作品タイトル不明
大切な婚約者にプロポーズしました。
「うう……胃がキリキリ痛む……」
深夜の寄宿舎の玄関で、僕はお腹を優しくさする。
というか、サンドラの詰問がシャレにならないくらい厳しかったよ。
しかもさあ、モニカとキャスが、嬉しそうに彼女に見せびらかすものだから、あの後メッチャ 拗(す) ねられたし。
「まあ、サンドラからすれば、自分だけ仲間外れにされた挙げ句、そういったプレゼントもないんだからねえ……」
僕はポケットにあるサンドラへのプレゼントに触れ、溜息を吐いた。
さすがにこれは、しかるべき時まで内緒にしないといけないから、僕もつらいよ……。
すると。
「ハル様、お待たせしました」
現れたのは、白を基調としたドレス姿のサンドラ。
今日は深夜で二人っきりのデートだから、ぜひにとお願いしたんだ。
「ううん、僕も今来たところだよ」
「嘘をおっしゃらないでください。少なくとも一時間以上はここにいらっしゃったではないですか」
「どうして知ってるの!?」
僕は驚きの声を上げて尋ねるも、サンドラはクスクスと笑うばかりで教えてくれない。
こ、今度からは細心の注意を払うことにしよう。
「そ、それじゃ行こうか。ちょっと歩くけど、いいかな?」
「ふふ、もちろんです。月明かりにあなた様と街を歩くなんて、すごく素敵です」
サンドラの小さな手を取り、僕達は寄宿舎を出て王都の中心街へと向かう。
距離にして歩いて十分程度だけど、普段は馬車で移動するだけに、少し新鮮な気分だ。
「風が心地よいですね」
「そ、その……寒くない?」
「はい。……と言いたいところですが、少し肌寒いです」
そう言って、サンドラが 窺(うかが) うようにチラチラと僕の顔を 覗(のぞ) き込む。
つまり、僕の上着を貸せということだ。
「はい、どうぞ」
「ふふ……ありがとうございます」
上着をかけてあげると、彼女は嬉しそうに顔を 埋(うず) める。
満足してくれたみたいで、何よりだよ。
「ところで、今夜はどちらに連れて行ってくださるのですか?」
「それは行ってからのお楽しみってことで」
「まあ」
尋ねるサンドラに僕はおどけてみせ、彼女が少し不満げに頬を膨らませた。
でも、その表情も長続きはせず、すぐに頬を緩めたけどね。
そして。
「ここは……」
たどり着いた場所は、王都の中心にある施設。
ロイドの実家でもある、バルティアン教会だった。
「さあ、中に入ろう」
「は、はい……」
僕に手を引かれ、サンドラはどこか落ち着かない様子で教会の中へと足を踏み入れる。
「お待ちしておりました」
「ハル! サンドラ! 遅いよ!」
そこには、先に到着していたモニカとキャスがいた。
「こ、これはどういうことですか? 今夜は、二人きりのデートのはずでは……」
「ごめん。嘘を吐いちゃった」
困惑するサンドラに、僕は舌を出して悪戯っぽく笑う。
二人きりでもよかったけど、ちゃんと 誓い(・・) を立てないといけないからね。
「ハル様、そろそろ目的を教えてくださいませ」
「あ、あははー……うん」
眉根を寄せるサンドラの前に立ち、僕は真剣な表情で彼女のサファイアの瞳を見つめる。
「サンドラ、聞いてほしい。これから起こる、最低な未来の可能性を」
僕はゆっくりと口を開き、 訥々(とつとつ) と語り始めた。
◇
サンドラ……君は信じられないかもしれないけど、この世界に似た、 ある物語(・・・・) が存在するんだ。
その物語で僕は一人の登場人物で、『無能の悪童王子』と呼ばれ、実の兄であるカーディスにいつもおべっかを使い、他の者達には当たり散らす最低の王子だったんだよ……って、それは二年前までそうだったから、君も知っているよね。
でも、物語ではそんな性格も態度も治ることはなく、王立学院に入学してからも相変わらずだった。
同い年のウィルフレッドも当然ながら王立学院に入学し、僕とは違って王立学院で出会った仲間達に囲まれていたよ。
そして僕とウィルフレッドが、二年生になった時の、四月五日。
エイバル王に呼ばれ、僕達兄弟は謁見の間に集まった。そこには、カーディスやラファエルの姿も。
その後、侍従や大臣達を連れて現れたエイバル王が、僕達を見て宣言するんだ。
『世界一の婚約者を連れてきた者を、次の王とする』
その場にいた者達はどよめき、僕達四人の王子も困惑する。
でも、エイバル王の意思は固く、結局その宣言どおり僕達兄弟は世界一の婚約者探しを始めるんだ。
カーディスも僕も、既に婚約者がいるのに。
もう言わなくても分かるよね。
そう……エイバル王の宣言を受け、僕……ハロルドは、婚約者であるアレクサンドラ=オブ=シュヴァリエに、婚約破棄を告げたんだ。
高らかに、醜悪な笑みを浮かべて。
君はただ無言でそれを受け入れ、僕達の婚約は正式に破棄された。
うん……本当に、最低な男だよ。この僕は。
当然ながら納得できなかったのは、君の父君であるシュヴァリエ閣下と兄君のセドリック殿。
王国に反旗を 翻(ひるがえ) し、王都に迫るけど、残念ながらウィルフレッドの活躍によって阻止され、シュヴァリエ家は滅亡した。
君も、シュヴァリエ閣下やセドリック殿と一緒に、処刑されてしまったんだ。
それから僕は、事あるごとにウィルフレッドに対抗意識を燃やし、あの男が目を付けた女性に負けじとアプローチをしては、ことごとくウィルフレッドに負け続ける。
そんなことを繰り返し、最後は……僕もクーデターを起こし、あっけなく処刑されたよ。
「……そのような 物語(・・) 、この私は認めません」
いつの間にかサンドラの瞳は血塗られた赤の輝きを放ち、険しい表情で僕を見つめる。
そうだね。そんな物語は……いや、そんな未来は、絶対に認めない。
「その物語と同じように、来月の四月五日に僕はエイバル王から呼び出しを受け、宣言を受けるでしょう。『世界一の婚約者を連れてきた者を、次の王とする』、と」
「ハル様は……ハル様は、その物語と同じように、この私に婚約破棄なさるおつもり、なの……ですか……?」
サンドラが声を詰まらせ、真紅の瞳からぽろぽろと涙を 零(こぼ) した。
「分からない。でも、僕は君と婚約破棄なんて絶対にしたくないし、するつもりもない」
でも……たとえ僕がそう思っていても、万が一ゲームの 強制力(・・・) が働いたら、僕の意識を完全に無視して、そんな最低なことをしてしまう可能性を否定できない。
だから、僕は考えたんだ。
どうすれば、この最低で最悪で、悲惨な結末を始めずに済むのかを。
それが。
「あ……」
「サンドラ……僕は、君が誰よりも好きです。だから……僕と結婚してください。今日、この場で、今すぐに」