軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

割れる国

「諸君、この度集まってもらったのは他でもない。例の男の件で、新たな情報が入った」

今回の会議招集をブラウ公に提案した戦略省次官のテムスは、一同が集まったことを確認し重い口を開く。

「例の男……イスターツの件かな?」

「帝国に大使として飛ばしたのが先日だ。あの男が暗殺されたという報告はついぞなかったが、待っていた吉報だといいが」

テムスの言葉を耳にした陸軍省次官のエミリオッツとメレンバル侯爵家の長子であるフィールは、それぞれ思い思いに口を開く。

すると後で発せられたフィールの発言に対し、テムスは彼へと視線を合わせ、左右に首を振った。

「残念ながらそのような報告ではないな」

「チッ……では、奴に何があったというのですか?」

ユイが健在だと知り、わずかに舌打ちをすると、フィールはそのままテムスへと尋ねる。

その問い掛けを受けてテムスが答えるよりも早く、彼から報告を受けていたブラウが一同に向かって口を開いた。

「帝国とフィラメントがやりあったという話は、既に諸君らの耳に入っているだろう。それに関する風聞なのだがな、イスターツの奴が無断で帝国軍の戦闘に協力したという話だ」

「な、なんと! それは本当ですか?」

エミリオッツはブラウの発言に目を丸くすると、思わずそのまま尋ね返す。その彼の疑問に答えたのは、今回の情報を入手した当人であるテムスであった。

「ああ、本当だ。同一の情報が帝国から複数のルートでもたらされている。つまり、ほぼ間違いないと考えるべきだろう」

「大使の身でありながら、無断で帝国の戦争に協力するだと……あの男、一体どういうつもりだ?」

テムスの返答を耳にして、エミリオッツは思わず顎に手を当てるとそのまま考えこむ。

そんな二人のやりとりを聞いていたフィールは、彼の思考が弾き出した仮説を口にした。

「あの尻尾振りのうまい庶民のことだ。きっと帝国に擦り寄って、媚を売ろうとしたのではないか?」

「いや、私はレムリアックがらみのことだと思う。皆も知っての通り、奴の領地の最大取引相手は表向きはノバミムだが、実際はその背後にいる帝国だ。それ故に、帝国に倒れられては困るから故の行動だろう」

これまで沈黙を保ってきた外務次官のレーベ公爵は、ユイの領地であるレムリアックの事情を基にした仮説を、皆に向かって提示する。

彼の発言は確かに利に聡いという彼らの描くユイ・イスターツ像に合致しており、説得力を有しているように感じられた。

そしてそれ故に、情報をもたらしたテムスは、賛意を占めるように溜め息を吐き出しながら口を開く。

「なるほど、一理あるな。しかしだ、未だ仮想敵国である帝国に協力するとは……恥というものを知らんのか、奴は」

吐き捨てるような口調でテムスがそう告げると、その場の空気をさらに悪化させる情報がレーベよりもたらされる。

「では、外務省経由で私の方に入っている情報も提示するとしよう。まだ確定した話ではないが、ケルム帝国皇帝はミリア第四皇女とユイ・イスターツとの婚姻を年内にもまとめる方針だそうだ」

「皇女と婚姻!? ば、馬鹿な! 庶民が、そう、ただの庶民にそんなこと許されるはずがない。ケルムの皇帝は気でも狂ったのか?」

この会議の中においても最も貴族主義の塊であるフィールは、思わず机に拳を振り下ろすと、怒声のような声を発する。

「やはり皇帝だ、帝国だといえども、所詮はただの成り上がり国家。あの男を婿に選ぼうなどとは、ケルムの品位の貧しさを表しておるな」

円卓会議のまとめ役でもあるブラウ大公は、呆れたように首を左右に振りながら、ケルムのことをそう評する。

「しかし、ブラウ公。これが事実でありましたら、あやつは他国とは言え皇族の一員となります」

「あんな庶民が皇族の一員だと。ケルムの連中は気でも触れたか!」

テムスの発言を聞いたフィールは、未だに抑えきれぬ怒りをテーブルへとぶつけた。

そんな彼の怒りを目の当たりにして若いなとは思いながらも、特にたしなめることもなくレーベは淡々と口を開く。

「普通の常識があれば、身分の違いを理由に断るでしょう。しかし、しかし今回はあの男だ。身分の違いなど見ぬふりをして、案外話を受けてしまうやもしれませんな」

「庶民などと言うものはこれだから汚らわしい。恥や常識というモノを持たぬもの故であろうが……如何です、これを根拠に、今度こそ表立ってあやつを排除しては?」

もはや我慢できぬとばかりに、フィールは一同に向かってユイの排斥を提案する。

「排除……か。しかしどういう名目でだ?」

「それは……」

勢いで発言したフィールはそこで口ごもる。

すると彼の代わりとなるように、レーベが重い口を開いた。

「あやつが本国に無断で、自己の利益のために大使権限を私物化していると糾弾するというのは如何ですかな?」

「なるほど。無断で帝国に荷担した罪、そして他国との婚姻を進めている罪を問おうというのか。たしかに此度の話が事実なら、独断専行も甚だしいからな」

レーベの提案に、確かに無理な話でもないと考えたテムスは、ゆっくり一度頷く。

「ええ。ただ正規ルートで罪を問おうとも、そううまくはいかないでしょうな。おそらく女王やラインバーグあたりが邪魔をするでしょうから」

「ふむ……ならばレーベ。どうすればいいと卿は考えるのかね?」

その鋭い視線を新進気鋭の外務次官へと向けたブラウは、彼にその考えを述べるよう促す。

「そうですな。そんな権限や法律などないことを承知で、貴族院として『クラリスを裏切ったユイ・イスターツを糾弾し追放を提案すると』宣言してしまうのはいかがでしょう」

「なに? どういうことだ」

思わぬ発言に、テムスは額にシワを寄せると、やや前のめりになってレーベに問い返す。

「こういうものはですね、最初に言った者勝ちなのですよ。今回の奴の行動が噂通りなのだとしたら、本人にそんなつもりがなくても解釈次第では裏切ったと見えなくもない。まあ冷静に考えれば、我が国とは関係ないところの戦争でありこの解釈は苦しいのですが、こういうもので大事なのは事実ではなく非を唱えるものの声の大きさが重要です。それに裏切った証拠を提示するならともかく、裏切っていない証明など、まさに悪魔の証明です。いかに困難なことか、皆様もお分かりでしょう」

肩をわずかにすくめながら、全く悪びれた様子もなくレーベは淡々と陰謀の手段を口にする。

その彼の考えを聞いたエミリオッツは、つばを飲み込みながら彼に向かって一つの懸念事項を口にした。

「なるほど……な。しかし奴を気に入っているあの女王やライン公たちが反論してきた場合はどうする?」

「別に構わないでしょう。今回の件だけで、本当にあの男を潰したり追放したりするところまでたどり着けるとは思いませんからね。もちろんばれない程度の証拠は捏造してそれらしく見せる努力は行うべきです。ですが、大事なことはこういう機会を積み重ねて、奴を孤立させること。そして奴の力を削いでいくことです」

皮肉げな笑みを浮かべたレーベがそう述べ終えた時、その場にいる皆の意見は彼の提案への賛同へと傾いていた。

そうして、場の空気を感じ取ったブラウは大きく頷くと、ゆっくりとその口を開く。

「ふむ……他に意見のあるものは?」

会議に参加した面々の顔を、ブラウは一人一人順に見回していく。そして誰の顔からも反対の表情がないことを確認し終えると、彼は貴族院の方針をそこに決定した。

「よろしい、では貴族院として、奴に対する非難声明を行った上で、奴の追放を提案する」

「え、エリーゼ様! 大変です!」

女王としてのエリーゼの執務室。

本来なら前もって約定をとってからしか人の入り込まないその場に、息を切らせながら駆け込んでくる一人の老人の姿があった。

「どうしたの、ラインバーグ? そんなに慌てて」

めったに見ないラインバーグの慌てる姿に、エリーゼは違和感を感じながらわずかに首を傾げる。

「ユイが……ユイのやつが倒れました!」

「えっ! ど、どういうこと!?」

思わぬ報告にエリーゼは両手で口元を押さえると、目を大きく見開く。

動揺を隠せぬそんなエリーゼに向かい、ラインバーグはわずかに呼吸を整えると、はっきりと口を開いた。

「アーマッドの奴からの報告ですが、帝国の軍事行動に参加後、突然意識を失い倒れたとのことです」

「帝国の軍事行動に? ともかく、ユイは……ユイは大丈夫なの?」

声を震わせながら、不安げな口調でエリーゼはそう問いかける。

すると、ラインバーグはゆっくりと首を縦に振った。

「はい。現在大使館経由で伝わっている情報では、命には別状がない様子。ただレムリアックでの一件もありましたので、リュートの奴に帝国へ向かうよう指示致しました」

「そう……ユイ……」

エリーゼは遠くを見つめるように視線を虚空へと漂わせ、そしてゆっくりと両目を瞑る。その瞼の裏には、あのつかみ所のない黒髪の英雄の姿がくっきりと浮かんでいた。

一方、そんな彼女の姿を目にしたラインバーグは、思わず次の報告を告げることを躊躇する。しかし、彼は一度左右に首を振ると、大きく息を吸い込み、そして懐から一通の書簡を取り出した。

「ただ、問題はそれだけではなく……エリーゼ様、これをご覧ください」

「えっと、何かしら……えっ、貴族院からの非難声明! これは一体どういうことなの!?」

ラインバーグが手渡した書簡。

そこに記されてあった文面に目を落とした瞬間、エリーゼは顔面を真っ青にすると、刺のある口調でラインバーグへと問いかける。

「とにかくまずは中を、中をお読みください!」

王女の動揺を予測していたラインバーグは、エリーゼの問いかけに対し、まずは先を読むように促す。

そのラインバーグの言葉を受けたエリーゼは、ラインバーグの表情からただごとではないことを感じ取ると、声を上げながらその文面を読み上げていった。

「我ら貴族院はユイ・イスターツを糾弾する。いかに国を救った英雄といえども、罪を犯した者は糾弾されねばならない。彼の者は自領の発展、そして自己の利益のために利敵行為を行い、その上無断で敵国の皇女と婚姻を結ぶにいたった……って、こ、婚姻!」

「お気持ちはわかりますが、今はお気持ちを沈められて、もう少し、もう少しだけお読みください」

愕然とした表情となり口元を震わせるエリーゼに対し、ラインバーグはその心中を察しながらも、あえて先を読むように強く促す。

「……我々は彼の者の婚姻、そして帝国への戦争協力は、将来クラリスを乗っ取るための意図があると考えずにはいられない。そしてそれ故に、我々は彼の者の追放を提案するに至った……馬鹿な、追放ですって! 何の権限があって、彼らはこんなことを!」

エリーゼはその後に続く貴族院の述べる自己正当化と、ユイへの罵詈雑言を目にして、震える手でその書類を破り捨てる。

「エリーゼ様。これは明らかに貴族院による王家、そしてクラリスという国家への挑戦です。王家及び軍務内務の両省に無断で、我が国の外交大使を非難する権限など、彼らにあるわけがない」

「しかしなぜユイを……彼らがユイを嫌う気持ちをわからないわけではありません。ですが、彼を失ったらこの国はどうなってしまうかわからないのですか、彼らは」

「皮肉なことですが、誰よりも自己の利益を優先するがゆえに、貴族院の連中はすでに情勢を読むという能力が欠落していると考えざるを得ません。ともあれ、すでに奴らはユイの追放をぶちあげてしまいました。是非や真相がどこにあるかはともかく、早急に対応することが必要です」

苛立ちと不安の合わさったエリーゼの胸中を思いやりながら、ラインバーグは前へ事を進めねばならないという強い意志を持って、彼女の背中を押す。

「そのとおりですね。間違っても、今の我が国はユイを失うことはできません。そして一番恐ろしい可能性は、彼を追い詰めることにより、行き場を失った彼が本当に帝国に走る可能性です……待って、彼らの行動で最大の利益を得るのって!」

「……エリーゼ様も気づかれましたか。実は私もそうではないかと思っておるのです。今回の貴族院の行動で最も利益を得る者……そう、それは帝国です」

「ユイを手に入れることができれば成功。そしてユイを手に入れられなくても、クラリス内で騒動を引き起こすことで、国力を低下させた上にユイ・イスターツを無力化させる……ですか。なんと悪辣な」

エリーゼは帝国のこの謀略を企てた人物に向かい、心の底から呪いの念を発しながら、血が出そうなほどに強く唇を噛む。

「私が思うに、恐らく貴族院の内部に帝国との内通者がおるのでしょう。今回の件、あまりにタイミングが良すぎます。少なくとも帝国側は意図的に情報をリークしたと見るべきでしょう。ですが、今は誰がこの絵を描いたのかよりも、走り始めてしまったこの状況をどう食い止めるかです」

ラインバーグはそう口にすると、覚悟を決めた視線をエリーゼへと向ける。

「ええ、あなたの言うとおりね。とにかく、すぐにでもこの内容を否定する宣告を発しましょう」

「わかりました。しかし、宣告の内容には注意が必要でしょう。万が一にも、奴らの告発を否定する文面に誤りが含まれた場合、ユイの奴に道がなくなります」

今回の貴族院の告発を否定するための宣言に僅かな誤りでも含まれていた場合、連中は声を大にして世論の動きを望ましくない方向へそらしてくる可能性がある。そのことを危惧したラインバーグは、反論には慎重を期すべきだとエリーゼに向かって告げた。

「その通りね……ラインバーグ、あなたはどうすれば良いと思う?」

「そうですな、ここはあえて貴族院の告発内容を無視し、彼らの政治介入に対してのみ非難を行いましょう。これに関しては、内務省のヤルムとも連動してすぐに行えるはずです」

以前より貴族院の介入を望ましく思っていない幼なじみの内務大臣の名前を上げながら、ラインバーグはエリーゼに向かいそう提案する。

すると、ユイに対する汚名をすぐに払拭できないことに、エリーゼは渋い表情を浮かべた。

「しかしそれだけだと、ユイにかけられた汚名はそのままになってしまいます……」

「エリーゼ様。まず彼らに対しすぐに非難を行い、そして彼らのリアクションを待つ間に、今回の事実を確認しましょう。それからでも、ユイの名誉を回復することは遅くない。たとえ貴族院の馬鹿どもが忘れていたとしても、この国の民は自分たちを救った英雄への恩を、決して忘れていないでしょうから」

エリーゼの目を見つめながら、ラインバーグははっきりとした口調でそう言い切る。

彼の言葉の中に秘められたユイへの思いを感じ取り、エリーゼはゆっくりと一つ頷いた。そしてそれとともに、彼女は渦中の人物を呼び戻すことを決意する。

「……わかりました。では、今すぐユイを我が国に呼び戻してください。彼の口から事の真偽を確認し、その後に彼らに対して攻勢に出ます」

「確かに、奴らにユイの身柄を抑えられる前に動かねばなりません。ちょうどリュートの奴を帝国に向かわせておりますし、そのまま彼に連れ戻すよう連絡致します!」