軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ルナ

「こんにちは、フェルム先輩。どうしたんですか、浮かない顔をして」

とぼとぼとした足取りでアインの教授室を退出したフェルムは、突然前方から親しげに呼びかける声を耳にした。

やや不機嫌な感情を隠せないフェルムは、突然の呼びかけに対しいらだちを隠せぬ表情を浮かべたまま、うつむき加減であった顔をゆっくりと上げる。

すると彼は、自らの視線の先に、とある美少女の姿を捉え慌てて襟を正した。

「こ、これはルナ王女。失礼いたしました」

彼の正面でにこやかな笑みを浮かべる、やや小柄な少女。

彼女こそ紛うことなくこの国の国王の妹、ルナ・フォン・ラインドルその人であった。

「いえ、別に謝らなくてもいいのだけど……って、せ・ん・ぱ・いっ。前にも私、いいましたよね? 学園の中では一生徒として扱ってくださいって。敬語でしゃべられるのはもう諦めましたけど、王女という呼称はいい加減やめて下さい」

彼女がこの大学に入学してはや二ヶ月となる。周囲から特別扱いされることは自らの立場上仕方ないと割りきってはいたが、彼女としてはあくまで一学生として扱って欲しい願望を有していた。

しかしながらそのように扱ってほしいと何度言おうとも、依然として自分を王女扱いするこの優等生を目の当たりにして、ルナは抗議の意志を示そうと両頬をわずかにふくらませる。

「……は、はぁ。すいません」

「とにかく、それは今後改めて気をつけてもらうとして……本当にどうしたんですか? 見たところ、アイン先生の研究室教室から出ていらっしゃったようですけど」

首をわずかにかしげながら、ルナは目の前の堅物の先輩に向かいそう問いただす。

フェルムはその問いかけに対し、ややバツの悪そうな表情を浮かべながら、先ほどの出来事を端的に説明した。

「実は卒業レポートの相談に行ったのですが、突き返されてしまいましてね」

フェルムはやや沈んだ声でそう告げると、弱々しい笑みを見せながら大きな溜め息を吐き出す。

一方、この大学で並ぶ者のない優等生のそんな姿を目にして、ルナは心底意外そうな表情を見せた。

「へぇ……先輩でも直させられることなんてあるんですね」

「いや、アイン先生にしかそんなことをされたことはないのですが……どうもあの先生と自分は合わない気がするんです」

「それはどうして?」

ややうつむき気味に呟いたフェルムの声を拾うと、ルナはそんな彼に向かい首を傾げながら問いかける。

「実は今日僕が先生にお見せしたレポートの草案なんですけどね、魔法科のレリム教授に事前に一度目を通してもらっているんです。取り扱っている内容も付加魔法だったですし」

「そういえば、レリム教授は付加魔法の専門家でしたね」

元々は宮廷魔法士長の職にあり、実戦派の魔法士として知られていたレリムであるが、大学に身を移した現在、彼女はこの国の付加魔法の研究において第一人者とされている。

それ故に、ルナも相談を行う人選としては間違いのない選択であった考え一つ頷いた。

「ええ。レリム教授は僕の草案は素晴らしいとして褒めてくださいました。でも、それをあの人は斜め読みしてダメですよ。いくらなんでもちょっと扱いがひどいんじゃないかと思いまして、溜め息をついていたところです」

「なるほど。あのレリム教授が太鼓判を押したとなると、まあ普通は突き返されるなんて思いませんよね」

これまで大学のあらゆる教官がフェルムのことを学年一の優等生として、大なり小なり別格扱いしていた。それはもちろん今年入学したばかりのルナとはまったく異なる意味合いであり、彼が他の学生を大きく引き離しての圧倒的な学年主席であることに起因する。

もちろん周囲のそんな扱いに対し、これまで決して驕ることなく謙虚に学びを続けてきたという自覚をフェルムは有していた。

しかしながら最高学年となった現在、彼の担当教官となった男は彼を特別視しないばかりか、むしろ粗雑ともいえる扱いをしているのではないかと彼は感じ、それが現在の最大の悩みであり不満でもあった。

「僕はもともとこの学校一と言われるレリム先生のゼミに行きたかったんですよ。そしてそのための努力もしたつもりです。それなのに、どうして僕がこの大学に来たばっかりのアイン先生のゼミに配属されたのか……正直言って未だにその理由がわかりません」

冴えない表情を浮かべたまま、フェルムは首を左右に振りつつそう内心を吐露する。

そんな彼の心境を慮りながら、ルナは彼に関するある噂を確認するように問いかけた。

「確か先輩は、ビグスビー学長のところへまで抗議にまで行かれたと聞きましたけど?」

「別に抗議というわけではありませんが……ただ、理由を教えて欲しいと尋ねには行ったのは事実です」

先々月の苦い記憶を引き出しながら、フェルムは渋い顔をしつつ彼女の発言を訂正する。

「それで彼はなんと?」

「今はそうではないかもしれないが、卒業する段階ではきっと君は私に感謝することになるよと……正直言って、そうなるとはとても思えないのですが」

肩を落としながらフェルムがそう口にすると、ルナは幼少時から接する機会の多かった元外務大臣の声でその言葉が脳内再生される。

そして誰しもが直接的に一切のネタばらしを行うつもりがないことを理解すると、彼女は意味ありげな笑みをフェルムへと向けた。

「へぇ、ビグスビーがね。ふふ、貴方の心配もわからないでもないけど、さぁてどうでしょうかね」

「えっ……それはどういう意味ですか?」

思わぬルナの反応にフェルムは違和感を覚え、彼はそのまま彼女に向かって問い返す。

しかし目の前の美しい少女は、ただ柔らかい笑みを浮かべるのみであった。

「きっとそのうちわかりますよ、先輩も。では、ここで失礼します。私もちょっとアイン先生に用がありますので」

そう告げるとルナは軽く頭を下げてフェルムの脇をすり抜ける。

この時、フェルムは一つの引っ掛かりを覚えた。

その引っ掛かりの本質は、めったに大学にも姿を見せない幽霊博士に、なぜこの国の王女が用を有しているのかということである。

しかしながら、その時のフェルムはその行為に若干の違和感を覚えはしたものの、その本質に気がつくことなく、彼は彼女とは逆方向へとそのまま歩みだした。

この時、もし彼が自らの引っ掛かりに疑念を抱き、そして少なくともその場に立ち止まっていれば、彼は不可思議な音に気がついていたかもしれない。

そう彼の背後からポキポキと誰かが指を鳴らす音に。

そして「頼もう」という勇ましい声とともに、アイン研究室のドアが力強く開け放たれた音に。