軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

調停者

「フフ、ボクの……いや、僕のことを覚えていないのかな。君とは何度か会ったこともあるはず何だけどね」

しゃぶっていた指を口から外し、歪んだ笑みを自らの表情から消し去ると、底冷えするような冷たい声がその場に発せられる。

その姿を目にしたナーニャは、記憶の片隅にこびり付いていた、その男の名を口にした。

「……ウイッラ。ウイッラ・ミラホフ」

「ほら、覚えているじゃないか」

ナーニャの呟きを耳にして、ウイッラは満足そうに右の口角をわずかに吊り上げる。

「ミラホフのサイコ野郎が、このアタイに何のようだい?」

ユイに体を支えられながらも、ナーニャは体に残る力を振り絞って、ウイッラを睨みつける。

しかし彼女の精一杯の反応に対し、ウイッラは特に反応することもなく、抑揚のない声をその口から発した。

「別に君には用はないんだ。用があるのは、君の隣にいる男さ」

ウイッラはそう述べると、ナーニャを支える黒髪の男へと視線を動かす。

「……私に用という事かい。さてさて、ミラホフ家の当主にご指名されるような心当たりはないんだけどね。この戦いに関する文句は、私ではなく帝国のノインという男に言ってくれるかな」

冷たい視線を向けられたユイは、ウイッラに対して苦笑いを浮かべると、ゆっくりと頭を掻く。

「ノイン皇太子か……確かにあの男も警戒するにたる男だ。しかし、今回の絵を描いたのは貴様だろ、イスターツ」

「さて、どう言うことかな?」

確信を持って言い放ったウイッラの言葉に対し、ユイはあえて彼から視線を外す。

「とぼけるな。最初に打ち出された一発目の小型集合魔法。あれの軌道が突然変わったのも、そして我が軍の足下から集合魔法と同性質の魔法が発動したのも、貴様があの魔法に細工をしたからだろ。まさか違うとでも?」

「へぇ……ご名答。しかしあの多発小型集合魔法の輪の中にいた君やフィレオ君が無事だったということ。そして君がそこまで理解した上で、この場に最後に姿を現したということ。これらを踏まえると、先ほどのフィレオ君の蛮行は君の仕業ということかな、ウイッラ君?」

ユイがそう述べた瞬間、ナーニャが両目を剥くと、怒りをその表情にうかべて前に進み出ようとする。

しかし、たちどころに体のバランスを崩すと、ユイは彼女を慌てて抱き止めた。

「ふふ、その通りだよ。万が一戦いに負けた場合の保険とは思っていたけど、最低限の仕事はしてくれたみたいだね。あの自意識過剰のお人形さんは」

「お人形さん……か。つまりは、君がフィレオ君を操ったというあたりかな。さすがムラシーンの師と言うべきなのだろうね」

かつてラインドルを乗っ取りかけたムラシーンがミラホフ家の学校出身であること、そしてその彼の使っていた魔法が人間を人形化して操る魔法であったことをユイは思い出す。

そしてフィレオのことを冷笑交じりに人形と言い放ったウイッラが、今回の黒幕であったとユイはここに確信した。

「残念ながら、直接彼を魔法で操ることができたのは先程の一瞬だけだよ。それも思考に一定の方向性を加えるという、非常に軽微なモノだけさ。その辺りは、さすがマイスム家の当主と言うべきなのだろうね。ありえない絶望と敗北感に直面しても、ほんの僅かしか心のスキマを見せなかったんだからさ」

「なるほど。その言い振りだと、直接じゃない形ならこれまでも彼を操っていたと……つまりはそういうことかな?」

ウイッラの発する言葉の奥に秘められた意味を読み込み、ユイはまっすぐ彼に視線を向けながらそう問いかける。

すると、ウイッラは否定とも肯定ともとれぬ素振りを見せた。

「まあ事あるごとに、彼に多少の助言をし続けてきたことは事実さ。もちろん思考操作がわからないように、わざわざ気狂いの振りまでしてね」

「気狂いの振り……ね。なるほど、今の君の姿が、君の本性というわけだ。ナーニャも最初は君とわからなかったようだからね」

胸元に抱えたナーニャの表情をちらりと覗き見ながら、ユイはそう口にする。

「ああ、勘違いしないでくれ。昔のボクと、今の僕は違う。おそらく彼女が知っているのは、世界に必要とされる前の仮初めのボクさ。その時のボクは、ここにいる僕では決してない」

「ふぅん、君の言葉をそのまま受け止めると、ナーニャが知っているキミと、今ここにいる君は別人と言うことになる。外見はまるで同じなのにね。統合失調……いや、もしかして……君が狙っていたのは魔法勢力の消耗じゃないのかい。つまり君の正体は……」

頭を掻きながら、ユイはわずかに表情を歪めると、そこで言葉を切る。

一方、ウイッラはその言葉を耳にするなり、苦虫を噛み潰した表情となった。

「なるほど、さすがはアズウェルの弟子にして、あの男の息子ということか……しかし貴様はいつだって手間をかけさせてくれる。長い時間をかけてフィレオの劣等感を増幅させ、八割方予定通りに事が運んでいたというのに、これでまた計画を一から練り直しだ」

「いつも? 私と君は初対面だと思うんだが?」

ユイは首を傾げる素振りを見せながら、ウイッラに向かいそう問いかける。

「初対面……か。ふふ、確かにその通りさ。だけどね、貴様に僕の計画を邪魔されたのは、これで二度目なんだ。ラインドルに続いてね」

「ムラシーン……やはりそこにつながるわけだ。待てよ、彼の憎悪の対象こそ君であった……なるほどそういうわけか」

ムラシーンが口にしていた、自分を認めなかったモノの存在。

ユイはこのとき、それこそが目の前のウイッラのことを指していたことに気がつく。そしてそれとともに、その憎悪を目の前の男が活用していたという事実もほぼ確信するに至った。

「憾み、恨み、怨み。そんな感情ほど、人の背中を押しやすいものはない。ただ残念ながら彼の場合は、フィレオ同様に演者としての力が足りなすぎた。もっともイレギュラーな存在があの土地へ訪れたこと、それは彼の不幸でもあったのだろうがね」

「ラインドルをムラシーンに取らせること、そして帝国とフィラメントを弱体化させること。これらを何のためになそうとしていたのか、よかったら教えてくれないかな?」

ユイがウイッラに向かって正面から問いかける。

その問いに対し、ウイッラはわずかに眉をひそめた。

「話してやってもいいが、わざわざそれを貴様に説明する義理が、この僕にあるのかい?」

「ほら、内容によってはお互い話し合いで解決できることも、なにかあるかもしれないじゃないか」

「話し合いで解決? 馬鹿を言わないでくれ。貴様とこれ以上馴れ合うなどできるわけがないだろ、忌むべき調停者よ!」

突然汚物を吐き出すかのような口調になったウイッラは、先ほどまでの氷のような表情を一変させると、途端に嫌悪の感情が満ち溢れる。

一方、その言葉を受け止めたユイは、大きな溜め息を吐き出すと、まるで呟くかのようにぽつりと口を開いた。

「……その言葉で確信したよ。やはり、そう言うことなんだね。ほんの十二年前に、君たちはすでにこの地から消えさったと思っていたよ、修正者くん」

「無くなるはずがないだろ? この世界に魔法という矛盾があり続ける限り、僕達の存在が消えることはない。そしてこの世界を歪ませ続けるシロアリのごとき忌むべき存在。そう魔法士という名の混じり物を完全に駆逐するまで、僕達に安寧の日々は訪れない」

ウイッラは毅然とした表情で、ユイに向かいそう告げる。

そんな二人のやりとりをユイの胸元で耳にしていたナーニャは、困惑した表情で視線を上げた。

すると彼女の瞳は、初めて目にする研ぎ澄まされたようなユイの冷たい眼差しを映し出す。

「二度と、そう二度と君たちとは会いたくなかったのだけどね……それで、今日はこの私に何のようだい? あの時の復讐かな?」

「そんな無駄なことはしない。今日は宣言にきただけさ。いつか君の存在を消し去る。次に魔法士を、そして魔法士になる可能性を秘めた、人間という種をこの世界から抹殺するというね」

「へぇ、これはまた大きく出たね。十二年前に何もできなかった君たちに、再び事をなすことができると?」

「かつての計画の最大の障害であった君の両親は、既にこの世界にいない。そしてこれは先代からの意思であり、何より世界の意思だ。だからこそ、この運命の潮流には誰も逆らえない。例え調停者たる君であろうともね」

まるで演説であるかのように、ウイッラの言葉は少しずつ熱を帯び始める。

一方、そんなウイッラの言葉の中に含まれていたある単語を耳にして、ユイの両眸はさらに鋭くなった。

「それはどうかな? 君が言っている潮流が、本当に君達が望む未来に向けて流れているとは限らない。先程も言ったように、そんなことは十二年前に、とっくに証明された事実さ」

「ふん、口の減らない男だ。まあいい、この場に限っては貴様の勝ちだ。だが、次もうまくいくとは思うなよ」

舌打ちを一つ打ったウイッラは、忌々しげな表情でそう口にする。

ウイッラがその言葉を言い終えるやいなや、ユイは彼の側方を一つの朱い風が駆け抜ける事を感じた。

「次? ふふ、次の機会なんて君にはありませんよ。そう、永遠にね」

瞬く間にウイッラとの距離を詰めた朱い死神は、貼り付けたような笑みを浮かべたまま、自らの剣を一閃する。

「ちっ、朱か!」

迫り来る朱い悪魔に対し慌てて身構えたウイッラは、間一髪のところで腰に備えた大型ナイフを抜き取ると、ぎりぎりのところでアレックスの初撃を受け流す。

「へえ、今のを受け止めるんだ? 魔法士にしておくのは、実に惜しいね」

自らの剣撃に対しウイッラが反応してみせた事実を前に、アレックスはまるで歓迎するかのように右の口角を吊り上げる。

そしてアレックスが次なる第二撃に移ろうとしたまさにその時、ウイッラは不可思議な呪文を口にした。

「The truth hide me in the code.」

ウイッラがその不可思議な言葉を口走った瞬間、彼の体は、そして彼の存在は希薄となり、アレックスの剣は空を切る。

「なに!?」

「朱よ。たしかに貴様の剣技は人間を超えている。だが所詮人間を超えているだけであって、貴様は人間以外の者に成れたわけではない。そう、だからこそ貴様の剣は、永遠にこの僕には届かない」

続けざまにはなった三撃目となる剣撃も、まるで陽炎のように半透明状態となったウイッラの実体を捉えることはなかった。

そして半透明体となったウイッラは、ニヤリとした笑みを浮かべると、アレックス目掛けて両手を突き出す。

「さて、次は僕の番だね。プルガトリオ」

ウイッラがその呪文を口にした瞬間、幻影のような彼の手のひらから、実体を伴う煉獄の炎が出現する。そして、たちまちにアレックスを飲み込まんと襲いかかった。

最至近距離であり、通常であれば完全に自らのテリトリーとも言える間合い。

普段であれば魔法など放たせることなく、一撃のもとに敵魔法士を沈黙させてきたアレックスは、ウイッラの魔法を回避できないことを理解し唇をわずかに噛む。

しかしそのタイミングで、後方から一つの呪文が唱えられた。

「マジックコードアクセス……クラック!」

黒髪の男がその呪文を詠唱すると、アレックスを飲み込もうとしていた炎は途端に反転し、ウイッラへと襲いかかる。

しかし、ウイッラの手により放たれたその炎は、彼の存在をわずかに揺らめかせたのみで、何一つ延焼させることはなかった。

「ふん、魔法改変か。だが無駄なことだな」

「魔法も剣も届かない……か。この世界から半歩外に踏み出している、いや、コードの中に実体を落とし込んでいるのかな。なるほど、たしかに君は修正者というわけだ」

抱きかかえていたナーニャを後方に控えていたフートに預けると、ユイは前方へと一歩足を踏み出す。

「ほう、向かってくるかイスターツ。だが、いかに貴様とて――」

「ユニバーサルコード」

あざ笑うかのようなウイッラの放つ言葉に目もくれず、ユイは世界と自らを繋ぐその呪文を紡ぎ始める。

するとその呪文を耳にした瞬間、アレックスは後方を振り返り、普段では想像できないほど切実な声で彼は叫んだ。

「ユイ、やめるんだ!」

ユイでさえこれまでに一度しか目にしたことのない、動揺するアレックスの姿。

それをわずかに微笑んで無視すると、ユイはキーとなる言葉を口にした。

「アクセス!」

その瞬間、ユイの視界が、そして認識が周囲に拡散していくかのように広がり始め、それとともに彼の意識は現実との境界を失い始める。

世界に溶け出しそうになる個体としての自我を必死につなぎとめながら、雪崩のように押し寄せてくる膨大な情報の波を掻き分け、彼は求める答えを自らの下へ手繰り寄せていった。