作品タイトル不明
完成品
ラインドル王立大学。
ムラシーン体制下にて封鎖された教育施設の代替として設立され、三年前に王家の出資にて王都セーブルに設立された大学である。
大学の設立目的は将来のラインドルの未来を担う人材を輩出することであり、ムラシーン体制からの脱却という大事業の最中においても、ラインドルにおける有能な人材を惜しみなく配置されていた。
さて、このラインドルにおいては、もともと独立した魔法学校という育成機関が存在していた。
しかしながら魔法士の暴走という事態がムラシーン体制の骨幹だと考える者も少なくなく、独立した機関として継続させることに対し危惧する声は少なくなかった。それ故に一般の兵学校と統合される形で大学運営が開始されている。
もちろん大学へと進学してきた学生たちには、そのような大人の事情など関係なく、今日も彼らは勉学及び訓練に勤しんでいた。
「「トゥールビヨン!」」
大学の外れに位置する野外訓練所に於いて、二つの口から同時に風魔法の呪文が唱えられる。
彼ら二人の目標は目の前で不敵に笑う淡い銀髪の青年であった。
「風の魔法……か」
相対している学生の二人が風の魔法を編み上げていく光景をその目にして、銀髪の青年は、ゆっくりと両の手を左右へと広げる。
そして彼は強く握りしめた拳を一気に開いた。
「ドゥーブル・トゥールビヨン!」
青年は神経を両の手に集中させ、そして一気に二つの風の束を編みあげる。そして迷うことなく。眼前から迫り来る風の束に向かって、より巨大な風の束を二つ解き放った。
青年の手元で高速で編み上げられた風の束は、一気に加速を開始すると、向かい来る風の束をあっさりと飲み込み、そのままの勢いで学生たちを弾き飛ばす。
そうして一瞬の場の空気が静止したタイミングで、大地を蹴りつける音が青年の背後で周囲に響いた。
「さすが、フェルム……だが今なら、ラファール!」
フェルムと呼ばれる青年の意識が、弾き飛ばされた二人の学生へ向けられていると判断した三人目の学生。
完全に息を潜めて存在を殺し続けていた彼は、死角に入り込むよう木々の影に隠れながら後方へ回り込み終えると、そのまま青年に向けて魔法を解き放ちながら襲いかかったのである。
「やはりそこに隠れていたんだね」
完全なる背後からの強襲に対し、フェルムと呼ばれた青年は視線を向けることさえ無く、身を翻して襲いかかってきた突風を回避する。
「馬鹿な、背後に目があるとでも言うのかよ!」
突風の魔法を放った学生は、死角から放った一撃を回避されたことに驚愕し、わずかに駆けていた足を鈍らせる。
すると次の瞬間、先ほど突風を回避したばかりのフェルムが突如向き直ると、その場を駈け出して逆に距離を縮めてきた。
「ごめんね、クー・ド・ヴァン」
そう一言述べたフェルムは、慌てて二撃目の魔法を放とうとする学生に対し、極至近距離で彼より早く風の魔法を編み上げると、掌底を放つかのような形で学生を弾き飛ばす。
そして次の瞬間、その空間には三人の学生が大地に寝転がる光景が作り上げられた。
「ふむ……見事なものだな、フェルム君。卒業をまだ前にして完成品と呼ばれる一端を見せてもらったよ」
瞬く間に訓練所に訪れた静寂。
それを打ち破ったのは、一人の女性の声であった。
「ありがとうございます、レリム先生」
フェルムは軽く息を整えると、視線を上げて魔法科の教師へとまっすぐに視線を向ける。
「しかし三人を相手にしながら、ほぼ一瞬で終わらせたか。重ね重ね見事なものだ」
「いえ、まだまだです。それに先生には一度も勝てたことがありませんから」
「はん、それはそうさ。軍を出たと言っても、まだわたしは現役のつもりさ。そうやすやすと学生に負けてやるわけにはいかないさ」
元宮廷魔法士長の肩書を有し、そして先年のクーデターでの功労者の一人であるレリムは、フェルムに向かいニヤリとした笑みを浮かべる。
するとその言葉を耳にしたフェルムは、やや恥ずかしげな笑みを浮かべながら、まっすぐに彼女を見つめた。
「はは、確かに。でもこの大学で最強の名を、卒業までに貴方から奪い取りますよ。それが僕の目標ですから」
これまで目にした中で間違いなく最強と言ってよい教師に向かい、フェルムは自信ありげにそう宣言する。
しかしその尊敬と自負の混じった発言に対して、目の前の教師の反応はやや予想外のものであった。
「大学で最強……か。さて、どうだろうかね。まあ、誰が強いか弱いかなんてどうでもいいさ」
普段は自信家で知られるレリム女史が見せた僅かな躊躇。
それを目にしたフェルムは若干の違和感を覚える。しかし、そんな違和感は彼女が次に放った一言にて霧散した。
「まあ、わたしが強いか弱いかはともかく、君が相手になって欲しいって言うなら、いつでも遊んであげるよ」
「ありがとうございます。何でしたら、別に今でも僕はかまいませんよ?」
やや挑発気味のレリムの発言に対し、待っていたとばかりにフェルムは答える。
その言葉を受けたレリムは、端正な口元をわずかに歪めた。
「へぇ、大した自信じゃないか。彼らじゃウォーミングアップにもならなかったっていうわけかい? ならばかかってきな……って言いたいところだが、今日はダメだな」
「え……どうしてです?」
好戦的なことで知られるレリム故に、まさかこのタイミングで訓練が流れる方向に舵が切られると思わず、フェルムは心底意外そうな表情を浮かべる。
「学長から言われてるんだよ。君は今年の卒業レポートの草案を、まだ学生課に出してないだろ? 釘を刺しておけって言われたばかりでね。ここで君を可愛がり過ぎて草案が上がらなかったら、あたしが学長に大目玉さ」
「卒業レポート……ですか」
戦闘技術だけではなく、学業の成績自体も非常に優秀で通っているフェルムにとって、目下唯一と言っていい悩みの種を口に出され、彼は歯切れの悪い口調となる。
そんな姿を目にしたレリムはやれやれとばかりに肩をすくめると、首を一度左右に振って口を開いた。
「ふん、先日君の草案は目を通したからな。大体の事情は理解しているつもりさ。まあ、今日のところはこれくらいで引き上げてあいつの研究室に行ってきな。週に一度しかあいつは姿を見せないんだからね」
「ですが、アイン博士は、その……」
「フェルム。君がアインの奴に納得していないのはあたしも知っているがね。それでも決まったことは決まったことさ。さあ、いつまでもおやつのもらえない子供みたいな顔をしていないで、行った行った。あたしは他の奴の訓練を見なければいけないんでね」
話はこれで終わりとばかりにレリムはフェルムに向かいそう告げる。
すると、フェルムは苦い表情を浮かべながら、しぶしぶ彼女の言葉に従うこととした。
「気が進まないんですけど、仕方ないですね」
フェルムはそう口にすると同時に、とぼとぼとした足取りで訓練所から歩き出す。
そうして彼の背中がやや小さくなったところで、レリムは周囲の誰にも聞こえないほど小さなつぶやきを口の中で放った。
「ふん。あの様子だとまだなんにもわかってないようだね、あの子は。まあ、あいつもあいつだから仕方ないのだろうけどさ」