作品タイトル不明
有る晴れた日に
快晴の青空の下、明らかに普通の装いの軍隊と異なる一団が、群れをなして都市から歩んでいく。その一団の中で行進する兵士たちは、他国の軍隊とは異なり、魔法士が好むローブ姿のものが目立った。
そしてその行軍する一団よりわずかに離れた小高い丘の上に、三人の人影がある。魔法王メディウム・ディオラム、そしてフィレオ・マイスムとウイッラ・ミラホフという御三家の当主たちであった。
「ふふ、メディウム殿。如何かな、我がマイスム兵団のこの規律は」
自らの魔法学校出身である兵士たちに視線を向けながら、誇らしげにフィレオは胸を張る。
たしかに彼が主張するように、彼の率いる黄土色に武装を統一された魔法士の一団は、群青色のディオラムや深緑色のミラホフの兵団よりもその行軍に覇気と規律を感じさせていた。
「確かに、貴公の軍が最も練度が高いようだな……元より期待しておるよ、フィレオ殿」
「うむ、任せておけ」
メディウムの発言に気を良くしたフィレオは、顔に喜色を浮かべると満足そうに一つ頷く。
「まあこういう戦いにおいては、あくまで我らディオラムはサポート役に過ぎん。貴公の軍がこの戦いの主役となることは自明のことだろう」
フィレオに対してそう口にしながら、メディウムは彼には悟られぬように小さな溜め息を吐き出す。そして口を閉じた彼は、やや苦い表情を浮かべながら今回出征する兵士達を眺めやった。
フィラメントとして今回戦場に動員する兵数はその数二万。
もちろんそのほとんどは常設兵ではなく、彼らの国で魔法業を励んでいるものばかりである。しかしながら大陸西方のどの国家であろうと、これだけの質を有する魔法兵を動員できる国家は他に存在しない。
それ故に、これまで帝国と何度かのいざこざは起こってきたものの、彼等もフィラメントへの全面侵攻だけは見送り続けていたのである。
「しかし今回の戦いの相手が、あの帝国の軟弱魔法兵どもでは、我が兵達にはいささか物足りんかもしれんな。まあ格の違いというものを教えるのも悪くはないが」
フィレオは胸を張りながら、自信に満ち溢れた笑みを浮かべる。
すると、それまで定まらない目つきで、歪な笑みを浮かべながら右手の中指をしゃぶっていたウイッラは、急に身震いするとその場にいる二人に向かって言葉を発した。
「ヒュウゥゥゥゥ、戦闘の指揮は誰が取る? それとも指揮なんかいらないかい? それも一興だァ……いつだってそうしてる。外からゴミが……」
ウイッラは話している途中であったが、急に空を流れる雲を眺めて黙りこくった。
突然雰囲気を異にしたが故、不気味に感じた二人はウイッラの顔を覗きこむ。
「……ウイッラ殿?」
フィレオが恐る恐る声をかけてみると、ウイッラは口の中に指を咥えたまま頭を捻った。
「廃棄物は処理にかけられるべきなんだ、踏み潰して磨り潰して焼き尽くさなくっちゃ。でもでもでもでもッ、もし万が一ひょっとしてボクのモルモット達がそのゴミに潰されるようなことがあったらッ……あったらッ……! ヒヒヒッ」
部下や教え子、そして自らの魔法学校に関わるもの全てをモルモットと評するウイッラは、急にうずくまると、地面の土を素手でかきむしり始めた。
「許せないよなァ、許せるわけがないよなァ? ゴミがッ! ゴミがァッ!」
あまりにも力強く大地をえぐろうとしたが故に、ウイッラの手の爪は剥がれかけ、そして赤い血の滴が大地へと落ちる。しかしそれでも彼はその手の動きを止めない。
彼の異常性をよく知りながらも、思わず口を開けて眺めることしかできなかったメディウムであったが、ウイッラの出血が増しつつ有ることをみかね、治療魔法を唱えようと声をかけかける。
そして彼が口を開こうとした瞬間、ウイッラは不意にピタリと動きを止めると、頭だけを後ろ向きに捻った。
「大丈夫だよネ? ボクのモルモット達は、ゴミ共なんかには、そう汚らわしいゴミどもなんかには潰されたりしないよナ?」
思わぬタイミングで声をかけられたメディウムは、その狂気の混じった陰湿な目から視線を外すと一拍の間をおいた後に一つ頷く。
そしてもう一人の当事者であるフィレオは、そんな気圧された体のあるメディウムへ向けて口を開いた。
「まあ普通に戦っても負けはしないが、ウイッラ殿のお気持ちと同様に、我が部下たちにも不要な犠牲を強いたくはない。どうだ、ディオラム殿。魔法王たる卿は後方から戦いを観覧頂くこととして、貴公の軍の指揮権を私に任せるつもりはないか?」
「サポート役の我らディオラム兵が単独集団で行動しようとも、戦況にあまり益をもたらさぬのは事実だな……いいだろう。この戦いにおいて、我が軍を卿に一任することに関しては、別に異論はない」
ディオラム家は回復魔法や支援魔法における大家として知られる家柄であり、そしてそれに特化した魔法学校を有している。
もちろんディオラム家も魔法の名門であるがゆえに、中には攻勢魔法を扱う者も少なくはない。しかしながら、やはりその規模といい技量と言い、残りの二家、特にマイスム家に属する者と比較すると大きく見劣りすることは事実である。
そしてそれ故に、ディオラムの今回の戦いにおける役割は、主に後方支援に活用されるべきというのが衆目の一致する見解であった。
「うむ、では一任されよう。さて、ウイッラ殿はいかがかな?」
「ヒャッヒャッ、ボクの部隊は今回の戦いの正に切り札だからネ。だから全体の動きの中で適切に投入することが肝要サ。まあそう言うことなら、不本意だけどうちのモルモット君たちを君に預けてあげてもいいヨ。でももし無駄に死なせることがあったら……」
「だ、大丈夫だ、ウイッラ殿。多少の犠牲はともかく、貴公の部隊を無駄に消耗する気はない」
「……なら、イイんだけどネ。ヒャッヒャッヒャッ」
まるで裏声のような甲高い声で笑いながら、ニヤニヤした笑みを浮かべてウイッラもフィレオの指揮権を承認する。
ここに至り、ようやく今回の戦いにおける責任者が決められた。
「ま、まあ、おまえ達の兵を無駄に消耗させることなど無いから安心してくれ。あくまで先陣は我が兵達が駆け抜けるのでな」
二人の軍の指揮権を移譲されたフィレオは、彼らを順に目にして大きく一度頷くと、自らの軍の働きを約束する。
「先陣を駆け抜ける……か。しかし噂では、帝国軍はエーデミラス城塞に籠もって、防衛戦を行うつもりだと聞いているが?」
フィレオのやや自信過剰な反応にわずかな危惧を覚えたディオラムは、彼に向かってそう確認する。
「引きこもりたいなら、引きこもらせてやれば良い。我らが魔法兵の力で、城塞ごと吹き飛ばしてやればよいのだからな。ふふ、それともメディウム殿は奴らが怖いのか?」
「別に怖くはない、ただ確認しただけだ。何事も念には念を入れるべきだからな」
臆病者をあざ笑うかのような視線を向けられたメディウムは、淡々とした口調でそう述べる。
一方、そんな彼らのやりとりを耳にしていたウイッラは、何がおかしいのか右の口角を釣り上げる。
「ククッ、まあその辺りの情報はボクに任せなヨ。あの国に送っていたモルモット君達は結構死んじゃったけどさ、ボクの子達はまだまだいるからネ」
「……使い捨てのネズミ扱いか」
「フフッ、このボクの役に立てたんだヨ。この間、死んじゃったモルモット君たちもきっと感謝で泣いているヨ。それに次のモルモット君たちには既に動いてもらっているしネ」
両方の口の端を吊り上げると、ウイッラはピエロのような笑みを浮かべる。
「次のモルモット? 一体、何のことだ?」
「ヒャヒャ、もう手は打ってあげているということサ。ボクが、そうこのボクが大事なモルモット君達をわざわざ使ってあげて、帝国のゴミクズ諜報員を飼ってあげていル。フフ、彼らの驚く顔が、そして泣き叫ぶ顔が早く見たいヨ。この街を出たばかりのうちの子達が、突然彼らの前に姿を現すんだからネ。ああ、その時の彼らの表情、そして絶望。言い様もなく甘美ダヨ」
帝国のスパイ網を逆用していることを述べたウイッラに向かい、まったくそのような報告を聞いていなかったメディウムは嘆息する。
そして残りの二家とそのような連携を取ることは不可能であることをあらためて理解すると、諦めたように口を開いた。
「……とりあえず、こと戦闘に関することは貴公等に任せたよ。私は本国との連絡と輸送を担当させてもらうのでな、戦いにまでは手を貸せそうにない」
「おう。魔法王殿は差し当たって戦いのことなど気にせず、せいぜい実務に精を出してくれ」
余裕あふれる笑みを浮かべながら、フィレオはメディウムに向かってそう発言する。
「そうさせてもらうよ。では、私は失礼する」
戦いの前というのに、どことなく余裕のあるフィレオとウイッラを危惧しながら、メディウムは小さな溜め息を吐き出した後に、その場から辞去を告げた。
「……しかし、本当に一人でやらせていいのか? 下手をすると、我らが軍に視線を向けているうちに、遠隔地から国内の地歩固めをする可能性もあるが」
「クックック、別にいいじゃないカ。もしメディウムくんにそんな度胸と野心が有るなら、これまでにボクたちを潰していたヨ。なのに、彼は魔法王になっても変わらなかっタ。所詮はただのお人好しサ。大事なところでヘマをしてくれた、出来の悪いモルモット君たちにも劣るネ」
魔法王選挙で敗れた他家の当主は、王国の権力の安定を揺るがしかねないとして、強制隠居させられるのが習わしである。
しかしながら今代の魔法王であるメディウムは、その生来のお人好しさが故、選挙で争ったフィレオとウイッラを各家のトップから追放しなかった。
そのことはフィレオには、自らを低く見ているという侮辱と捉え、そしてウイッラには隙の多い忌避すべき堕王と捉える切欠となっていた。
そして二人は今日この日を迎えるまで、メディウムを追い落とすために画策していたのである。
「それもそうだな……しかしヤツの甘さは、さすがディオラムとでも言うべきかな」
「ハハッ、だろウ。まあ、彼が甘かろうが、甘く無かろうが、それはボクたちには関係ないヨ。指揮権を放棄したものに、我らが作戦をどうこう言われる筋合いはないからネ」
「例え、帝国を落とした後に、そのまま引き返してきた兵によって殺されようともな」
「アア、その通りサ」
そうして共に笑みを浮かべたフィレオとウイッラは、それぞれ油断なくお互いの表情を探りながら、共謀を口にしあう。
「しかし今回の件。さすがだよ、卿は。帝国を蹂躙するための準備と言い、あの男を駆逐する計画と言い、さすがと言わざるを得んな」
「ヒヒッ、でもボクだけじゃ無理だからね。キミがいないと無理なのサ」
ウイッラは引き笑いをしながら、目の前の男に対し謙遜を口にする。
「褒め言葉と受け取っておこう。ところでだ、最後の仕上げのことを考えるなら、やはり帝国軍との戦いでは、奴の軍を囮とするべきかな?」
「無理だヨ。囮にするにしても、ディオラムじゃ脆すぎル。あんな軟弱な魔法士たちにそんな大役は無理だネ。どうせ自ら戦う術を持たぬモルモット君たちなんだ、主力の後方で回復に専念させてあげていたらそれでいいヨ」
「確かにそれもそうか。例えディオラムを攻める段となって、慌てて噛み付いて来たところで、奴らの軟弱な牙では傷さえ付けれないだろうからな」
視線の先を歩むディオラム兵に向かって、小馬鹿にしたような視線を送りながら、フィレオは彼らをそう評する。
その言葉を耳にしたウイッラは、ニンマリとした笑みを浮かべる。そして含み笑いをした後に、気色悪い声で言葉を発した。
「クックック、その通りサ。だから、僕達がすることは一つだケ。目の前のケルムに死体をバラまいて、そして次にディオラムのモルモット君たちの死体をバラまく。ヒャヒャヒャ、シンプル、そう実にシンプルだヨ」
まるでピエロのように口角を吊り上げたウイッラは、片手で顔を抑えながらその場で笑い続ける。
ウイッラによる帝国軍のスパイ網の調略。
その工作活動にて帝国は完全にその眼と鼻を潰され、突然強襲した魔法公国軍により国境砦はわずか一日で陥落することとなった。
そうして予期せぬ混乱と動揺の最中にある帝国と、先勝に沸く魔法公国との戦いは、帝国南部地域の要エーデミラスへとその舞台を移すこととなる。