軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

仲裁者

クレッセンド領。

それはラインドル王国北部における代表的な地域である。

元々このクレッセンド領は、フレーセンド地方と呼ばれるそれほど大きな面積を有しない地域の一部に過ぎなかった。

そんな辺境の一領地が、元々存在していたフレーセンド地方以上の面積にまで急速な発展と膨張を遂げたのは、とある一人物の存在によるものであった。

前宰相にして、ラインドル王国最大の反逆者ムラシーン。

このラインドル王国において、王家を除けば歴代最大の権力を持つに至ったムラシーンは、このクレッセンドの貴族の四男として生を受けた。

ムラシーンのその才は、多方面において幼少時から周囲とは明らかに隔絶していたと伝わる。

そんな彼の上には、穏やかで優しい長男、剣技を得意とする次男、そして怠け者の三男の三人存在していた。

そんな三人の弟として、将来を期待されたムラシーンは生まれる。

そんな彼の才に触れた誰もが、将来は兄達を支え、この地域を発展させてくれると淡い期待をムラシーンに抱いた。

しかしその期待を大きく上回る形でクレッセンドは発展を遂げることになる。ただし、人々が抱いた期待とは異なる形でであるが。

現在ではその悲劇は、彼の留学が契機となったとも言われる。

ムラシーンの有する才の中でも、特に抜きん出ていると言われていた魔法の才を伸ばすため、彼の両親は魔法大国であるフィラメントに彼を留学させる。

次に彼が歴史の表舞台に姿を現すのは、その十年後のことであった。

一家を載せた馬車が急に暴走して崖から転落し、留学中の四男を除く一家の全員が死亡するという、たった一人を除き誰しもが想像もしていなかった悲劇が起こる。

そして父親の跡を継ぐ形で政の舞台に姿を現したのが、まだ二十代であったムラシーンであった。

その後、彼はその身に黒い噂をまとわりつかせながらも、ラインドルの表と裏を駆け抜け、宰相に至ることになる。それとともに、かつて彼が最初に地盤としたクレッセンドは、かつてとは比べ物にならぬほど広大な領地となっていた。

そう、物語がここで終われば、一人の男の立身出世のストーリーとともに、クレッセンドの繁栄の歴史が綴られていくことになっていたであろう。

しかしながら、ムラシーンは排除したはずの王家の逆襲ととある英雄により、その生命を散らすこととなった。

そうして、主を失った膨大なまでに肥大化した領地が、北に残される。

王家としては、肥大化しきったクレッセンド領を放置するわけにいかなかった。

それ故に、彼の地は一時的に王家預かりという形式が取られる。

しかしながら、その暫定的な措置に不満を述べる者が存在した。

クレッセンド領の両隣に位置する、ロッチ地方領主セルベッカとアムスダム地方領主ケインスマンである。

彼らはかつて恭順の意を示すために、渋々自らの領地の一部をムラシーンに差し出していた。だが彼らが領地を切り渡したムラシーンは既に存在しない。それ故に、献上した領地を返せと彼らは王家に迫ったのである。

王家としてもまだ代替わりをして間もないこともあり、速やかな処理が必要と考え、ほぼ無条件で彼らにかつての領地を返還することを確約した。

しかし問題はここからである。

かつて彼らが差し出したという領地に関する正式な資料が、全て延焼して消失していたのである。

原因はラインドル事変において宮中の兵士を外へとおびき出すために、ムラシーンに関わる建物に次々と火が放たれた事にあった。

一連の事変の中の一ページに刻まれるこの策により、事変後ムラシーンに関わる膨大な資料は永遠に失われている。

ただし、この作戦を主導したのが他国に所属するとある銀髪の魔法士であったため、王家はその事実を苦笑交じりに無視することにせねばならなかった。

ともあれ、既に事実を記す資料は完全に失われてしまっている。

それ故に、セルベッカとケインスマンはこれ幸いと、王家に対してかつての領地面積を明らかに過剰に見積もって申告してきた。

もちろん当然のことながら、王家としてはそのような訴えは認めることができない。

だからこそ、両者の要望は即座に却下された。

すると、自らの要望が通らなかったのはあいつが強欲だったからだと、セルベッカとケインスマンはお互いに小競り合いを始めたのである。

さすがに王家としてもこの行為を見逃すわけには行かず、仲裁役として第一王女と先王をこのクレッセンドへと送る事となった。

そうして今、ルナの眼前には豪華な食事とテーブル越しにお互いを睨み合うセルベッカとケインスマンが存在していた。

「それでセルベッカさんは、もともと貴方の領地であったミングスの街を返してほしいというのね」

ルナは右手の座席に腰掛ける大柄な肥満体であるセルベッカを一瞥すると、彼の主張を確認するようにそう問いかける。

「そのとおりでございます。もともとあの地は我らが領地。しかしムラシーンの圧力により、断腸の思いで割譲した経緯がございます。どこぞの嘘つきと違い、これは紛れもなき事実」

そう言い切ると、セルベッカは視線を正面に向け直し、ケインスマンに対し皮肉げな笑みを浮かべる。

すると途端に、色白のケインスマンの顔は真っ赤に染まり上がった。

「なに、貴様よくも抜け抜けと! だいたいミングスの街がお前らの領地だったのはムラシーンがあの地を治めるようになるずっと以前の話だろ。それをどさくさ紛れに自らの領地だと言いおって。この領地泥棒め」

「なに、領地泥棒だと! 聞き捨てならんな、青二才。それを言うなら、貴様の主張しているアミレック鉱山は、あのムラシーンが掘り始めた鉱山ではないか。逆賊の手柄さえほしがるとは、恥を知らんとはまさにこの事」

領地泥棒と糾弾されたセルベッカは怒りとともに立ち上がると、テーブルに手のひらを叩きつける。その瞬間、料理を載せた皿は軽く跳ねると、スープを入れた器からは少量の液体がテーブルクロスを濡らした。

すると、彼に負けじとケインスマンも立ち上がり、セルベッカをにらみなおす。

そんなあまりにも大人げない二人のやりとりを目の当たりにして、ルナは首を左右に振る。そして大きな溜め息を吐き出すと、眼前の男たちをたしなめるように声を上げた。

「はいはい、ちょっと落ち着きましょう。いい大人があまり熱くなっては、少し見苦しいものですよ」

「ですが、ルナ様!」

ルナの言葉を受けても、セルベッカは未だ怒り収まらぬといった表情のまま抗議の声を上げる。

しかしルナは柔らかい微笑を浮かべると、改めて二人に向かって穏やかな声を発した。

「わかっています。話はちゃんと聞きますから、まずはお二人共、椅子に腰掛けて頂けるかしら?」

そう口にして、ルナはほんの僅かに首を傾ける。

すると、彼女に微笑みを投げかけられた大人たちは、罰が悪そうにゆっくりと自らの席に座り直した。

彼等の興奮がわずかに落ち着いたと見て取ったルナは、一度自らの髪をなでつけると、再び場を取り仕切るように声を発する。

「さて、まあ色々思うところはおありのようだけど、お二方の主張は伺いました。それで一つ確認しておきたいのだけど、お二方はそれぞれが主張される土地が自らのものであったことを示す証拠を何かお持ちなのかしら?」

「証拠……ですか」

ルナから求められた証拠という言葉に、ケインスマンはわずかに渋い表情を浮かべる。

そんな彼の表情を変化を見て取ったルナは、顔色一つ変えること無く柔らかい笑みを浮かべたまま言葉を続けた。

「ええ、証拠。もちろんあなた方のような誇り高い領主さんがそのようなことをするとは思わないけど、他の領主さん方も今回の案件を注目していますからね。なので、できれば王家の、もしくは宰相印が入った公文書を持参いただけませんかしら。そうすれば、この国の誰しもが納得できると思いますわ」

「そ、それは……すべての資料はあの逆賊が我らから奪っていってしまいました。何しろ、あの男はまったく他人を信用せぬがゆえ、今の私の元には何も……」

ケインスマンはわずかに視線を逸らすと、弱々しい声で気まずげにそう述べる。

そんな彼の回答を耳にしたルナは、そのまま視線をセルベッカへと移した。

すると彼も回答代わりであるかのように、視線を彼女からそらす。

「はぁ……まいったわね。ではこうしましょう。これからしばらく、私達王家の査察団は、明日以降直接現地に行って調査します。その上で、ムラシーンが宰相になって以降に取り上げられた証拠があれば、すぐに貴方たちのもとに返還する。これでいいわね?」

「ですが……」

ケインスマンはやや不満気な表情を浮かべながら反論を口にしかけるも、彼の言葉を遮るようにルナは口を開く。

「わかっています。あなた方の不安なお気持ちはね。だけど何も証拠がないのに土地を割譲すれば、先程も言ったように、貴方方以外の領主から王家の公正さを疑われかねません。ですので、この辺りが王家としても譲歩できるラインです。お父様もそれで構わないですね」

「ああ。セルベッカ、それにケインスマンよ。お主達の気持ち、このアルミムよく分かる。何しろワシは、このラインドルを奪われた男なのだからな」

そのアルミムの言葉が場に発せられた瞬間、両領主は思わず口にしかかっていた反論を飲み込んだ。

そんな二人の反応を見て取ったアルミムは、そのまま自虐的な笑みを浮かべると再び口を開く。

「ふふ、まあそんなわけじゃ。我らは公正に調べることをその方たちに約束する。故に、この辺りを落とし所としようではないか。万が一、調査の結果その方達の主張に誤りが含まれていたとしても、既に正式な書類はないのじゃ。お主達を咎めるようなことはせん」

そのアルミムの発言による効果は劇的であった。

それまで不安を隠せない表情であった両領主は、表情に僅かな安堵の色を灯す。

「アルミム様がそう言われるのでしたら、私はかまいません」

「え、ええ。もちろん私もです」

セルベッカとケインスマンが次々に調査の同意を示すと、アルミムはニンマリとした笑みを浮かべ一つ頷いた。

「ふむ、ならばこれにて一件落着じゃ。さて、興が弾みすぎてしまったがゆえに、用意された料理が冷め始めてしまっておる。皆も折角の料理を楽しもうではないか」

こうしてアルミムの介入により、北部での領地を巡る諍いにはひとつの解決への方向性が示された様に思われた。

しかし真なる事件はその翌日に起こった。

そう、ルナ第一王女とアルミム先王襲撃事件である。