軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

タリム

今回の事件の当事者……それは間違いなくこの地のもうひとりの権力者たるタリム伯に他ならない。

そんな彼は事を起こす覚悟を決めて以降、時間を経るごとにその苛立ちを募らせる、広間を歩き回りながら足を止めては怒声を張り上げた。

「奴らはまだ到着しないのか!」

伯爵は現在の状況に対し、隠しようもなく焦りを見せていた。

それは帝国でも腕利きと評される魔法士兄弟の炎のカシム・ノームと風のネルド・ノーム。その二人が一向に戻って来ないためである。

王国からの糾弾を逃れるために王女を誘拐し、それを手土産として帝国へと向かう。

エリーゼの突発的な視察によって慌てて練り上げた計画ではあったものの、ここまではほぼ全て彼の計画通り進行していた。

なにしろあの近衛を相手に、彼らは王女を奪うことに成功しているのである。

王女確保の報がもたらされた瞬間、彼はすでにこの計画の成功を確信していた。

しかしここにきて、帝国への亡命の橋渡しをするはずであった肝心の魔法士達が、彼のもとへと一向に戻らない事態がタリムを襲う。

いくら王女の誘拐が上手くいったからといって、案内役の彼らが戻って来ない限りタリムはこの土地を逃げ出す事ができない。

それ故、彼は逃亡の準備をしたままただひたすらに彼らの帰還を待ち続けていた。

「遅くなり申し訳ない」

入り口の扉が大きく開けられると、やや低い声が広間の中へと発せられた。

不意に鼓膜を叩いたその声に向かいタリムは視線を動かすと、そこには隻腕となった風の魔法士の姿が存在した。

「遅すぎるわ、ネルド! 貴様が言ったのではないか、実戦段階での支障はまったくありませんとな。それがなんだそのザマは」

ネルドの顔と負傷を目にした瞬間、叩き付けられるかのような勢いで伯爵の怒りが彼へと向けられる。

「……あなたの全く使えない兵士達を指揮して、我が兄も失い、あの近衛の護衛の中から王女の身柄を確保したのです。それでもなお、私に不満があると?」

困難な状況下にも関わらず、片腕と兄を犠牲にし、どうにか王女の身柄確保に成功したのだという自負がネルドにはあった。

だからこそ彼は自らの手柄を主張するように、タリムの後ろで両手を縛られ猿轡まで噛まされたエリーゼへと視線を向ける。

するとタリムは、ネルドの持つ武人としての気迫にたじろぎ思わず一歩後ずさった。

「ふん……まあよいわ。至急帝国に向けて出発する。さあお前達、準備を致せ」

気まずげにネルドに向けていた視線を外すと、タリムは周囲の部下達に向かって命令を下す。

その号令を受けた彼の部下達は、慌てて準備に取り掛かる為に一斉に広間の入り口へと殺到した。

そうして先頭の者が扉に手をかけようとした瞬間、突然扉ごと広間の入り口が爆発すると、大半の兵士がその爆発に巻き込まれる形で吹き飛ばされる。

「な、何事だ?」

事態の推移を理解できず、タリムはその場で金切り声に近い声で怒鳴る。

「いやぁ、王女を含め反乱兵が全てここに集まってくれたのは非常に良かったんですがねぇ……ただまだこんなに兵士が残っているとは思いませんでしたよ。いやはや、少しでも数を減らすため、一番良いタイミングを待つのに苦労しました」

そんなことを口走る黒髪の男。

彼は吹き飛ばされる前は入り口があった場所から、ゆっくりとその姿を現す。

「おいおい、隊長はやれって言っただけじゃないか。ドアをぶち破ったのはこのアタイだよ」

黒髪の男の後ろに続いて、非難めいた言葉を吐き出しながら赤髪の女が広間の中へと入ってくる。そして更に次々と、彼等の背後から黒髪の男の仲間と思しき者たちがその姿を表した。

「貴様は王都からやってきたイスターツだな。一体なんの真似だ?」

「なんの真似だと言われましてもね……それは伯爵御自身が一番ご存知だと思いますが? とりあえず貴方の後ろにおられる御令嬢を、そのまま解放して頂ければ幸いなのですが」

両腕を左右に広げながら、ユイは苦笑いを浮かべつつそのように返答する。

その答えを耳にしたタリムは、不意に何かに気づいた様に隣へと視線を移すと、隣にたたずむネルドに向かって怒りの矛先を向けた。

「ネルド! 貴様、奴らに跡をつけられたんじゃなかろうな」

タリムから怒鳴りつけられたネルドは、心外だとばかりにすぐさま彼を睨み返す。

「ばかな……私はここに来るまで何度も背後を確認しました。第一、奴らよりかなり早く戦場を離れた上、ここに来るまでにも念を入れて他の隠れ家を数件ほど経由して来たんです。どうして私が付けられたなどと思うのですか!」

ネルドの苛立ち交じりの弁解がその空間に響くと、その二人の諍いを目にしていたユイは苦笑交じりにその口を開く。

「うん、そこの帝国の魔法士さんが正解。もっとも、彼がわざわざクロセオンからここに来るまでにたくさん寄り道をしてくれたおかげで、先回りすることができたことは事実だけどね。というわけで、実際のところつけられていたのは貴方ですよ、伯爵」

「な、なんだと……」

「たぶん貴方は気がついていらっしゃらなかったと思いますけど、この反乱が起こるずいぶん前から、私の部下の一人を貴方に張り付かせていたんです。ええ、貴方に関する醜聞を耳にしたことからね」

予期せぬ突然の宣告に、タリムは驚愕の表情を浮かべ戸惑い混じりにその口を開く。

「ば、馬鹿な。一体、何のためにそんなことを?」

「本当にわからないのですか? もちろん貴方を捕まえるためですよ。そういえば先月、帝国方面に向かう不可思議な荷馬車が一台、何故か行方不明になったこともありましたよね」

ユイの発言を耳にした途端、タリムは怒りによって全身をワナワナと震わせる。そして全てを理解した伯爵は、ユイに向かい怒号を上げた。

「あれは貴様の仕業だったのか、イスターツ!」

「さぁ、どうでしょうか。しかし、その反応を見るかぎりは、やはり貴方が一枚噛んでいたということは間違いなさそうですね」

「ぬ、ぬぅ……つまり普段貴様が見せていた姿は擬態であったというのか。なるほど、王都から来た査察員をただの昼行灯だと思っていた私が、どうやら馬鹿だったということだ」

王都から派遣されてきたユイを、これまで侮っていたことをタリムは悔やむ。

元々、ユイが自分達を査察するために王都より送り込まれていたことは、当初よりタリム達も気がついてはいた。

しかし、いつもやる気無さげにのんびりと日々を過ごし、一向に働く姿を見せない戦略部の面々を目の当たりにして、彼はユイ達を無能者集団と判断してしまっていた。

それ故、彼等によって自らの犯罪が露呈する可能性などありえないと考え、タリムたちは違法行為を何者にもはばかられることなく継続し続けた。だがそれさえも、目の前の男の手のひらの上であったとばかりに、彼は自らの迂闊さを悔いる。

一方、ユイはその場で固まってしまったタリムに向かい視線を合わせると、彼は頭を掻きながら、降伏勧告といってもいい一つの提案を口にした。

「さて、そこで相談なんですが、タリム伯。できれば穏便に王女を解放して、これまで横領によって築き上げた資産を返上しませんか。もしそれさえ約束してくださるなら、この後もしあなた達がこの街から出て行こうとも、私達は後を追わないことを御約束しますよ」

やや上から目線の勧告。

それに対し、タリムはわずかに頬を赤くさせると、背後のエリーゼをチラリと覗き見る。

「ふん、馬鹿か貴様は? こちらには王女がいるのだ。彼女のことを真に思うなら、貴様らこそ武器を捨ててこの場で降伏しろ」

ユイに対し逆に降伏勧告を口にしたタリムは、懐から一本のナイフを取りだし、拘束された姫の隣へと体を動かす。

「……どうしやすか、旦那?」

「そりゃあ……指示に従うしかないだろうね」

「しかし隊長……」

あっさりと諦めてしまったかのようなユイの反応に、カインスは彼に向かって反論しようとする。

しかし、ユイが首を左右に振りながら自らの長刀を地面に置く姿を目にすると、カインスはそれ以上二の句が告げなくなり、他の者達と同様に自らの得物を地面に置いた。

「ふふ、先程までの余裕はどこへ行ったのかね。まぁ、残念ながら君達の現状認識が甘かったということだ。さあ、ネルド。君にも給金分くらいの働きはしてもらおうか」

「あなたが提示した金額分程度の働きは既にしたと思いますが……まあいいでしょう。奴らにはこの腕の御礼もありますからね」

狂気を伴うかのような笑みをネルドは浮かべると、一歩前へと進み出て丸腰のユイ達と対峙する。

「……ゲスめ」

そのいやらしい表情を目にしたリュートは、ネルドを睨みつけながらそう評する。

すると、その言葉を負け惜しみと受け取り、彼は右の口角をニヤリと吊り上げた。

「ふふ、言いたいことはそれだけですか? さて、それではお仕置きのお時間です。あ、それとそこの赤髪のお嬢さん。私の死角に入って魔法を編みあげるのはお止めなさい。別に武器を捨てたからといって、魔法を使うことを認めているわけではありませんのでね」

カインスとクレイリーの背後に回りこみ死角で魔法の準備を進めていたナーニャは、軽く舌打ちすると、そのまま編み上げかけた魔法式を空中へと霧散させる。

その動きを見て取ったネルドは、自らの勝利を確信し満足気に笑った。

「では、さようなら皆さん。ヴィルベルヴィント!」

ネルドがその風の魔法を唱えると、急速に彼の眼前で風の束が生み出されていく。

その魔法はこれまでに彼が放ったものとはケタ違いであり、ネルドはこの時点で勝利をほぼ確信していた。

実際この場を第三者が目にすることがあれば、ユイ達には敗北の二文字以外の未来が全く考えられない状況である。

しかしそのような追い詰められた状況にもかかわらず、ユイは気でも触れたかのようにネルドに向かって挑発的な笑みを浮かべる。

そして不可思議な呪文を彼は突然その口にした。

「マジックコードアクセス」

今にも放たれんとする巨大な風のうねり。

それを肌で感じながら、ユイは丸腰のまま突然その場を駆け出す。

その思わぬ行動にネルドはやや虚を突かれたような表情を浮かべたが、追い詰められて自暴自棄となったのだと判断すると、彼は躊躇なく魔法を完成させた。

「無駄なことを、死ね!」

その言葉を引き金として、ネルドは巨大な風の束をユイ達目がけて解き放つ。

向けられた風の濁流。

それはたちまちにユイの目前へと迫り、彼はまさにその中へと飲み込まれそうになる。

そう、まさにネルドが直撃を確信し勝利を掴みかけたその瞬間、ユイは目の前の風の束を凝視したまま再び聞きなれぬ呪文を口ずさんだ。

「クラック!」

その声が部屋の中に響き渡った瞬間、彼目がけて疾走してきた風の束は突然急旋回する。

その向かう先は……姫の横で薄ら笑いを浮かべているタリムの方向であった。

「なっ!」

全く予期せぬ事態に、タリムは彫刻になったかのようにその場を動くことができない。そしてそのまま暴風に等しい風の直撃を受けると、彼の肥満体などものともせぬ暴風はそのままタリムの体を弾き飛ばした。

ありえぬ現象。

ありえぬ結果。

そんな一連の事象を目の当たりにしたネルドは、目を見開いたまま思わずその場を一歩後退さる。

すると、彼に向かって間合いを詰めるよう駆けていたユイは、後方のクレイリーに対して指示を叫んだ。

「クレイリー、寄こせ!」

その声が放たれるやいなや、クレイリーは足元にあるユイの刀を前方へと投げつける。

そしてその後方から投げられた刀を、背中に目があるかのように後手で受け取ったユイは、一瞬にして刃を一閃した。

そうして、一人の魔法師は崩れ落ち、ユイは刃にこびりついた血を軽く振り払う。

「……はぁ。結局、働かされてしまったか」

当初の予定にはない労働。

それを実行したところで、ユイはこんなはずではなかったとばかりに首を左右に振る。

しかし、すぐに何かに気がついたかのようにその場を離れると、猿轡を噛まされたまま全身を縛り上げられていたエリーゼの下へと歩み寄り、彼はその拘束を解いた。

「認める、ええ、認めるわ。私が甘かった。そう、子供だったって。こんな姿じゃ、他に言い様がないわ。ごめん……なさい、ユイ・イスターツ」

自らが遠ざけたにもかかわらず、見捨てること無く救い出してくれ、そして悪意のない笑みを向けてくる男。

そんな彼に向かい、エリーゼは本心からの反省と謝罪を口にする。

そんな震えるようなエリーゼの声を耳にしたユイは、虚勢を脱ぎ去った目の前の少女を見つめ、精一杯穏やかな声色で言葉を紡いだ。

「別に謝る必要はありませんよ。私は私ができることをやっただけです。貴方が、貴方にしか出来ない方法でこの国を変えようとしているように」

その言葉を聞いた瞬間、エリーゼは思わず伏せていた顔を上げる。

そしてまっすぐにユイの顔を見つめると、彼女の瞳からは一粒の涙がこぼれ落ちた。

「あなたは……あなたはどうして」

これまでエリーゼは虚勢を張りながらも、周囲の反目も顧みず、誰にも頼らず、誰にも相談せず、ただ自分だけを信じてやってきた。

王都ではほとんど誰も認めてくれなかったそんな彼女を、一度遠ざけたはずのこの男が理解しようとしてくれていたことに驚き、不意にもう一粒の涙がこぼれ落ちる。

そんなエリーゼの姿を目にしたユイは、彼女の涙をそっと指で拭うと、そのままゆっくりとそして優しい口調で語りかけた。

「その目ですよ。私がこれまで尊敬してきた上司や先生、そして遠巻きにしか見たことはありませんが、貴方のお父様である国王陛下と同じ目をしていらっしゃる。そう、この国を愛してやまない人の目です。そんな目を持つ貴方を、私は失いたくないだけです」

その言葉を耳にしたエリーゼは、しばらく惚けたようにユイのことを見つめ続ける。

いつしか彼女の表情は心を許した者にしか見せぬ笑みを、自然とその顔に浮かべていた。