軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

主人公の専属秘書が、愚かにも最推しの婚約者に勝負を挑んできました。

「これはこれはハロルド殿下、おはようございます」

どこかご機嫌な様子のマリオンが現れ、優雅にカーテシーをした。

それも、いつもの侍女服ではなく、貴族令嬢のようなドレスを身に 纏(まと) って。

……って、そういえば彼女も伯爵令嬢だったよ。忘れてた。

「あ、ああ、おはよう……」

ちょっと面倒くさそうな予感がしたので、僕は軽く挨拶を返し、さっさとその場を立ち去ろうとしたんだけど。

「この度、ウィルフレッド殿下が正式にカーディス殿下の右腕となられたことに伴い、我がシアラー家も取り立てていただくこととなりました」

聞いてもいないのに、勝手に語り出すマリオン。

どうやら彼女は、僕に自慢したかったみたいだ。

「そ、そう。それはよかったねー……って」

「ハロルド殿下」

満面の笑みを浮かべ、マリオンが僕の前に立ちはだかった。

いくら将来的に第三王子の座を捨てるつもりだからって、一応まだ僕は王族なんだ。なのに僕の行く手を 遮(さえぎ) るなんて、さすがに不敬なんじゃないかな。

「この私をあの御方の専属侍女に推挙していただき、本当にありがとうございました。おかげで私は、こんなにも幸せになりました」

ああー……確かに、結果的に僕はマリオンの宿願を叶えた形になるのか。

だから、こうやってお礼を言われるのもおかしくはない……って、いや、おかしいだろ。

「それに、ハロルド殿下がカーディス殿下の派閥から抜けられたことで、 愛しの(・・・) ウィルフレッド殿下が右腕となることができたのです。全てはハロルド殿下の 思(おぼ) し 召(め) しです」

ニタア、と口の端を吊り上げ、まるで勝ち誇ったように話すマリオン。

それにしても、やっぱり主人公とヒロインだけあって『恋愛状態』になったか。ずっと 傍(そば) にいたら、そうなるに決まっているよね。

なお、『エンゲージ・ハザード』においてヒロインが『恋愛状態』になると、全能力値に補正がかかり、通常パラメータが一.二倍に上昇する。

なので、ゲームを有利に進めるためには使用するヒロインをしっかり攻略しないといけない。

ただ、ヒロイン攻略に当たっては単にシナリオを進めるだけでなく、チャット形式でのやり取りが最重要。曲者なのが、このチャット形式には決まった選択肢というものがないこと。

ヒロインの言動や性格などから推測して、その時その時において最適な答えをプレイヤー自ら考えないといけないのだ。

それを、主人公であるウィルフレッドはやり遂げたってことか。

「それはよかったわね。なら、そのことに生涯感謝し、これまでの行いと、たった今あなたが行ったハル様への不敬について一生罪を償いなさい」

やはり僕の婚約者は黙っている人ではなかった。

絶対零度の視線を向け、無機質だけど聞いた者が凍死してしまいそうな声で告げる。

「この私が、ハロルド殿下に対して不敬を働いた? まさか」

そんなことはしていないと、マリオンは肩を 竦(すく) めて大袈裟に語った。

このヒロイン、一体どの口で言っているのだろうか。

まあいいや。こんな女に付き合っている暇はない。僕は忙しいのだ。

「サンドラ、行きましょう。早く午前の訓練を済ませてしまわないと」

「あ……ふふ、そうでした。あのような 屑(くず) に仕えて満足している女など、構っている暇はありませんでしたね」

小さな手を引き促すと、サンドラはクスリ、と微笑む。

もちろん、ウィルフレッドとマリオンをディスることを忘れずに。

「では、ごきげんよう」

会釈すらせずそう告げると、サンドラは僕に少し身を寄せて訓練場へと向か……おうとしたんだけど。

「そういえば……アレクサンドラ様は、ハロルド殿下に武術をご指南されておられるとか」

「それが何か?」

「でしたら、 それなりの(・・・・・) 腕前だとお見受けしますが、私も騎士の端くれ。もしよろしければ、一つ手合わせをお願いしたいのですが」

マリオンは、にこやかな表情でそんなことを告げた。

ああ、なるほど。試合としてなら、たとえ身分が下のマリオンでも痛めつけることができると考えたんだろう。

年齢も体格もマリオンのほうが上だし、『恋愛状態』になったことで能力値も底上げされている。悲願だったシアラー家の再興も果たしたことだし、今のコイツはそれはもう解放感と自信に満ち 溢(あふ) れていることだろう。

「あら。あなた、あの 屑(くず) の世話をしなくてもいいのかしら?」

「そうですね。いずれ 英雄(・・) となられるウィルフレッド殿下からは、『好きにしてよい』と許可をいただいておりますので」

そういうことか。

つまりマリオンは、アイツの差し金ってわけだ。

だけど、僕ではなくサンドラに狙いを定めるなんて、馬鹿なんじゃないかな? 馬鹿なんだろうな。

「……僕の大切な婚約者に、 貴様ごとき(・・・・・) の相手をさせるわけないだろ」

僕は自分でも驚くほど低い声で、そう告げた。

当然だ。コイツもウィルフレッドも、僕自身よりも大切な 女性(ひと) に手を出そうとしたのだから……って。

「サ、サンドラ!?」

「ハル様……私は今、幸せで満ち 溢(あふ) れております」

いきなり腕に抱きつかれ、僕は驚いて声が上ずってしまった。

いや、何をしてるの? もちろん嬉しいけど。

「ご安心ください。ハル様もご存知のように、私がこのような女に後れを取ることなどあり得ません。それよりも、この愚かな女に、 現実(・・) というものを教えて差し上げましょう」

「っ!?」

一通り頬ずりをしたサンドラが、マリオンへ振り向くと、三日月のように口の端を吊り上げた。