軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最推しの婚約者が幼い頃の思い出を語りました。

今から七年前……私がまだ六歳の頃。

当時の私は、シュヴァリエ家の者とは思えないほど身体も弱く、外出することもなくていつも領地にある本邸の自室から、外の景色を眺めることが日課でした。

同年代の友人もおらず、本を読んでは想いを馳せる……物語にあるように、世界中を冒険してみたり、王子様と素敵な恋をしてみたり……ふふ、想うだけなので、私はどこへでも行けました。

そんな、ある日のこと。

険しい表情のお父様から、王宮へ訪れなければならなくなったと告げられました。

私の侍女であるモニカに事情を確認してもらうと、なんでも国王陛下が私を王子殿下の婚約者候補に選ばれ、顔合わせに参加してほしいというのです。

お父様は、私が病弱であることもあり、陛下に強く断りを入れたそうなのですが、義理で構わないのでと強く懇願されてしまい、絶対に婚約者に選ばないことを条件に渋々お受けになられたとのこと。

そのことを知った私は、胸が躍りました。

王子殿下との婚約はともかく、私にとって初めての王都なのですから。

ですが。

「本当に、この格好でいいの……?」

「はい。お館様からのご指示です」

どういうわけか、用意された衣装はいつものドレスではなく、男の子が着るようなブラウスにキュロット。

婚約者候補として王子殿下とお会いするというのに、これでいいのかと首を傾げてしまいます。

後(のち) に理解しましたが、お父様は万が一にも王子殿下達に見初められないようにと、あえて男の子の格好をさせたようです。

また、そのような見た目に惑わされることなく、私……アレクサンドラ=オブ=シュヴァリエを評価できるか、見極めるために。

お父様もなかなか意地悪なことをなさったものだと思いますが、そのおかげでこうしてハル様と婚約できたのですから、今思えば感謝しかありません。

そして、馬車による移動を一週間かけ、お父様に連れられて王宮へとやって来ました。

「わああああ……!」

ここまでの旅もとても楽しく思い出深かったですが、初めて訪れた王宮のきらびやかさに目を奪われ、私は見入っておりました。

もっと他のところも見てみたい。

そんな欲が出てしまった私は、普段なら絶対しない 悪戯(いたずら) 心も芽生えてしまい、お父様の目を盗んで一人で王宮内を歩いたのです。

この時の気分は、まさに物語に登場する冒険者の気分でした。

ですが、そんな楽しい冒険の旅は、すぐに終わってしまいます。

どこまでも続く赤い廊下と、その先に広がる暗闇。

周囲には知っている者は誰もおらず、急に不安になったのを、今でも鮮明に覚えています。

そんな時でした。

「あれ? こんなところに、どうして男の子が?」

現れたのは、白銀の髪と灰色の瞳を持つ、一人の男の子。

屈託のない笑顔を見せて、膝を抱えて一歩も動けなくなった私に、優しげに声をかけてきたのです。

「そ、その……」

「ああ、迷子になったんだね。だったら、僕が案内してあげるよ」

心細くなったという事実を伝えるのが恥ずかしくなり、 躊躇(ちゅうちょ) していると、男の子はそんなことを言って手を差し出しました。

その手を取ろうかと思いましたが、あの時の私は強がって、あえて自分だけで立ち上がりました。

「ふうん……ところで、君の名前は?」

「あ……そ、その、“アレクサンダー”です」

私は 咄嗟(とっさ) に、男の子らしい名前を告げました。

今回の婚約者候補としての面会では、その時まで男の子だと偽ることに決めておりましたので。

「そっか」

男の子は興味をなくしたように、プイ、と背中を向けてしまいます。

先ほどまでと違う反応に、少々戸惑っていると。

「ハロルド」

「え……?」

「僕の名前はハロルド。ハロルド=ウェル=デハウバルズ。この国の第三王子だよ」

勢いよく振り返り、どこか愉快そうに満面の笑みを浮かべて名乗られました。

「ウーン……なかなか見つからないね……」

「…………………………」

男の子……ハロルド殿下がお父様のところに連れていってくれると、案内を買ってでてから、十分は過ぎたでしょうか。

お父様と合流できないばかりか、むしろ最初の場所からどんどん遠ざかっているように感じます。

「ほ、本当に、この先にお父様が……?」

「間違いないよ。貴族達は、父上……国王陛下との謁見をこの先の部屋でするからね。だから、この付近にいるはずなんだけど……」

そう言って、またさらに廊下の奥へと進みます。

ただ、周囲はさらに人の気配が少なくなってゆき、どことなく殺風景に感じました。

「あ! 多分、この扉のさらに奥の部屋だと思うよ!」

「本当?」

「うん!」

何かを見つけたかのように、ハロルド殿下は嬉しそうに教えてくれました。

この不安な気持ちから、ようやく解放される。

私は嬉しくなり、扉に手をかけます。

「お父様! 申し訳ありません!」

謝罪の言葉とは裏腹に、私の声はとても弾んでいました。

おそらく叱られるでしょうけど、自業自得ですので甘んじて受け入れましょう。

その時。

「え……?」

突然、後ろの扉が閉まりました。

「ハロルド殿下!? ハロルド殿下!?」

「あはははは! 馬鹿な奴!」

扉の向こうから聞こえる、ハロルド殿下の 嗤(わら) い声。

そう……私は、この時になってようやく気づきました。

ハロルド殿下が……あの白銀の髪の男の子が、私を騙したということに。

彼がどうしてこんなことをしたのか、私には理解できませんでした。

「この間抜けめ! よーく聞け! 僕はハロルド! ハロルド=ウェル=デハウバルズだ!」

散々馬鹿にするような言葉を投げかけ、最後に改めて自分の名前を名乗ると、 嗤(わら) い声と足音が、どんどん遠ざかっていきます。

「お願い! 開けて! 開けてえええええ!」

必死に叫びますが、誰も返事をしてくれません。

よく見ると部屋の中はとても 埃(ほこり) っぽく、長い間使われていないことがすぐに分かりました。

「お願い! お願いだからあああ……っ!」

こんなところに閉じ込められて、不安で、どうして勝手に一人で探検なんてしたんだろうと後悔して。

あの男の子……ハロルド=ウェル=デハウバルズを恨みました。

それと同時に、今まで抱いていた物語の中の王子様の印象が、あっという間に色あせていきます。

本物の王子は、私にこんな酷いことをする、最低の男なのだと。

「う……ううう……っ」

不安と焦燥に駆られていたこともありますが、何より悔しくて、口惜しくて、私は拳を握りしめて涙を 零(こぼ) していました。

その時です。

「あれ? あそこ……」

「っ!?」

窓の外から聞こえる、男の子の声。

私はすぐに窓の 傍(そば) へと駆け寄ります。

でも。

――ふい。

オニキスのような黒髪をたなびかせ、男の子は首を 傾(かし) げて遠ざかっていきました。

「お願い! 待って!」

私は窓から必死に叫びます。

でも、六歳の私では鍵まで手が届かず、窓を開けることができません。そのため、私の声は男の子に届くこともなく、そして……とうとう姿が見えなくなってしまいました。

「あ……あああああ……っ」

希望が 潰(つい) え、私はその場で膝から崩れ落ちてしまいます。

誰もいない……誰も来ないこの部屋で、私は独りぼっちで死ぬかもしれない。

そんな恐怖が押し寄せ、身体の震えが止まらなくなる。

でも。

「ねえ……誰かいるの?」

そんな私の恐怖を吹き飛ばすように、男の子の声が扉の向こうから聞こえてきたのです。