作品タイトル不明
ミレンベルグ城
クレッセンド領のほぼ中央に位置するミレンベルグ。
それはムラシーンの居城が置かれた地域の名であり、そのため彼の所有していた城はミレンベルグ城と呼ばれている。
この城の設計者でありかつてこの国の宰相であった男は、自らが王都を離れることなど、滅多なことではあり得ないと考えていた。
それ故にこの城を利用するケースは、何らかの理由があって王都から退去してきた場合を想定しており、この地の政治的な中心として機能することではなく、緊急避難に対応した作りを設計段階から優先させてある。
その代表的な特徴として、ミレンベルグ城は街から少し離れた森のなかに作られ、城の周囲には環状堀と呼ばれる深く広い水堀が備え付けられていた。
つまり城に進入するには、唯一堀の上に掛けられた巨大な石橋を渡らねばならない。
この地を攻めるものにとって、厄介極まりないムラシーンの居城。
それこそが、現在彼らが奪還せねばならぬ二人の人質が囚われている場所でもあった。
「お待ちいたしておりました、マルフェス将軍」
環状堀に囲まれたムラシーンの居城を、眼下に収める小高い丘。
日も完全に沈んだ真夜中に、ようやく目的としていたこの地点へと辿り着いたアインたち一行は、一足先に待機していた近衛部隊に迎えられる。
「ああ。待たせたな、コルトン。それで、あれがミレンベルグ城か?」
爛々と城の周囲に無数の篝火が灯され、闇夜の中にありながら自己主張をし続けている巨城に視線を向けると、近衛部隊の参謀を務める部下に向かいマルフェスはそう問いかける。
「はい。持ち主が亡くなって以降は、ほぼもぬけの殻同然であったのですが、現在は相当数の兵士が入り込み内部を占拠しております」
上官に対し、コルトンは頭を下げながら、簡潔に調査内容を報告する。
その返答に対しひとつ頷くと、マルフェスは更に問いを重ねた。
「それで状況は?」
「敵の主力は、もともと当地の治安維持及び周囲の領地接収に使用していた子飼いの部隊の様です。規模としては百名ほどでしょうか」
「百か……多いとも少ないともいえんな」
冷静な口調で淡々と告げられた事実を前にして、マルフェスは眉間にしわを寄せる。
そんな上官の反応を目にしたコルトンは、重ねて気になっていた報告を彼へと告げた。
「それと敵の一部にですが、もともとこの地の兵士ではなかったものも混じっているようです」
「ほう、情報のない敵か」
その報告を受け取ると、マルフェスは自らの後ろへと視線を移す。
そして彼は黒髪の男が一つ頷くのを、その目にした。
「当たり……かな。多分、件の連中だろうね」
「だな。だとすれば、そいつらを出来る限り捕らえたいところだが……」
「まあね。でも、それはあくまでオマケとしておこう。私達の最優先事項は別にあるのだからね」
マルフェスの言葉に対し、アインは引き取るようにそう口にする。
「確かにそのとおりだ。で、アルミム様やルナ様のお姿は?」
「皆様がご到着されるまでの数日間、数カ所から監視を行っておりました。ですが残念ながら、御二方の姿は確認できておりません」
コルトンは申し訳無さそうな表情で、上官に向かってそう報告する。
すると、マルフェスはすぐに首を左右に振った。
「まあ、仕方がないだろう。連中の立場で考えても、観客がいるわけではないのに、わざわざ人質を外で見せびらかす必要はないからな」
「とりあえず現状ではね。で、コルトン君。部隊の展開はどうなっているかな?」
マルフェスの発言に頷きながら、アインはコルトンに向かいそう問いかける。
「はっ、連中の哨戒網に掛からないよう注意しつつ、いつでも正門に向かい突入できるよう、配備は完了しております」
かつて一時的に敵として相対したことのある目の前の黒髪の男に敬意を示しながら、コルトンは万全の準備を整えたと胸を張って主張する。
その本人の性格が窺われる報告に、アインはにこりと笑みを浮かべ、そしてその労をねぎらった。
「ご苦労様。じゃあ、そちらのことは今回の主役に任せるとするかな」
アインはそう口にすると、レリムへとその視線を向ける。
「主役ねぇ……まあ物は言いようだわな」
不敵な笑みを浮かべたレリムは、まんざらでもない口調でそう発言する。
「今回一番派手な仕事は君の役割だからね。主役という言葉に間違いはないだろ?」
「さぁて、どうかね。美味しいところはあんたの担当じゃないか」
まるで念を押す様にアインからそう告げられたレリムは、値踏みするような眼差しを向けながらそう言い返す。
そうして逆に矛先を向けられる形となったアインであるが、すぐにその切っ先はあっさり教え子に向かって逸らされた。
「残念ながらそれは違うさ。今回の最も大事なお仕事は彼の担当だからね。つまり君が表の主役で、彼が裏の主役。そういう配役だよ」
「えっ、いや、僕がすることはただ……」
突然話を向けられたフェルムは戸惑いを見せる。
軍でもかなり上位に位置する近衛の参謀を前にして、冗談めかした会話を繰り広げる彼の恩師たち。
既に彼等がその立ち位置にある人物たちということは理解していたが、自らがその中に混じっていることに関しては、少なからぬ困惑と違和感を隠せないでいた。
すると、そんな青年の髪をマルフェスが突然ぐしゃぐしゃにする。
「なんだフェルム。緊張しているのか。はは、いいな。俺にもそんな時期があったものさ」
笑いながらマルフェスはそう口にすると、今度はバンバンとフェルムの肩を叩く。
一方、そんな彼の発言を側で聞いていたレリムは、呆れたような表情を浮かべながら、口を挟んできた。
「あんたが緊張するような柄かい。どうせ初陣の時も、酔っ払いながら戦場で暴れていたんだろ」
「はは、どうだったかな。そんな昔のことは忘れちまったさ」
図星を突かれたためか、先ほどの自らの言動と矛盾するかのような内容を口にしながら、マルフェスはごまかすように笑い声を上げる。
そんな彼の発言に苦笑しつつ、アインは彼等に向かって口を開いた。
「ま、雑談はこれくらいにして本題に入ろうか。予定通りレリムさんとマルフェスさんは城の正面から近衛を引き連れて事にあたってくれ」
環状堀に囲まれたムラシーンの居城をその目にしつつ、アインは確認するようにそう指示を下す。
「ああ、任せておけ。派手に暴れてやるさ。ま、主にこいつがだがな」
「はん、引き立て役は黙っておきな」
マルフェスがニヤニヤした笑みを浮かべながら側に立つ女性を指さすと、彼女は鼻で笑う。
そんな二人の反応を眼にして、アインは笑いながら一つ頷くと、その視線を自らの教え子へと向けた。
「で、私と彼はレリムさんの魔法を合図として、行動を開始する。フェルム君、いいね」
「は、はい」
未だに緊張の解けきっていないフェルムは、やや上ずるような声で返答した。
そのカチカチの声を耳にした周囲の近衛兵達は、大物たちに囲まれたフェルムに向かって心配そうな視線を向ける。
そんな周囲の空気を感じ取ったレリムは、彼のことを保証するかのように、アインに向けて言葉を発した。
「アイン。さすがに完全とは言わないけど、約束通りあたしのアレは彼に教えたつもりさ。あとはあんた次第だよ」
「ああ。なら心配はいらないね。ありがとう」
レリムの指導はもちろんのこと、彼女のフェルムへの気遣いに対し、アインは感謝を告げる。
そしてニコリとした笑みを浮かべた彼は、一同をゆっくりと見回した後に、再び口を開いた。
「それでは、始めるとしようか」
「ああ、それじゃあ行ってくるぜ」
マルフェスは軽く片手を上げると、部下に指示を出しながらその場を離れていく。
「じゃあ、あたしも行ってくる……おっと、その前に一つ言い忘れていたことがあった」
「ん、なんだい?」
作戦を前にして、改めて彼女が口にしようとすることがわからず、アインは軽く首を傾げる。
するとそんな彼に向かって、レリムは不敵に笑った。
「アイン。あんたらがこそこそと動く前に、このあたしが堂々と正面からアルミム様達を助けても、あとで文句言うんじゃないよ」
そう口にすると、レリムは踵を返し、マルフェスたちの向かった方角へと駆けて行った。
小さくなっていく彼女の後姿を目で追いながら、アインは彼女らしいなと思い、苦笑を浮かべつつ軽く頭を掻く。
そして改めてフェルムへと向き直ると、彼は口を開いた。
「さて、それじゃあ私達も持ち場に向かうとしようか。出番に遅れて、パーティーの食事を食べ損ねないように……ね」