軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

僕は噛ませ犬として戦うことを決意しました。

「こんな時間までお邪魔してしまい、申し訳ありませんでした」

サンドラをはじめとしたシュヴァリエ家の面々との夕食を終え、僕は玄関で深々とお辞儀をした。

夜空には下弦の月が 煌々(こうこう) と輝いており、外は少し肌寒い。

それにしても……。

「「…………………………」」

夕食中もそうだったけど、シュヴァリエ公爵とセドリックは物言いたげな視線をずっと僕に向けているよなあ……居たたまれない。

「ハロルド殿下、謝らないでくださいな。あなたはもう、私達の息子なのですから、そうよね、あなた?」

「むむ!? う、うむ……」

ノーマ夫人に話を振られ、何とも言えない表情で渋々頷くシュヴァリエ公爵。やはりまだ、僕とサンドラの婚約に思うところがあるみたいだ。

といってもそれは、僕が『無能の悪童王子』だからではなく、単に娘を取られたくない父親の心境としてだけど。

そのことは、僕に向ける視線に 侮蔑(ぶべつ) のようなものは、一切感じられないことからもよく分かる。

ならば、娘を溺愛する父親の嫉妬くらい、甘んじて受けるとしよう。嫌だけど。メッチャ嫌だけど。

「ハル様。また明日、王宮でお逢いしましょう」

「はい。また明日、王宮で」

僕とサンドラは、互いに決意を込めて頷き合う。

エイバル王が僕達の仲を引き裂き、ウィルフレッドと最推しの婚約者を結び付けようと考えている可能性があるのなら、僕達は戦うだけだ。

「それでは、僕はこれで……わぷっ!?」

馬車に乗り込もうとしたところで、ノーマ夫人に思いっきり抱きしめられてしまった。

そ、その……サンドラが聞いたら絶対にキレるだろうけど、ノーマ夫人はサンドラと違って色々と大きい。それはもう、圧倒的に。『エンハザ』のどんなヒロインも太刀打ちできないほどに。

なので、僕の顔はノーマ夫人の胸の中に吸い込まれておりますとも、はい。

「ノ、ノーマ夫人……」

「ハロルド殿下……私の可愛い息子。ここはあなたの家でもあるのですから、いつでも帰ってきてくださいね? そして元気な姿を、私に見せてちょうだいね?」

「あ……」

ノーマ夫人の母としての優しさに、温もりに、僕はまた涙が 零(こぼ) れそうになる。

でも……もう僕は、泣いたりなんかするもんか。

サンドラと共にある限り、この温もりはずっと僕のものなんだから。

僕は……この温もりを、手に入れたのだから。

「はい、必ず。その…… 義母上(・・・) 」

「うふふ、約束よ?」

優しく髪を撫でてもらい、思わず口元が緩んでしまう。

けど、もう帰らなきゃ。

「みなさん! それでは、失礼します! また来ますね!」

「はい!」

「待っているわね!」

名残惜しさを残してノーマ夫人……義母上から離れ、みんなに見送られながら僕はシュヴァリエ邸を後にした。

「おや? 兄上、お出かけでしたか」

王宮に帰った途端、よりによってウィルフレッドの奴と出くわしてしまったよ。

もちろん、その隣にはマリオンもいる。

「ああ……ひょっとして、 義姉上(あねうえ) のところに?」

「オマエには関係ないだろう」

これ以上相手にしていられないと考えた僕は、吐き捨てるようにそう告げると、二人を無視して自分の部屋へと向か……おうとしたんだけど。

「そういえば、一つ聞きたかったんだ。オマエ、僕の婚約者……サンドラのこと、どう思っているんだ?」

「兄上?」

そう……前々から僕は、知りたかった。

どうしてこの男は、幼い頃サンドラに あんな真似(・・・・・) をしたのか。

もう八年も前の出来事だし、あの頃は六歳だから、ウィルフレッドは覚えていないかもしれない。

でも、もし今でも覚えていて、それでもなおサンドラに対して『 義姉上(あねうえ) 』などと呼んで絡んでくるのだとしたら、どの 面(つら) 下げてとも思うし、変に 勘繰(かんぐ) ってしまうよね。

ひょっとしたら、ウィルフレッドはエイバル王の思惑を知っているのではないのか、と。

「どうって……彼女は兄上の婚約者、それ以上でもそれ以下でもありませんが……」

ウィルフレッドは不思議そうな表情を浮かべ、マリオンと顔を見合わせる。

その様子からも、少なくともエイバル王の思惑について知っている節は見受けられないし、そもそも、八年前のことも覚えていないみたいだ。

……僕の思い過ごしか。

「変なことを聞いて悪かった。じゃあな」

首を傾げるウィルフレッド達と別れ、僕は今度こそ部屋へと戻った。

すると。

「……ハル、気づいてた? あの馬鹿、ハルの後ろ姿を見て口の端を吊り上げてたよ」

「キャス?」

開口一番、キャスが眉根を寄せてそう告げた。

つまり、それって……。

「ハロルド殿下。おそらくウィルフレッドは、お嬢様に対してよからぬ感情を抱いているかもしれません。幼い頃にあの者がしたことも、何か理由があるかと」

「モニカ……」

元々彼女はサンドラの侍女であり、姉のような存在でもある。

当然、八年前の出来事についても、サンドラから聞いて知っているんだろう。

「それなら、これではっきりしたね。アイツは僕達にとって間違いなく敵であり、絶対に排除しなければいけない存在だってことが」

僕が前世の……立花晴の記憶を取り戻した時に、決意したこと。

ヒロインでもなく、スチルが一枚しかないただのモブだった最推しの婚約者と、絶対に婚約破棄をしないこと。

そして……主人公であるウィルフレッドや他のヒロイン達と、関わり合いにならないこと。

だけど、 僕の(・・) サンドラに危害が及ぶ可能性があることが分かった以上、二つ目の決意は撤回させてもらう。

たとえ『エンハザ』のように、主人公の噛ませ犬として争わないといけないのなら、戦ってやる。

そして、教えてやるよ。

――噛ませ犬にだって、牙はあるんだってことを。