。つまりそのタイミングこそが、私達に残された唯一のチャンスです」
ニコリとした笑みを浮かべると、ルナはアルミムに向かって笑いかける。
アルミムは目の前の娘の口にしたことと、この状況にあって笑みを浮かべる異常性に、一瞬恐れおののいた。
だが、彼はすぐに気がつく。
笑みを浮かべ、力強く反撃を口にする愛娘の足が、不安と恐怖で震えていることに。
だからこそ彼は、一つの決断を行った。
そんな健気で精一杯の虚勢を張る娘の提案に、運命を任せるという決断を。
「分かった。好きにやってみなさい。わしもこの老体に鞭を打って、ひと暴れしてやるかの」
そう口にすると、アルミムはやせ衰えた腕で力こぶを作ってみせた。
そんな父の承認と気遣いに、ルナは思わずその瞳に雫を溜める。
しかし、今は感傷に浸るときではないと判断すると、彼女は敵の死角となる位置、つまりドアの真横へと自らの身を移した。
そうして待つことしばし、ドアの外から突然怒鳴り声らしきものが部屋の中に響く。
「お父様」
ルナは外の人間に感付かれぬよう、小さな声で父に向かい声をかける。
すると、部屋に入ってきた敵の目を惹きつけるよう、アルミムは娘とは逆側の部屋の隅へとその身を移した。
そうして準備を整えると、二人は息を潜める。
部屋に響くドアの施錠が解除された音。
それを耳にした瞬間、ルナは強く拳を握りしめる。
そしてわずかな間の後に、部屋の扉がゆっくりと開けられた。
「喰らえ!」
とても王族の発する言葉とは思えぬ掛け声を口にしながら、ルナはドアの死角から飛び出すと、部屋の中に入り込んできた人影に向かい自らの拳を叩きつける。
だが次の瞬間、彼女はその拳を受け止められると、そのまま彼女自身の力を逆用され後方へと投げられる。
「あらら、これは手荒い歓迎ですね」
突然不意打ちを喰らう形となった黒髪の男は、教え子の予想外の歓迎に苦笑を浮かべる。
すると次の瞬間、思わぬ人物の出現にアルミムが驚きの声を上げた。
「英雄殿!」
「ああ、アルミム様。ご無沙汰いたしております。今はアイン・ゴッチという一研究者でして……って、そんな話は後回しですね。とりあえず、お助けに参りました」
アインは恥ずかしそうに笑いながら、そう口にする。
「もしや外の爆発も、そのほうが?」
「いやいや、あれはレリムさんの仕業ですよ。私は普通の魔法は使えませんので。それよりも、アルミム様がご無事なようで何よりです」
そう言って、アインはアルミムと握手を交わした。
そしてその後ようやく、自らが軽く投げ飛ばした教え子のいる後方へと振り返る。
向けられたアインの視線の先。
そこには後方に軽く投げ飛ばされた少女が、もう一人の救出者によって受け止められていた。
「ルナ様、大丈夫ですか」
「フェルム先輩! どうしてここに……はわっ、じゃなくてっ、下ろしてください!」
全く予期していなかった現状に、ルナは顔を真っ赤に染め上げると、フェルムの腕の中から慌てて逃れようとする。
「ちょ、下ろしますから、急に――」
突然ルナが動き出したため、フェルムはバランスを崩し、その場に尻餅をつき倒れこむ。
そうしてルナとフェルムが地面に二人重なり、一見するとルナがフェルムを押し倒したような形となった。
まるで喜劇のようなその光景を目にして、アインは苦笑を浮かべながら頭を掻くと、王女に向かってねぎらいの言葉をかける。
「いやぁ、ルナ様もお元気そうで」
「そっ……そうですね。でも、まさか助けに来た殿方に投げ飛ばされるなんて、考えてもいませんでしたけど」
フェルムに抱きつく形となってしまった照れを誤魔化すかのように、ルナは慌てて立ち上がると、抗議混じりの声を上げる。
「はは。でもそれを言うなら、私も助けを待っているはずのお姫様に、突然殴りかかられるとは思ってもいませんでしたよ」
「………いずれにせよ、敵にやられたのではなくてよかったです。日々の鍛錬で積み上げてきた多少の自信が、一瞬で失われてしまうところでしたから。ところで先生、どうやってここに?」
依然として顔を真っ赤にしたまま、なんとか話題をそらそうとルナは話を転じる。
すると、先ほど彼女の重みで後頭部をぶつけることになり、未だうずくまっている青年へとアインは視線を向けた。
「彼が頑張ってくれましてね。この城にもう一本、道を作ってくれたんですよ」
「フェルム先輩が!?」
アインが助けに来てくれる可能性。
殆ど無いと考えてはいても、その可能性をまったく考えていなかったといえば嘘になる。
しかし、フェルムがここに来てくれるとはルナとてまったく想像もしておらず、先ほどのアクシデントのこともあり、彼女はそれ以上言葉を発することができなかった。
「ええ。ま、それはともかく、敵を蹴散らして来たわけではないので、あまり長居するわけには行かないんです。マルフェスさんたちも、お二方を救出したことが確認できるまで、全面攻勢に移ることが出来ませんしね」
「……分かった。で、わしらはどうすれば良い?」
アインの言葉に大きく頷くと、アルミムは次の行動を尋ねる。
「はい。それにあたってアルミム様、一つお願いがあるのです」
「お願い? この状況を打破するのに必要なことなら、全てその方の指示に従う。なんでも言ってみよ」
かつてよく似た問答で、とんでもないことを言い出された記憶がチラリとよぎりつつも、アルミムは目の前の男に全ての裁量を委ねる。
すると、黒髪の男は頭を掻きながら、申し訳無さそうにその口を開いた。
「それでは申し訳ありませんが、こちらにいらっしゃるお姫様の命を、少しの間だけ私におあずけ下さいませんか? どうにも元気の有り余っていらっしゃるようなので、そこの青年とともに、ちょっと事態打開のご協力をして頂こうと思います」