軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

倒れるドミノは

トントン、トントン。

森のざわめきさえも聞こえてきそうな初夏の夜。

迷いの森の奥深くに建てられた館の住人は、突然の入口のドアを叩くノック音を耳にして目を覚ました。

「ふわぁ、なんだい。また森の鹿が遊びに来たのかな?」

書物を手にしたままソファーに身を投げ出した状態で眠っていた彼は、こんな時間に来客が存在するなど思いもしなかった。それ故に、森の動物のいたずらと結論付けると、アインは再びその瞳を閉じようとする。

しかし、再び入口のドアがノックされる音が玄関ホールに響くと、彼は現実を受け入れることとし、やむを得ず体を起こした。

「はぁ、こんな夜中にお客さんか。こんなふうに空気を読めないのはどうせクレイリーかカイン――」

フェルムたちも引っかかった仕掛けが機能していないことから、カーリン時代からの部下と当たりをつけ、ぶつぶつ口をこぼしながらアインはドアを開く。

しかし次の瞬間、彼はその先にいる人物を目にして思わず絶句した。

「夜分すいません。少しお時間を頂きたいのですが、中に入れて頂けませんでしょうか?」

「……ここの家主に対し、ドアを閉ざすなんてこと私はできませんよ。というか、近衛殿。もしやと思いますが、まさか二人だけでここまで来られたのですか?」

こんな場所にいるはずのない館の主を目にしたアインは困惑した表情を浮かべると、すぐさま抗議するかのような口調で、青年の隣に控える男にそう問いかける。

「俺の護衛だけじゃ不満かい?」

「というより、元々あなた自身が護衛を受けるべき立場でしょうに。正直、ここをねぐらにしていた頃とは、二方とも立場が違うんだ。もう少し自覚を持った方が良いと思うけどね」

この森に生息する獣程度が相手では、眼前の二人が護衛など必要としないことをアインは知ってはいた。

だが、それでもさすがにこのように夜間にひょいと顔を出して良い存在では決してない。

それ故に、寝ぼけ眼をこすりながらも、アインはあえて苦言を呈してみせた。

一方、そんな黒髪の男の発言を耳にしたマルフェスは、呆れた顔を浮かべると、逆に苦言を呈し返す。

「おいおい、それはお前さんも同じだろ。護衛も付けず、こんなところでのびのびと暮らしやがって」

「もしかして、羨ましいのかな?」

発言者の内心をその言葉の中に見て取ったアインは、薄く笑いながらそう問い返す。

すると、マルフェスは軽く自らを鼻で笑うと、両手を左右に広げた。

「……別に否定はしないさ。もはや俺達には得ることができなくなった自由だからな」

「ふふ、なんかそう言われると悪い気はしないね。しかし、こんな時間にわざわざ私に会いに来られるとは、あまりよい要件ではなさそうだ……ともあれ、とりあえず中へどうぞ将軍様、そして国王様」

「おい、なんだこれは?」

玄関ロビーへと通されたマルフェスはその惨状を目にした瞬間、顔をしかめる。

しかしアインはそんな彼の感情が理解できず、思わず首を傾げる。

「なんだって言われても、君たちが一番良く知っているだろ。見ての通り、ロビーさ」

「違う。俺が聞いているのは、この有り様は何だと言っているんだ」

アインの回答に全く納得を示さなかったマルフェスは、改めてすぐに問いなおす。

そんな発言を耳にして、彼がロビーで生活していることに対し文句をつけているのだと、アインはようやく理解した。

「別に私が一人で暮らすだけなんだ。ここで住むのが機能的でいいと思わないかい?」

「……カイラ様。今からでも遅くありません、こいつからこの館を取り上げましょう」

ある意味レジスタンスの象徴でもあるこの館を、ただのダメ人間の巣窟にされてしまった現状を受け、マルフェスはカイルへとそう進言する。

しかし、彼がそう言い終えるか否かの間にも、カイルはロビーの中央に歩み寄り、全く気にした素振りも見せず置かれているソファーへと腰掛けた。

「ふふ、これも悪くは無いですね。むしろなかなか居心地いいじゃないですか、開放的な部屋みたいで」

「カイラ様!」

黒髪の男の悪影響を受けすぎている主を目の当たりにして、普段は比較的ひょうひょうとしているマルフェスもさすがに抗議の声を上げる。

しかしそんな彼の感情を他所に、黒髪の男は苦笑を浮かべながら手近な椅子に腰掛けると、話を先に進めるために口を開く。

「マルフェスさん。君も座りなよ。別に私からこの館を取り上げるのが今回の来訪の目的じゃないんだろ?」

「ああ、そのとおりだ。だが……」

マルフェスは納得の行かない表情を浮かべ、さらなる苦言を呈しかける。

しかしそんな彼を、カイルは右の手のひらを向けてみせることで抑止した。

「マルフェス。それほど時間があるわけではない。アインさんが要件を聞くといってくださっているんだ。お言葉に甘えるとしよう」

「カイラ様、まだ彼のことを『アイン』とお呼びになるおつもりですか?」

「そういう約束ですからね」

カイルはそう口にすると、アインと名乗っている男に向かって苦笑を浮かべる。

一方、その発言を耳にした黒髪の男は、釣られたように苦笑を浮かべながら、二度頭を掻いた。

「正直、この面子の中では今さら呼び名なんてどっちでもいいんだけど……ともかく、それで本題は?」

そのアインの発言を受け、来訪者たる二人は一度顔を見合わせる。

そしてマルフェスはカイルに向かって促すようにその名を口にした。

「カイラ様」

「ええ。今日ここに来た理由ですが、実は一つお願いがあって足を運ばせていただきました」

要件を切り出してきたカイルの表情を目にした瞬間、アインの脳内では危険を感じ取るアラームが鳴り響く。だから彼は、カイルに向かってその先を話すよう、慎重に促した。

「お願い……ですか」

「はい。ルナが……うちのルナがさらわれました。それを助けるためにあなたのお力を貸して頂けませんか?」

「は? 今なんと?」

一瞬口をぽかんとアインは開けた。

そして何かの聞き間違いではないかと思い、彼はすぐさま問い返す。

しかしながら次にカイルの口から紡がれた言葉は、彼が聞き間違えたのではないこと、そして事態がそれ以上に深刻であることを示すことになった。

「僕の妹。そしてこの国の第一王女であるルナ・フォン・ラインドルがさらわれました。しかも僕の父と同時にです」

カイルのその言葉を耳にした瞬間、先程までの軽い笑みはアインの表情から消失する。そしてそれとともに、彼の眉間にはくっきりとした深いシワが寄せられることとなった。

「……犯人は?」

「突然クレッセンドに出現した武装集団です。連中は自分たちのことをムラシーンの意思を継ぐものと名乗っているのですが……」

「ムラシーンの……か」

彼自身とも因縁の存在するその名前を耳にして、アインは顎に手を当てながら黙りこむ。

すると、そんな彼に向かい、カイルは現状判明している経緯を口にした。

「ええ。父とルナは、かつてのムラシーンの所領であったクレッセンドの領地問題を裁くため、先週現地入りしておりました。そして領地内を移動中に、突然大規模な武装集団に襲われたようなのです。その武装集団から送りつけられてきた通告文がこちらです」

カイルは一通の手紙を取り出すと、それをアインへと手渡す。

そして険しい表情を浮かべたままアインはその内容を一読すると深い溜め息を吐き出した。

「どうやら、間違いないようだね」

「はい……だから今日はお約束外のことを頼むために、ここにこうして足を運ばせて頂きました。お願いです、妹を、そして父を助けるために、お力をおかし頂けませんか」

カイルはそう言い終えると、アインに向かって頭を下げた。

そう、今や一国の王であるカイルが。

その事実を前にして、アインは心底困った表情を浮かべる。そしてわずかに視線を横に移すと、あの軽薄な近衛隊長も深々と頭を下げていることに気がついた。

目の前で頭を下げ続けるこの国を背負うべき二人の姿。

ありうべからざるそんな光景を前にして、アインはわずかに下唇を噛みしめる。そして寝ぼけ半分であった脳を急速に働かせていくと、彼の脳内には二つの大陸西方の未来図が描かれていった。

そう、このまま介入しなかった場合の未来図と、彼が思い描く理想の未来図。

二つの未来図の間の乖離を確認したところで、アインは大きな溜め息を吐き出す。

そして彼は心情的にも、状況的にも、ひとつの結論を出さざるを得ないと悟った。

「……分かりました」

「えっ……ほ、本当にいいのですか!?」

首を縦に振ってくれるまで、この場で何度でも頼み込むつもりだったカイルは、アインの回答を耳にするなりパッと顔を上げると、まざまざと彼の顔をみつめる。

一方、そんな国王の反応を受けてアインは逆に弱った表情を見せると、その場に同席していたマルフェスにしてみれば計画通りと言いたくなる回答を彼は口にした。

「ルナ様は私の教え子でもあるからね。それにアルミム様には、どこぞの国の大使館を新築いただいた恩義もある……それに――」

「ありがとうございます!」

アインが更に言葉を重ねかけたところで、先ほどまでの張り詰めていた緊張が弛緩したカイルは、彼の言葉を遮る形で感謝を口にする。

そんなカイルの反応に一瞬苦笑し、アインは口に仕掛けた言葉を一度引っ込めると、別の内容をあえて切り出した。

「うん。ただ、この件を受けるにあたり、一つお願いをしたいことがあるんだ。それを聞いてもらっても構わないかな?」

「お願いですか……僕達に、いやラインドルにできることならなんなりと」

アインの発言に対し、カイルはすぐさま同意を示す。

だが彼の隣にいたマルフェスは、慌てて言葉を差し挟んだ。

「カイラ様、よろしいのですか?」

「いいんだ。もちろんすべてお応えできるとは限らないけど、出来る限りのことはしようと思う」

明確なカイルの意思。

その表明を受けてアインはひとつ頷いた。

「それでは遠慮無く。お願いというのは他でもない。ラインドル軍を動かしていただきたい」

「軍を……ですか。しかしそれは」

「ああ、もちろんわかっているよ。彼らを刺激したくないということはね」

険しい表情を見せたカイルに向かい、アインはすぐさまそのことは理解していると告げる。

するとそんな彼に向かい、マルフェスが彼らを悩ます問題点を口にした。

「もちろん軍の動員は我々も最初に検討した。だが、問題は連中を刺激することだけではないのだ」

「ふむ、と言うと?」

アインはわずかに首を傾げながら、マルフェスに先を促す。

「今、ラインドル軍の本体を動かすことは、我が国が内乱状態にあることを喧伝するに等しい。それは再来月に行われる西方会議において、著しく状況を不利にするだろう」

「ああ、そうだろうね」

「そうだろうねって、お前」

あっさりとしたアインの同意を受け、マルフェスは思わず言葉を詰まらせる。

そんな彼の反応を目にしながら、アインは右手の人差指を突き立てると、眼前の二人が想像もしていないことを彼は言い出した。

「あまりにタイミングができすぎていると思わないかい? 西方会議と、今回の騒動のタイミングがさ」

アインのその発言を耳にし、その意味するところが脳の中へと浸透し始めた瞬間、カイルは思わず目を見開いた。

「ど、どういうことですか? もしかして今回の件は!?」

「現時点では何ら根拠の無い話さ。あくまで、現状誰が最も得をすることになるかという、一点から考えただけのね。でも、可能性は頭の片隅にはおいておくべきだと思う。つまりは今回の件が起こったことで、西方会議の主導権を取りやすくなったであろう彼の国の存在を……ね」

「つまり、今回の件を裏で糸を引いているのは、キスレチンだと?」

マルフェスはアインの意図するところを彼なりに解釈し、真正面からそう問いかける。

すると、アインは困った表情を浮かべながら、軽く肩をすくめてみせた。

「繰り返すようだけど、あくまで仮定の話さ。結論を出すのは時期尚早と私は思っている。でも、その可能性は少なくないだろうね」

「……なるほど。いいだろう、彼の国の関与の可能性が考えられるというのは俺も理解した。そしてその上で軍を動かすというのだから、目的が彼の国に対する牽制ということもだ。その上であえて聞きたいのだが、お前は軍をどう動かしたいんだ。挑発となることを承知で北へと向かわせるのか? それとも東に向かわせてキスレチンに対する備えとするつもりか?」

アインの口ぶりから、軍を動かす理由がキスレチンを念頭に置いたものであることは、マルフェスも理解できた。だからこそ彼は、キスレチンを掣肘するために軍をどのように活用するのかを問いかける。

すると、その問いかけに対する答えは、彼の全く予期せぬものであった。

「そのどちらでもないさ」

「どちらでもない……だと。なら、軍をどこに動かすと言うんだ? 西でも北でもなければ、あとは南しか行き先はないぞ」

「うん、そうだね」

「うんって……おい、まさか」

全く考えもしていない回答にマルフェスは驚くと、その意味するところを理解し思わず声を上ずらせる。

だが動揺する彼とは裏腹に、アインはなんでもないことのように全く想定外の軍行動を口にした。

「ああ。ラインドル軍には、これより南下を行ってもらいたい」

「待ってください。南にはあなたの国しかないんですよ」

そう、ラインドルの南に存在するのは、とある英雄の母国。

だからこそ、カイルは慌てて口を差し挟んだ。

「その通り。軍をクラリスに対する牽制として動かしてもらいたい。それが今回の案件を受ける上で、私の出す唯一の条件さ」

「ですが……」

全く意図の分からぬアインの提案に、カイルは一層の戸惑いを示す。

その反応を目にしながら、アインは思わず苦笑を浮かべると、再び口を開いた。

「カイル。ドミノを止めるには、まだ倒れていないドミノを押さえつけるべきさ」

「ドミノを……押さえつける」

たった今、耳にした言葉。

それを反芻するかのように、カイルは思わず言葉とする。

それを耳にしたアインは大きくひとつ頷くと、頭を掻きながらはっきりと宣言した。

「ああ、その通り。ラインドル軍という釘を次に倒れそうなドミノの前に打ち込み、その間にこの国の倒れかかったドミノを元へと戻す。それじゃあ、少し説明するとしようか。今回の黒幕によるドミノ倒しを防ぎ、ついでに来たるべき西方会議を少しばかり優位に進めるための方法を……ね」